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2006年12月31日 (日)

ブログの毎日

4月以来今日まで、245日ブログを書いてきました。

途中何度も 「今日は疲れたな~、止めようか」 と思ったこともありました。

でも何時の間にか、ブログを書くことが日課になりました。

ブログを書かないと、眠れないのです。Cimg2514

今日までのアクセス数は、9,509になりました。

一日平均にすると、41.7もアクセス頂いたのです。

そんな無言のエールに励まされて、私の日々を綴ってきました。

アクセス頂いた皆さんに、深く感謝申し上げます。

この暮から、村の禰宜番になりました。

今朝から、登旗を立てたり、Cimg2515_1

しめ縄をなったりと、お宮さんの新年の支度を済ませました。

それでは皆さん、良いお年をお迎えください。

来年も、よろしくお願いします。

時には、コメントしてくださいね。Cimg2516

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2006年12月30日 (土)

年の瀬 随想

いよいよ、年の瀬である。

今年も人事異動やら新たな出会いやら、色々とあったけどもうすぐ終わりだ。

一年と言う歳時記は、心のけじめには欠くことが出来ない。

このケジメなくして、新しいノートは開けないのだ。Cimg2513

昔、私の子供の頃、この国が敗戦直後で貧しかった頃のことだ。

大晦日には、私たち子供の枕元に真新しい下着やメリヤスが置かれていた。

年が明けてまだ暗いうちに、眠い目をこすりながらそのシャツに袖を通す。

リンとした冷たい空気に、新しい下着の心地良い暖かさが忘れられない。

新品を着て、みんなで初詣に出かけるのだ。

それで、私達の一年が始まった。

親父もお袋も、若かった。

今日よりも明日を、今年よりも来年こそをと励んでいた。

昨今、新しい下着なぞに喜ぶ子供がいるだろうか?

暗いうちの初詣など、若い親達は子供を連れて行くだろうか?

貧しかったけど、家族そろって前を向いていたような気がする。

もうすぐ、一年のケジメの瀬がやってくる。

来年は、亥年である。

既に、猪突猛進の年齢でもない。

じっくりと、向後を考える年にするべきだろうか。

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2006年12月29日 (金)

伝承と歴史

9月の上旬だったか、このブログに京丹後のことを書いた。

丹後半島に浦島子の伝承があって、それが浦島太郎の物語になった。

そして浦島が亀の背に乗ってでかけた竜宮城は、韓の国に違いない・・・と。

今日は、桃太郎の話である。Cimg2512

桃太郎は、吉備の国(岡山)の話だ。

岡山に、吉備津彦の鬼退治の伝承がある。

「朝鮮半島の百済から渡来した温羅という鬼が、地域を荒らしまわっていた。

朝廷はこれを退治するために、大吉備津彦の命を派遣してこれを征伐させた。

命の放った矢は、温羅の目をつらぬいた。

迸った血が流れて、血吸川になって足守川に注いだ。

討ち取った温羅の首は、家来の犬飼武に命じて犬に喰わせた。」

この伝説の舞台は、吉備の中山である。

そして、中山の山頂には、巨大な前方後円墳が鎮座し、これを宮内庁が管理している。

中山の中腹には、大吉備津彦の命を祭る吉備津神社がある。

はて? これは歴史なのではないか? 

血吸川は、温羅一族の生産する鉄の赤褐色の廃液を含んだ水ではなかったのか。

そして温羅一族は、出雲に上陸し吉備地方にまで南下した一団だったのだろう。

前方後円墳は、まぎれもなく鬼として退治された温羅を祭ったものだろう。

古文書には吉備津神社の神官は、賀陽(カヤ)氏だと伝えている。

カヤとは、紀元六世紀初頭まで朝鮮半島南部に栄えた伽耶国のに由来している。

神社の舞楽や伝承・古俗には、歴史の奥深い真実を伝えている。

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2006年12月28日 (木)

