富士山のほら穴

今朝は昨日とは一転、宿の窓枠一杯に富士山の雄姿が臨まれた。

その富士山のご神体は、サクヤコノハナ姫とされている。Img_3436

その秀麗な美しさ故に、或いは醸し出されている優しさ故であろうか。

そうして信仰の山として、精神的な支柱の山として、正にこの国のシンボルとして聳えてきた。Img_3438

実はこの富士山、幾つも重なりあって沈み込む地構体の交点にあって、この列島の生成と大きく関わっている。Img_3440

古富士や宝永など幾つもの噴火を経て、今日の単独峰としての富士山が出来上がっているのだ。

その富士山が世界自然遺産として指定されたのは2013年だが、その歴史や自然からすれば如何にも遅かった。Img_3441

ともあれ世界遺産指定を機に、富士河口湖と富士宮に世界遺産センターが開設された。

今日はその二つの世界遺産センターを訪れたのである。

富士山は知れば知るほどその奥行きに驚くのだが、二つのセンターを見比べて一層その感を強くした。Img_3443

富士南麓には「かぐや姫」伝説があり、その縁の地(竹採塚、囲いの道、見返り坂、鏡石など)も数多く残されている。

そして古典文学の「竹取物語」では姫は月に帰るのだが、この地の伝承では富士のほら穴に帰るのである。Img_3445

確かに富士山周辺には洞穴や風穴などのほら穴が多いのだが、伝承では山頂近くの釈迦ヶ岳のほら穴とされている。

勿論今日ではその穴は不明だが、私達はそれは「人穴」ではないかと訪ねたのである。Img_3446

冨士講は冨士浅間神社を出発点に、人穴を参って山頂を目指すのが習いで、その奥行き80mほどの人穴こそかぐやの里では無いかと考えたのである。

富士山が女体とすればその女陰の位置にあって、ひんやりとした洞窟の中には川が流れ、何事か秘め事を思わせる。Img_3452

さても、かぐや姫はサクヤコノハナ姫であったのかどうか・・・暫しの富士漫遊であった。

 

| | コメント (0)

2019年6月24日 (月)

雨の湖畔

山中湖畔は、予報通り朝から冷たい雨である。

コテージで軽い朝食を戴くと共に皆でお弁当(お結び)をつくり、8時前から宿を飛び出していた。Img_3424

昨夜幾分飲み過ぎたのか体がかなり重いが、出来れば山中湖と河口湖をぐるりと回るつもりであった。

淡々と山中湖畔を7kほど走り、右に折れて河口湖に向かったのだが、途中で忍野八海に立ち寄ることにした。Img_3425

古き良き時代の日本の村でもある雨の忍野村は、やはり外国人で賑わっていた。

その地底からこんこんと湧き出す泉を覗き込み、暫しの富士の自然を味わっていた。Img_3427

そこから誤ったと言おうか、忍野から山を越えて12時近く、やっと辿り着いたのが富士吉田の東端で、河口湖は遙かに先であった。Img_3428

止む無く138号線を引き返すことにし、山中湖をぐるっと回って14時半過ぎに宿に着いた。

6時間半、雨の中を概ね35k程走ったことになる。Img_3430

湖面には大白鳥が浮かび、水上スキーを楽しむ若者達もいたが、流石に月曜で静かである。Img_3432

その雨の湖畔を、私達だけがのんびりと走っている。

富士北麓は、幾分のレトロな風情を残しつつ、圧等的な富士の存在感の元に息づいている。Img_3434

その富士山は裾野の一部を見せただけであったが、・・・北麓は麗しい。

こう言う一日の過ごし方もあるのだ。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2019年6月23日 (日)

武田の館

今年は、武田直虎が甲府の躑躅が崎に本拠を置いてから、丁度500年に当たる。

あの「人は石垣、人は城」と謡われて、武田三代(直虎、信玄、勝頼)が根拠地とした城址を訪ねた。Img_3423

武田氏が滅びて(江戸期に)甲府城が出来ると荒れ地になっていたが、今は武田神社が鎮まり、今年4月には信玄ミュージアムが開設された。

発掘調査も進み、将来の城址公園として整備も進められるようだ。Img_3417

ともあれ、その躑躅が崎を今回初めて訪れたのである。

やはり想像通りと言うべきか、堀が深く掘られてはいるが巨大な石垣がある訳では無く、人を石垣とする武田を思った。Img_3418

信州や駿河をも支配下に納めた巨大な領域を考えれば、壮大な城郭があっても不思議はないのだが、誠に質素な城である。

その一つの曲輪跡から丁寧に埋葬された馬の骨格が発見されたのだが、その馬の背が160cmと小ぶりだ。Img_3419

武田の騎馬隊と言えば、織田信長などを震え上がらせたとの説があるが、武田軍団の実態はやや違ったのだったかも知れない。

ところで今日は山中湖のリゾート泊まりである。Img_3420

今回は仲間4人での気儘なツアーで、明日は雨だろうが・・・この近在を走ろうと思っている。Img_3421

外は、1mも先の見えない霧で覆われ、大粒の雨が降っている。Img_3422

 

 

| | コメント (1)

2019年6月22日 (土)

我が長所は何処に

この期に及んで、自らの長所と短所を考えさせられることになった。

今日は恒例の「人生を考える勉強会」で、そのテーマが長所と短所だったのである。Img_3406

外面的長所(運動や芸能)は、短所を無くすよりも長所を伸ばせと言う。

その逆に、内面的な部分はむしろ短所の方を克服しろと、先生は諭している。Img_3407

そもそも短所長所は程度問題で、能弁は過ぎれば饒舌となるし、勇敢は時に粗暴になってしまう。

私のように規律的な人間は、融通の利かない朴念仁となるだろうし、自分じゃそれが分からないものさ。Img_3409

それはそれとして、果たして自分の長所は何だろうかと考えてみたのだが、はて「俺の長所?」で行き詰まった。

短所なら、根気が無いとか内気だとか、情に脆い、緊張するとどうしようも無いとか、数々浮かぶのだが。Img_3410

これが俺の伸ばすべき長所だったなんてのは、どう考えても出てこないのである。

或いは長所なんてのは人が評価すべき物で、自分では分からない物と言って良いだろう。Img_3413

仮に分かっているとしたら、或いはそれは慢心の可能性が高いのでは無いか。

教師の最大の役割は、(NBAドラフト9位指名の八村のように)その子の長所を見いだしてやることだ。Img_3414

残念ながら、義務教育の9年間を通じて、私は教師から褒められると言うことが無かった。

而して、自分の長所も分からずに70年余を生きてしまったのだが、それが良かったのかどうか?Img_3415

ともあれ、17歳と71歳の違いは何かという話になった。

正解は、自分探しをしているのが17歳、皆が自分(徘徊老人)を探しているのが71歳らしい。Img_3416

しかし私は、未だに自分を探して彷徨っているのである。

 

 

 

| | コメント (0)

2019年6月21日 (金)

目指せピンコロ

隣家に早朝から車が出入りし慌ただしいと思ったら、やはり葬儀ができたという。

そうかと思ったら、入院中の近所に住む同級生の様態が芳しくないという話も飛び込んできた。

戦後の一大ムーブメントである団塊の世代だが、そろそろ最後のイベントを賑わせ始める年代になってきた。Img_3401

今朝も山でNさん(私より4歳上)と会ったが、開口一番「寂しいよ」であった。

同期生の訃報が次々と続いているらしく、「明日は、我が身か」と言うのである。

人間生きている限り、一度は死ななきゃならないのが人生というヤツだからムベなるかなである。Img_3402

しかしながら、呆けたり、意識の無いまま長期入院したりして、家族を困らせるのは願い下げだ。

平均寿命を延ばすことには貢献したとしても、現実には何の得るところも無いからである。

私の走っている山は、標高264mの丘陵で、凹凸の激しい尾根道である。Img_3403

70歳を過ぎて流石に体への負担も大きくなったが、それでも月間300k 以上は走っている。

大苦労して何故鍛えているのかと考えないでもないが、そこは長年の習慣でもある。

各地のレースで同輩や後輩に遅れまじの気持も大きいが、最大の理由はピンピンコロリである。Img_3404

生きている内は精一杯身体を動かして、いざとなったらコロリと行きたいのである。

もっとも私の場合、それはずっと先のことのような気がする(?)が、それまでは走り続けるのだ。

 

 

| | コメント (0)

2019年6月20日 (木)

俺は呆けんぞ!!

やがて高齢者の五人に一人は認知症になるんだとか・・・挙げ句、徘徊で数万人が行方不明だとも。

それで政府は、認知症対策大綱なるものを策定し、「認知症でも暮らしやすい社会」を目指すそうな。Img_3187

認知症になるのは、運動不足、生活習慣病、それに社会的孤立が大きく関わっているとされる。

だからそこにメスを入れるというのだが、いずれも本人の意識次第なんじゃ無かろうか。Img_3188

そもそも認知症がこんなに問題になるのは、私達が甘利にも長生きするようになったからだ。

私の子供の頃にゃ呆け老人なんて殆ど居なかったし、それはボケる前に皆死んじまったからだろう。Img_3193

然るに昨今、医療・栄養・娯楽の恩恵を受けてやたら長命になり、呆け老人が世に溢れるようになった。

悪口を言うなら、枯れぞこない、朽ちぞこないって事になるが、要するに自然に老いることが出来ないのだ。Img_3399

現実にこの私も、一昔前の(70過ぎの)老人なら、自然に肉体が衰え、欲望・情念全て萎え、朽ち木のように倒れるのが常だった。

然るに五感が衰えるどころか、いまだに100kマラソンを走るし、この世への未練も愛着もしっかりとある。

望むらくは恋などもしてみたいとさえ思うのだが・・・・、これは相手あっての物種で、夢想の世界だ。

考えてみれば政府も大変なもので、こんな輩に年金を支給し、認知の心配までせにゃならんのだから。Img_3400

ともあれ私は呆ける前に(既に呆けてると指摘する人もいるが)、せっせと死にたいと思っている。

まぁ~、その前に精一杯楽しませて貰おうと思っている訳だ。

 

| | コメント (0)

2019年6月19日 (水)

人生の満足

「老後に二千万円必要とは、何たることか」と大騒ぎしている。

(議員先生が)真剣に人生論を戦わすのならともかく、税金を単なる揚げ足取りに費やしている。

90歳までの人生をどのように充実させるのか、このパターンならどのくらいの資力が必要ってんなら分かる。

そもそも人生の満足度なんて、人によって全く違うのである。

多くの人は自分の(能力や努力)問題は度外視して、なんと無く不満感を持って生活している。Img_3373

富の偏在だの政治の怠慢、孤独感や将来への不安など、自分だけが恵まれていないってな意識だ。

私の場合は既に人生の大半を費消しているのだが、はて我が人生は満足できるのかどうか?Img_3374

つらつら考えてみても、これはかなり難しい。

もっと勉強してたら、あの時あんな事しなきゃ良かったのに、あれは偶然ラッキーだった・・・・Img_3375

などと、まあ~糾える縄の如く幸不幸が積み重なっているし、この程度で満足すべし(しょうが無いか)って気持もある。

仮に蓄財があれば何が出来るだろうかと考えても、もはやさしたる妙案は浮かばないのである。Img_3377

それに後代に美田を残すなんてのは大富豪の話で、我々庶民の考えることではなかろう。

人生、上を見ればキリが無いし、下を見ても(飢餓や戦争、難民など)際限が無い。Img_3378

「満足できる人生」って、果たしてどんなものか考えても、それは「心」の問題(考え方)になってしまう。

食べきれないほど食べたからって、満足できる訳でも無いのだ。

 

 

 

| | コメント (0)

2019年6月18日 (火)

あるがままに

人が生きるとは、食べ、呼吸し、語り、その自分の周りの環境を自分の体に取り入れることだという。

だから、何を食べどんな空気の中で過ごすかによって、オオカミ少年じゃ無いけど、環境次第で自ずと環境にそくした人になる。

私も田んぼに囲まれた田舎でおっとりと育ち、成人して世間に出て少しは垢抜けたが、地は変わらないままだ。Img_3379

内気で社交下手で、そのくせ自尊心だけは人並みにあって、何時も何かを考えている。

それで昔(若い頃)は、自分がどう見られているのかが極度に気になって仕方なかった。Img_3380

言うならば自意識過剰って事だろうが、そんな精神とも遠ざかって、今では「俺は俺だ」で通すようになった。

とは言っても、神さんの前だけは小さくなって過ごしているが、外ではあるがままに振る舞っている。Img_3382

今更飾り立てることも無いし、それに何の野心も無い訳で、開き直っちゃったんだな。

そう言う意味で、歳を取るって事は成る程良いことだと思って見ている。

かてて加えて嫌いなことはせずに、好き勝手に生きられるのだから、年金が少ないなんて文句は言ってられない。Img_3383

そして今、この田舎に生まれ、田舎に骨を埋めることになるだろう事を、「良かったなぁ」と思っている。

先祖代々耕してきた土地で、その上を毎日歩き回っていることを、天恵だと思えるからだ。

毎日する(働く)ことがあって、しかもここは爺さんのそのまた爺さん達が生きた所なんだ。Img_3385

この土地にしっかりと足を踏ん張って、そのことの意味をかみしめながら生きたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2019年6月17日 (月)

こうやって老いていく

朝は四時過ぎに起きて動き出すから、日の出の早い今頃は有り難いなぁと思う。

と言っても、新聞を読んだり、インゲンやキュウリの収穫、ぶどう棚の見回りをする程度で、

この早朝の時間を使って、殊更何かをする訳でも無い。Img_3386

「何時までに、〇❌をしなければならない」という切迫感から遠ざかって、もう随分になる。

心安らぐ日々と言えば聞こえは良いが、呑気な隠居の生活とはそうしたものだろう。Img_3387

しかしながら、いまだに「これで良いのか?」という忸怩たる思いがある。

40年近く仕事をしてきたんだからそれで良かろうってのが一般的だが、振り返っても何を為し得たというでも無い。Img_3389

それは色々とあったが、極論するとそれは過ぎ去ってしまった時間に過ぎないのである。

過去は過去、肝心なのはこれからで、或いは(些細ではあっても)もうひと花咲かせることは出来ないか。Img_3391

それが社会貢献なのか、仕事?、趣味或いは老いらくの恋・・・それはもう何でも良いと思う。

一方で私の畑仕事は手抜きばかりで、今年のブドウの不作は「手が回りかねる」事が原因だと思っている。

ともあれ私は休むこと無く動き回っているのだが、或いはそれは老いへの焦りなのかも知れない。Img_3392

「90歳までに二千万円不足」それは単に生き方の問題でしょ。

追及する野党も阿呆(老後の事なんて、誰だって考えてらぁ)なら、取り下げようとする与党もだらしないこと極まりない。

そんなことより、歳を取っても生き生きと活躍できる仕組み作りこそ肝心なんじゃ無いの。Img_3395

俺なんか、全てをリタイアしたら、郵便は年金の通知しか届かないもんね。

このまんま、世の中から忘れ去られて、あの世へと旅立つのかなぁ~。

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2019年6月16日 (日)

我が心象風景

初成りのスイカとトマトが、あの悪戯ガラスにやられた。

子供達の植えたラッカセイを引っこ抜き、種ショウガすらも掘り返してしまったあいつの仕業だ。Img_3398

私のささやかな農園と言えども、毎日が雑草や害虫・害鳥獣との闘いなのである。

雑草と言う名の草は無いが、最悪の雑草はコウブシとスギナだ。Img_3397

こいつらの根源は地中深くにあるから、地表面の除草では歯が立たないのである。

キュウリやスイカの最大の害虫はウリハムシで、こいつらを絶滅させるために毎日朝昼晩捕殺を繰り返した。Img_3372

流石に奴らもここに来れば殺されると恐れたのか、今月に入って彼らの姿は無くなった。

先日来ブドウの色付きが始まっているのだが、良く見ると既に雀の試食跡が幾つもある。

何年か前に私が捕まえた雀を細君が解き放ったあの雀の片割れに違いないのだが、この対策が喫緊となったのである。Img_3366

それで今日は、ほぼ半日掛けて一房毎に彼らの目に触れないように覆いを掛けたのである。

いずれハクビシンやら狸がやってくるのだが(好きなだけ食べさせるしか無い)、当面の敵は「カラス」と「雀」だ。Img_3367

近年しきりに言われるのが自然保護・共生だが、産業活動の意図的廃棄は兎も角、現実はきれい事を言ってられない。

雑草や病原菌・害鳥獣、雑人(最近はこれが増えている?)と戦うのが、私達の日々なんだろうと思う。Img_3370

もう70をも過ぎる(歳を経る)と、殊更無理な付き合いなどする必要も無いし、それは細君とて同じだ。

適度な間合いで、お互いに人生を楽しめば良かろうと思っている。

まぁ~、それにしてもあのにっくきカラスとは、如何にして決着を付けようか?

 

| | コメント (0)

«嵐にもめげず