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2006年8月 8日 (火)

心のふるさと

 職場を定年退職する知人が増えたためだろうか。最近、自叙伝的な著書をちょくちょく頂くようになった。読ませていただくと、子供の頃の原体験などが心理描写と共に上手く表現されていて感心してしまう。

 そもそも自伝を書くなんてことは、自分に相当な自信があって自己を客観視できないと到底かなわないことだ。それに、著者の克明な記録(記憶かもしれない)には圧倒される。人生というドラマの主人公としての自覚がなくては、これほどの記録は出来るはずが無いと思ったりする。

 そういう意味では、時代の中の自分を強く意識して、後世に記録を書き残してきた著名人も多い。タウンゼント・ハリスや特定の政治家は言うに及ばず、昭和天皇の侍従長さんなどもその一人かもしれない。それが今日では、私達庶民でも自らの足跡を記録として残しうるのだ。

 頂いた本に触発されて、自分の子供の頃を思い出してみたりする。そうすると、この50数年の変化の早さに改めて驚く。子供の頃、我が家では農耕用の牛を駆っていた。牛の牽く牛車に揺られて、農作業について行ったりしていた。その牛の顔が、いまだに忘れられないでいる。Cimg0202_1

 ウサギを飼って小遣いを稼いだ。タンポポは、ウサギの好物だった。学校から帰ると、山羊の乳とサツマイモが空腹を満たしてくれた。やがてテーラーと言う小型の耕運機が導入されると、その機械で田起こしの競技会があつた。親父が、えらく頑張っていたっけな。

 ムラの耕地整理の工事には、トロッコが使われていた。そのトロッコに乗って、暗くなるまで遊んだっけ。夕焼けて沈む太陽が、馬鹿でかかったなぁ。そんなあれこれを思い出しながら、そんな事が嘘のような、はるかに遠い遠い昔の時代の出来事であったような気がしてくる。時代の流れが、あまりにも猛烈な速度で移り変わってきたからだろうか。

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