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2006年9月30日 (土)

保育園の運動会

 孫に引っ張られて、運動会に出かけました。どうして気分は、父親ですね。Cimg0351

 運動会などと言うものは、一体何年ぶりのことでしょうか。

 私の子供の頃の運動会のことを、不思議と鮮明に覚えています。Cimg0350

 私の子供の頃は、村に幼稚園はありませんでしたから、小学三年の頃の運動会です。

 その頃、かけっこや何かで一生懸命だった記憶があるのです。恐らく、生まれて初めての「一生懸命」の記憶です。

 そんな事を思い出しながら、突然「あの頃のお袋は、今の嫁さんのように若かったのか! 」と、今更ながら感慨深くなりました。Cimg0345

 あらためて自分のこれまでの来し方を思い、しばし青臭い気分に浸りました。これまで、何をやってきたのかと・・・。

 玉入れにも、出場したんですよ。つまらないと思いながらも、結構こんなことに熱くなるんですね~。不思議です。

 『 玉入れに 空の色冴え 孫の声 』Cimg0354

 

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2006年9月29日 (金)

農業は環境破壊者?

 自然を人間にとって都合の良いように改造して、人間のための作物を生産する。それが農業です。

 当然、もともとの自然環境を変えてしまっている訳です。

 紀元前、農業が始まったと言われているチグリス・ユーフラテス川の一帯は、今では砂漠に近い状態になっています。

 もともと雨が少なくて、自然の回復力の弱いところでは、塩害などが進んで農耕は出来なくなってしまいます。

 そうしてみると、農業は永い歴史の中では最も自然を破壊してきたのかもしれません。

 でもそのお陰で、今地球上には60億人もの人々が生活できるのです。Cimg0340

 只、近世の農業は、かつてとはかなり違ったやり方をするようになりました。化学合成された肥料を使うようになったのです。

 窒素は、植物の成長にとって必要不可欠なものです。その窒素は、かつては窒素固定細菌によるものか、堆肥からしか供給できませんでした。だから窒素は、常に不足している状態にありました。

 今ではその窒素が、科学的に大量に合成されて使われているのです。お陰で、生産力は飛躍的に増えました。

 しかし、日本のように雨の多いモンスーンの地帯なら良いのですが、地球の多くの所ではこの窒素が集積していきます。

 過剰な窒素は、地下水も汚染していくでしょうし、農地そのものにも次第に大きな影響を与えるようになるかもしれません。

 ひょっとすると、やがて農業のやり方が問われる時が来るのではないかと思ったりしています。Cimg0343

そんな農業と環境を考えるシンポジュームが、東京の新宿で開かれました。農業環境の問題を、大都市の真ん中で開催するのは、ちょっとしたジョークなんでしょうか。

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2006年9月28日 (木)

首都東京

 久しぶりに東京に出た。

 何時もの事ながら、東京と言うところは少し緊張を要する所だ。何故なら、何時も移り変わっていて、ちょっと油断すると迷子になりかねないからだ。Cimg0339

 かつて高度経済成長の始めの頃、「東京砂漠」と言う言葉があった。今、そんな雰囲気は微塵も感じさせない。

 品川新駅とか何とかスクエアーとかが次々と出来て、住む人・訪れる人にとってワクワクする様な所になっている。

 何時も、人々を驚かすような新しさが発見できる。

 そんな東京に、人々が吸い寄せられていく。益々東京一極集中が進んでいく。

 一頃、首都機能移転という話があった。あれも何時の間にか、どこかに消えうせてしまった。

 考えてみれば、良い所を首都にしたものである。

 豊臣秀吉が家康を関東に移封する際、関東平野の余りの広さに気付き、将来を相当に案じて色々と防衛策を講じた。

 しかし歴史は、秀吉が心配した通りになった。

 仮に家康が、静岡や浜松に止まっていたとしたら、徳川幕府はもっと短命に終わっていたのかもしれない。

 

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2006年9月27日 (水)

ほろすけ

 人間は、たいてい横着に出来ている。切羽詰らないと、なかなかその気にならない。

 私もその口で、忙しく動いている時には結構手際よくやるんだけど、少し余裕が出来ると皆後回しにするようになる。

 どうせ後でも出来るだろう。そんな風に思ってしまうのだ。それで色々と重なってきてから、フウフウ言いながらそれをこなすことになる。やっときゃ良かった・・・と後悔しながら。

 「ほろすけ」と言うのは、梟の事らしい。

 フクロウは、寒い冬の夜に良く鳴くようだ。ホロスケホ~と!

