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2006年7月31日 (月)

ブログを書き始めて

 ブログを書くようになって、もう四ヶ月になる。この間、とにかく続けることを念頭に書き綴ってきた。カテゴリーも様々だ。お陰で、サンパウロのブラ子さんや熊本の洋子さん、ナベショーさんや星さんなど何人かの方々と、ブログを契機に触れ合うことが出来た。

 でも、自分のブログの方向性について少し考え始めている。実に多くの方々が毎日ブログに向かっている。しかもそれぞれのブログが、軽妙で魅力的で工夫に富んでいるように見える。それに比べて私のブログは、理屈っぽいだけかもしれない。ややこしいことを書いても、誰も読む気にならないだろう。などと、あれこれ思案している。Cimg0201

 そもそもブログは、アウトプットだけで良いのではないか。声を出さなければ、存在すらしないのと同じだ。それに書くことだけで、何故か安堵感のようなものがある。ブログが、生活の一部になりつつあるのだろうか。

 続けること。続けることが、小さな音も聞き止める耳になる。何気なく見過ごしていた事でも、俄然色彩を帯びてきたりする。マァーこれからも、率直に書き続けていこう。

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2006年7月30日 (日)

やっと梅雨明け

 例年よりも10日ほど遅れて、梅雨前線が消滅した。やはり夏は、暑くても夏らしい方が良い。

 それでもここ数日は太陽が顔を出して、夏の日差しがふりそそいだ。そのおかげで、ツルレイシが一気に大きくなった。早速、あの力強くゴツゴツとしたレイシを食することにした。Cimg0200

 今年は、鳥達の食べる物が無かったんだろうか?。我が家の10本ほどの梨園は、鳥のためにほぼ全滅した。まさに鳥の餌を作っているようなものだ。腹立ちが頂点に達して、残っていた僅かばかりの梨を、全て採ってしまった。まだ上手くはないのだが、少しは梨の味がする。せめて数個は人間の入れようと思ったのだ。

 それから今年初めて、ベニーという赤オクラを栽培した。ところがそのベニーが、樹ばかり大きくなって、未だに花が一つも咲いていない。一体全体どうしたことか。誰か、訳を教えて下さい。

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2006年7月29日 (土)

細胞融合は今

 ポマト、オレタチ、ヒネ、メロチャとは、何か分かるだろうか。ポマトは、ポテトとトマトの相の子。オレタチとは、オレンジとカラタチ。ヒネは、ヒエとイネ。メロチャは、メロンとカボチャの相の子である。何れも、細胞融合によってできた植物だ。

 細胞融合とは、植物の細胞を裸にして融合させ雑種を作る方法だ。その細胞融合が世界的ブームになったのは、30年ほど以前の話である。地上部にはトマトがなって、地下にはジャガイモのできる植物が生まれたと大変な話題になった。夢のバイテク技術として、宣伝されたのである。

 細胞融合は、バイテクブームを起こした。世界中で、熱心な細胞融合の研究が始まったのだ。そうして、その結果生まれたのが前述の植物である。Cimg0171

 だが30年を経過して、ポマトを食べたことがあるだろうか。ヒネやオレタチが、何の役に立ったのだろうか。メロンカボチャなど、食べたくもないだろう。

 無限の可能性を持つとされた細胞融合は、結局何も生み出さなかった。研究とは、可能性を限りなく追求し未知を解明することだが、それを技術として生かすことは相当に難しい。

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2006年7月28日 (金)

自分らしく生きること

 国中みんな貧乏な時代には、見方を変えるととても幸せだった。何故なら、物が増えるたびに、心身ともに幸福な気分を味わうことが出来たからだ。僅かばかりのご馳走だって、家族そろって喜びを分かち合うことが出来た。だけど今、物が増えるたびに邪魔になるだけだ。少し前の垂涎のご馳走だって、ダイエットの妨げでしかない。

 物も情報も、隅々まで溢れかえっている時代。我慢や苦労の無いことが、かえって自分の目標を見失わせてしまう。自分の存在価値を、実感として感じさせないのだ。選択肢があまりにも多すぎて、自分のやりたいことすら見つけられなくなっている。

 「自分らしく生きたい」と言う。しかし、なんにも制約の無い中で、そもそも自分とは何なのかすら分からなくなっている。だからニートなどという訳の分からない人生の迷い人が生まれる。もとより「自分を実現する」のは簡単ではないが、自分に正直に生きることは出来るはずだ。Cimg0198