博打と農業

今週以降の野菜の価格は、生産者にとって悲劇的ですらある。

この暮れになっても市場では、大根一本10円、ホウレン草一束40円、レタスの1k230円などと言う値段で取引されている。

キャベツ一個30円では、苗の育て賃にもならない。Cimg2504

立派に育てた大根を収穫して洗って、箱に詰めてトラックで送って、それで10円である。

大根を洗う手間賃にもならない。

出荷などしない方が良いはずだが、産地からの出荷は何故か絶える事が無い。

どうして、こんなことになるのか。Cimg2505

それは、直接的には今年の気候の影響だ。

適度な雨と暖かさが、作物を120%成長させたからだ。

それを生産者は、せっせと出荷するものだから、だぶついた量が価格暴落を引き起こしてしまう。

では何故、出荷を止めないのか。

それは産地の競争や戦略であったりするが、価格暴落時の幾ばくかの補填金があったりして、遊んでいるよりは良いと言うことだ。Cimg2506

そんな行政的な措置が、余計に暴落を続けさせてしまうと言う次第なのだ。

「野菜は、博打だ」と言われ続けてきた。

3~4年に一度当たれば良いと言う意味だ。

そんな博打農業が、これまでずっと続いてきた。

農業が産業にならなかった原因の一つが、実はこの博打なのだ。

しかし、最近ではその「当たり」も、はかないものになってしまった。

野菜の価格が高騰すれば、直ちに海外から緊急輸入されるようになったからだ。

これでは、農業は経営にはならない。Cimg2507

そんな馬鹿らしい産業に就業する若者がいるはずがない。

先日「食と農のシンポジューム」で、「弊社では、そんな博打の農業は止めたのです」と言う発言があった。

森町の佐野ファームである。

佐野ファームでは、レタスをはじめ様々な洋菜類を生産している。

そして、生産物は基本的に契約販売で、値段は事前に決まっている。

考えてみれば、価格の暴落で潤っているのは誰だろうか? 

消費者だって、潤っちゃいない。

野菜の価格は、スーパーの特売などを別にすれば、末端ではそれほど安くならないのだ。

仮に安くなったとしても、安くなったからと言って大根を倍も食べる訳には行かない。

逆に、反動で高騰した時に難儀するだけだ。

外食産業も惣菜・食品加工業界だって、製品の末端価格をそんなに変える訳にはいかないのだ。

原料の調達が、安定しているにこしたことは無い。

しかも、農産物の実需先は益々大口化しているから、市場を通じた調達はむしろ不安定要因にすらなっている。

全国展開するスーパーなら余計にそうなる。

とするならば、もう博打なんて止すべきだ。

沢山の小口農家が、好き勝手に作付けして、作況のままに出荷する。

暴落すれば、それを価格補填する行政。

それは、過去この事であるはずだ。

実需も生産も大口化しているのだから、キチッとした契約供給に切り替えるべきなのだ。

そして、必要以上のものは出荷しない。

廃棄なり加工なりに回せば良いのだ。

そうすれば農業経営は、計算できるようになる。

雇用をして経営規模を拡大することだって可能になるはずだ。

もう、博打は止めにしよう!

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2006年12月27日 (水)

心の時計

 気分だけなのだろうが、年末は何かとせわしなく、時計の進み方も早いように思ってしまう。

 或いは、日照時間の短いことも原因しているかも知れない。Cimg2500

 時間の長さは、実は、その時間にどれだけの事があったのかと言うことと関係していると思う。

 お客様も多くて、非日常的な出来事の多い年末年始は、アッと言う間に一週間が過ぎ去ってしまう。

 逆に、決まったルーチンで過ごす一週間は、結構長く感じたりする。

 子供の頃の事を思い出してみると、あの頃の一日はかなり長かったような気がしないだろうか? 

 昼ごはんにも帰らずに、遊びまわっていたあの頃。

 時間は、もっとゆっくりと流れていたような気がする。

 毎日が未知との遭遇であったはずなのだが・・・。Cimg2501

 きっと、その一つ一つの体験が、体の中に濃厚に蓄えられているからなのだろう。

 来るべき新年には、どんな濃厚な時間が得られるだろうか。

 望むらくは、子供の頃のような新鮮な時間で一杯にしたいものである。

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2006年12月26日 (火)

ゴミで車が走る! 

