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2006年5月31日 (水)

田植と日本人

 30年ぶりに田植をした。私の勤務する試験場の品種圃の田植である。数多くの品種を作るので、機械植ができない。そこで、人海戦術に駆り出されたという訳である。腰を曲げ一本一本手植えする作業は、想像以上の重労働である。日本人は二千年以上にわたって、この労働に耐えてきた。Cimg0106

 中国の長江下流域からこの列島に稲作が伝わったのは、縄文時代だろうか。以来それまでの採集狩猟中心の営みから、土地を耕す文化が広がった。考えてみれば、低地に水を引いて泥田を作って苗を植えるなどは、随分風変わりな農法である。でもその農法が、このモンスーンの地域にあっていた。

 何故、ヨーロッパのような畑作や牧畜にならなかったのか。・・・多くの疑問が残るが、田のできる土地は限られていた。限られた土地から、可能な限り収穫を増やす工夫。それが手植えであった。

 命の糧を生み出す田。その貴重な財産を、人々は命を懸けて守ってきた。まさに一所懸命である。ほんの少し前まで日本の文化のルーツは、集団的稲作にあると言われていた。しかし今、水田農業は機械力を駆使した大農方式に変わりつつある。そんな日本人の、ルーツに思いをはせながらの田植となった。

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2006年5月30日 (火)

団塊の世代と遊び心

 人生は一度しかない。その人生を、最もあくせくとやってきたのが団塊の世代だ。食べるものも着るものも決して十分ではなかったし、学校だってすし詰めだった。私などは、幼稚園にも定員過剰で入れてもらえなかった。大学入試も激烈な競争だったし、就職してからも少し前の世代とは少しばかり違っていた。それに同級の女性には、人口ギャップのために独り身を通した人も多い。

 では、全くの不遇の世代だったかと言うとそうでもない。この国が、高度経済成長期の只中にあったからだ。お陰でテレビに冷蔵庫、自家用車などを買う度に、豊かさをたっぷりと実感することが出来た世代だ。その世代が、60歳の定年を迎えようとしている。

 頑張ることが生きることだったこの世代は、大学紛争から企業戦士にと、目の前の目標に向かってひたすら突き進んできた。だけどバブルが弾けて以降、いささか戸惑いながら歩んできたこの十数年だった。

 そんな世代が、自分の人生を問い直し、自分探しを始めようとしている。団塊の世代は、脂ぎって目をキョロつかせて生きてきた訳じゃない。本当は、遊び心で一杯なのだ。人生の運転には、遊びが不可欠なことを十分心得た世代なのだ。今彼らは、遊び心の放逸の時を待って、ジッとその時に備えている。

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2006年5月29日 (月)

現代人の失ったもの

 つくづくと、便利な時代になったものだと思う。ネットで検索すれば何だって分かるし、弁当も惣菜も家庭で作るより安く豊富に手に入る。電車よりも安い運賃で旅客機に乗れる。快適な道路が伸びて行動半径が飛躍的に広くなった。だから一日の中味だって、ずっと濃厚になったはずだ。

 でも、高層マンションに住んでそんな便利な生活ばかりしていると、何時の間にか人間がロボット化していく。ゲームとアニメの世界に遊ぶ子供達。情感もどんどん希薄になっていく。やがて生命を生命とも思わない人間が現れる。近頃の猟奇事件の頻発も、自然のリズムを忘れたところに起因しているのかも知れない。

 私達は、生き物を食べて生きている。それすらも、時として私達は忘れている。JT生命誌研究館長の中村桂子さんが「生き物としての時間の流れを取り戻せ」とおっしゃっている。それには先ず、作物を育てることだと言うのです。生き物を物差しにして考えれば、確かに心がマイルドになるのです。Cimg0102

 そんな訳で、今年もオクラをたくさん植えました。オクラは、ペクチンやビタミンB1を多く含む東北アフリカ原産のアオイ科の植物です。これを毎朝、季節のリズムを肌で感じながら収穫します。便利さを享受しつつ、ブドウの栽培をはじめ夏はオクラ、秋冬はホーレンソウを育てるのが近年のパターン。余暇も結構忙しいのですが、そんな生活をこの上なく楽しいと思うようになっています。 