 新しい自分づくりに向かって、思い切って自己投資をしてみる。後は、芙蓉(富士山)の頂を目指して、ひたすら継続することだ。結果として、少しでも賢くなっているならそれで満足しようと思う。

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2006年7月27日 (木)

丘の上の市民農園

 清水港を見下ろす丘の上に、100区画あまりの市民農園がある。蜜柑園に囲まれた農園には、熟年世代とおぼしき夫婦があちこちに見える。「ひらおか楽農園」である。Cimg0197

 海からの風がとても心地よく、春にはみかんの花の香が満ち溢れる。そんな環境が気に入って、多くの利用者が通ってくる。簡単な日よけの下で、一日海を眺めている夫婦もあるという。

 丹精して育てた作物の愛しさ、日々の成長や収穫の喜び、もちろん大失敗もあるし、逆に教えることを楽しむ人もいる。農園は、そこだけで一つのコミュニティー、小さな社会を形成している。Cimg0196

 「夫が毎日家でくすぶっている」なんて風景よりも、1区画100㎡の管理はちょっと大変だけど、丘の上で汗をかく方が何ほど楽しいことか。成熟する社会にこそ、健康的な市民農園を育てたい。

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2006年7月26日 (水)

ツルレイシの風情

 今年の梅雨明けは、殊のほか遅れている。だから日照不足で、実のなる野菜は軒並み影響を受けている。私のオクラも花の咲きが悪いし、トマト、キュウリ、ナス、ピーマンもみんな実の成りが少ない。それに、レイシの成長を心待ちにしているのだが、未だに食べられない。

 ツルレイシはウリ科の野菜で、別名ニガウリと呼ばれる。沖縄ではゴーヤー(苦い瓜の意)と呼ばれている。TVドラマの影響で、ゴーヤーの方が一般化しているかも知れない。

 独特の苦味が、夏ばてに特に効果がありそうな気がする。成分を調べてみると、やはりビタミンCの含量が極めて多い。それに苦味の成分は、モモルディシンと言って利尿や解熱などに薬効があるらしい。Cimg0194

 成分はともかく、私はあのユニークな形が好きだ。それに、ちょっと変わった生き物を連想させるイボイボのごつごつ感も良い。ともかく、早くゴーヤーを炒めて食べたいものである。蛇足だがツルレイシは、江戸時代以前に観賞用として日本に導入されたらしい。やはり、あのエネルギーに溢れた風情が好まれたのだろう。

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2006年7月25日 (火)

職縁社会からの卒業

 職縁社会という言葉は、「団塊の世代」を発明した堺屋太一さんの造語です。もともと人類は、血縁集団で採集・狩猟をしていた時代を経て、集団で助け合って農耕する地縁社会で成り立ってきました。稲作をするための水利や開田を、集落共同体をつくることで実現してきたのです。つい最近までそうした集落が基礎になって、この国は出来ていたのです。

 ところが団塊の世代がサラリーマンになった1960年代を境に、日本人の帰属意識は地域から職場に移ってしまって、もっぱら職場の同僚を社交の相手にするようになった。会社こそが生涯を託するところで、親類づきあいは程ほどに抑え、地域社会にも興味を持たなくなったと言うのです。

 その団塊の世代が、唯一よるべとしてきた職場を去る日が近づいている。寿司詰め教室、受験戦争、学園紛争、モーレツ社員、核家族などといった旋風を巻き起こしてきた世代が、自由な時間を手にするのです。

 その団塊の世代の行動は、これからの社会や経済を大きく変えていきそうです。そうした関心の一方、団塊の世代の多くの人たちにとって、それは当然不安なことでもあります。職縁社会から卒業するということは、一人村を出て見知らぬ地に旅立つことであり、血縁の狩猟仲間と離れて一匹狼になることと同じだからです。Cimg0193

 だけど団塊の世代は、これまでの職縁社会の束縛を離れて、限りない自由度を手にしようとしているのです。この自由を新たな職場に投じる人もいるだろうし、多様な趣味やスポーツ、社会貢献活動へと広げようとしているのもこの世代なのです。わくわくドキドキとする人生と自己の実現を求めて、好奇心に忠実に生きようと準備しているのです。

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2006年7月24日 (月)

ハマボウの咲く公園

 私の住む町を大田川が流れている。その河口近くの公園に、150本あまりのハマボウの群落がある。ハマボウは暖地に育つアオイ科の潅木で、河口部の岸辺に生えている。別名、キイロムクゲとも呼ばれる。