 何故鳴くかと言うと、「ほろすけは、昼間働かないで寝てばかりいて、それで夜になって、寒くなって、『明日になったら巣を作ろう』ホロスケホ~」っと鳴くのだそうだ。

 栃木県に伝わるお話のようです。

 今日やるべきことは、キチッと今日やる。明日に伸ばしてはいけない。・・・という教訓なのですね。

 この話を思い起こしながらも、毎日 同じ轍をふんでしまうのです。駄目だな~

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2006年9月26日 (火)

収穫の秋

 収穫とは、昔はたいてい米のことだったと思う。そうして米は、菩薩とか銀舎利とも呼ばれて大切にされてきたのです。

 日本人にとって米は生活の糧そのものでしたから、その豊凶に多くの関心を払ってきたのは当然のことですね。

 江戸期の安藤昌益などは、「人間は、米の原理によって生かされているに過ぎない」とまで言っています。

 でも今では、米は数ある食べ物の一部に過ぎなくなって、作況など民族の一大事にはなりそうにありません。

 その原因に、戦後の農業技術の進歩があります。何しろ戦後、米の反収は2.3倍になったのですから。

 一方で、米の生産拡大と反比例するように消費が減り続けてきたのですから、米は有り余ることになりました。

 そして、昭和45年から強制的な減反政策が始まります。人々の米に対する見方は、これを期に大きく変わってきたのです。 Cimg0338

 かつての稲刈りは、10月から始まって寒くなるまで続いたものです。今ではまだ9月だというのに、米の収穫は早くも最盛期を過ぎています。近年の育種が、季節の風景までもガラリと変えてしまったのですね。

 食糧管理法によって生産も流通も厳しく統制されていた時代がありました。だけど今では、流通も生産も基本的に自由です。

 だから需給調整は、生産者自身がやるしかありません。いよいよ来年からは、本格的な米農業の戦国時代に突入するのです。

・・・『 稔るほど 値段気になる 銀シャリの 』・・・

 

 

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2006年9月25日 (月)

物思う秋

 秋風は、人をメランコリックにするという。

 暑い暑いと過ごしてきて扇風機も団扇も要らなくなって、虫の声を聞きながら静かに考えていたりする。

 今の若い人たちはそんな時、自分が一人でいるのが耐え切れなくなって、メールをしたり、飲み会を考えたりとあたふたしだすのだ。何もせずにいるのが不安なのだ。

 でも秋は、一人孤独な時間が大切な時期だと思う。孤独は人を味わい深くする。

 誰かとつるんでいた方が、楽で良い。だけど、一人でなくては出来ないこともある。

 テレビを見たり、酒を飲んだりして誤魔化してはいけない。

 読んだり書いたり、自身のことを考えたり、皆一人でなくては出来ないことだ。自分の世界を作るのは、自分でしかない。

 ものを考えない、空虚な人が多くなったのは、孤独な時間を持たなくなったからだろう。あえて、孤独な時間を持とうと思っている。

 ・・・ただ ひとりあるのみこそよけれ(吉田兼好)・・・

 

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2006年9月24日 (日)

山のキノコ

 この時期、山には様々なキノコが生えてくる。その傍らを走りながら、かつてに呼び名をつけている。

 真っ白で不思議な形をした「ドーム」。何だか、幻想的な形です。Cimg0327

 今、一番多いのがこれ。歌舞伎に出てくるような紅い「カサ」ですね。Cimg0328

 ひょっとしたら食べられるのかと思える。「ヒビ」割れに特徴があります。Cimg0329

 「黄色」が、ちょっと毒っぽく見えます。食べるには勇気が要りそうです。Cimg0330

 小さくて一人ぼっちのキノコもあります。

 シメジのような感じのキノコです。でもシメジじゃないですよね。

 「ねずみ」色をして、とても地味地味なやつです。こんなキノコを見ると、何故キノコは、全体に派手な色彩なのか考えてしまいます。Cimg0333

 形だって色々なキノコがあります。これは花のようなカサになっています。Cimg0335

 ちょっとグロテスク。一瞬、ウンコの固まりかなって思っちゃいますよ。またまだありますが、そんなキノコを横目に山の小道を走るのです。  『 走りつつ 菌茸愛でつ 小笠山 』Cimg0336