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2006年5月28日 (日)

遠州の農業風土

 遠州地域には、独特の農業風土があるような気がします。それは、小さな面積で多くの収益を上げる作目への傾斜です。温室メロンを始めとした施設園芸が典型的で、トマト、セルリー、シロネギ、エビイモ、バラ、ガーベラ等もそうですね。そうして、キャベツとかダイコン、ハクサイ、ニンジン、レタスのような広がりを必要とする産地が少ない。

 長野県や茨城県のような産地が、何故成立しないのでしょうか? それはやはり、土地の制約に原因がありそうです。東海道メガロポリスの中央部にあって、土地に対する過度な資産信仰がありました。それに自動車関連などの製造業も多く立地していますから、就職先にも苦労しなかった。だから発想が、そうした大農方式にいかなかったのでしょう。

 磐田市に(株)増田採種場という、キャベツ類の種で知られる会社があります。栄養価の極めて高いプチベールという野菜を開発して、注目された会社でもあります。この会社ではその他にも、緑色のカリフラワーとか、青汁の成分の多い肉厚のケールなど、いろいろな新しい野菜を提案しています。でも地元の遠州地域には、なかなか定着しない。

 その増田採種場が、この遠州をケールの産地にしたいと頑張っています。会社自身が栽培に乗り出しただけでなく、青汁をグリーン・ジュースとして売り出したり、Cimg0097 青汁アイスクリームの販売まで計画しているのです。ケールは、ビタミンやミネラルを豊富に含む野菜で、南ヨーロッパ原産の植物です。ラットを使った試験などの結果から、学習能力の発達や生活習慣病の予防に関与するのではないかとの報告もある野菜なんですね。産地化を応援したいですが・・・・。

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2006年5月26日 (金)

目標こそすべて

 私の勤務する試験場で、また一人博士が誕生した。これで12名である。

 およそ学位には縁遠い私にとっては、大勢の博士若しくは博士候補に囲まれていると、それだけでプレッシャーを感じてしまう。一人ひとりが、その道の先達なのである。

 簡単には、博士は誕生しない。目標を持って、諦めずに努力を続けた結果なのである。人はしっかりとした目標があると、まっすぐに進むことが出来る。たとえ横道にそれたとしても、やがて目標への道に戻ることが出来る。仮に、その時点では法外な目標と思われるようでも、不思議なもので何時の間にかそこに近づいている。Cimg0098

 行く当ての無い道をぶらっとあるいてみのも良いが、それは気晴らしでしかない。目的がなくして、車の運転席に座ったとしよう。恐らくハンドルを切るのに苦労するはずだ。目標を明確にしなくては、何事も成功しないのだ。

 新しい博士の誕生と彼の日頃からの努力に、心からの祝福をしよう! 

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2006年5月25日 (木)

脳崩壊

 人はそれぞれ、能力の異なるコンピューターを内蔵している。そしてこのCPUが、それぞれの行動をコントロールしている。喜びや悲しみ、嫉妬や驕りといった感情を生み出したり、時には発明や発見に至ったりもする。

 私の父は、82歳になる。数年前から、直近の記憶能力が無くなった。多分、新しい情報を記録する装置が壊れたのだろう。でも、少し前までのことは良く覚えている。記憶の再生装置は動くのだ。Cimg0096_1

 ある時、転んで腰の骨を痛めた。それが原因で、体の動きが随分と不自由になった。しかし、そのことの記憶は無い。だから目を覚ます度に、「俺は一体どうしたのだ。何故体が動かないのだ。」 となる。一日に何回も何回も、これを繰り返す。丈夫な時の記憶しかない本人にすれば、当然のことである。しかしこれは、まさに拷問でしかない。 コンピュータの修理医療が、とこかにないものだろうか? 