 私達は、石油製品のお陰で日々の暮らしを維持している。

 プラスチックや繊維、燃料や肥料、ビニールなどの生活資材一般である。

 そして私達は、その石油製品を毎日ゴミとして排出し続けている。

 その家庭で分別されたゴミの大半は、焼却場で燃やされているのです。

 資源を只単に燃す。

 もつと、理にかなったやり方は無いものかと、色々と模索されてきた。

 元々、石油から生成したんだから、燃料油に戻せば良いはずだ。

 そこで、廃プラの油化に様々な取り組みが続いてきた。

 しかし今日まで、本格的に普及する技術は無かった。

 何故かと言うと、再生できる油の質が悪すぎるのだ。Cimg2499

 軽質油から重質油まで散らばって、とても均質には燃せないのだ。

 ところがそこに、新しい技術が登場しようとしている。

 熱分解する途中のガスを、シリカアルミナ系の特殊な触媒槽を通すことで、軽分子化が出来そうなのだ。

 そもそも石油は、明らかに有限の資源だ。

 その資源を、いかに有効に活用するかは、人類にとって大変重要なことだ。

 とすると、ゴミは大変な資源かもしれない。

 否、知恵しだいで資源に出来ると言うことだろう。

 アグリニクス研究会で、東京工業大学の吉川邦夫教授の話を伺い、自治体の焼却場は資源再生工場に転換すべきだと得心してしまった。

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2006年12月25日 (月)

十両の馬と方便

 掛川市の中心部から3km位北西に離れた所に、永江院というお寺がある。

 その寺門には、山内一豊公寄進による左甚五郎の龍の彫り物がかかっている。

 そしてその寺の奥の院に、一豊公の妾、登勢なるものの墓石がある。

 歴史の通説とは、随分違うではないか。Cimg2498

 だが、少なくともこの寺には、そのように伝わっている。

 歴史の真実なんて、後世の人々が都合の良いように書き換えてしまうのかもしれない。

 とすると墓石は、案外本物なのだろう。

 そんな事を思いながらNHK大河ドラマの総集編を見ていたら、別の疑問がわいてきた。

 「密かに隠し持っていた十両で、名馬を買って夫を出世させた。」

 それが才女の誉れ高き千代の、才女たる代表的事跡になっている。

 だがこれは、千代がいかに賢婦だとしても、少し変だと思えてきた。

 まだ駆け出し同然の当時の一豊は、年俸50石(125俵)程度の分際である。

 それで、家来の家族ともども食べていた。

 恐らくは、その日食べるものを確保するのが、精一杯のはずである。

 それなのに女房の千代は、亭主にナンショで十両(百万円位か?)もの大金を隠し持っていた。

 これは、変だ!

 山内家は、質素倹約を家訓にしていて、一豊自らも率先垂範していたと言う。

 もし、そんな一豊が、100万円余の財産を溜め込んでいたと分かったら・・・。

 家中は、どんな反応を示しただろうか? 

 何しろ、米びつは何時も空なのだ。

 ここは一番、千代の人柄に事寄せしよう。

 一豊は、そう考えたのに違いない。

 しかしこの話は、千代の快挙となって城下の話題を独り占めすることになった。

 一豊の馬よりも、千代の才覚の方がクローズアップされてしまったのだ。

 武士の妻の心がけとして、信長にとっても好都合な材料だったのだ。

 司馬遼太郎の「巧妙が辻」は、時代の洞察も含めて素晴らしいものだ。

 でも事実は、案外一豊ペースだったのではないか。

 うちの女房殿が、まかり間違って蓄財でもしていたら、土下座でも何でもするから、

 是非、見せて欲しいものだが・・・・・。

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2006年12月24日 (日)

不易なるもの

 今年も、いよいよ最終節である。

 小泉首相もディープインパクトも引退した。

 堀江ライブドアも村上ファンドも裁判中だ。

 市町村合併とか倒産で職を失う人もいる。

 時代は、どんどん移り変わっていく。Cimg2488 

 何が不易で、何が変わるのか?  

