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2006年11月14日 (火)

米と日本人

 日本人にとって米は、弥生の昔から深く関わってきた相棒だ。

 否、米がこの国の形を作って来たとすら言える。

 じゃあ日本人が、米をちゃんと食ってきたかというと、そうでもない。Cimg2330

 実は、日本人が米を十分に口に出来るようになったのは、つい近年の高度経済成長期になってからのことだ。

 「貧乏人は、麦を食え」と失言した総理大臣がいたけれど、それは本当のことなのだ。

 では何を食っていたのかと言うと、一般の庶民は長い間、アワとかヒエなどの雑穀、それにイモ類を食べていた。

 米を食えるのは、ハレの日(物日)しかなかった。

 日本人にとって、米は力の源泉だった。

 正月の鏡餅のことを、力餅という。

 力うどんと言えば、餅入りのうどんの事だ。

 人が亡くなると、枕元に玄米の飯を備える。三途の川を渡りきる力をと、備えるのだ。

 すし屋では、米の飯をシャリという。

 シャリとは、仏舎利。つまり、お釈迦様の骨のことだ。

 江戸時代には、人一人を養うのに米を一石(150kg)必要とされた。

 日本人の衣食がやっと足りるようになった昭和37年、米を一人当たり平均118kgも食べた。

 しかし最近では、60kgも食べなくなった。

 「食」と言うものは、時代と共に変わる。

 米はかつて、必需物資だった。

 冷蔵・冷凍技術の発達した今日では、肉を含めどんな食材でも長期保存できる。

 それで米も、長期保存できる食料品の一つに過ぎなくなったのだ。

 それでも私達は、米にこだわり続けている。

 かつては、5,000円程で炊飯器が普通に買えた。

 でも今では、内釜が炭釜や土鍋だったり、金の粒子でコーティングしてあったりして、値段も10万円近い。

 そんな炊飯器が、どんどん売れているのだ。

 これから先日本人は、米に何処までこだわっていくのだろうか。

 

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