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2006年11月 5日 (日)

巧妙が辻ラン

 巧妙が辻! その掛川の名所旧跡を回るマラニックを走ってきました。

 秋空の下で、とても良い汗をかくことが出来ましたョ。Cimg2283

 一豊公ゆかりの掛川城から円満寺、永江院、龍尾神社、真如寺、日坂宿本陣、久延寺、つま恋と、27kmを巡ったのです。

 円満寺には一豊公時代の蕗門が残っています。今はお寺の門として古色蒼然としています。Cimg2284

 

 永江院には、一豊が寄進?したと言う龍の彫り物が残っています。

 左甚五郎の作と言うのですが、チョットばかり素人っぽい彫り物でした。

 参詣をしていると、この寺の奥さんが出てきて、「この寺には、一豊のおめかけさんの墓がある」とおっしゃる。

 それではと、裏山の頂まで登って行くと、山内家累代の墓があって、そのうちの一基に「登勢」の名がある。Cimg2288

 はてさてこの地に、一豊の妾がいたのかどうか???一豊自身は、この城に半年もいなかったのだが。

 いたとすれば、それは弟のそれではなかったのかとも思った?。

 しかし、世の中の風評とは、げに恐ろしきものかな!

 龍尾神社は、掛川城の鬼門の位置に落ち着いたたたずまいで鎮座していました。Cimg2289

 ちょうど七五三で賑わっていましたよ。

 この神社は、お参りするには雰囲気が随分良い。

 この分社が、高知にもあるんだそうです。

 真如寺は、一豊の叔父が建立したんだそうです。Cimg2291

 徳川初期に、悲劇の舞台にもなったりしたらしい。

 日坂の宿場は、かなり良く保存されていると言ってよいでしょう。

 旅籠や女郎宿まで往時を偲ぶことが出来ます。Cimg2292

 この旅籠の川坂屋には、明治の海軍大臣で隆盛の弟、従道も泊まっています。

 一豊が、上杉討伐に向かう家康を迎えたのが久延寺です。Cimg2294

 此処で一豊は、東軍に加わることを決意したと伝わっています。

 小夜の中山のはずれにある久延寺から、つま恋まで13kmあまり。

 下りが多いから一気に飛ばして、つま恋ではやはり皆で完走パーティとなりました。Cimg2296

(写真は、クリックすれば大きくなりますョ)

 

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コメント

ぐるっと掛川城一周マラニック、おかげ様でとても楽しく走ることができました。一豊ゆかりの地をゆっくりマラニックして、みんないい勉強になったことと思います。少々暑かったがとても走りやすい天候で、小夜の中山は何度走ってもいい所です。15時30分までには全員完走、つま恋の温泉に入りその後の懇親会では参加者全員の顔が輝いていました。今日はとても楽しかったと言われ、『やってよかったなあ』とうれしくなりました。
                   感謝

投稿: 萩田 博 | 2006年11月 6日 (月) 11時08分

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