 そんな事を、先日訪れた浜松フラワーパークで考えていた。

 広大な園内は、閑散ととしている。

 人影は、ほとんど無い。

 趣向を凝らしたクリスマス仕様やトピアリーが、寂しげである。

 ベコニアの花が見事に咲いている。Cimg2487

 にもかかわらず、何故人々はここを訪れなくなったのか。

 私が二十代の頃、ここは若者であふれていた。

 子供達の歓声が、園内一杯に聞こえていた。

 三十数年経って、テーマパークもあちこちに出来て、熱帯植物も珍しい物ではなくなった。

 花も、自分の庭でガーデニングとなった。

 若者の恋のスポットは、どこにでもある時代になった。

 車で、何処にだって行くことが出来る。Cimg2496

 でも、変わることの無いものが有るはずだ。

 花の美しさとか、星の瞬きとか、湧水の麗しさとか。

 あなたは、何が変わらないと思います? 

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2006年12月23日 (土)

クリスマスイブイブ

 Merry Xmas!Cimg2497_1

 今日は、イブイブ!

 明日は、イブ!

 こんなに楽しい気分になって!Cimg2489_1

 クリスチャンでもないのに、日本人は何時からXmasやってんだろう?

 寂しい、Xmas?

 そんなこと無いよ。Cimg2492_2

 心を、思いっきり開いてごらん。

 みんなが心を通じ合ってさ、きっとたのしいXmasさ。

 もしこの国に、Xmasが無かったら、Cimg2490_1

 ちょつとだけ、寂しい年末になるだろうね。

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2006年12月22日 (金)

環境問題と魔女狩り

 環境省が、全国の湖沼の水質調査を毎年やっている。

 この調査によると、浜松市の佐鳴湖の水質が5年連続でワーストワンになった。

 佐鳴湖には段子川、新川、御前谷排水路が流れ込んでいる。

 しかし、もともと佐鳴湖は水流が少なくて、水は滞留するし満潮時には下流から逆流もする。

 それに近年、上流部の急速な宅地化が進んでいる。

 家庭雑排水などが過去に大量に流入し、佐鳴湖の底には沈んでいる。

 しかも、水の流れはほとんどない。

 水が腐るのは当然である。

 しかるべくして、「快適空間佐鳴湖」を旗印に住民運動が起こった。

 俄然、汚染の犯人探しが始まって、「農地にまく肥料が原因だ」と言い出した。

 それに、それを正義感ぶった地域代表が、声をことさら大きくして主張する。

 「私は、環境を守る正義の味方です」と。

 そもそも佐鳴湖上流部には、1,311haの土地がある。

 その内、1,000haは宅地なのである。

 下水道が整備されたとは言え、その接続率は決して自慢できるものではない。

 犯人にされた農地だが、212ha歩度ることになっている。

 だが、作付け面積はどんどん減っていて、138haに過ぎない。

 しかも、その30haは家庭菜園なのだ。

 耕作しない畑も増えているし、肥料の量だって年々減らしている。

 悪者を作らなくては、運動が成り立たない。

 しかも、悪者は物言わぬヤツが良い。

 と言うことであろうか。

 麗しい環境は、誰だって欲する。

 その環境を我が利にと、画策する人達がいるということだろうか? 

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2006年12月21日 (木)

神農伝説

 人間は、何を食すればよいのか。

 否それよりも、古代においては何が食べられるのかが大問題だったはずだ。

 無論、自然界には毒草もあるし河豚のような魚もいる。

 人間はそれを、試したり改良したりしながら今日に至っている。

 神農は、古代中国の伝説の神様だ。Cimg2484

 彼は紀元前二千七百年の昔、野山を駆け巡っては様々な草本を試し、その味や香り・効能を調べて回っていた。

 ある時神農が、毒草を食べてしまって七転八倒して苦しんでいた。

 その時、たまたま近くにあった芳しい葉っぱを食べた。

 その葉には解毒作用があって、見る見る体が浄化された。

 この葉っぱがお茶の葉で、以来、神農は人々にお茶を薬草として広めたのだそうだ゛。

 最近の二十年の間に内外の学者が、競って茶の機能性について研究に取り組んだ。

 その結果、カテキンやテアニンなどの茶に含まれる成分の役割が明確にされた。

 抗菌や殺菌、抗酸化作用であったり鎮静効果だったりする。Cimg2486

 神農の予言は、科学的に見事に立証されたのだ。

 人間の経験智と言うものは、大変なものである。

 ちなみに神農は、東洋医学の始祖、薬の神様でもある。

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2006年12月20日 (水)