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2006年5月24日 (水)

砂地の妙

 これでも取りあえず場長だから、今日は少しだけ農業について書くことにします。

 かつて海岸近くの砂地は、痩せて乾燥し易くて農地としては不利なところでした。だから食べ物が豊富になると、あちこちに荒地が目立つようになったのです。

 でも今では、植物工場のように人工の培地で作物を栽培したりする時代ですよね。よく考えると、砂地には有利なことが一杯あります。第一サクサクと耕作がし易いこと。それに、洗わなくても土が落ちる。水だって、農業用水が完備している。肥料は思うように選択すればどうと言うことは無い。・・・・と言う訳で、砂地は実は素晴らしい農地だったんです。

 唯、沢山の人が少しずつ農地を管理していたために、合理的な経営が出来なかっただけなんです。ところが耕作放棄地が広がるようになって、改めて砂地の良さを着目する人が出てきた。

 岐阜県でツマ物を生産しているYフーズKKです。10ヘクタール余りの荒地を借りて開墾し、大規模なダイコンの生産を始めたのです。ダイコンは、加工して刺身の下に敷くあのツマになるのです。毎日何トンものダイコンを原料として確保しなくてはいけない業態ですから、直接生産に乗り出したんですね Cimg0095

 ダイコンに限らず、シロネギでもニンジンでも、一定の規模で機械力を駆使すれば、かつての農業とはまったく違うイメージの経営が可能なのです。発想を変えるだけで、荒れ果てた砂の農地は宝の山になりそうですね。

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2006年5月23日 (火)

走路

 野を越え山をこえて続く100キロの道

 八ヶ岳の残雪 唐松の濃緑 黄金色の山吹の花

 853ランナー達の駆け登る険しい林の道

 セキレイ ホオジロ

 カッコウのさえずる道

 何処までも下っていく村里への道

 毎日毎日トレーニングして ここにやって来た

 仲間と競い合って ひたすらゴールを目指す

 そんな地道な自分が 此処にいる

872 今日の一日 一人 

自分探しの旅をする

 妥協はするな 

それだけ大きな感激が待っている

 私を試すこの道 私に元気をくれるこの道

 863気弱になった私を 励ましてくれる道

 私の走るこの道 

命ある限り走り続ける道

 もうすぐゴールの声 夕日もかすんで見える

 12時間59分

 100キロのこの道を今年も走り終えた

  

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2006年5月22日 (月)

限界に挑む

 唐松の緑が、未だ明けきらない光の中に輝いている。今年も八ヶ岳に来てしまった。私は、100キロレースのスタートラインに立っている。起伏の激しいこの山裾を走るのは、今年でもう11回目である。八ヶ岳は、久しぶりの快晴の空に残雪を眩しく浮かび上がらせている。Cimg0093_1

 何故、毎年こんなに苦しいレースに来るのか? 毎日を、安穏と過ごせば良いじゃないか! 涙を流してまで、何故走るのか。もう止めよう。しばらく歩こう。未だ50kmもあるんだぞ。頭の中では様々なことを思いながらも、ゴールだけをひたすら目指している。

 完走を誓い合った、昨夜の仲間達の顔が浮かぶ。皆それぞれに、厳しいトレーニングをしてきた。そうして今、自分達の限界に挑んでいる。ウルトラマラソンを10回走ると、10のドラマが出来る。今年のドラマも、自分との戦いの中で始まる。Cimg0092

 苦しさを乗り越えた達成感ほど、素晴らしい至福はない。レースに妥協が無ければ、感激はひとしお大きくなる。仲間に支えられ、今年も仲間と共に走ることが出来た。年に一度の自分試し。挑戦こそ、人生だと思う。

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2006年5月19日 (金)

歴史と菜種(菜の花)

 「菜の花が」注目されている。言うまでも無く菜の花は、アブラナ科の植物で、ダイコンとかハクサイ、ワサビ、コマツナの仲間です。正しくはナタネといって、その種子には45%ほども油分を含んでいます。

 斎藤道三は若い頃、油屋だったそうですね。そして道三の扱った油は、ゴマ油でした。ゴマから搾れる油は限られていましたから、当時の油は燈火用として大変貴重だったんでしょうね。それが戦国時代の末期になって、朝鮮半島経由でナタネが伝わってくる。たちまちゴマ油は駆逐されて、ナタネに変わって行くのです。Cimg0088

