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2006年7月19日 (水)

江戸時代の奉行

 私達からすると、江戸時代は遠い遠い昔のような気がする。それにテレビドラマの影響だろうか、悪代官やヤグザ者が跋扈する鬱屈した時代のような印象もある。だが江戸時代は、たかだか140年前の事でしかない。

 TVドラマの遠山の金さんは、遠山左衛門尉景晋という長崎奉行をモデルにしている。本来役所として当然のことなのだが、金さんは奉行として善政を展開する。その勧善懲悪がドラマになっている。言うならば、役人の鏡だ。もちろん江戸の昔に、桜吹雪の刺青をした奉行がいて、ドラマのような現実があったのかどうかは定かでない。

 江戸末期に、川路左衛門尉聖アキラという男がいた。幼名を弥吉といった。弥吉は、小普請組の川路家の養子になる。やがて、その英才さがかわれて幕府の勘定所(財務省)に出仕する。その後栄達して、佐渡奉行、奈良奉行、大阪町奉行、勘定奉行を歴任し、幕末には外国奉行を務めている。川路の死は1868年。江戸開城の翌日、自害している。

 その川路が、奉行としての日々の思いを手紙という形で克明に書き残している。言うならば、今日のブロガーのようなものだ。その中には、社会の仕組みや仕事の悩みなども含まれている。封建の時代ではあっても、考えることは今日とさして変わりはしないのだ。

 蛇足だが、ロシア使節プチャーチンの「日本渡航記」に、この国に珍しく聡明な人物として川路が紹介されている。ロシアの使節団と、幕府閣僚の次席として下田で日ロ交渉した際の記録だ。この時、北方四島の日本帰属を認めさせている。

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