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2006年6月 9日 (金)

瑞穂の国の日本人

 昨日、日本列島のほとんどが梅雨入りしました。日本人は古の昔から、この時期に田植をしてきました。シトシトと降る雨のお陰で、代掻きや田植が出来ます。それとは逆に、この時期に収穫期を迎える麦にとっては、全く不都合な雨になります。欧米の農業が小麦と牧畜を基本にしてきたのに対し、日本列島の農業は水田稲作を基礎にしてきた。その訳は、この梅雨にあったのです。

 よく考えてみると、この日本の農法は相当に特異なものといえます。何故なら、苦労して水を引いて、土をドロドロにこね回して、そこに稲の苗を手植えする。大変な重労働の連続です。一方、ミレーの絵(種まく人)を思い出してみてください。あの種を蒔く彼らと比べると、日本の農法は特別なものだと感じるでしょう。Cimg0128

 この水田農法は、狭い農地から多くの収穫を得るための民族の知恵だったのです。それに水田には、畑のような嫌地という現象はありませんから連作が出来るのです。だから、作付地を換えていく必要もありません。一ヶ所に定住して、生活を営む基礎が水田だったのです。

 日本人は、この水田を切り開くために大変な努力を続けてきました。その証拠に、新嘗祭を始めとした皇室の主な行事も、この稲作がベースになっています。それにもちろん、全国各地の秋祭りも米の収穫を祝うものでした。でも今日の日本人は、米を一年に60kgも食べません。その代わりに小麦や大麦を一人当たり58kgも輸入して食べているのです。あまりにも不自然な生活ですよね。今日の技術では、米だって立派なパンになるのです。何とか、民族の新たな知恵を編み出す必要がありそうですね。

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コメント

こんばんわ、野辺山から3週間過ぎて、この地方も梅雨に入ったようですが、幸い今日は薄曇りで、久しぶりに庭仕事ができました。
先週は「しまなみ海道100km」に参加して、13時間半と楽しく走りましたと言いたいですが、やはり100kmは長く苦労しました。
ところで「瑞穂の国の日本人」も拝読させてもらいました。私も農家の出ですので共感すること多く、「米つくり」の大変さは多少わかります。中高生の頃は田圃の手伝いがカッコウ悪く思えて嫌で嫌でたまりませんでしたが、大学生になると、田畑の価値と米等の作物の重要さがわかり、農作業の手伝いも積極的にできるようになったことを思い出します。ちなみに娘の名前は瑞穂です。
とても山草人さんのように人生の時間を有意義に過ごせるまでには、かなりの人生生活訓練が必要な小生ですが、野辺山の道で山草人さんの背を見て追走だけはしたいなぁと思っております。
また来年、野辺山の走路で会えることを楽しみしております。このブログを拝見する楽しみができました。野辺山の「星」です。

投稿: 星の遊走人  | 2006年6月10日 (土) 22時05分

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