 今そのハマボウが、盛んに花を咲かせている。黄色い花弁が一種独特で、心臓の形を連想したりする。土地の人々は、この花をビンボウバナと蔑んだりして、庭木として植えたりはしない。花の形が、心なしか寂しさを感じさせるからだろうか。Cimg0190

 休日のこの公園は、もっぱら外国人労働者達の集いの場になっている。黄色の花が南国ムードを醸し出し、彼らのキャンプからは南米の音楽も流れてきて、いやが上にも郷愁が増幅されていくようだ。Cimg0192_1

 ところで、静岡県に住む外国人登録者数は約 9万人だ。人口の 2.4%を占めている。だが、私の住む町には5千人余が暮らしていて、人口の 6%近くに達している。彼らの集うハマボウの咲く公園で、何故か物悲しさを感じてしまうのは私だけだろうか。

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2006年7月23日 (日)

生まれ変わる茶農業

 牧の原の茶畑の只中に、豪奢なホテルのような建物がある。何とこれが、(有)丸東製茶の本拠であり、荒茶の加工工場なのです。Cimg0188

 静岡県のお茶は、これまで茶農協と呼ばれる共同加工によって発展してきました。沢山の生産者が少しずつお茶を栽培していましたから、それを加工する施設をみんなで作ったのです。旧ソ連のコルフォーズのような組織なのですが、かつては良く機能していました。

 ところが最近では、機械化が進んで大面積の管理が出来るようになりました。それに生産者が高齢化して、茶園の管理を持て余すようになってきたのです。それで今、維持できなくなった共同体を解散して、会社組織の経営体が次々に生まれているのです。Cimg0187

 この会社も、平成14年に8人の社員によって設立されました。そして現在、茶園71ha、年商5億円余を上げています。茶農協時代とは違って、組織全体から活力が伝わってきます。厳しさの増す経営環境の中で、このような組織が新しい農業の時代を創造していくのだと思います。

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2006年7月22日 (土)

久しぶりのマージャン

 ほぼ三年ぶりに、少しだけマージャンをした。 マージャン大会という形で、年に二回 職場のOBとの交流会をやっている。その会に、随分久しぶりに出席したのだ。

 男が集まって、にらみ合っていても仕方が無い。そこで普通は飲み会となるのだが、この会はマージャンなのだ。メンバーがどんどん入れ替わり、近況話もおり混ぜながら親睦を図る嗜好なのだ。Cimg0189

 さすがに、年配の方々が多くなってしまった。と言うのも、近頃の若い人たちは、4人集まってマージャンをするなどと言うめんどくさい事は、ほとんどやらなくなってしまった。第一、群れることをしないのだ。

 マージャンなど亡国の遊びだと考えているのだが、こうしたお付き合いなら出来る限り続けたいと思う。次の会は、年末だ。是非、元気なお顔を拝見したい。

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2006年7月21日 (金)

新しい産業としての農業

 昭和20年代には、この国の人口の半分以上が農家人口だった。多くの人々が、少ない耕地面積を少しずつ耕して生活していた。だから農業は、農家の家業でしかなかった。

 その後、農業就業者はずっと減り続けてきて、今日では全就業人口の4%程度でしかない。しかも、その半数近くが70歳以上なのである。農業生産が、過去の形のままで止まるならば農業は急速に縮小せざるを得ない。だが古い農業が衰退する一方で、今、新しい産業としての農業の成長が始まっている。

 菊川市に、T園芸KKという農企業がある。カジュアルな鉢物を生産し、全国の量販店に供給している。従業員は約50人。年商は10億円近い。大型化する末端流通に対応できる生産システムの構築で、企業経営を発展させている。Cimg0183

 海外から種苗を輸入すると共に、作業を分業化単純化してマニュアル化し、低コストな製品作りに成功している。約2haの生産温室では、様々な植物が移動ベンチの上で育っていた。Cimg0184

 水稲を中心とした経営や茶業、メロンやトマトなどの施設園芸、対規模な果樹園経営など、かってとは少しばかりイメージの違う農業が育ち始めている。零細な農業もそれなりに大切なのだが、企業化できるシステムの開発が、今、研究部門に求められている。 

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2006年7月20日 (木)

オクラと朝

 オクラは、東北アフリカ原産のアオイ科の植物である。果実のぬめりとトロロ風味が特徴的で、ペクチンやビタミンB1などが多く含まれる。別名オカレンコンなどとも呼ばれて、煮物やテンプラ、バター炒めや酢豚などと調理の用途は随分と広い。

