« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月31日 (火)

人口減少社会

 この国の人口が一昨年ピークアウトして、昨年は2万2千人余り減った。

 この国の人口は、明治の初めには3,500万人程度でしたから、

 その人口が、この140年間に三倍以上に膨れ上がった訳です。

 明治以降のこれまでの時代は、人口増加のほとんど無かった江戸期とは対照的に飛躍の時代だったと言えるんでしようね。

 その人口が反転して、減少を始めたのです。

 合計特殊出生率1.25と言う水準は、一世代で人口が五分の三になるということです。

 ともかく日本の人口は、これから徐々に減り始めて、それから後は急速に減少していく。

 とりあえずこの15年(2020年まで)で、この国から360万人、静岡県の人口位の人々がいなくなる。

 だから、物資の消費量も確実に減るんでしょうね。

 それに減るだけではなくて、長寿社会になる。

 高齢者の割合が高いと言うことは、基本的に年金生活者の比率が高まると言うことです。

 年金生活者の収入は、現役時代の1/3位でしょうか?

 当然のことながら、一部のセレブを除けば、それなりにリーズナブルな消費行動になるでしょう。

 比較的安価で健康や環境に良いもの、それがキーワードかもしれません。

 ともあれ、心豊かな成熟社会を創ることが、これからの課題ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月30日 (月)

ねんりんピック

 ねんりんピックが、今年は静岡県で開催されている。

 ねんりんピックの選手は、60歳以上の方に参加資格がある。

 とは言え、60歳はまだまだ現役である。

 体力年齢は不思議なもので、継続によってその老化を防ぐことが出来る。

 先日も、ぐるっと浜名湖一周マラニックを完走した最長老は、81歳の方であった。

 81歳で、浜名湖80kmを余裕で完走してしまう。

 走り終わって、みんなと一緒にビールを頂きながら楽しく談笑している。

 人間とは、一体どうなっているのだろうと思ってしまう。

 ねんりんピックに交流大会と言うのがあって、老若男女が参加できる。

 それで昨日、そのハーフマラソンに出場してきた。

 久しぶりのハーフで、1時間48分もかかってしまったが、好天にも恵まれて楽しく走ることが出来た。

 私の友人の石上みよさん(72歳)は、女子10kmの部で優勝である。

 何も年配者を特別扱いすることはないと思うのだが、スポーツを何歳になっても続ける契機となるなら、ねんりんピックは意義深い。

 『 大井川 流れに負けぬ ランニング 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月29日 (日)

日本丸

 オランダ製の帆船、咸臨丸がアメリカ西海岸にたどり着いたのは、1860年の春のことだ。

 まだ、150年も経っていない。ほんのつい最近のことなのだ。

 でもその150年間に、明治維新やら日清・日露、そして第二次世界大戦があった。

 激動の150年と言うべきだろう。だから、海を渡った勝海舟や福沢諭吉は、遠い昔の人のように思ってしまう。

 「太平洋の白鳥」と呼ばれる日本丸が、清水港に寄港している。

 今日、その日本丸に乗船してきた。

 全長110mもあるから、咸臨丸の倍はあるのだろう。

 日本丸は、商船高専の生徒達120名を乗せて、長崎への航海の途中寄航したのだ。

 帆(セイル)は、6本のマストに36枚もある。

 その帆を一杯に膨らませて、静かに海の上を滑るように走る。

 雄大な自然の営みを、巧みに利用する人間のたくましさ。

 おそらく、乗組員が力を合わせなければ、そんな航海は出来ないはずだ。

 21世紀のこの時代に、何故帆船に乗るのか。

 そこには、人間の慢心を許さない厳しい自然との対峙がある。

 一人ひとりの責任感や協調性が、この船を動かしている。

 その原動力は、どんな組織にも共通のものだ。

 指導者の厳しさや温かさが、一人ひとりの達成感ややりがいを醸し出していく。

 日本丸は明後日、登しょう礼とともに大阪に向けて出航する。

 『 帆船に 立ちて歴史を 返り見る 』

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月28日 (土)