野性の力

 人間の体には、相当の免疫力が有るはずだ。

 その免疫力は、腸内の大腸菌のように体を維持する様々な細菌が生み出している。

 それに、飢餓や寒暖などの環境変化に対応する、耐性と言えるものも有る。

 ところが近代の医療技術は、抗生物質を初めとした薬剤によって、そうした有用菌まですべて殺してしまった。

 それに食べるものだって、農薬や防腐剤で無菌状態を作り出してきた。

 だからO-157のような、昔なら問題にもならなかったような弱い菌に、簡単にやられっちまったりする。

 無菌状態が抵抗力をなくし、病気にひ弱にさせてしまったのだ。

 植物も同じだ。Cimg2485

 殺虫・殺菌剤を一斉に撒く事で、拮抗する菌や虫も全て殺してしまう。

 結果として、農薬なしでは作物を栽培できなくしてしまった。

 安心・安全は大切なことなのだが、本来の野生を殺すようなやり方では元も子もない。

 野生を損なわない健康管理や農業を模索すべきだ。Cimg2347

 先日国会で制定された有機農業振興法は、そんな一助になるのだろうか? 

 民族の生存の問題として、本当の健康について考えたい。

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2006年12月19日 (火)

柚子

 もうすぐ、冬至である。

 冬至には、湯船に柚子の実を浮かべて入浴したりする。

 凍傷や神経痛の効用に加えて、殺菌や防虫効果もあるし、あの香りがそんな雰囲気を漂わせてもいる。

 だから古くから、正月のお供え餅に乗せたり門飾りに使ってきたのだろう。Cimg2479

 そもそも柚子は、中国の長江上流域の原産で、日本には奈良時代の頃伝わったらしい。

 耐寒性があって、樹勢も強健でカイガラムシや潰瘍病に免疫力がある。

 それに、極めて長寿な樹なのだそうだ。

 実際に実生から育てると、実をつけるまでに15年はかかるようだ。

 それで俗なたとえに「桃栗三年、柿八年、柚子の間抜けは十八年」などと言ったりする。

 しかし今では、接木苗が出回っていて数年で実をつける。

 そんなに気長に待つ必要は無いのだ。Cimg2352

 この初冬、たわわに黄金色の実をつけた柚子は、見るからに縁起も良さそうだ。

 ユベシに加工されたりして、ビタミン補給源としても重要なものだったのだろう。

 日本には、ミカン類やオレンジ類、雑柑類、香酸柑橘など、随分と多くのカンキツがある。Cimg2483

 柚子は、香酸柑橘の仲間だが、タチバナと同様に古くからのカンキツ類の代表と言える。

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2006年12月18日 (月)