 江戸期には、このナタネが関西で盛んに栽培される。搾った菜種油は、千石船で大阪から江戸に運ばれました。江戸の夜を明るく照らしていたのは、この油なんですね。でも海が荒れたりすると、大阪から船が入らない。最近のガソリン高騰のように、値段が上がって「油切れ」を起こしたようです。江戸の夜が暗くなってしまうと言う騒動が、たびたび起こったんだそうです。

 今ではナタネは、日本ではほとんど作っていません。中国から輸入しているのです。天ぷら油ですね。それで今注目されているのは、この菜種の栽培を復活して車の燃料にしたいと言う訳です。考えてみれば石油だって、この地球が蓄えた植物の死骸ですからね。農業というものの可能性を、もっと真剣に見つめ直すべきでしょう。・・

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2006年5月18日 (木)

垂直軸風力発電

 天竜川橋のたもとに、忽然と変な建造物が出来ている。一体全体なんなのか? 不思議に思って、帰りに立ち寄ってみました。・・・・そう、オヤッと思ったら、それを探求する心。それが若さなのです。めんどくさいとか、まあいいわ~ では駄目なのです。

 そして、これが垂直軸風力発電の施設だと分かりました。何と、世界で初めての代物なのだそうです。風車型はあちこちで見かけるようになりましたが、この新型のほうが何となく科学的な臭いがしませんか?国際特許を取得していて、これから砂漠地帯なんかにも普及していくんだそうです。Cimg0087

 この施設建設を画策したのが、もと豊田町長の金原さんという方です。金原さんは、アイディアと実践力にあふれた方で、香りの博物館を作ったり、チンゲンサイの普及などこれまでも色々なことを手がけてきた方です。その金原さんは、現在、植物工場もやっていて、風車の電力はこの工場で使おうと言うのです。世の中には、なかなかまねの出来ない先達がいるものですね!

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2006年5月17日 (水)

自分らしさって? 

 私らしく生きたい。女らしく、男らしくなどと言う。でも、「自分」の定義なんてできゃしないし、自分の気持ちだって環境によって随分変わってしまう。男女のイメージも時代と共に変わっていく。近頃じゃ、家事に育児が男らしかったりして・・・

 物や情報があふれ、様々な価値観が許容される今日、自分自身の気持ちと向き合うことは案外難しい。多くの場合、何かに多分に振り回されていたりする。物が無かった時代には、TVや冷蔵庫、車、ステレオなどと、それが手に入るだけで豊かさを味わえたし、自分らしくなどともあんまり考えなかったのではないか。Cimg0054

 今私達は、自己実現のために何が出来るのかが問われている。「らしさ」って、自分を装うことじゃない。自分を探す旅、自分を試すための挑戦だと思う。挑戦の過程が自分であり、それを確かめながら自分と言うやつを自覚すればよいと思う。そんな訳で、百キロマラソンを走ったり、このブログを書いたりしている。みなさん・・・答えがあったら教えてください。

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2006年5月16日 (火)

 雀がブドウを食べるって、知ってます? 食べるんですよ、これが! 何故か私のブドウハウスが、昨年から雀のお宿になっちまったのです。

 事の起こりは昨年、ハウスに紛れ込んだ雀を追い掛け回し、やっとの思いでガラスに衝突して目を回した雀を捕獲したのです。私の留守中、その雀を細君がなんと逃がしてやったのです。それから雀のやつ何を勘違いしたのか、数日後から家族友人と連れ立ってやって来るようになったのです。Cimg0086

 襲来するその度ごとにブリキ板を乱打して追い払うのですが、彼らは私の姿の見えるその間だけ近くの電線に退避して、チュンチュンなどと談笑しているのです。そして、私の姿が消えるとたちまち入ってきてブドウを啄ばむのです。

 ある時、空中を見上げて悔しさの余り、思わず『コラッ、馬鹿・・・・』と怒鳴ってしまいました。でも、やつらはチュンともしないんです。その代わり、近くにいた猫が飛び跳ねて逃げていきました。それに、隣家のばあさんが何事かと驚いた顔で私を眺め、そして慌ててニコッと笑ったのです。恐らく、「隣の息子も可哀想に・・・・」とでも思ったのでしょうネ。それにしても、雀だけでなく、隣のばあさんにまで笑われる羽目になったのです。