就業革命

 先日、浜松市のテクノポリスの一角にある「ローランド ディー ジー」の工場を見学することが出来ました。

 インクジェットプリンターを生産している企業です。

 プリンターと言っても、大型のポスターを印刷するような巨大なサイズの機械です。

 機械一台の 部品は、2,000点にもなるそうです。

 その複雑で精巧な機械を、この工場では職員がそれぞれ一人で組み立てていました。

 一人ですから一台を組み立てるのに、一週間以上かかるそうです。

 この会社では従業員が、それぞれ思い思いに大きなプラモデルを作るかのような感覚で作業していました。

 一人で作るのですから、もちろん製造者は明確です。

 それに、製作のテンポについても個人任せで、時間的ノルマは無いのです。

 正に、思い思いなのですが、従来のコンベアライン方式に比べると2.6倍の生産性を上げています。

 一体、どうしてそんな事が出来るのでしょうか。

 人間は、無限の記憶力を持っている訳ではありません。

 注意力・集中力にだって限りがあります。必ずポカをやりますよね。

 でもこの工場では、不良品は一台も無くて、しかも、特別な製品検査も無いのです。

 実はこの工場では、「デジタル屋台」と呼ばれる方式を開発していました。

 個人ごとの作業台にパソコンと部品供給装置がセットされていて、パソコンに表示される三次元CAD「リアルタイム作業マニュアル」に従って作業しているのです。

 部品の取り出し口やドライバーなどにもセンサーがついていて、間違った作業が絶対に出来ないようになっているのです。

 誰もが失敗することなく、しかも達成感や責任感を肌で感じつつ仕事が出来る。

 だから、従業員がやる気を出すのも当然でしょうか。

 コンピュータとセンサー技術が、人間の欠点を補って、かつ長所を引き出しているのです。

 ちなみに、この組み立て作業をしているのは、全員が女性でした。

 正に、就業革命と言うべきでしょうか。

 「私たち人間は、まだまだ進歩できる」そんな思いを持った視察でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月27日 (金)

人と物づくり

 名工の話ではありません。

 近代工業社会を造り上げたのは、人間をロボットのように使役するプロダクツ企業でした。

 大量生産こそが、効率と生産性を生み出す。

 それが、つい最近までの常識でした。

 でも、ラインが猛スピードで順調に流れている時は、それで良かったのですが、

 その頃の効率と言うのは、「いやいや、人ではありませんよ。ベルトコンベアのスピードは変わりませんから。」だった。

 それが不要なものを大量に作り出したり、渋滞を起したり、今日では不効率の極みになっているのです。

 今やっと、そんなかつての常識への反省が始まって、新しいシステムへの模索がされている。

 働いているのは、人間なのだ。

 その人間が、心底熱くなって取り組んで初めて効率が生まれる、と言うことが分かってきた。

 人間の主体的自立性を、如何に生かすか。 

 それが、企業の明日の存立を決める時代になりつつあります。

 ソニーの失敗は、いつの間にか人が造り上げるものの力を忘れたことから始まったのではないか。

 人が働く喜びは、自分の努力が実を結ぶ喜びなのです。

 それなくして、誰もそこに命をかけたりなんかしません。

 組織の仕事は、そんな一人ひとりの弱点を補ってやれば良いのです。

 今では優れたコンピュータ技術があります。

 だからそれを、人間が失敗しないようにサポートに使えば良いのです。

 あくまでも人間が基本なのです。

 物づくりの生産性は、人間の自立性を生かすことから始まるのです。

 それから、人の評価は生産性だけではないのです。

 能率は人の評価項目の部分でしかありません。

 時に、融和性とか明るさが大きな力になるのです。

 釣り馬鹿の浜ちゃんのように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月26日 (木)

人生の岐路

 人生とは、不可思議なものである。

 躊躇していても何も進歩しないし、慌てて事を始めて失敗することだって多い。

 でも一歩前に進むと、そこには新しい景色が広がっていて、また新しい選択が始まる。

 だから人生は、やってみなくちゃ分からない。

 それに人生には、一生に何度かの決定的な岐路がある。

 進学、就職、結婚、転職、退職の節目は当然の事として、仕事や結婚にだって何度も挫折しかかる時がある。

 その時々の決断や諦めが、その人間の生きた軌跡になっていく。

 言い方を変えるなら、その時の選択がその人間の形をつくっていく。

 今日一日、推薦入学の面接試験に立ち会うことになった。

 緊張した彼らの受け答えに、私自身が様々な思いをすることになった。

 明るくこれからの夢を語る人、自分の将来を決めかねつつも可能性を考えている人。

 それに、先生や両親に教えられたとおり答える人。

 少し意地悪な質問に、戸惑ってしまう人。

 みんな緊張しつつも、若い今を私達にぶっつけてくる。

 人生を決めるのは、その一人ひとりでしかない。

 だが、その人生の行路を、私たちの判断が左右しかねない。

 そんな慄きが、私自身をも緊張させる。

 私達も精一杯の判断をしよう。でも、そこから先は彼ら自身の判断しかない。

 彼らの姿は、かつての私自身のように思われて、少々感傷的になってしまった。 

 『 来し方の あれこれ辿る 試験官 』

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年10月25日 (水)

人とモチベイション

 私はマラソンをやっていて、月平均で250km位は走っている。

 時に、100kmマラソンを走ったりもする。

 とても、人から強制されて出来るものではない。

 自分で目標を決めて、その目標に向かって嬉々として取り組んでいる。

 それが、仕事となるとどうであろうか。

 ベルトコンベアの前に座らされて、同じ作業を繰り返す。

 今では、こうした作業の多くをロボットがするようになった。

 確かにベルコン作業こそ減ったが、多くの製造業の現場では、生産ライン上で時間に終われて仕事をやっている。

 基本的に、働かされているのであって、自らのモチベイションとはかなり乖離している。

 そこには、100kmマラソンを走りきったような達成感は無い。

 全ての労働や業務を、自立的なモチベイションで展開できたら実に面白い社会が出来る。

 人間というものの行動心理をとことん分析して、モチベイションを高める仕組みを工夫しなくてはいけない。

 人間は本来、怠惰なものだし、ミスを犯すものだし、惰性に流れ易いものだ。

 だからそうした人間の欠点を知った上で、一定の競争条件をつくり、達成感と仕事をする誇りを喚起することが肝要だ。

 人間の弱い部分をカバーして、なおかつ、自立的にモチベイションが高まるのがベターだろう。

 そんな環境が作り出せないものだろうか・・・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月24日 (火)