伊豆の初冬

 久しぶりの冬型・晴天である。

 所要で急遽、伊豆に向かうことになった。

 空には一欠けらの雲もなく、晴れ渡っている。

 富士の峰は、崇高に輝いている。Cimg2474

 「あの山頂の頂まで、田子浦から駆け登ったのだ」

 富士を通過するたびに、雨の漆黒を走った夜を思い出す。

 3776mの頂に、田子浦で汲んだ海水をかけ、そして又田子浦に駆け下った。

 その頂が、今日は輝いている。

 伊豆は、まだ遅れた秋が続いていて、紅葉のシーズンと言っても良い。

 伊豆急の「黒船」電車が走り、Cimg2475

 初冬の花々に、歳時記を感じざるを得ない。

 ストレッチア(極楽鳥花)は、これから盛りを迎える。

 極彩色を極楽と言うなら、これほどうってつけの花はない。Cimg2477

 自然の妙とは言え、よく出来ているとつくづく思う。

 アロエの花は、今が盛りだ。

 伊豆のあちこちに、その花をのぞかせている。Cimg2480

 ビワの花とも相俟って、彼らはわざわざ冬に花を咲かせる。

 花粉を運ぶ虫も少ないのだが、あえてその冬を選んで花を咲かせる。

 多くの草花に同調もせずに、孤高の生き方をしてきた花たちだ。

 ゆえに、何かもの言わんとするかのようであり、見過ごすことが出来ない。

 [人の生きる故は何か?」Cimg2482

 「信念を貫いて、清々と冬空に咲いてみろ!」

 しずかに、そう囁いているように感じられた。

 その花々を見上げる伊豆の海は、ひときわ輝いて伊豆七島もくっきりと浮かんでいた。

 「 光る海 遠方からの 野辺の道 」 

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2006年12月17日 (日)

第九交響曲

 スゴイ! スゴイ! スゴイ!

 総勢五百名ものオーケストラと合唱、その奏でる音が一つの大きなオーロラになる!

 第四楽章「よろこびの歌」の旋律も快適だし、お腹の底から響かせる歓喜の歌声が良い。

 今年も押し詰まって、後二週間余り。Cimg2473

 そんな忙しい中だが、しばしの心の弾みを体験させていただいた。

 演奏は掛川市民オーケストラ、合唱は御前崎市などの皆さんだ。

 第九が年末に演奏されるようになったのは、戦後らしい。

 楽団員の年末年始の困窮を救うために、第九の演奏が始まったと言う。

 日本で最初に第九が全曲演奏されたのは、1918年だそうだ。

 鳴門市の捕虜集要所で、ドイツ兵の捕虜が演奏した。

 ちなみに歓喜の歌は、欧州連合の歌でも有る。

 ともかくも、人類愛を高らかに歌って、人の心を暖かくしてくれる。

 年末にはうってつけの歌だ。Cimg2465

 「おお友よ。もっと歓喜に満ちた歌を歌おうではないか。

 太陽が大空を飛び交うように、

 進め兄弟よ、あなた達の道を。

 天上の楽園の乙女よ。

 私達は火の様に酔いしれて、

 全ての人々は、兄弟となる。」

 と、声高らかに歌う。

 残念なのは、演奏の勇姿を写真に撮れなかったことだ。

 だが、良い時間を過ごした。

 「 歓喜なる 師走の歌に 時忘る 」

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2006年12月16日 (土)

剪定

 今年はどうも暖冬のようで、葡萄の落葉が遅れている。

 北風を待ちきれずに、今日から剪定を始めることにした。

 葡萄は、新しく伸びた枝に花をつける。Cimg2467

 だから毎年、今年実をつけた枝を切り落として、新梢の伸びるスペースを作らなくてはならない。

 それぞれ2m位伸びた枝を、一芽だけ残してばっさりと切り落とす。

 剪定を終えた所は、スカッと明るく青空が広がる。

 枝の数は無数にあるから、これを根気強く切っていく。

 それに落とした枝は、小山のようになる。

 だから乾燥してから、少しずつほぼ一日かけて焼却する。

 この作業が、年内一杯続くのだ。Cimg2468

 葡萄の栽培は、およそ機械化ということが出来ない。

 こつこつこつこつと、作業を続けるしかないのだ。

 生れ付き?短気な私なのだが、葡萄にしてもホウレンソウにしても結構耐えている。

 来春、キチッと芽を出して枝を伸ばし、花をつけることが見えているからだろうか。

 何事も、目標が見えると、苦しいことでも楽しく続けることが出来るものだ。

 否、葡萄の房が明るくなるのを楽しみながら、せっせと作業を続けている。

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2006年12月15日 (金)