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2006年9月23日 (土)

小笠山の風

 週末は、決まって山の尾根道を走っている。ウバメガシの林を、落ち葉を踏んで走るのは何にも代えがたい心身のリフレッシュになる。Cimg0326

 谷から吹き上げてくる秋の風がとても心地よく、蝉の声が止んで、もう既にコオロギなどの声が山を支配している。

 毎年、落ち葉の下から、ツキヨノタケのような面白い形をしたキノコが生えてくる。

 雨がやや少ないためだろうか、まだ数は少ない。真っ白で、天空から舞い降りた宇宙船のようなイメージのキノコだ。

 この小笠山は昔、マツタケの山と呼ばれていたそうだ。でも今では、松くい虫に犯されて、松はほとんど枯れてしまってしまった。それに、山に人の手が入らなくなって久しいから、マツタケの蘇生する気配は全く無い。

 樫の樹の切れ間には、萩の花や山栗が顔を出している。

 山の自然と自分の体を一つにできる、週末のひと時なのです。こんな身近に、素晴らしい空間が有ることを喜びたい。

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2006年9月22日 (金)

並木

 並木は、身近にあって最も季節感を醸し出す。

 私の研究所のエントランスは、銀杏の並木になっている。Cimg0325

 並木が植えられて、もう25年になる。歳月が、並木を創っていく。

 そこで働く人の顔ぶれは、どんどん変わっていって、 研究の中身も、どんどん進化していく。

 並木は、そんなことは知らぬ顔で、季節を織り成していく。

 銀杏が歳を経て、ギンナンをたわわに稔らせている。Cimg0322

 銀杏の実は、少々はた迷惑でもある。落ちた実が、腐って異臭を放つからだ。

 時々、その実を集めて食べてみようかとの衝動に駆られる。今年は、ほんの少しだけ食べてみよう。

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2006年9月21日 (木)

大学の秋

 最近、仕事の関係で大学に出向くことが多くなった。今日も大学は、閑散としていた。Cimg0323

 私が大学生の頃は、この時期は秋季試験だったりして大変だった。だが今日の大学の9月は、多くが夏休みになっている。

 今日大学に行って、「今時の大学生はこの2ヶ月余を、一体全体どのように過ごしているのか」と考えてしまった。

 自由度の高い青春の真っ只中であるはずの大学時代。私の時代は、大学紛争の真っ只中だった。

 大学のビルの屋上に陣取って、石やレンガを積み上げている連中。火炎瓶を作っている連中。今思えば、とんでもないやつらが一杯いた。Cimg0324

 一体何だったのかと思うが、ノンポリも含めて色々とあったことは事実だ。モンゴロイド特有のヒステリックな部分が、麻疹のように露出していたのかもしれない。

 ともあれ大学の秋は、とても静かである。

 

 

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2006年9月20日 (水)

プロジェクト研究

 今日、プロジェクト研究テーマの、学識者による評価委員会が開かれた。Cimg0320

 今では、公的な研究機関・大学も、研究費を確保するには競争に勝ち抜かなくてはいけなくなっている。つまり「私達は、こんな研究でこんな成果を出せます」というプレゼンをして、それが認められて初めて研究費を交付されるのだ。 

 それに、資金獲得のための競争率は高い。だから、能力の無い研究組織は、どんどん資金面でジリ貧になっていく。

 既に大学も国の研究所も独立行政法人化されて、国からの運営交付金は年率1%、総人件費も毎年1% 削減され続けている。同じ賃金、同じ研究をするならは、どこかから資金を得なくてはならなくなった。