 あぶらの乗った秋刀魚に、カボスをふりかけて食べる。

 秋だな~ッと思う。Cimg0444

 新そばの香りも、最高になる。

 柿に栗、それに牡蠣もいいなあ~

 ハウス栽培や輸入で、トマトやキュウリ、ナスやカボチャ、本来は旬のものが何時でも食べられるようになった。

 そんな旬の薄らぎを、嘆く声も有る。

 だけどこの国ほど、季節感にあふれた食文化を持つ国は無いだろう。

 アングロサクソンなぞは、年中、肉にパンに牛乳で満足している。

 彼らの文化は、年中同じものを食べることなのだ。

 それに比べると、日本の旬は素晴らしい。

 春には山菜から始まって、竹の子や初鰹、それにサクランボ。

 夏には、枝豆にうなぎ、それにスイカだ。

 夏から秋にかけては、もちろん私の育てたブドウだ。

 冬には、野菜が飛びっきり美味しくなる。私の作っているホウレン草の寒締めなんざ、もう絶品になる。

 どんなに世の中が進歩しても、日本の旬はちゃあ~んと息づいている。

 それにしてもこの時期は、焼酎のお湯割りにカボスを絞って戴くのがおつだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月23日 (月)

腸の長さとファーストフード

 東洋人の腸は、白人のそれに比べると随分と長い。

 長い間の食習慣が、じっくりと養分を吸収する体質を作ったのでしょう。

 だから日本人は、戦国の昔からオニギリと梅干だけで戦争に出かけることも出来たのです。

 それに比べると狩猟民族として肉とチーズを専らにしてきた民族は、腸の長さがかなり短くなっています。

 消化・吸収がそれでも出来て、十分生きて来れたのでしょうね。

 ですからアングロサクソンは、パンとバターと肉が無くては動けません。

 そのアングロサクソンの最大の発明が、コカコーラ、フライドチキン、ハンバーガーを始めとしたファーストフードなのです。

 安く効率的に養分を摂る。正に食の産業化ですね。Cimg0438

 その腸の短いアングロサクソンの国アメリカで最大の問題は、肥満からくる高血圧と肝炎でしょうね。

 子供達でさえ、三人に一人は糖尿病と言われているのです。

 その同じ食材を、腸の長いアジア系やラテン系の民族が食べたらどうなるのでしょうか。

 当然のことながら健康への影響は、アングロサクソンの比ではないででしょう。

 やはり日本人は、米を中心にした食文化を大切にして、スローフードに徹するべきなのです。

 今、世界中で寿司などの日本食が浸透しつつあります。当然のことかもしれませんね。

 珍しいから食べるのではなくて、健康のために日本食なのです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月22日 (日)

町のちっちゃな文化展

 遠州横須賀は、城下町だった。Cimg0443

 今でも旧道沿いには、当時を偲ばせる数多くの古民家が残っている。

 その民家を開放してもらって、一軒一軒で展覧会を開こう。

 多くの人々に、この町並みと文化を見てもらうことで、地域が生き返るのではないか。

 八年前、町の有志が始めた試みである。

 今年は、この城下町の舞台に、全国から100名を超えるアーティストが集まった。Cimg0442

 陶芸や絵画、版画、書、竹細工、織物、空間装飾、雛、音楽などだ。

 それに土着の酒屋や醤油屋、麩、風土凧、祭囃子、神社などが加わっている。

 気前良く屋敷を開放している町の人達も大したものである。

 この三日間、一体どれほどの人々がこの横須賀を訪れたことだろうか。

 町ぐるみ美術館。Cimg0440

 とても「ちっちゃな」などと言えた物ではない。

 一つ一つはちっちゃくても、街道は江戸時代の往時を凌ぐ賑わいの場になった。

 一渡り展示の数々を覗いた後、清水邸の庭を前に抹茶を喫してきた。

 清水邸では、今や世界的書家の大杉弘子さんが作品を展示していた。

 『 人々の 汗が咲かせた 芸の秋 』

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月21日 (土)

食と農

 私達の体は、食べ物によって作られている。

 そうである以上、サプリであれファーストであれ、その原材料は農業が供給している。

 食が健康の重要なエレメントであることは、論を待たない。

 そうであれば、私達はもっともっと農業に関心を持たなくっちゃいけない。

 今日、静岡市で「薬食同源」をテーマにシンポジュームが開かれた。Cimg0435

 論議は、薬膳やら食育、食物と薬の相性やらの話があった。

 でも、その素材を誰がどのように供給するかの議論は、全く無かった。

 一体全体、食料は誰が生産しているのか。Cimg0436

 戦前までは、この国の人々の七割までは農民だった。

 今、この国の農業生産は、ほぼ崩壊しかかっている。

 朝昼晩の三食を食べることも必要だ。

 カーボロイド、プロテイン、ビタミンの三色を満遍なく食べることも健康には不可欠だ。

 だけど、その源泉を一体誰が生産するのでしようか? Cimg0437

 この国が滅びるとすれば、それは北朝鮮の核弾頭でもなく、オーム心理教のような狂信でもないと思う。

 健全な食の供給を失うことから、この民族の崩壊は始まるのだろう。

 何故なら、食は人間の最も根源的な文化だからだ。

 それぞれの民族は、地産と外から取り入れた食材を歴史の練磨の中で修練し、それぞれ独特の食文化を作ってきた。

 農を崩壊させることは、民族の歴史をも崩壊させることに繫がる。

 『 食をこそ 国の糧とて つちかわん 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月20日 (金)