防災を支える力

 毎年、防災訓練が賑々しく行われる。

 自主防災組織なるものが組織されて、既に20年以上にもなる

 防災器具も、それなりに常備されている。

 だが、毎年の防災訓練は、どこか白々しさを感じさせる。

 マンネリだとか指導者の訓練不足が言われたりもする。

 だが、何か基本的なところでの欠落がある様な気がする。

 そもそも今日の地縁社会は、昔のような濃密な運命共同体ではなくなっている。

 隣家の息子の顔さえ分からないのが実態だ。

 同級生だってね年に一度顔を合わせるかどうかだ。

 多くの人々が、地縁社会とは無関係なところで生きている。Cimg2434_1

 年に一度の防災訓練で、消火器の使い方や放水訓練を見ても、いざと言う時にさして役立つとも思えない。

 中学生の教育が必要なら、学校でプロがキチッと教えるべきなのだ。

 食育と同様防災教育は、これからの世代にとって不可欠な課題のはずだ。

 要するに、防災訓練が、訓練のための只単なるイベントになってしまっている。

 防災を本当に下支えするのは、小さな単位でのコミュニティーだ。

 それは、集落の班(組)であつたり同行の会であつたりする。

 子供会でもゲートボールやゴルフの会でも良い。Cimg2433

 そうした縦横なつき合いの輪を広げて、そこで防災を話題にすべきなのだ。

 いざと言う時には、その小さな輪が力を発揮するのだ。

 形式的な防災訓練は、何の役にも立たないだろう。

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2006年12月14日 (木)

帝国の衰亡

 大日本帝国?は論外として、世界史には幾つもの帝国の衰亡がある。

 ローマ帝国やチンギスハーンのモンゴル帝国、大英帝国などだ。

 ローマ帝国は、ヨーロッパばかりかアフリカ大陸の一部を含む広大なものだったし、モンゴル帝国もユーラシア大陸の大半を占めていた。

 そして大英帝国は、七つの海を支配すると言われた。

 今日それらの帝国は、いずれも歴史のかなたに痕跡を残すだけになっている。

 何故、帝国は崩壊したのか。

 とくに近世において、スペインの無敵艦隊を撃滅(16世紀末)してからの英国の勢いはすさまじかった。

 産業革命を主導し、自由貿易や議会制、世界各地への植民など、そのイディオムと共に威を振るってきた。

 しかし、19世紀半ば以降、英国は衰退の一途をたどった。

 その原因となったのは、新興工業国の追い上げによる産業競争力の衰退や、植民地の独立、相次いだ戦争など色々ある。

 だが最大の要素は、国民の、とりわけ指導層の精神的な活力の衰えだと言われる。

 その心理的衰えは、長期に渡る国の貿易赤字に起因する。

 そしてまた、その貿易赤字は大量の食糧輸入の結果であった。

 1840年、自由貿易の名のもとで「穀物法」が廃止される。

 安い穀物が有るなら、買えば良いとなったのだ。Cimg2363

 それからと言うもの、国民の消費する穀物や肉類、乳製品などの自給率は急減していく。

 1868年には80%あったのだが、1878年には40%になった。

 船便輸送の発達で、東欧や北アメリカから安い農産物が流入するようになったからだ。

 一方、ドイツや日本など新興工業国が勃興してくる。

 次第に英国の工業製品の輸出競争力は衰えていく。

 大量の食糧輸入は、止める訳には行かない。

 結果として恒常的な貿易赤字が続き、国民の心理も変わっていく。

 そして、幕末日本にやってきた英国人のような、あの英気と自信が失われていく。

 翻ってわが国・日本の現状はどうか? 

 カロリーベースの食料自給率は、40%まで下がってしまった。

 貿易の黒字も、漸減を始めている。

 中国やインドの工業発展は、勢いを増すばかりだ。

 豊かさを追い求める彼の国の若者の目は、キラキラと輝いている。

 しかるに、日本の若者の目の色は如何なものか?

 私達は、かつての英国と同じ道を歩いているのだろうか。

 ちなみに戦後の英国は、農業を育てることに腐心し、 今日の自給率は80%を上回っている。 

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2006年12月13日 (水)