 このオクラが気に入って、数年前から栽培を続けているる何故気に入ったかというと、果実(朔果)の成長の早さだ。花が咲いたかと思うと、アッという間に収穫期を迎える。収穫を忘れたりすると、大きくなり過ぎてもう食べられたものではない。このスピード感が、なんとも良い。それに毎朝収穫できる。オクラを採りながら、朝をじっくりと味わうことが出来るではないか。Cimg0180

 と言う訳で、今年は250本ほどのオクラが育っている。それを晴れの日も雨の日も、毎日収穫する。それが良い。採ったオクラは、女房殿がどこかに持っていく。オクラは、女房のお蔵になるのだ。私には実益は全く無いのだが、収穫の喜びだけはある。それで、満足しなければなるまい。

 ところで、園芸の楽しみは何か。それは、植物の日々の成長を愛でる事と収穫だ。それに、勤労は汝を玉にする。明朝も雨だけど、たくさん採るぞ !

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2006年7月19日 (水)

江戸時代の奉行

 私達からすると、江戸時代は遠い遠い昔のような気がする。それにテレビドラマの影響だろうか、悪代官やヤグザ者が跋扈する鬱屈した時代のような印象もある。だが江戸時代は、たかだか140年前の事でしかない。

 TVドラマの遠山の金さんは、遠山左衛門尉景晋という長崎奉行をモデルにしている。本来役所として当然のことなのだが、金さんは奉行として善政を展開する。その勧善懲悪がドラマになっている。言うならば、役人の鏡だ。もちろん江戸の昔に、桜吹雪の刺青をした奉行がいて、ドラマのような現実があったのかどうかは定かでない。

 江戸末期に、川路左衛門尉聖アキラという男がいた。幼名を弥吉といった。弥吉は、小普請組の川路家の養子になる。やがて、その英才さがかわれて幕府の勘定所(財務省)に出仕する。その後栄達して、佐渡奉行、奈良奉行、大阪町奉行、勘定奉行を歴任し、幕末には外国奉行を務めている。川路の死は1868年。江戸開城の翌日、自害している。

 その川路が、奉行としての日々の思いを手紙という形で克明に書き残している。言うならば、今日のブロガーのようなものだ。その中には、社会の仕組みや仕事の悩みなども含まれている。封建の時代ではあっても、考えることは今日とさして変わりはしないのだ。

 蛇足だが、ロシア使節プチャーチンの「日本渡航記」に、この国に珍しく聡明な人物として川路が紹介されている。ロシアの使節団と、幕府閣僚の次席として下田で日ロ交渉した際の記録だ。この時、北方四島の日本帰属を認めさせている。

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2006年7月18日 (火)

モチベーション

 何時のことだったか、私のマラソン遍歴について話をしている時のことだ。ある人が「モチベーションが、良く続きますね」とおっしゃった。モチベーションは何かと問われたのだ。意欲を継続させる源は多くの場合、人に認められたいとか、自己実現だったりする。しかし改めてその動機を付けを問われると、実は良く分からない。

 かつてこの国の人々の行動は、「物」を得ることが原動力になっていた。テレビや冷蔵庫、はたまた乗用車を手に入れることが、その時々の勤労の動機付けだったような気がする。今日の中国人と同じだ。そして何時の間にか身の回りに物が溢れるようになって、人々は自分の人生の目標を見失ってしまう。

 道楽には、理由は要らない。夢中になって楽しむことが出来れば、それで良いのだ。先日、Mという方が尋ねてこられた。Mさんは、家業の傍ら「樹木の電位と樹液の流れ」について永年研究しておられるらしい。私にその研究内容について、丁寧に説明してくださった。ひと通り伺って、どうも役立つ研究のようには思えない。そこで止せば良いのに、「この研究をどうされるのですか?」と聞いてしまった。Mさんはしばらく黙っていて、ポツリと「道楽ですよ」と言った。

 そうなんです。彼の30年にも亘る研究は、おそらく彼の仕事に役立つどころか、世の注目を引くこともないと思う。それでも彼は、計測機器を工夫したりしながら研究を続け、既に学術論文も二本出している。研究が徒労に終わるかもしれない。でも彼にとっては、その研究が登りたい山なのです。考えてみれば、ノーベル賞を射止めた小柴さんのカミオカンデだって、何一つ生産に寄与している訳ではない。受賞が無ければ、名前も知られ無かっただろう。

 カネカネ主義のこの今の時代、功利を超越して何物かに熱中してみること。そんなモチベーションを育てつつ、これからの人生をやって行きたいと思う。

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2006年7月17日 (月)