唐辛子

 昨日の続きのような話になりそうです。

 唐辛子の原産地は、中央・南アメリカです。

 アメリカ各地で、2000年以上前から栽培されていたようです。

 それを、コロンブスがスペインに持ち帰った。

 その唐辛子が、ポルトガル人によってインドに伝えられ、今日のカレーになります。

 ついで、東南アジアの各地に広まっていきます。

 肝心の日本への伝播については、1542年にポルトガル人が伝えたと言う説。それから、1590年代に秀吉の朝鮮出兵の際に持ち帰ったと言う説などがあります。Cimg0434  

 ところで唐辛子は、昔は「南蛮」と呼んでいましたよね。南蛮とはポルトガルのことです。

 1542年、九州の大友氏に、ポルトガル人宣教師が献上したという記録があるようです。

 その一方で、秀吉の朝鮮出兵の際連れ帰った陶工が唐人と呼ばれ、彼らが栽培していたので「唐辛子」と呼ぶようになったとの説もあります。

 また韓国では、江戸時代の朝鮮通信使が日本から持ち帰った、だから倭辛子と呼んだとも言われます。

 要するに、色々な説があって良く分かりません。

 本当のところは、伝わった当初は食として広がりを見せず、結果として行ったり来たりしたんだろうと思います。

 今、唐辛子の無い食文化は考えられませんよね。いずれにしても、食は奥が深いなと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月19日 (木)

食文化の成立ち

 私達が普段口にしていて、これこそ日本食だとか、イタリア料理、中国四千年の云々という食文化。

 それはもちろん、それぞれの民族の日々の生活の積み重ねが生み出したものです。

 でもそれは、ずっと昔からのものかと言うと、決してそんなことは無いのです。

 1502年のコロンブスの新大陸発見によって、世界の食は大きく変わることになります。

 そもそもコロンブスの航海の目的は、スペイン女王の要請で、インドの香料(胡椒)を安く手に入れるための航路の発見にありました。

 結果としてインドではなく、西インド諸島、それに中部アメリカに行き着いたのです。

 そして、その大陸には、私たちにとって代えがたい食材が色々とあったんです。

 先ず、トマトです。トマトは、南米のアンデスが原産ですね。

 トマトはイタリアに伝わって、イタリア料理の原点になる。

 トマトソース味のナポリタンですよ。

 それから、唐辛子。これもアメリカ原産です。原産は、「唐」ではないですよ。

 辛い韓国料理もキムチも、唐辛子あっての料理ですよね。

 中国の四川料理だって、今日の味が出来あがるのは唐辛子が伝わってからでしょう。

 もちろん、アンデス高地原産のジャガイモもそうです。

 ドイツ料理ならずとも、私達の食卓からジャガイモを無くしたらまったく味気なくなります。

 肉じゃがも、出来ないんですから。

 交易や交流と言うものは、すごいものを生み出していくんですね。

 今、世界的な日本食ブームなんだそうですが、日本食も世界の食材と出合ってより進化していくんでしょうね。

 私達一人ひとりも、出会いを大切にすることで、もっと豊かになれるかもしれません。

 一期一会ですね。 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年10月18日 (水)

細く長く

 この植物が、私の傍らに来てもう二十年になる。

 北側の窓辺に置いて、水だけで生き長らえてきた。

 毎年、数枚の葉を出して、数枚の下葉を枯らせる。

 そして、とうとう50cm余の背丈になった。

 小さなコップに根を張って、静かに生きてきた。Cimg0430

 隠花性のこの植物は、花を咲かせる訳でもなく、

 もちろん香気を放つ訳でもない。

 だからその存在をすっかり忘れてしまって、半月も水を与えなかったこともある。

 それでも、めげずに静かに生きてきた。

 孫達の背丈が、物静かな彼の丈を超えて行く。Cimg0427

 何時しか私は、この鉢の存在を貴重だと思うようになった。

 細く長く生きる。もうそれだけで価値が有るのではないか。

 「世に生を得るは、事を成すにあり」と坂本竜馬の言うような、

 何事も出来得なくても、それはそれで幸せなのかもしれない。

 否、短い一生を、おのれの好むままに磨き続けることこそ肝心ではないか。

 ともあれ、この鉢を眺めながら、生きるには色々な様があると考えるようになった。

 『 歳経りて 越し方見なん 枝(葉柄)の跡 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月17日 (火)

秋点描

 今年は、柿が豊作のようだ。

 我が家の次郎も渋柿もたわわに稔っている。Cimg0421

 隔年結果と言って、大抵の果物は一年ごとに豊凶を繰り返す。

 毎年たわわに実を成らすという訳には、いかないものなのだ。

 豊凶の落差なら良いのだが、それだけではない。

 自然条件は、時に果樹の生理も狂わせてしまう。

 我が家の12本の梨の樹が、今花を満開に咲かせている。Cimg0423

 もちろん梨花は、春と決まっている。が、どうしたことか異変が起こった。

 我が家ばかりかと思っていたら、どうもそうでもなさそうである。

 来春咲くべき花がこの秋に咲いてしまうと、当然花の素が無くなってしまう。

 さて、来年はどうなるものか ? 

