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2006年6月 8日 (木)

古道をたどれば

 チャリンコの効用は、少しばかり日々の生活臭に近くなることだ。今は余り使われなくなった小道を辿ることで、思いがけない事や物が見えてくる。道端の草花や植込み、古びた橋や火の見やぐら、子供達を見送る親達の顔、小川の流れや建物の移り変わりなどである。

 もともと道は、集落から集落をめぐって町に通じていた。大和から難波に通じていた奈良時代の古道のように、産業通商道として切り開かれた道はむしろ希だった。なぜなら、強大な勢力を持つ豪族や政府の存在がなければ、広域道の整備など不可能だからです。もともと道は、必要に応じて必要な人々の手によって造られてきたのです。

 今日の人々は、そうした汗と歴史によって造られた古道を、区画整理や土地改良によって削り取ってしまった。次々とバイパスが出来る傍ら、ふるさとの古道は消えてきたのです。しかし、集落に沿って続く道や山中を抜ける小道が、各地にまだ少しばかり残っている。そんな古道をチャリンコでのんびりと訪ねてみると、いにしえの人々の生活のリズムに思いが飛んで、今を考える自分がそこにいたりする。

 そうした故郷の古道を探してみませんか。走りすぎるだけが、人生ではない筈ですから。

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