ポジィティブリスト

 食べ物に残留している農薬規制の話です。ポジィティブとは、ネガティブの反対語で、これまでよりも積極的な規制への転換を意味しています。食品衛生法の改正で今年の5月29日から、すべての食品にこのポジィティブリストが適用されています。

 農薬は、「動物に毎日継続して食べさせても悪影響の無い」範囲でしか使うことが出来ません。その基準として、許容一日摂取量(DID)が決められています。これまでの規制は、「あらかじめ定められた農薬」についてだけでした。その農薬が残留基準を超えて検出された場合に流通が禁止されたのです。

 ところが新たな制度では、残留農薬の基準が定められていなくても、言い換えるならどんな農薬の成分でも、一定基準(0.01ppm)を超えて検出された場合には流通を禁止することになったのです。

 農作物を栽培するのに、定められた防除基準を守っていれば問題は起きないはずです。ところが、他所から農薬が飛散してきた場合、非常に厳しい基準が適用されている訳ですから、計測不能なほどの極微量であっても販売出来なくなる可能性があるのです。Cimg0179

 既に新しい制度が適用されて、中国産のエンドウが回収されるケースがありました。農薬を使う場合には、風向きなど周辺部にも十分注意しなくてはなりません。つまり農薬の使用には、地域全体でお互いの連携が必要なのです。

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2006年7月16日 (日)

カラスの夫婦

 カラスが巣を作った。近頃のカラスは、鉄骨入りで巣を作る。よもや構造設計の偽装がカラスの社会?にまで聞こえている訳でもあるまいが、とにかく耐震建築なのだ。せっせと針金を拾い集めては、営巣の資材にしている。かくして、地震にも負けない、立派な巣が出来上がる。Cimg0175

 問題は、彼らの食料である。どこか遠くで調達してくる分には、特別に憎むほどのことは無い。だが、分別なく私の労作を略奪するようになった。

 私はこのところ、ブドウにかまけ過ぎていた。今朝、しばらくぶりに梨の様子を見に行った。するとそこに、カラスの夫婦がいた。梨の棚の下には、白い袋が一面に散乱している。その袋を突いていたのだ。何と、私が数日を費やして被せた袋なのだ。それに梨は、まだ随分小さい。それを落として、袋を破って中の小さな果実を突いているのだ。Cimg0178

 一体全体、何ということだ。夫婦を追っ払ってしばらく、呆然とたたずむしかなかった。雀の次はカラスだ。ニャロメ~ェ。しかも奴らは、「ウマァ、ウマァ~」と鳴いて飛び去ったではないか。本当に旨いのかどうか?  その小さな実を口に入れてみた。ところが何と、これが甘いではないか。私の被せた袋は、奴らの攻撃目標になっただけだ。今更テングスを張ったところで、既に残る梨は数個でしかない。それも何時まで持つことか。限りない無力感に襲われる。いっそ、あの耐震建築をぶっ壊してやろう。

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2006年7月15日 (土)

ゴルフと私

 ゴルフの楽しさを語る人は多い。だけど私は、本当に楽しんだことがあるのかどうか、自分でも分からない。毎度のようにBBメーカーで、練習もせずにOBばかり出しているからだろうか。とは言えかなり昔のことだが、練習場に通いつめたこともある。トラック何杯分ものボールを打った。それでも、目立った上達はしなかった。Cimg0169_1

 ある時、スポーツはすべからく足腰が肝心だと気付いた。足腰を鍛えずに、クラブばかり振り回しても無駄だと分かったのだ。それで、少しずつランニングを始めた。そして何時の間にか、そのランニングに結果としてのめり込んでしまった。走ることが楽しくなったのだ。当然、ゴルフ練習場に足が向かなくなって、実力はくだんの如くなのである。

 実力は依然として果々しくないが、分かってきたことがある。それは、ゴルフは形だということである。そして、心も体もゆったりしなくては駄目だということだ。ゴルフ場に出かける前には、その事を自らに言い聞かせて出かける。たが帰りにゴルフ場を出る際には、いつも「あーあっ」と、自らの不甲斐なさとOB連続の不運を呪っている。

 さりとて、悔しいからと一念奮起して練習する訳でもない。そのくせ、誘われればいそいそと出かけていく。まさに、何時までも形の定まらない私の人生と同じである。

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2006年7月14日 (金)

環境と住民意識

 「もったいない」という言葉が、まだ生きていた。滋賀県知事選挙の話である。実績実力共に備えなおかつ自民・民主・公明相乗り推薦の現職知事を相手に、いとも簡単に圧勝してしまった嘉田由紀子氏のよもやの快挙だ。五人目の女性知事の誕生だが、驚きという他ないだろう。

