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2006年9月26日 (火)

収穫の秋

 収穫とは、昔はたいてい米のことだったと思う。そうして米は、菩薩とか銀舎利とも呼ばれて大切にされてきたのです。

 日本人にとって米は生活の糧そのものでしたから、その豊凶に多くの関心を払ってきたのは当然のことですね。

 江戸期の安藤昌益などは、「人間は、米の原理によって生かされているに過ぎない」とまで言っています。

 でも今では、米は数ある食べ物の一部に過ぎなくなって、作況など民族の一大事にはなりそうにありません。

 その原因に、戦後の農業技術の進歩があります。何しろ戦後、米の反収は2.3倍になったのですから。

 一方で、米の生産拡大と反比例するように消費が減り続けてきたのですから、米は有り余ることになりました。

 そして、昭和45年から強制的な減反政策が始まります。人々の米に対する見方は、これを期に大きく変わってきたのです。 Cimg0338

 かつての稲刈りは、10月から始まって寒くなるまで続いたものです。今ではまだ9月だというのに、米の収穫は早くも最盛期を過ぎています。近年の育種が、季節の風景までもガラリと変えてしまったのですね。

 食糧管理法によって生産も流通も厳しく統制されていた時代がありました。だけど今では、流通も生産も基本的に自由です。

 だから需給調整は、生産者自身がやるしかありません。いよいよ来年からは、本格的な米農業の戦国時代に突入するのです。

・・・『 稔るほど 値段気になる 銀シャリの 』・・・

 

 

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