 人とても、同じかも知れない。

 ためるべき時に内実を整えず、あわてて花を咲かせてみたところで稔りはない。

 人も自然も何がそうさせるのか、もちろん木木にも分別が無い。

 『 今をおや 生きんとすなる 狂い咲き 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月16日 (月)

My農園

 多くの人々にとって、定年退職後には有り余るほどの時間がある。

 その時間をどのように費消するかは、人生にとって大問題である。

 「ユニバーサル園芸」という言葉がある。

 植物を育てることによって、様々な福音を得ようと言うのだ。

 かの英国紳士にとって、農村で生涯を終えることが至上の幸福だと言われる。

 狩猟民族のルーツのような自然の中で、生涯を過ごすことが最高だと考えるのだ。

 いわんや農耕民族の私達である。植物と接する日々は、新鮮な心で過ごすことができる。

 私の趣味の農園には、9品種の葡萄が育っている。実の成る樹とは、日々人生の会話ができる。

 特に葡萄は、アダムとイブ以来、人類と友達なのだ。Cimg0425

 その他には、夏はオクラ。秋から春にかけては、ホウレン草を育てている。

 10月からの毎週末には、決まってホウレン草の種をまく。

 たかがホウレン草だけれど、一週間のタイム差をもって順序良く育つ風景は素晴らしい。

 遊びとしては、最高だと思っている。

 今日静岡市の清水区で、市民農園シンポジュームがあった。Cimg0424

 ロンドン大学のリチャード博士が講演したのだが、日本の農園は英国なぞよりもはるかに豊かになれると思う。

 モンスーンは雑草を繁茂させるけれど、きわめて高い作物の生産力を持っているからだ。

 『 稔り終え 人生語る ぶどう棚 』

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月15日 (日)

バブルの塔

 コスモスが咲き誇って、風に揺れている。

 コスモスの花が終わると、空っ風が吹き始める。Cimg0422

 駅前の巨大なビルが、その空っ風に立ち向かうように聳えている。

 地上45階、200mの建物を中心に、さすがに偉容を誇っている。

  昭和50年代、空洞化の目立ち始めた町の中心部を、コンベンションで活性化しようという運動があった。

  そして、この巨大な施設が完成したのがバブルの最盛期である。

  コンベンションは、バブル崩壊で急速に縮小する。Cimg0416

 訪れるビジネスマンも、手ごろなビジネスホテルを選択するようになった。

 かくして当初の目論見は、やや苦しい展開を余儀なくされることになる。

 時勢を見極めるのは、大変に難しいことだろう。

 でも、「やらない !」という敢然とした指導者の英断も、時には必要なのだと思う。

 『 空っ風 バブルの塔か コスモスか 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月14日 (土)

見附学校

 京大阪から東海道を旅してきて、初めてくっきりと富士の山が見える。

 東海道の宿場町、見附の名の由来だという。

 秋が深まって、磐田原からは、頭に白い帽子をのせた富士が見えるようになった。

 その見附の町の真ん中へんに、見附学校は有る。

 学制が定められて、明治8,年にこの地に建てられた小学校である。

 木造五階建ての、モダンな洋館だ。Cimg0415

 当時の就学率は66%だったと言うから、相当に高かったと言うべきだろうか。

 が、それにしても、この建物を見るたびに私は、明治の人間のモダニズムとでも言うものに感心する。

 今日の合理主義の象徴のような学校の建物とは、かくも違うのだ。

 明治維新から間もないこの頃、この見附学校を建てて国づくりを始めるのだと言う、

 当時の強烈な気迫が伝わってくるような気さえする。

 おしなべて事なかれ主義に流されがちな中で、「変える」 事には必ず抵抗が伴う。

 この建物を見上げながら、新しい仕組みへと、現状を変えることを決意している。

 形を変えることから、新しい心が生まれてくると思うのだ。

 『 明日のため 今を見直す 槌の音 』

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年10月13日 (金)

紅ほっぺ

 中まで赤くて、ほっぺが落ちるほどコクのある味。

 だから、「紅ほっぺ」。私の研究所が育てたイチゴの品種です。

 近年にないイチゴらしいイチゴ。これが多くの食べた方の評価です。Cimg0420

 甘いだけではなくて、香りがあってジューシーで、適度な酸味が実に心地良いんでよ。

 この品種を、良しと決めて品種登録したのが平成10年。もう品種が出来てから、6年以上経過しています。

 その品種が、フィーバーをし始めています。

 静岡県のイチゴは、ほとんどがこの紅ほっぺになろうとしていますし、愛知でも千葉でも「紅ほっぺ」と言い始めました。

 実はイチゴは今、品種戦争の真っ只中なんです。Cimg0411

 栃木の「とちおとめ」、福岡の「あまおう」など、それぞれの地域が地産の旗を掲げて戦っているのです。

 この中で紅ほっぺは、地産ではなく全国制覇を目指して戦線を広げつつあります。

 つい前日も、熱心な生産者が大勢集まって研究会が開かれました。

 「 美味しさで 戦線広がる 紅ほっぺ 」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月12日 (木)