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2006年5月15日 (月)

天敵

 人間関係にも相性があって、たまに苦手な人がいる。そんな商売敵を称して、天敵のようだと言ったりする。だが、生き物の生存関係は熾烈で、他を食することで自分の生命を維持している場合が多い。草食獣を獲物にする肉食獣のように、まさに弱肉強食の世界である。

 でもそれで自然界は、上手くバランスしていたりする。草食獣の敵が無くなれば増殖しすぎて飢えなくてはならないし、肉食獣にしても獲物が無くては生きられないからだ。

 温室メロンの連作障害を防ぐために、高温の蒸気で殺菌するようになった。もろもろの雑菌が死滅して、メロンが良く栽培できるようになった。ところが、これまで無かった病気が発生するようになった。高温に耐える菌だけが生き残っていて、これが誰はばかることなく増殖して悪さをするようになったのだ。メロン毛根病である。Cimg0084

 茶の大害虫クワシロカイガラムシだけを食べるてんとう虫がいる。ミカンハダニにはカブリダニなどと、自然界は均衡するようになっている。人間がこのバランス調整に失敗すると、手痛いしっぺ返しにあう。人間界も、いろんな人の色々な意見があるから良いのだろう。

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2006年5月14日 (日)

自然と人間

 人間は、自然を私達に都合の良いように変えることで、今日の繁栄を得ることが出来た。農耕も牧畜も治水も、まさにそうした人々の営みの歴史である。

 しかし人間は、何時の頃か自然界には無い物質を作り出すようになった。化学合成物質である。戦後、ドイツからBHC、DDTがもたらされて、農産物の収穫は増し、衛生状態も飛躍的な改善された。稲の害虫も蚤や虱も、一網打尽に殺すことができるようになったからだ。人々は、この物質を魔法の薬と呼んだ。おかげでこの薬を発明したガイギー社のパウル・ミューラーは、ノーベル化学賞を二度も受賞した。

 だがやがてこの薬が、生態系に大きな影響を及ぼすことが明らかになる。性を撹乱し奇形を多発させることが判って、製造禁止となったのだ。人間が作り出した最初の環境ホルモンであった。Cimg0078

 本来自然界は、様々な生物によってバランスが保たれている。特定の生物が絶滅すれば、他のとんでもない生物が跋扈するようになる。農薬も医薬も、私達はもぐら叩きの様なそんな愚行を繰り返している。自然は、ハブにマングースのような配剤を常に準備している。今、「天敵」を活かして使う技術開発が進みつつある。私達は、本気でこのことを考えなくてはいけないと思う。

 

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2006年5月13日 (土)

天竜川

 佐久間ダムが出来て50年になる。ダムが出来るまでの天竜川は、五千平方キロ程もの流域の水を集めてとうとうと流れる大河だった。暴れ天竜と呼ばれたこの川は、ダムによってはおとなしく慰撫され、その水は人々が使いやすいように分水されて陸を流れるようになった。

 その昔天竜川は、三方原や磐田原を扇状地として形成し、さらにその先に沖積平野を造り上げた。遠州平野である。水が陸を流れるようになって、この連綿として大地を創造してきた機能は昔話になった。細流となった川の流れは、海岸の浸食を補うほども土砂を運ばなくなった。

 天竜の吐水を手にした人々は安心して丘に住み、不毛の台地を豊かな園芸地帯に変えた。そしてその水が、工業をも育んで来た。おかげで人々の暮らしは、見違えるように豊かになった。Cimg0079

 でも川に水はなく、海岸は次第に浸食されて、ダム湖には土砂が堆積していく。50年を経てやっとそのことの深刻さが分かり始めた。人間の考えることには自ずと限界があることを、歴史から謙虚に学ばなければならない。125万人を立ち退かせて作られた中国三峡ダムが、今月20日に完成する。はたして数十年後は、如何なることになっているのか・・・・・。

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2006年5月11日 (木)

