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2006年6月 4日 (日)

縄文の人々

 三内丸山に来ることが出来た。是非、訪れたいと思っていた所だ。かつてイタリアのポンペイを訪ねた折、文明の格差に愕然としたことがあった。地中海各地との交易によって高度な都市を作っていたポンペイ。火山の噴火で滅びたのは、紀元前千年のことだ。そのころの日本列島は、・・・と考えてのことだ。

 ところが三内丸山が栄えたのは、紀元全三千年頃のことだ。その頃既にこの丸山では、人々の組織的営みが確立し、しかも千五百年にわたって都市として続いていたのだ。この遺跡の発見は、まさに日本列島の古代史の常識を覆す大事件と言ってよい。Cimg0123

 三内丸山の縄文人は、結構おしゃれだったことが出土品から分かる。耳飾りやペンダント、それにヘアピンとかブレスレット、木の皮で編んだポシェットまである。食生活だって、狩猟だけに甘んじていた訳じゃなさそうだ。クリやクワ、ゴボウ、豆などを栽培していた。それに物資も、かなり広域に流通している。三内丸山からは、北海道内陸部の黒曜石、新潟産のヒスイ、天然アスファルトなどが出土しているからだ。Cimg0121_1

 道も道具も無い時代に、多くの土器や巨大な建造物を作り、共同墓地を営んだ縄文人。この遺跡を前にして、縄文集落に生きた人々の息づかいが聞こえるような気がした。この列島にも古代文明が確実に存在し、古今東西変わらずに人々の生きる姿があったのだ。

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