 静岡県でも掛川新幹線駅をめぐって、かつて大きな議論があった。今回と同様に請願駅であり、建設に必要な資金を地元で準備しなければならない。時の榛村市長は、これを市民や近隣市町村の寄付を募ることでクリアーしてしまった。当然のことながら異論も噴出したが、ともかく作り上げてしまった。昭和63年のことだ。今、掛川新幹線駅は、通勤を含めて無くてはならない駅である。

 これまでの自治体は、住民のより快適(便利)な環境づくりのために道路や橋、公園や公会堂、図書館やごみ処理施設などの整備に邁進してきたといえる。新しい駅ができれば、より便利になるだろう。企業やホテルの立地だって進むだろう。雇用の場にもなる。多くの人々がそう考えてきた。だが、滋賀県民の選択は、それを否定するものだった。Cimg0177

 人々の価値観は、時代背景や景気動向などで大きく変わっていく。時の雰囲気に流されやすい、かなり我ままなものだ。ともあれ滋賀県民は、「琵琶湖再生、自然の再生」をキャッチフレーズに、加藤登紀子の「生きている琵琶湖」をテーマソングとして、そして650億円の新駅を「もったいない」とした新知事を選んだのだ。

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2006年7月13日 (木)

敵機襲来

 あと一週間で収穫できる。日照不足で色付きの遅れていた早生ブドウのことだ。そのブドウに、異常事態が起こった。敵機の機銃掃射によって、ブドウの房が見るも無残にささくれている。Cimg0173

 敵機は、昨年来のあの雀とその仲間に違いない。彼らは、私の丹精しているブドウの熟れるのを、電線の高みから虎視眈々と窺っていたのだ。それが頃合い良しとばかりに、一斉攻撃に出たのだろう。私が味見すらしてないのに、遺憾千万である。しかも、りっばに育った房から順番に襲っている。まともに食べる訳でもなく、ひたすら突き回っている。私に何の遺恨があるのか・・・・。

 ニャロメーと、悔しがっていても仕方が無い。早朝から、緊急の作業を始めた。先ずは、食害部の切除。それからブドウの房に、陣笠状の防空頭巾を取り付ける。作業は、数時間を要して終わった。それからおもむろにハウスの外に出て、電線上で待機している彼らに、「明後日来い !」と言い放った。果たして、彼らの第二波攻撃は空しいものになるだろう。Cimg0176

 だが待てよ、そうとばかり言っていられない。「甲斐美嶺」という品種の、成熟期が近づいている。間違いなく、彼らの次の標的になるだろう。「明後日来い!」と怒鳴ったのは、まずかったなァ~。口は、災いの元であったか!!!!。彼らのために私の貴重な時間をあたら費やすのは、真に持って不本意だが止むを得ない。先手を打って、陣笠を全ての房につけることにした。

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2006年7月 8日 (土)

止む無く投稿中断

 ココログの具合が悪く、投稿に難渋しています。

 よって、メンテナンスの終了する13日まで、投稿を中断します。

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2006年7月 7日 (金)

市場原理の限界

 バブル崩壊以降の景気低迷には、皆がうんざりしていた。その打開策の切り札が、市場原理とそのための規制緩和である。そして多くの国民が、市場原理こそがこの国を救うと信じるようになった。そうして改革特区を始めとして、ありとあらゆる分野で歴史的な変革が推し進められてきた。

 市場原理と相容れないのが、公務員の世界であった。だがここにも勤務成績評価を始めとして、人員と給与の削減、市町村の合併、業務のアウトソーシングなどと、かつて無かったような状況が次々と起こっている。

 国立大学も国の研究機関も、独立行政法人になった。さらにこの四月から、独立行政法人の職員は公務員でなくなった。名実共に文部科学省などの干渉を受けずに、独立してその経営をし職員を採用したりするのだ。その代わり国からの運営費交付金が年々減っていくので、自分で必要な資金を獲得しなければならなくなった。俄然、資金調達のための競争が始まっている。当然、優秀な研究者には資金が集まる。研究も大いに進むだろう。市場競争原理が、働き出したのだ。

 市場原理の成果の一方で、多くの影の部分が問題になり始めている。低賃金で働くパート職員が増え続け、雇用者全体の三分の一にまでなった。彼らの賃金は、正社員の半分以下である。超優秀な研究者に資金が集まる一方、そこそこの研究者は研究費にも困ることになりそうだ。