 私の所属する研究所でも、例外ではない。今日のプレゼンで幾つかの研究費が獲得できないと、研究施設の電気を止めなくてはいけないかもしれない。

 人間は、一定の競争条件化でファイトを喚起する。程よい競争は、不可欠だ。しんどい戦いだけれど、皆で努力していくしかないだろう。

 それに、研究テーマを評価する外部委員だって、責任は重大だ。研究の価値判断が、正しいとは限らないだろう。が、今日の結果を、受験生よろしく待つしかない。

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2006年9月19日 (火)

京丹後

 丹後半島に来て最初に思ったこと。それは南北が逆さま、日本海側なのだと言うこと。

 それに、大和朝廷に匹敵したと言われる丹後王国の存在。日本海側最大の前方後円墳は、その存在を今に示している。

 日本海に突き出た丹後半島。大陸との接点が相当に深かっただろう事は、容易に想像がつく。Cimg0317

 浦島子(浦島太郎)を祭る祠があった。乙姫を祭る福島神社もこの地にある。おそらく、浦島が出かけた竜宮場は、百済の都ではなかったか?それを神話的に伝えたのも、前方後円墳の主と深くかかわりがあったのではないか。そんな事を考えていた。Cimg0318

 静御前の生地であり、晩年を過ごしたのもこの地だ。薄幸の光秀の娘ガラシャが、幽閉されたのもこの地だ。小野小町も、都を逃れてこの地で暮らしている。どうりで、美人が多いはずである。Cimg0312

 この丹後半島そのものが、砂州ではないかと思われた。日本海の作った砂州である。そこに日本最古の羽衣伝説が残っている。

 天女の羽織っていた衣は、朝鮮の薄絹である。はたして、天女は空天竺からやってきた美女であったろうか? 

 網野は、丹後ちりめんの産地である。今でも朝早くから、あちこちで機織の音が聞こえている。和服が減って今日でこそ、隆盛を極めるとはいえなくなったが、そんな歴史に培われて個性的な織物の産地になったのだろう。Cimg0319

 古代からの音が聞こえる町。それが丹後だ。

 

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2006年9月18日 (月)

京丹後100kmウルトラマラソン

  夏のウルトラは辛い。厳しい暑さとの戦いになります。朝、四時半。真っ暗な中でスタートします。日本海には釣り船の明かりがずっと並んでいます。それと同じように、私達の走る道端には、懐中電灯が転々と置いてあります。Cimg0314

 「漁火に ウルトラコース いざなわれ」

 夜が明らみ始めると、あちこちで機織の音が始まります。そう、網野は丹後ちりめんの産地だったのです。

 「機織の 音に押されて 丹後ラン」

 30km過ぎ、朝からの調子がだんだんと狂ってきて、果たしてゴールまで行き着けるものかと心配になってきます。

 「限りなく ゴールの遠い 人生路」Cimg0315

 フルマラソンの距離を過ぎても、延々と走路は遥かかなたまで続いています。

 「ずっしりと 重い体を 鞭打つて」

 「人生よ あんたと共に 走る俺」

 60kmからは登りが続きます。一気に400mほど登る、九十九折の道です。

 「我慢こそ ゴールを目指す この登り」

 「六十路過ぎ 後は山となれ 九十九折れ」

 坂を下りきると、日本海に沿って走ります。

 「頑張れと 車窓の声に 足励む」

 暑い中 一日走ってきて、背中も日焼けでひりひりしています。

 「走り抜き 背中の日焼け 赤々と」

 もうラストスパートです。何処にこんな元気が残っていたのかと、自分で不思議になります。アナウンサーが、私のゴールを伝えています。涙がホロリ。

 「ゴール前 ついに来たぞと 手を挙げる」

「誰ぞ知る ウルトラランナの 青春を」

 

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2006年9月15日 (金)

親環境農業

 私達はこれまで、限りなく効率を求めて突き進んできました。

 農業も同じで、沢山の肥料を与えて、沢山の農薬をかけて最大の収穫を得る。それが、時代の使命だと考えてきました。

 だけどね。人口はこれからどんどん減っていく。荒れ地もどんどん増えていく。そんなに急いでどこ行くのって世界ですよね。

 そう思って良く考えてみると、ひょっとしたら農薬なんて使わなくったって、十分な生産が出来るんじゃないかって思う。

 青虫なぞを殺してしまう病原菌だって有るし、アブラムシを食べちまうテントウムシのような天敵だって一杯いる。

 害虫に寄生して殺しちゃう蜂の仲間も一杯いる。弱毒ウイルスのようなワクチンだって有る。うどん粉病を抑える納豆菌だって有る。フェロモンで昆虫の生殖を攪乱することだって出来る。

