« 東京一極集中のくびき | トップページ | ひと時 »

2006年6月17日 (土)

庚申様

 今、庚申様から帰った。昔から集落の組ごとに庚申様があって、60日に一度会食する慣わしである。私の子供の頃は、お膳が家々を回ってきて、我が家が当番となると朝から準備に大変だった。油揚げやサトイモを煮付けたりして、当時のご馳走を作るのだ。終戦後間もない頃で、食べるものも満足になかった。でも当番のこの夜だけは、その家の威信をかけて準備をした。集落の結束は、実はそんなところから始まっていた。Cimg0136

 今日の庚申様は、公会堂でやる。かつて回ってきたお膳も朽ち果てて今はない。残っているのは、猿田彦の掛け軸と、足つきの飯盛椀だけである。これで近所衆が集まって、家内安全・五穀豊穣を祈る。と言うことをいい訳にして、親睦を図ろうという次第である。これが江戸時代以来、延々と続いている。Cimg0137

 もとより庚申信仰は、中国の道教に由来している。人間の体内には「三し虫」がすんでいて、この虫が60日に一度庚申の度に天国の神様にその人間の行状を報告に行く。その報告によって、その人の寿命が決まると言うのである。しかもこの虫は、夜眠っている時に体から出て行く。だから庚申の日には、眠ってはいけないし、もちろん同衾してはいけない。仮にこの日の行為によって子供が出来たなら頭の悪い子になると言うのである。

 だから人々は、 この日は集まって夜通し酒を飲むことにした。今も全国に庚申堂があって、庚申待ちのお参りがある。何のことはない。庶民信仰は、助け合いの輪を広げるための会を創造したのだ。あるいはそれが、庶民の知恵だったのかもしれない。今、隣に誰が住んでいるのかも知らない時代だ。成熟社会の到来と共に、あらたな庶民信仰=コミュニティー創造が必要になっている。

|

« 東京一極集中のくびき | トップページ | ひと時 »

風俗」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 庚申様:

« 東京一極集中のくびき | トップページ | ひと時 »