光と農業

 農業は、最大の光産業だと言える。

 太陽光をエネルギーとして体内に取り込んで、必要な物質を生み出す。

 光はエネルギーとしてだけではなく、植物が生きていくためのシグナル(情報)としても重要なものだ。

 だから、一度根を張ると移動出来ない植物は、生存のために光の変化に対応して様々な反応をする。

 ひょろひょろと伸びたり、慌てて花を咲かせたり、葉を落としたりと言った具合だ。

 言うならば植物は、光に反応する精密なマイクロマシンなのだ。Cimg0419

 それを人工的にコントロールするのが、植物工場や補光、遮光などの光関連技術だ。

 とは言え、分からないことが多い。と言うよりも、ほとんど何も分かっていないと言って良いだろう。

 光をコントロールすることで、様々な可能性が語られる。だが、その何れも太陽光に勝るものではない。

 第一私達が毎日使っている石油や石炭だって、植物が気の遠くなるような年月をかけて地球に蓄えた太陽エネルギーなのだ。

 今日、光を使って新しい産業が出来ないかという研究会が開かれた。

 植物の発生する光(バイオフォトン)を利用して、植物抵抗生物質(サプリメントのようなもの)を探し出すこと。

 ・・などが報告されたが、まだまだ道遠しと言った感がする。Cimg0417

 古い知識で新しい産業は起しえない。だが、先走りと思い込みだけでは何も生み出さない。

 ゲノム解析を含めて、研究のこれからを考える貴重な時間になった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月11日 (水)

お茶と水研究会

 この研究会に入れていただいて、もう8年になる。

 研究会は発足から12年になる。最初は「お茶の水研究会」と称していた。

 研究会と言うと大変堅く感じるが、実は中味は極めてソフトで、構成員も多士済々である。Cimg0412

 学者もいるけれど趣味の人、野次馬、業界人、主婦などで、私はもちろん野次馬である。

 12年続いているのには、事務局長をなさっている大学産業(株)の曽布川社長の尽力に負うところが大きい。

 ともあれ同好の氏が集まって、気の向くままにお茶と水で遊んでいる。

 今日は、会長の富田勲先生から面白い話を伺った。Cimg0413

 「お茶と言うのは、随分変わった食物だ。ホウレン草は、煮汁をこぼして残りを食べる。

 だけどお茶は、逆にもっぱら煮汁を飲む。

 それに人間は一年生の草本は食べるけれど、樹の葉を食べるのは一般的ではない。

 人間は、コアラやパンダと違うのだ。ただ、樹の皮や根は昔から薬として使ってきた。

 だが樹の葉は、お茶の葉だけだろう。」

 そう言われれば、確かに異質なものではある。

 人間はそのお茶を、神農の昔にさかのぼるなら、もう二千年以上飲み続けている。

 そのお茶を、私達の力で新しい食品に仕立て上げることが出来れば素晴らしい。

 今日も新たな提案があった。Cimg0414

 お茶は、酸化が進むに従ってウーロンから紅茶、プアーネチャとなっていく。緑茶は無酸化のお茶だ。

 これを乳酸菌によって醗酵させたらどうなるか、という設問である。

 本来お茶の主成分は、カテキンである。カテキンは、菌を皆殺してしまう。

 だから醗酵は無理だと言うのが通説になっている。

 だけど、人が多士済々で中には変人もいるように、菌にも蓼食う虫もいると言うのである。

 その変わり者の菌の力を借りれば、全く異なったお茶が出来るかも知れない。

 まあ、ともかく楽しく遊んでみようと思っている。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月10日 (火)

駅前再開発

 かつてスプロールの象徴だった駅前が、少しだけ活気付いている。

 町が変わり始めたのは、昭和50年前後からだ。

 それまでは、買い物でもレジャーでも、町に出ることから始まった。

 しかし、モータりゼイションの進展は、人々の行動をまったく変えてしまった。

 人々の行動半径が、飛躍的に拡大したからだ。

 買い物に市街のデパートに行く必要は無くなった。郊外にもっと便利なメガマートがどんどん出来たからだ。

 やがて町には人が集まらなくなって、デパートは撤退。商店街はシャッター通りに変わった。

 車が、町の構造を変えてしまったのだ。

 行政は、商店街の活性化などと、延命策を続けてきた。

 でも、必要でなくなったものを生きながらえさせるのは容易なことではない。むしろ無意味とも言える。

 衰退を続ける商店街のヒステリックな声が、行政にそんな無駄を強いてきたと言える。Cimg0409

 今やっと、駅前にふさわしい機能を求めて、再開発が始まっている。

 その機能は、かつてのそれではない。

 住み暮らし、学ぶための機能の集積である。

 方向転換が出来るまでに、ほぼ30年以上を費やしている。

 人の創る時代とは、かくもゆっくりでしか転換できないとも言える。

 町の変化を観察しながら、人間の行動の限界と、時代の趨勢を読み取る必要性を痛感している。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 9日 (月)

