« 歴史の中の自分 | トップページ | 今をこそ生きなん蝉時雨 »

2006年8月10日 (木)

職人芸と産業

 団塊の世代の大量退職で、技の伝承が危惧されている。フライス盤や研磨技術にもマニュアル化されていない技があって、その技が日本の産業を支えていると言うのだ。

 でもそれは、団塊の世代への世辞の様にも聞こえてくる。なぜなら近代工業社会は、職人芸をマニュアル化・機械化することで成長してきたからだ。だから職人の名人芸は、常に抹消させられるべき対象だったはずだ。 その証拠に、指物師や彫金師、それに茶師だって、既に伝統工芸や無形文化財としてして存続しているだけだ。

 その埒外にあったのが、これまでの農業だ。天候と駆け引きをしつつ栽培管理して、コンスタントに良質なものを量産する。この技術は、今日でも優れた観察眼と資質を持つ者だけの技である。マスクメロンを始めとした果菜類はもちろん、水稲だって「米作り日本一」のコンクールがつい20年前まであった。

 そんな農業の技が、徐々にマニュアル化され始めている。トマトの糖度は、普通4~6度くらいである。そして7度以上のトマトを高糖度トマトと呼んでいる。いわゆるルーツトマトである。この濃縮トマトを生産するには、水の管理が極めて難しい。トマトの濃度と生産量が反比例するからだ。糖度が15度もあるトマトが出来ても、収穫量が少なくてとても採算には合わないし、場合によれば枯れてしまったりもする。Cimg0222

 実はこの加減をするのが、経験と感を生かした名人の技であった。ところが一枚の布が、この技を無用にしてしまった。トマトの鉢に差し込んだ不織布が、湿気を敏感に感じてこれを電気信号に変える。この信号を感じたコンピュータが、冠水を始める。原理はそれだけである。それだけで、名人が失業することになった。

 この仕掛けを使えば誰でも高糖度トマトを生産できる訳で、経営の規模も無限に拡大できるようになった。トマト生産で、起業が可能になったのである。

 この国には、世界に冠たる工業技術がある。もちろん、多様なセンサー技術が発達している。その先端部分を農業の分野に生かすことができれば、農業はまだまだ進化する可能性を秘めていると思う。

|

« 歴史の中の自分 | トップページ | 今をこそ生きなん蝉時雨 »

農業」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 職人芸と産業:

« 歴史の中の自分 | トップページ | 今をこそ生きなん蝉時雨 »