菜種梅雨

 連休の五月晴から一転、毎日うっとうしい空模様が続いていますね。でも、植物はそんな天候を物ともせず、せっせと成長を続けています。

 私の栽培しているブドウも、一斉に花を咲かせ始めました。先月、このブログにブドウの花房の写真を掲載したら、ある方からメールを頂きました。「この小さな粒が、あのブドウになるんですね」という趣旨でした。とんでもない。あれは蕾でしかありません。Cimg0083

 花が咲くと、ジベレリンに浸漬して種無しブドウにする作業が始まります。処理済の房とそうでない房を区分けする印を確かめながら、毎朝2時間くらいこの作業をしています。たわわに稔ったブドウの形を想像しながら、根気強くやるのです。無心で作業していると、様々なことを瞑想している自分に気づきます。何時の間にかこの朝の時間が、私にとって得がたい貴重な時間になっています。

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2006年5月 8日 (月)

ゲルマンとBDF

 ドイツ人の質実剛健は、つとに知られている。でも、彼らのエネルギー対策に関する執拗さには、いささか驚かされるものがある。

 彼らが植物(菜の花)からエネルギーを確保しようと考え始めたのは、第一次石油危機の頃だから、もう30年ほども前のことである。以来シコシコと燃料用菜の花「00品種」を開発し、今日ではBDF生産用菜の花栽培が35万haに達している。

 原油価格の高騰であたふたしている今日、ドイツでは1200以上のガソリンスタンドでBDFが販売され、しかもフォルクスワーゲンはBDF専用の対応車まで販売している。農業者は、EU共通農業政策を活用して休耕田に菜の花を栽培し、BDF生産工場まで整備してこれを供給している。

 翻ってこの日本では、省エネこそ幾分進めたとはいえ、自前のエネルギー確保など眼中に無かったのではないか。トウモロコシやサトウキビからのエタノール生産の話題が散見されるが、この日本では本気の議論さえ進んでいない。

 石油資源だって、もとをただせは地球が長い年月かけての堆積した植物の化石だろう。地球温暖化対策などと言っているよりも、植物からエネルギーを生産する仕組みをこそ考えるべきだろうと思う。

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2006年5月 5日 (金)

緑道

  私の休日は、実に繁多である。趣味の園芸や同好の会への出席などと色々とあるが、特にこの五月はウルトラマラソンが控えている。だから、寸暇を惜しんで走ることにしている。この連休中には、200km以上走ろうと思っている。

 朝の6時には家を出る。小笠山の尾根筋を走るのである。毎日ほぼ5時間は走っている。ケスタ地形に残った痩せ尾根を上ったり下ったり、結構タフなコースである。だが、この全長5kmのコースは、姥目樫などの樹木に覆われた緑のトンネルになっている。息せき切って走りながらも、なんとも心やすらぐ景観なのである。Cimg0081

 小笠山は、その昔大井川が造った扇状地である。その扇状地の北側が大きく隆起し、南に向かって斜面を造った。これが雨水で浸食されて手の平を伏せたような形状の丘陵になった。山全体が大小の礫で出来ているから、降った雨はすぐに地下に浸透してしまう。だから尾根筋の植生は、乾燥に極めて強いウバメガシが中心である。

 今、乾燥に耐えて生き残った木々が一斉に新芽を出して、 山中はやすらぎ色に染まっている。

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2006年5月 1日 (月)

ウルトラマラソン

 今月末に、11回目の八ヶ岳野辺山100kmウルトラマラソンを走ります。険しい坂道を登ったり下ったり、これでもかこれでもかと過酷なコースが続きます。標高差も1000m余り、そんな過酷なレースをこれまでに10回完走しました。

 そうして10回目の昨年、主催者から「デカフォレスト」の称号を授与されました。この称号をもらうと、以後の大会でゼッケンなどに特別な待遇がされます。何と言うことはないのですが、自分への勲章として誇らしいものがあります。Cimg0080

 100kmを14時間以内に走る。只それだけの単純なものですが、この野辺山を10回走ると、10の物語が出来ます。スタートラインに立つまでのトレーニング、スタートしてからゴールにたどり着くまで、必ず新たなドラマが待っています。「決して、諦めない」このことを自分言い続けながら走り続けます。

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