ぐるっと浜名湖一周

 いよいよ天高く、スポーツの秋である。

 秋空にススキの穂が輝いている。Cimg0402

 そんな一日、ぐるっと浜名湖一周マラニックが開かれた。

 浜名湖を縁取るように、一周80kmを走る大会だ。

 早朝、5時スタート・・・ゴールはたいてい午後4時過ぎになる。

 稲刈りのほぼ終わった湖畔の水田を抜けて、コスモスやススキ周りは皆秋の風情である。

 強い西風に向かって、前屈みになって走るランナーCimg0403

 人は皆、目標があると一生懸命になれるのだ。

 ゴールすると、湖畔で夜まで完走パーティーである。

 鮭のチャンチャン焼きや海産物、秋の味覚たっぷりにご馳走が続く。

 全国から集まったランナーは、80kmを振り返りながらゆっくりと歓談するのだ。Cimg0405

 一年に一度此処でしか、会わない方もいる。

 最長老は81歳であるが、約10時間で今年も完走した。立派としか言いようが無い。

 満月に向かって、一筋の光が湖面を照らしている。

 秋の一日は、みんなの心を満たして暮れていく。Cimg0408

 『 天高く 浜名湖めぐる 走宴(うたげ)かな 』

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年10月 8日 (日)

秋祭り

 昔はよかった。

 村の鎮守の森に屋台店が並んで、のどかな祭りだった。

 当時の玩具の出す音までが、耳に残っている。

 今では、お宮さんそっちのけで、御殿屋台を引き回している。

 飲んで無礼講で騒ぐ。それが祭りになってしまった。

 馬鹿騒ぎの祭りの裏に、寒々とした心の空虚を感じてしまうのは私だけだろうか。

 収穫前の一時を、今年の成果を前に皆で楽しむ。

 そんなのどかな祭りは、今では日本中何処にもないのかも知れない。

 ただしかし、そんな根の無い祭りでも、人々にとっては大切なのだ。

 極めて疎になったコミュニティーの為に。Cimg0398

 孫に連れられて、屋台を見に行った。

 もう既に、孫の方が一人前である。

 ノスタルジックな祭りなぞ、そこには微塵も無い。Cimg0400

 時代はどんどん変わっていく。それでも俺の子供の頃の方が、それなりに楽しかったのだ。

 理屈っぽく『祭りとはそもそも・・・』などと、考えるのは可笑しいのだろうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年10月 7日 (土)

中秋の名月

 今夜の月は、昨夜のおぼろ月とは打って変わって、澄み切って凛々しい月だ。Cimg0397

 月を愛でる日本人の感性と拘りは、水稲を中心とした農耕と深くかかわっている。

 今では稲刈りが早まって、大半の収穫が終わっている。

 でも20年ほど前までは、これからが取り入れの秋になる。Cimg0375

 ススキを稲穂に見立て、縁起の品々を供えて豊作を祈念する。それが月見だ。

 「月見る月は この月の月」とは・・・・誰が詠んだのか。

 昨夜の釣耕苑の月見では、能舞台で箏曲や雅楽の演奏、詩吟などが繰り広げられた。Cimg0392

 月はおぼろだったが、ご馳走を頂きながら雅な一時を堪能させていただいた。

 多忙な日常を忘れ、花鳥風月を楽しむ。それこそ「雲を耕し月を釣る」の心意気か。

 床の間にかかった一幅の墨絵。この屋の主の作品である。

 今日の日のための作品だ。家主の入魂が、ジワッと伝わってくるような気がした。

 この絵が気に入った。Cimg0378

 『 秋麗の 掛画に見入る 一夜かな 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 6日 (金)

釣耕苑

 「雲を耕し 月を釣る」

 そんな稀有壮大なロマンを実現する。

 釣耕苑の名の由来だそうである。Cimg0376

 ダムの建設で壊される旧家を買い取って移築。

 能舞台つきの、壮大な日本家屋である。

 この建物には雨どいが無く、雨は瓦からそのまま簾のように玉砂利に落ちる。Cimg0388

 この屋の主は、開け放った座敷に鎮座し、その雨を酒の肴にするのだそうだ。

 中秋の名月の今日、その屋敷で月見の会があった。

 少々?お酒を頂きすぎて、これ以上書けそうもない。Cimg0389

 『 中秋の 誘う月に 時忘れ 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 5日 (木)

桜花

 サクラは、東アジア一帯に分布している樹だ。

 でも、園芸種のほとんどは日本産なのですね。

 よって、サクラが日本を代表する花になったのです。

 当然に日本には多種多様なサクラがあるのですが、実は、この秋に満開になるサクラがあるのです。

 10月サクラと呼ばれて、一人ぽつねんと咲いています。何故か物悲しそうでもあります。

 古来から日本では、サクラは春と決まっていて、

 10月サクラは、一生懸命に咲いているのだけれど、Cimg0371

 人々には 「オャ、狂い咲きかな?」 としか見てもらえない。

 この点、早咲きのサクラは得をしている。

 我が家に、早咲きの河津サクラが3本植わっている。

 これはもう既に葉を落として、冬篭りの体勢にあるのだが、Cimg0372

 この河津サクラは、2月中旬から花を咲かせる。

 そして河津の町には、このサクラ見物に毎年100万人もの人々が押し寄せる。

 春を待つ心が、人々を誘うのだ。

 だけど、秋に咲くサクラには人々は集まらない。

 気分は 「冬を前にして、今更サクラが咲いて何とする」 と言ったところだろう。

 人間にも、大器晩成という言葉がある。 

 それなりの意味は有るのだが、大抵は出遅れに対する慰めの言葉である。

 不肖私なぞも、秋咲のサクラなのかも知れないと思っている。

 それとも 「やはり野に置け レンゲ草」 かな?