 要するに、これまで訳の分からない化学合成農薬が、手っ取り早いから使ってたんで、ちょっとは反省しないとね。

 これからは人口も減るしね。年金世代も増えて、健康に良い物はどんどん売れるようになる。

 そんな時代の要請に応える技術を、ちゃんと組み立てなくっちゃね。

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2006年9月14日 (木)

人生の旅路

 私は、終戦直後に生まれた団塊の世代の一人だ。

 小学の中ごろまで、食べる物も着る物も決して十分とは言えなかった。幼稚園にすら、入れてもらえなかった。

 学校だって正に寿司詰めで、一クラス60名もいた。その後の進学だって押して知るべし、今日の比ではない。

 その団塊の世代の先頭が、もう少しで人生の第三関門をくぐろうとしている。

 かなりの自由を手に入れて、改めて自分の人生を考える時が近づいているのだ。それに第三ステージは、突然終わるのかもしれないけれど、途方も無く永いように思う。

 その自由を何に使うのか。思う存分のことができるのなら、長生きなぞしなくても良い。そう思う。

 要するに、誰とどんな目的で何をするのかが肝要だ。

 人生の質を高めたい。熟年の人生を、謳歌するための準備をしよう。

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2006年9月12日 (火)

 ショックだ! 

 もうすぐ二歳になる孫が、私を指差して「おじいちゃん」と言いはじめた。

 心身ともに36歳を自認している私にだ。Cimg0299

 「若い若いジイジ」と言うように教えたつもりだ。だから、小さいジイジまでは許せる。

 36歳の青年に向かって、「おじいちゃん」は無いだろう。

 どうせ誰かの差し金だろうが、はっきりと可愛く「おじいちゃん」と言うのが口惜しい。

 それに最近では、否定することを覚えた。「いや!」とか「きらい!」とか・・・

 子供は、乾いたスポンジのように、何でも吸い込んでいく。Cimg0300

 大人の十年を、一年でやってしまう。大変コンクな毎日なのだ。

 頼む。「おじいちゃん」は、止めてくれ! 

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2006年9月11日 (月)

 残暑はまだ厳しい。だけど一方で、秋の香りが立ち込めはじめている。Cimg0309

 田んぼの中の道を走れば、コンバインのきざんだ稲わらの香りが、鼻いっぱいに満ちてくる。

 稲が刈り採られた後の田んぼは、剃髪された羊のような幾ばくかの寂しさを漂わせている。

 その田を、ゴイサギが餌を求めて歩いている。Cimg0311

 栗や銀杏の樹が、その実を落としだしている。栗の実は空から顔を出して、もう秋だと強くアピールしている。 

 道に落ちた銀杏は拾い手がなくて、むなしく車につぶされている。

 物思う秋は、もうそこにある。

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2006年9月10日 (日)

丹後100km

 来週の日曜、京丹後市の網野を起点にした100kmマラソンを走る。

 5月の八ヶ岳100kmは、連休があったりして、たっぷりと事前の練習が出来る。

 だけど今回は、如何せん練習ができなかった。8月は、気温も湿度も高くて長距離走には極めて不都合だ。

 それで止む無く、日が沈んでから二時間ほど走ることにした。それでも、すごい汗ですぐに脱水してしまう。

 果たして来週の気温や如何。スタートは、朝の四時半だから涼しいうちに出来るだけ距離を稼ごうと思っている。

 少ない練習で、完走できるのかどうか不安だが、北近畿の歴史と風土を堪能して きたい。

 

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2006年9月 9日 (土)

独立行政法人

 全国の国立大学も国の研究機関も、この独立行政法人なるものになった。そしてこの春から、その教官や研究員は公務員ではなくなった。

 文部科学省などからの交付金も、年々一定割合で低減されることになっている。だから、教官や研究員の給料や研究費を確保するためには、収入の道を開拓しなくてはならなくなった。親方日の丸、と言う訳にはいかなくなったのだ。

 それで、大学も研究所も、かつてとは様変わりしている。

 どんどん、セールスをするようになった。自己アピールを、果敢にするようになった。民間と連携した研究に、シーズを強く見出すようになった。Cimg0307 そして、研究に必要な人材は、自分で集めるようになった。

 一昨日、私の所と大学が連携を深めようと言うことになって、この独法化した大学を訪れた。驚くことに、各教室に冷房が完備していた。私は思わず、「これなら、夏休みは要らないんじゃないか・・・」と発してしまった。

 それに、民間への貸出用研究室・実験室がズラーと並んでいて、そこに民間や学位取得のための研究者が、やはりズラーと並んでいた。大学の教授と共に新たな事業を生み出すのだと言う。

 かつての国立大学で、こんなことが考えられただろうか。・・・・・Cimg0308_1

 このままでは、公務員による研究開発は、年を経るごとに彼らに水をあけられてしまうかもしれない。

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2006年9月 8日 (金)

 町の中で、妙なインテリアを見つけた。

 住宅二階のベランダにずらりと並んだ植物。稔り始めて、少し頭をたれ始めている。

 良く見ると、これが鉢に植えた稲なんです。Cimg0306

 何故このお宅では、特別に美しいという訳でもない稲をベランダに植えたのか。ちょっと気になりました。 

 インテリアにするなら、葉色や穂の綺麗な古代米とか、いろいろと選択肢がありそうなんですが、このお宅では明らかに普通の水稲を、住宅の二階に植えている。

 取り入れの秋もま近じかですネ。はたしてこのお宅では、どうするのかな~。しばらく注目してみようと思ってます。

 

 

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2006年9月 7日 (木)

食育

 国会で、反対を含めて様々な議論の末に、食育基本法が定められたのは一昨年だ。

 食は人の一生にとって、寿命や健康、喜怒哀楽に至るまで左右する、実に重要なものだ。

 法律が出来て以来、やっとそこ此処で食育と言う言葉が聞かれるようになった。Cimg0241

 終戦直後に生まれた私などは、空腹と美味しいは同じ意味だと思って育った。だが今日の子供達にとっては、食は有り余る素材のほんの一部でしかない。

 肉や魚が、そして穀物や野菜が生き物であることなど、ついぞ知らなくて成長してしまう。

 その反省が、食育である。Cimg0301_1

 植物や動物の生命が命が人々の命を育むという事を、様々なステージで教えることが始まっている。

 私もこの面で、何がしかの役に立ちたいと思っている。

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2006年9月 6日 (水)

保育園児のブドウ狩り

 近所の保育園から、大勢の子供達がやってきた。 我が家のブドウが、お目当てである。Cimg0301

 まず、黒いぶどう、赤いぶどう、そして青いぶどうを取り揃えて、皆に食べてもらった。

 山盛りのぶどうが、アッという間に無くなった。お母さん曰く、「普段はぶどうを食べないのに、どうしたんでしょう。」

 「それはお母さん。採り立てのプリンプリンしたぶどうだからですョ。」Cimg0303

 それから、それぞれ親子で収穫してもらった。「大きいの、探そうネ」などと、棚の下でしばし楽しんでくれた。

 「ご馳走様でした!」の声に、「来年は、もっと美味しいぶどうを育てるからネ。」と応える。

 今年のぶどうも、もうそろそろ終わりである。Cimg0304

 

 

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2006年9月 5日 (火)

めだかの学校

 久しぶりに、めだかの学校に出席した。

 めだかの学校は、浜松市の山間部の元キャンプ場に、その学舎を構えている。三ヶ月に一度、年四回の学校がある。Cimg0297

 めだかの学校だから、誰が生徒か先生か分からない。校長先生や教頭、小使いさんや給食当番は三ヶ月前に指名される。先生は、指名された校長達が職員会議で決める。

 だからこの学校の教師は、何時指名されるか分からないのだ。 もう、18年近く続いている。

 この学校は「おもしろ人立」だから、実に様々な人種が集まってくる。様々な人が、いろいろな意見を言うから面白い。Cimg0298

 それに皆、地域で色んなことに挑戦している。そんな経験を聞いているだけで、自分もちょっとは気張らないとな~と思ってしまう。

 

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2006年9月 4日 (月)

日本と韓国

 近くて遠い国。歴史的にも民族的にも、そして経済的にも極めて密接な関係ありながら、わだかまることの多いこの二つの国。

 今回、「ベンチャー農民の実像を見てみたい」との思いが強く、韓国訪問の一行に加えていただいた。しかし残念ながら、農業経営そのものに接することはできなかったが、この国の歴史や意外な断面に接することが出来たのは幸いだった。

 韓国の人々は、総じてタフだ。ミン教授にしてもベンチャー農業大学の皆さんも、明け方まで議論をしたり飲んだりして、翌日は何事も無かったかのように平然と仕事に出てくる。キムチや人参のお陰なのか、しかもそれが連日だったりもする。

 それにソウルの町は、24時間眠ることが無い。日本の常識では考えにくいが、明洞や東大門の商店街・デパートは、コンビニ同様24時間開いている。Cimg0270

 夜中の繁華街は歩行者天国のようになって、道の中央には屋台が出張っている。この屋台も深夜までやっていて、人々は夜を楽しむのに余念が無い。

 話は変わるが、韓国の人々は実は大変な賭博好きなのだそうだ。だから政府は、賭博を徹底的に取り締まっているのだと言う。TVでも、賭博性の高いゲーム機の一斉取締りを報じていた。そう言えば、あの有名なカジノは外国人専用だ。それにこの国には、パチンコ店が一軒も無い。日本のパチンコは、韓国人の経営がほとんどなのだが・・・。Cimg0288

 ソウル市のロッテワールド三階に、歴史民族村が有る。民間の資本による民族博物館だ。しかるにその規模と精緻な展示には驚かされる。この国の人々の辿った時代と生活を小さく精巧な模型で見事に表現している。

 もちろん、日本が統治した時代も再現されていて、交番の中の血を流す取調べが時代の悲劇を赤裸々に語っていた。Cimg0290

 この民族村に、百済の弥勒菩薩が飾られていた。日本の奈良の弥勒菩薩と瓜二つである。それもそのはず、仏教は百済から伝わったものであり、同時に仏教芸術や建築文化が日本列島に移植されたのだと言うことを、改めて確認させられることになった。

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2006年9月 3日 (日)

福来美(プレミ)村の体験農業

 韓国の農村は、かつては韓国社会そのものであった。その農村が、1970年代からのセマウル運動によって、土地基盤整備が進み、農業も大きく近代化されてきた。

 ところが、近年の爆発的な経済成長が、農村人口の都市への大量流失を引き起こし、農産物流通の国際化と価格低迷がこれに追い討ちをかける。結果として、都市近郊の農村ですら、耕地の荒廃と廃屋の目立つ状態になってしまった。

 では農業の規模拡大が出来ているのかというと、これがなかなか難しい。何故なら、水田の価格が日本円で10a300万円もするからだ。韓国では、経済の発展と平行するように全国各地に巨大な高層アパート群が建設された。この建設が各地で土地バブルを引き起こし、農地の価格にもその影響が多分に及んでいるからだ。

 福来美村は、ソウルから一時間半程の所に有るごく普通の村だ。28戸の集落だが、廃屋も目に付いて寂れた感じは否めない。人口1000万人の首都から僅か離れただけなのに、これが韓国の農村の現実なのだろう。Cimg0266

 その寒村に、コーと言う一人の女性が活性化への火をつけた。何の変哲も無い村で、水稲やトマト、イチゴやジャガイモ、リンゴやナシなどを材料に農業体験のアクティビティを準備し、都市から客を招くことを始めたのだ。もちろん写生大会や、梨花まつりなどといったイベントも開催している。

 そして三年目の今年は、二万人の入れ込み客を実現しそうだと言う。農家の所得も40~50%を体験プログラムから得るようになった。マスコミもこれを大きく取り上げて、この村は一躍有名な村になった。Cimg0268

 今ではこれに便乗して、この村の農産物をプレミブランドとして通販するようになった。サムスングループ企業などが、この活動を側面支援している。大変結構なことなのだが、全国の農村でこの伝が通じるのかどうか・・・・。

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2006年9月 2日 (土)

儒教と韓国の人々

 李氏朝鮮の500年は、儒教によってこの国の進歩や改革を封じ込めてきた。結果として、日韓併合という事態を容易に許してしまうことになったのだが、その代わりに 仁・礼と言った儒教風の習俗を色濃く残すことになった。

 韓国では、結婚しても夫婦の姓はそれぞれ変わらない。姓にはそれぞれ本貫(発祥)の地があって、同じ本貫の同姓は結婚できない。儒教では「同姓は、めとらず」とされているから、これを犯すものは畜生とされるのである。Cimg0245

 だから、同姓の男女が合う場合、まずはその本貫を確かめておかなくては安心できない。しかしながら、金大中元大統領の金姓は、500万人もいるそうである。この金姓同士の通婚は出来ないのだ。日本人の感覚ではどうにも割り切れないが、果たしてどちらが文明人なんだろうか。

 姓を重んじることは、先祖を尊ぶことと通じている。韓国では普通、毎年、四代前までの先祖の法事をおこなうことになっている。この法事を主催するのは長男だが、8人の先祖を毎年供養するのだから、毎月のように親類縁者を集めて法事をやらなくてはいけない。

 さすがに最近では、少子化で簡略化が進んでいるようだが、同属の繫がりをいやが上にも強くしてきたのは、この儒教の風習だろう。Cimg0251

 ところで日本の庶民が苗字を許されるのは、明治になってからだ。朝鮮では新羅の時代からだから、日本よりも千年近くも早いことになる。

 ソウルと釜山に、李舜臣の銅像がある。秀吉の朝鮮の役の折、水軍を率いて日本軍を撃破した人物である。秀吉は、この国に軍を二度送っている。最初の朝鮮の役の敗色濃厚な中で、李舜臣は請われて軍を指揮することになる。そして驚異的な活動で、藤堂高虎の水軍を撃破した。ところが戦後、変化を嫌う李朝は李舜臣を投獄してしまうのだ。

 そこに、再度(慶長の役)日本軍が攻めてくる。李舜臣は、労から出されて再び軍を率いて戦う。ここでも大いに日本軍を破ったのだが、彼はこの海戦で戦死してしまう。まことに、苛烈な愛国者というべきだろう。

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2006年9月 1日 (金)

キーセンと騎馬民族

 韓国の人々は、食事をケチることと冷や飯を極端に嫌う。

 朝鮮民族は、有史以来五百数十回も外敵の進入を受けてきたそうである。この大陸に突き出た半島状の地勢的な位置がそうさせたのだが、食に関する感覚はそうした歴史を反映しているのかもしれない。Cimg0249

 ベンチャー農業大学の卒業生が経営する料亭を訪れ、韓定食を味わうことが出来た。「チャングの誓い」に出てくるような料理が延々と続く。全てを口にしていたら、とても最後まで胃袋が持たない。だが韓国の人々は、驚くほど良く食べる。食べられる時に食べておく、そんな気質すら感じさせる。

 食事の後、美しいキーセンが登場して、歌や踊り、そして朝鮮琴を披露してくれた。かつての悪名高きキーセンパーティ時代とは違って、今ではキーセンの数も少なく、芸達者な本物しか残っていないという。Cimg0252

 鼓の親玉のような形の杖鼓(チャング)を、良くしなる鞭のようなバチでビシャーンと叩きながら歌い踊る。ハンガンクォーレ~と囃しながらの踊りの所作も、躍動的でどこか男性的ですらある。京都の舞妓とは、似ても似つかない雰囲気を漂わせている。

 「そうだ、これは騎馬民族だ!」と一人で得心してしまった。もともと日本人を含むモンゴロイドは、モンゴル高原を源とするツングース人種なのだ。大陸に住む彼らが、その騎馬民族の血をより濃厚に残していたとしても何の不思議もないと。Cimg0254

 そういえば韓国人は、大陸的な気質を色濃く持っている。彼らは、白人がそうであるように、自分の主張をしっかり過ぎるほど口に出す。場合によっては、劇的なほど主張したりする。日本人の奥ゆかしいトークとは、根本から違っている。彼らは、騎馬民族の末裔で、大陸人なのだ。

 

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