 所詮、勝ち組は限られた一部でしかない。アメリカのような、国民の1%の富裕層が国富の半分を占め、多くの貧困層を許容する国が良いのかどうか。多くの国民の、やる気というモチベーションを維持し続ける仕組みが必要だ。そんなやりかたこそが、求められていると思うのだが・・・・。

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2006年7月 6日 (木)

孫と人生

 自分では若いと思っているのだが、何時の間にか孫がいる。彼らに「ジイジ」と言われるのは面白くない。だから私のことを、「若い若いジイジ」と呼ばせている。けっこう『リハツ』な孫で、今のところキチッと遵守してくれている。Cimg0172

 そんな訳で、孫の溺愛に日々を費やしたくはないのだが、時にその可愛さに負けてしまいそうになる。朝早くから「ブド、ブド」などと追いかけてこられると、ブドウの世話に熱中している訳にはいかない。何時までも人生の現役でいたいと思っている私としては、いささか悩ましいのだ。

 それに敵は、大人の生態を実によく観察している。物の言い様や細かな仕草まで、何時の間にか真似されている。我がふりを真似されるのは何ともこそばゆい限りだし、孫の存在を実感しない訳にはいかなくなる。

 人は何時も物事を考えているようで、実は日常に埋没して案外考えることをしていない。テレビを見たり風呂に入ったりと、何気なく日々を費やしていることが多い。何も考えないで生きる、そんな生き方をしたくないと思っている。孫と遊ぶのなら、自分の手で日々新しさを切り開くことを教えたい。自分で人生の意味と面白さを創ることを !

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2006年7月 5日 (水)

梅雨の晴間に

 梅雨が明けると、真っ青な空とカッと陽光の照りつけるあの夏がやってくる。そんな夏が待ち遠しくて、まだかまだかと梅雨空を見上げたりする。この国の季節の移ろいは、人生に似て実に味わいに富んでいる。

 この梅雨の季節に、ビワや桃、サクランボなどが旬を迎える。それで私達の味覚も、いやが上にも夏に入り込んでいく。今日ではこの仲間に、スイカが加わっている。野菜もズッキーニやオクラが採れだして、いよいよ夏本番を告げている。

 道端のヤマモモの実が熟れて、路面を真っ赤に染め始めている。幾分酸っぱいのだが、これも初夏の味だ。子供の頃には、このモモを求めてあちこち歩き回ったものだが、今では鳥も食べないのだろうか。Cimg0165

 昨日あたりから我が家のピオーネが、ほんのりとお化粧を始めている。テポドンの騒ぎをよそに、あの暑い夏を迎える役者がほぼ出揃った様子である。  

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2006年7月 4日 (火)

雑草考

 蒸し暑い日の続くこの日本は、モンスーンの国である。高温多湿な気候は、様々な植物を繁茂させる。逆に、ヨーロッパのような少雨で冷涼なところでは、満足に草も生えない。だから牧草を大切に育てて、牧畜を中心とした農業をやってきた。だが日本では、アッと言う間に雑草のジャングルになってしまう。牧草を育てるのも大変だし、ゴルフ場の芝のような状態を保とうとすると、どうしても除草剤が必要になる。

 水田もほおって置くと、ヒエやセリ、オモダカ、ミズアオイ、カヤツリグサの仲間がたちまち繁茂して、稲が隠れてしまうほどになる。肥料は、野生的な彼らがみんな吸収してしまう。だから昔から農民は、この雑草の駆除のために大変な労力を費やしてきた。人力頼りの田草取りは、腰が立たなくなるほどの重労働だ。Cimg0167

 今日の稲作は、多くの場合除草剤を散布する。雑草の成長ホルモンに異常を起させて枯らしてしまうのだ。ところが近年、有機農業を始めとして化学合成農薬ねとりわけ除草剤を嫌う傾向がある。さりとて雑草が蔓延しては美田も台無しで、満足な収穫は得られない。それは代議士諸侯の、「田草取」と同様である。額に汗して、雑草を抜いて回るほかない。

 私達の最も身近にある植物が雑草だが、人間にとって都合の悪い植物であることは事実だ。農業は、この雑草との戦いから始まった。化学の力を借りずに雑草を退治することが出来るのかどうか。高感度センサー搭載の除草ロボットとか、除草タニシを開発するしか無かろうと思う。雑草だけを食べるタニシの養殖など、不可能だろうか?