 『 晩成の 春が恨めし 桜花 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 4日 (水)

金木犀

 気品のある香りが漂ってくる。金木犀の芳香だ。

 私の勤務している研究所の隣が公園になっていて、沢山の金木犀が植わっている。

 その金木犀が、一斉に花を咲かせて香っているのだ。Cimg0367

 学名をオスマンツスと言って、ギリシャ語で「においの花」を意味している。

 日本の暖地には、ごく普通に見られる樹だ。

 良くある樹だけれど、どんな所でも花を咲かせるという訳ではない。

 金木犀は、空気の汚れた所では絶対に花を咲かせない。かなり繊細な感性を持っているのだ。

 だから金木犀の香りは、クリーンな証だともいえる。

 ところで、葉先に棘のあるあのヒイラギも、この木犀の仲間だ。

 ヒイラギの花は白色で、金木犀の形状によく似た花をつける。

 ヒイラギは、特有の棘ゆえに縁起木として玄関先などに植えられている。Cimg0368

 でも、この木の葉は、老木になるにしたがって丸みを帯び、棘がなくなっていく。

 私のように、何時までも丸くなることの無い朴念仁とは、大変な違いである。

 『 歳につれ 諭すヒイラギ 恨めしく 』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 3日 (火)

同窓会

 高校時代の同窓会静岡支部の例会が、今年も開かれた。

 毎年出席していることもあって、わざわざ静岡まで出かけたのだ。

 明治生まれの方やら昭和60年生まれまで、静岡市を中心に活動している人たちが集まる。

 ただ同じ高校に学んだと言うだけの縁だが、それはそれなりに幾ばくかの縁なのである。

 人間、ほんの僅かの共通の話題が有るだけで、交流の足がかりになるのだ。Cimg0364

 こういう会に集まる人々の動機は何なのかと、何時も考える。

 人それぞれなんだろうと思うけれど、結局のところは、人というのは孤独なもので一人でも仲間(だと思っている)を増やそうとするのだろうか。

 年に一度お会いする方々との会話もある。

 今日は、二年ほど前に癌の摘出手術をされた方のお話を伺うことができた。

 自分の癌の摘出を、その方は実に明るく語られた。

 そして最後に、「人は、何時かは死ぬからね。生きているうちに、何をやるかだよ。その人生の途中で、癌と付き合うことになっただけだよ。」とおっしゃった。

 その方は、現在も東奔西走、様々な分野で活躍されている方だ。実に、明るい顔をされている。

 この会は、いつも校歌を歌って終わる。Cimg0366

 ほのぼの晴るる四方の彩雲  ああ剛健の精をうけ  学徒の行途道遠く  堅き雄心ゆるぎなく

 何れも好きな言葉だ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 2日 (月)

宇宙船地球号

 この地球号は、60億人もの人々を収容する巨大なものになった。

 巨大な収容力を持ったそもそもは、約一万年前に始まった農耕に起因する。

 農耕以前の人類は、自然生態系の一部でしかなかった。

 それが、自然を人間にとって都合の良いように改造し、二次的な自然を創ることで生産力を高めてきた。

 単一な作物を大量に栽培するだけでなく、森林までも杉や檜の純林に変えてしまった。

 否それだけではない、大量の化学合成した農薬や肥料を振り撒き、極端に偏った生態系を造り上げてきたと言える。

 自然から収奪する技術ばかりが肥大化してきたのだ。

 そうした自然生態系の歪みは、常にバランスが取れるよう、これまでは自然の復元力が働いてきた。

 それは、農薬や薬剤に対する抵抗性の獲得と言う形であったり、時にハリケーンのような大規模な自然災害であったりする。

 この地球号の生態系の許容量は、いったい何処までなのか。どこまでならば、破壊が許されるのか。

 花粉症やアレルギーの蔓延は、そんな許容の限界を教えているのかもしれない。Cimg0341

 巨大な人口を抱える中国やインドの経済成長は、その許容量を試すような不気味さがある。

 大量のN化合物の集積や産業廃棄物が、確実にこの地球号を破壊していくような気がする。

 私達は、人間も自然の一部であることを何時の間にか忘れてしまっているようだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 1日 (日)

彼岸

 暑さ寒さも、彼岸まで。お彼岸を過ぎたら、急に肌寒くなった。

 止む無く、半ズボンTシャツをGパンにはき替えた。Cimg0361

 そんな四季の移ろいは、人々を急かす様な、無常な切なさを伴っている。

 しばらく、秋雨が続きそうだ。

 メランコリックな、秋本番だ。自分にとって、この半年は何だったのかと振り返る。

 確かに足跡が残っているが、はたして意味がどの程度あったのか? Cimg0344

 希望と失望、喜びや落胆、その中にどの程度生きる意味を見出しえたのかと。

 そろそろ、シャツもズボンも着替えて、少々嫌われ者になろうと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »