桜の時

桜前線は、もう仙台辺りまで北上しているらしいが、今年も思いの他「桜の時」を楽しむことが出来た。

4月7日には駿府城公園で満開の花見の一時を楽しんだし、一昨日の余呉湖の散り際の桜は風情があった。Img_2980

そして昨日は、MIHO MUSEUMで満開のしだれ桜に遭遇したのである。

滋賀県の信楽町山中にある宗教法人の美術館で、設計の意図は桃源郷だという。Img_2981

エントランスから美術館までの上り坂は、桃ならぬしだれ桜の通りになっていて、展示の品々よりもこの花の方に感激した。

さくらの下をくぐり抜けると、胎内の様なトンネルを潜って、やっと美術館の入り口に到る。Img_2982

正に宗教法人でなければ実現できない贅沢な空間と言えるだろう。Img_2983

ともあれ、偶然にも満開に巡り会った僥倖に感謝である。

私達が桜に浮かれるのは、「この時だけ」と言う思いが強いからだろう。Img_2985

四季折々花は多けれど、正真正銘の桜が咲き競うのは、この初春の一時だけなのだ。Img_2987

人間にも春夏秋冬があって、私の春は遙か昔に通り過ぎてしまって、果たしてあれが春だったのかどうか?

女性は兎も角、男の春は実に分かり難い。Img_2988

近頃では10月桜ってのがあって、晩秋になって花を咲かせる。

それはそれ豪華さはないが、桜は桜である。Img_2989

少しばかり時季外れの印象があって目立たないが、この桜を観る度に自分を映してしまう。

俺だって、まだまだ咲いてらい・・・って感じかな。

 

 

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2019年4月21日 (日)

余呉の古戦場

今朝は、痛む体を労りながら賤ヶ岳(421m)に登った。

余呉湖は、柴田勝家が開削した北国街道が近江へと広がる要の位置に聳えている。Img_2972

さほど高くはないが、この地を通らなければ湖南には出られないのである。Img_2970

秀吉は長浜城主だったし、小谷城を長年に渡って攻略していたから、ここの土地勘は抜群である。Img_2971

必然的に賤ヶ岳周辺の山々に砦を築き、雪解けと共に勝家の出てくるのを待っていたのである。

案の定、この地で戦線はにらみ合いの膠着状態になった。Img_2973

その均衡を打ち破ったのは、勝家の甥佐久間盛政の突出と秀吉の美濃の大返し(大垣から52kを五時間)だった。

結果は、前田勝家らの戦線離脱もあって、勝家は北国街道を退却し、秀吉はこれを追った。Img_2975

私自身、こんな余呉湖が狭隘にしている所が何故決戦場になったのか不思議に思っていた。

賤ヶ岳の山頂に立って余呉湖から北を見渡すと、勝家の本拠としていた越前の方向が見渡せる。Img_2976

正に雪深いところで、その雪に勝家が立ち往生している間に、秀吉はすっかり万端の工作をしていたのである。Img_2977

ともあれ、静寂に包まれた美しい湖畔は、余呉湖が赤く染まったという古戦場なのである。

私達が十周した余呉湖は、七本槍は勿論のこと、毛受兄弟や中川清秀らの運命を変えた歴史の地だ。Img_2979

 

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2019年4月20日 (土)

静寂の湖とさくら

静かな静かな余呉湖である。

鏡のような湖面には風もなく、桜花がじっと落ちるのを堪えているかのようだ。Img_2935

その桜の下を、今日は朝から晩まで70k(7k×10周)を走ったのである。Img_2937

もうとっくに桜は散っているだろうと思いきや、かなり残っていて、それも花吹雪を堪えている。Img_2938

桜越しに眺める湖面は何処までも静で、その静けさを愛おしむ気分で走っていた。Img_2941

余呉湖は賤ヶ岳の戦いで知られる古戦場なのだが、ここでそんな凄惨な戦があったとは信じられない。

ゆっくりとスタートしたつもりだったが、5週目辺りからかなり体が重くなって減速していた。Img_2947

どうやら先週(掛川新茶マラソン)の疲れが濃厚に残っているようなんだ。Img_2956

どうも、昔と違って疲労回復のペースが遅くなっているようだ。Img_2961

ともあれ皆さんに励まされ、制限時間一杯の9時間54分(昨年より1時間半も遅い )で完走することが出来た。

不甲斐ないが、先ずは完走を持って納得とした。Img_2930

風呂に浸かった後は恒例の完走パーティで、これも仲間との楽しい一時である。

朝から晩まで、(コテージでの一時を含め)正に一日を楽しむとはこんな日を言うのであろうか。Img_2931

体は随分大変だったけど、心はかなり弾んでいたような。

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2019年4月19日 (金)

新しい一日

朝目が覚めると、毎日新しい一日が始まる。

それはそれで、確かに昨日でも明日でもない新しい一日ではある。Img_2106

だが、その中身が新しいかどうかは、その過ごし方如何なことは言うまでも無い

殊に現役を退いて以降は、その新しさの部分がドンドンと減り続けている。Img_2108

その「日常」の中に少しでも新鮮さをと努力しているのだが、これが中々にして難しい。

例えはば、朝は街頭での立哨のあと息子の家に行って、末っ子の孫を抱いてきた。Img_2110

ほうれん草の収穫(半年間)後の日になったから、その後始末を済ませた。

ブドウは品所毎に順次芽を伸ばしていて、日ごとに新しいステージーと移っていく。Img_2112

来週は、極早生のデラウエアのジベレリン処理をしなければならないだろう。

それに今日は子供達の下校時間に「青パト」で地域をパトロールをし、Img_2929

その後は琵琶湖近くの余呉湖に(ウルトラマラソン)に遠出して出かけるのである。

作家ヘミングウエイは、Every Day Is A New Dayと言ったが、果たして何を持ってNewと言ったのだろうか。

多分、冒険と創作の人だったから、精神世界は空を飛んでいたのかも知れない。Img_2928

それにしてもヘミングウエイにだって、老年期は確実にあったはずだ。

この A New Dayは、永遠に追求すべき課題だな。

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2019年4月18日 (木)

敢えての要素

私は生来意志薄弱というか、弱虫というか、あんまり人と争うのが好きじゃない。

長いものには巻かれろって主義で、だから何時も人の心を忖度するには長けている。Img_2082_2

この忖度は、近年変な文脈で使われることが多くなったが、本来はとても大切なことだと思う。

相手の気持を推し量って、尚且つ自分を分かって貰いたかったら、色々と忖度するよね。Img_2086

つまり人と付き合うには、忖度なしじゃ無理って事さ。

それはそれとして、温厚なこの私だって、忖度だけで生きてきた訳じゃない。Img_2090

振り返ってみれば、敢えてやろうとしてやってきたことが自分を創っているような気がする。

例えば、(人見知りする私が)敢えて人の輪に入ってきたこと、額に汗して働く事を敢えていとわないこと。Img_2097

100kマラソンなどと言う自らの限界に挑戦していること、毎日何某かの本を読むことなどである。

人生は、それは人それそれだが、他人の顔色に右往左往するだけじゃ詰まんない。Img_2101

敢えて何が出来るのかが、その人の個性なんだと思う。Img_2103

ところで近頃では老練になったのか、敢えて忖度しなくっても、融通無碍に意思が通じるようになった。

いやいや、神さんにだけは・・その忖度が通じない(相手が鈍感な)のだが・・・。Img_2105

さても、これから先、敢えて何をやるかを毎日考えている。

 

 

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2019年4月17日 (水)

今日の私よ

今日のこの日で、社会的な役割から全てフリーになった。

この50年間、様々な配役を申し使って、そう・・・かなり無理もしたが、精一杯の演技をしてきた。Img_2712

そうした数々の役割は、自分を成長させてくれたし、まだ観ぬ世界へと導いてもくれた。

全ての役割を終えたと言うことは、男にとって何時死んでも良いと言うことである。Img_2081

正に字の如く今後は余生になったのだが、統計からは男の死亡する確率の最も高いのは87歳であるらしい。

してみると幸か不幸か、まだまだ15年くらいは生きなきゃならないようである。Img_2080

だが私の87歳は如何なる状態か、或いはピンピン・よろよろ・ドタリかも知れない。

先のことは知れないが、健康と自分を愛する気持だけは持ち続けたいと思う。Img_2075

自分を愛すればこそ、他人を愛することが出来るのであり、世界があるのだと思う。

今日は、警察署協議会の(4年間の)最後の会合があり、署長の感謝状を頂いてきた。Img_2074

少し感傷的かも知れないが、この四年間の色々が思い出され、これも人生の1ページかと思った。

ところで「自分を愛する」のは、そう簡単じゃない。Img_2047

普通は「なんで俺は・・」などと悔いの連続が人生であって、自分を愛するには相当の努力が要る。

自分を納得させるだけの生き方をしなければならないからだ。

 

 

 

 

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2019年4月16日 (火)

お楽しみは・・

人は歳と共に「明日こそ、きっと」と言う夢から解放されるのだと言う。

歳と共に諦めというか、叶わぬ夢を見続けるエネルギーがなくなるのかも知れない。Img_2713_1

確かに私も、流石に夢のような願望は懐かなくなったが、逆に着実な願望になった。

そうして、色々と準備万端、確実にそいつをやり遂げていくのである。Img_2776

勿論終わっていく物(役職や立場)も多いから、自分で自分の出番を準備しなきゃならない。Img_2777

この点農場は私の独壇場で、私のマネージメントのままに全てを律している。

遊びはそうはいかないが、紆余曲折もあって、またそれが楽しめる。Img_2781

この直近を考えても、余呉湖70kは楽しみ放題だし、翌週の鯖街道三日間はワクワクしている。

そして5月5日の強右衛門マラソン65kは、歴史のロマンを楽しむ一日になりそうだ。Img_2783

何だか遊ぶために生きているかのようだが、日頃は毎日しっかりと農作業しているのだ。Img_2784

思えば苦節の幼少期を過ごし、50年近く働き続けてきた訳だし、この老年期こそが華だろう。 

既にやるべき事は全てやり終えたし、後は(後代が)勝手にすりゃぁ良い。Img_2787

幾ばくかの蓄えだってあるんだから、私の人生、お楽しみはこれからである。

 

 

 

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2019年4月15日 (月)

歳と共に

古稀だ古稀だと自分自身で驚いてから二年近くなるが、歳を取ったという実感が全くない。

否、全くというのは語弊があって、白髪の数や皺の数ってことなら、それはまぁ~人並みだろう。Img_2739

だが、内実は人が観るほど老いさらばえては居ない訳で、このキャップが年々大きくなっている。

歳と共に成熟度が増して、丸くなったり寛容になると言うが、どうもそんな兆しは見られない。Img_2759

依然として、「今」何が出来るだろうかと、出来ることはないかと耳目をそばだてている。

恐らくは、こんな感じのまま、私は老いていくのに違いないと思ってる。Img_2763

何処まで無理が利くだろうかと挑戦した昨年のナビブ砂漠250k、そして今年のニュージ250kは何れも年代別で世界最高位だった。

だからと言って過信している訳ではないが、歳に関係なく人間はその気力次第だと思うのだ。Img_2767

昨日の掛川マラソンでは、ゴール間際で仲間の山ちゃんが私を抜きに掛かった。

そうはさせじと彼を振り切ってゴールしたのだが、仲間内から「歳を考えろ」とたしなめられた。Img_2772

「もし、万が一があったら困る」と言うのだが、「冗談じゃねぇわい。こちとらまだまだ・・」と啖呵を切るのをぐっと堪えた。

堪えるだけ、幾分かは丸くなったのかも知れないが、それにしても人は見かけじゃないって!

歳と共に当然なことだが、限りなく「今」を生きるようになっている。Img_2774_1

或いは場当たりかも知れないが、今できることをやらなかったら、それは永遠の損失だと思うからだ。

そして、今日もブドウの新芽を追いかけている。

 

 

 

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2019年4月14日 (日)

数字に背中を押され

今日は随分久しぶりの掛川マラソンだが、改めてつま恋スタートの大会は、桜もあって美しいと感じた。

しかし、先週の日本平マラソンの余勢を駆って、今回も快走をと 甘く考えていたのがいけなかった?

やはりフルは最初の10kを、相当慎重に抑えて走るべきなのだ。Img_20190414_144211

最初から飛ばしたから、20kを過ぎてからはかなりキツくなった。

それでも我慢のランが続いて、今回は1K毎の表示に助けられたと言うべきだろうか。

5kや10kでは「もう、こんなに来たか」と考えるし、14kでは「これで1/3だ」と思う。

21kでは「もう、半分だぜ」って納得させるし、半分を過ぎれば1kまた1kと縮めてゆくだけだ。

そして結果は、4時間53分、2223位/4347人だった。

後半に坂が多いとは言え、何ともふがいない結果に終わってしまったのである。Img_20190414_144312

ところで走りながら何を考えていたかというと、近頃はあんまりジタバタしなくなったって事。

私は気が小さいから、何時も修羅場に出っくわすとオドオド・ジタバタってパターンの日々だった。

それで「望むらくはドーンと構えていたい。どんなに苦しくっても、涼しげに笑ってたい」と思ってきた。

それが少しずつ身についてきたというか、走る時は背筋を伸ばしてすっすと後ずさりなんてしないしね。

後半は開き直って、腹を据え「これが俺だっ」って気持で走っていた。

まぁ~、久しぶりの掛川マラソン、結果は兎も角それなりに楽しませて貰いましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

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2019年4月13日 (土)

はじめて

新入学であれ初会合であれ、或いは初めての稔りや出会いは、新鮮な緊張に溢れていて好きだ。

人との出会いもそうだが、ブドウを最初に育てた時にはおっかなびっくりの毎日だった。Img_2788

摘芽や花房整理、誘引や剪定などの初体験を経て、今では彼女たちとの付き合いも慣れっこになっている。

早生のデラウエアは既に花芽を充実させているし、晩生は徐々に芽を膨らませつつある。Img_2790

キュウリやインゲンもすくすくと育っているし、ダイコンだって順調だ。Img_2792

何れも今年初めての作物(の芽生え)で、それぞれ春の実感を味わいつつ、思いを込めて慈しんでいる。

ところで・・・年々歳々この「はじめて」と言うこと(事象)が減っていく。Img_2793

70年以上も生きているんだから当たり前のことだが、それはとっても残念なことでもある。

だから異図して、はじめて(ここへ行ったとか、これをやり遂げたとか)を創ろうとしている。Img_2796

マラソン大会だって例年通りの大会もよいが、(prefer)初めてのコースは別格である。

だって初めての中には不確実性が濃厚にあって、その不確かさを愛でるのも醍醐味だからさ。Img_2798

マーガレット・ドラブル(英国)のWhen nothing  is sure,everthing  is  possible.だろう。

確かに「はじめて」の中には、ワクワクする様な可能性が満ちている。Img_2801

今この瞬間を逃したら、同じ出会いは二度と無いかも知れないという緊迫感と言うべきか。

そんな「はじめて」を追い求めるのが、実は人生というヤツかも知れない。

 

 

 

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