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2006年7月 3日 (月)

食料資源の争奪

 この国は、麦や飼料穀物、野菜など、世界中で最も多くの農産物を輸入している国だ。当然のことながら、食料自給率は40%を切ろうとしている。世界でも、シンガポールを除けば、稀な国になっている。ちなみに主要国のエネルギーベースの自給率(2002年)は、オーストラリア230%、フランス130%、米国119%、ドイツ91%、イギリス74%である。

 安い農産物が、将来とも安定して供給できるならば、それでも良いかもしれない。だが、そんな具合ではなさそうだ。かつてローマクラブが警鐘を鳴らした危機が、現実のものになりそうな気配がある。

 最も大きな波乱要因は、中国とインドだ。中国はつい最近まで、大豆の大輸出国だった。日本は、そのほとんどを中国に依存していた。ところが今日の中国は、日本に次ぐ農産物の大輸入国になってしまった。日本の2004年の食料の純輸入額は396億ドルだが、中国のそれは既に156億ドルに達している。 急速な経済成長に伴う労働力の流動化や、収益性の高い野菜への特化などが、穀物生産を縮小させ消費量を拡大させているからだ。

 中国と同様なことが、インドでも起ころうとしている。なにしろ11億余の人口である。何が起こるかは、想像に難くない。中国は既に、中南米での買い付けを確保するための資源外交に腐心している。石油など、エネルギーの争奪だけではないのだ。この日本人の食料も、脆弱化する一方の国内の生産構造を考えるなら、食料争奪合戦はどこかの国の話という訳には行かない。

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2006年7月 2日 (日)

技術開発は誰のため

 化粧品の開発は、その使い手の要求を徹底して調査することから始まる。消費者の求めるものは何か、その製品を開発することが研究の目的である。結果として日本の化粧品産業は、三兆円もの販売を成し遂げ、一昔前のフランス製の化粧品等を凌駕してしまった。

 一方、農業の研究はどうであったか ! 戦後の食糧難時代には、いかに多くの生産を上げるか、こぞってその研究に取り組んだ。それは確かに、胃袋を満たすための消費者の強いニーズだった。だが、多くの肥料と沢山の農薬を使って最大の収穫を目指す技術は、何時の間にか生産者のためだけの研究になっていた。

 遺伝子組み換え技術は、バイオテクノロジーの最たるもので魔法の技術でもある。だがこれとても、方向を誤った。組み換え技術で最初に生まれたのは、除草剤を散布しても枯れない大豆だった。虫の食べないトウモロコシもそうだ。確かに生産し易いから、コストは下がる。消費者のためにもなるはずだ。・・・しかしやはり、日本の消費者には拒否されてしまった。そして、研究すら危うい状態にある。何故、ほっぺたの落ちるような美味しい作物を作らなかったのか。Cimg0163_1

 品種の選抜でも同様だ。作り難いと言うことは、真っ先に淘汰される要因になる。作り難いかどうかなんて事は、後から解決すれば良いことで、先ずは消費者のことを考えるべきだ。研究の目標は、すべからく消費者のニーズに設定すべきだ。研究は、生産者のためでは駄目だ。農林水産技術会議50周年の講義を聴きながら、一人そんな事を考えていた。

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2006年7月 1日 (土)

楊枝(ヨウジ)

 インドにニームと呼ばれる植物がある。センダンの仲間で、樹液はもとより葉や種子まで活用されている万能樹である。殺虫・殺菌効果や虫を忌避する効果が高く、ミラクルニームとも呼ばれている。こうした機能は、この樹に含まれるアゼジラクチンという物質の働きであり、既にアメリカなどでは製薬として販売されている。

 今日は、楊枝の話だ。もちろん歯を磨く木製の道具のことだ。日本人(もちろん上流階級)が、歯を磨くようになったのは奈良時代からのことらしい。それ以前の人たちは、水で口を漱ぐことはあっても、楊枝を使うことは無かったようだ。

 実は楊枝は、インドから仏教と共に伝わってきた。中国の僧法顕の著した「仏国記」に「仏 此ニ在リテ楊枝ヲカミ」と原始仏教の修行者の規範として記録されている。それに日本の僧道元もその著「正法眼蔵」に、仏法の基礎は身を清浄にすることだとして、インドから伝わった楊枝の正しい使い方を記述している。

 ところで江戸時代には、「武士は食わねど高楊枝」とか言われ、下級武士の内職としての房楊枝づくりも落語などになっている。だがその楊枝のルーツを辿ると、もともとのインドの楊枝はニームではなかったのかと思う。空想は、実に楽しい。そのうち、ニームの樹液のついた歯ブラシが売り出されるかもしれない。

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