忘年会色々

 忘年会のシーズンである。

 既に私も、6回ほどの忘年会に席を連ねている。

 走友会や研究会、職場や仕事関係などである。Cimg2439

 忘年会に酒はつき物なのだが、それ自体私の好物と言う訳ではない。

 酒は人を開放的にして、その人格を露出させて見せる。

 だから、人と人を親しくしたりもする。

 それが定説らしいのだが、むしろ私の場合は余り良い思い出はない。

 無礼講などと言われて飲まされて、後でクヨクヨと後悔するパターンが多かった。

 そんな経験から、忘年会とは、酒を飲ませて人間を観察する場ではないかと思ったりもした。

 しかし最近では、けっこう有意義に参加させていただいている。Cimg2393

 単に飲み会と言うのではなくて、会のそれぞれに意味が感じられるからだ。

 来年は活動をこう発展させようとか、お互いの関係をもっと深めようなどと意識したりもする。

 そんな気持ちが有ると、深酒などすることなく気持ちよく飲めるものだ。

 ただし意味の無い忘年会は、早々に引き上げた方が無難だ。

 日本で最古の忘年会は、1430年の記録が有るという。

 室町時代だ。

 濁り酒を飲んで乱舞というから、相当親しい人達の会だったのだろう。

 ともあれ今日のような忘年会は、明治20年代になってから始まったらしい。

 忘年会も、経済活動や社会の仕組みと密接に連動しているのだ。

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2006年12月12日 (火)

高齢者を活かす

 20年位前、英国に行った時の話です。

 私が、ヒースロー空港で最初に驚いたこと。

 それは私たちの乗ったバスのドライバーが、60代後半の女性ドライバーだったことでした。

 しかも、その婆ちゃんが、時速200km位で高速道をぶっ飛ばすのです。

 バブル経済絶頂期の日本人の私の目には、英国病と言われて衰退著しいイギリスの実状を見る思いでした。

 そう思って見ると、地下鉄や道路工事で働いているのはみんな黒人だし、街中の住宅には「For Sell」の貼紙がやけに目立つ。

 衰退とは、こういうことなのかと思ったのです。Cimg2464

 これからの日本は、当時の英国よりももつと高齢の国になるのです。

 団塊の世代のリタイアが話題になるけれど、引退してもらっては困るのだ。

 英国の婆ちゃんのように、70歳くらいまでは色々な所でバリバリと働くべきなのだ。

 そうすれば、年金問題も起こらないし、シニア向けの需要だってグ~ンと盛り上がる。

 そういえば、カグヤヒメのコンサートや森昌子の復活だって、60歳代の美人女優の出現も昔の常識では考えられなかった。

 今の開業医の平均年齢は、60歳なんだそうだ。

 タクシー運転手の平均年齢も55歳。

 農業生産者に関しては、あえて言うまでも無い。

 考えてみれば、観客も患者も、高齢者が多くを占めるのだ。

 だからこれからの産業は、リタイア組の活かし方で成否が決まりそうだ。

 高齢労働力をシステムとして活かす農業も、けっこう面白そうだ。

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2006年12月11日 (月)

オイルピーク

 ここ数年原油価格が高騰して、今年7月には遂に米国標準油種が1バーレル78.4ドルを記録した。

 その原因となったのが、オイルピーク論と需要の増加に反した減産だった。

 ともあれその打消し情報で、現在は50ドル台になってはいる。

 そもそも、オイルピークとは何か。

 この百年の間に、時代を大きく変えてしまうような幾つかの革命があった。

 コンピュータの登場や世界大戦、金銭のネット流通などだ。

 だが、石化エネルギーの大量消費は、その最大の変化要因の一つだ。

 人類が登場してから、数万年になる。

 しかし、石油資源を大量に使うのは、ほんのここ数十年のことだ。

 そして、その資源の供給は何時まで続くのか? 

 石油の産出量は、何時かピークを向える。

 既に自噴する油井は減って、吸引油井が増えている。

 可採埋蔵量がね減り始めるのではないか?

 そのピークが、2005年だった。Cimg2436

 やがて石油の産出量は、急激に減り始めるだろうと言うのだ。

 そうなれば、原油価格は際限も無く上昇するし、自動車だって走れなくなる。

 衣料や整髪資材などの石油製品も、生産できなくなる。

 さらに、エネルギー漬けになっている農業も大きな打撃を受ける。

 要するに、代替エネルギーがないと大変なことになる。

 そこで一つには、太陽光や風力、バイオなどの自然エネルギーの利用を考える。

 だが、これは密度が薄いから、回収に大規模な設備が必要になる。

 二つ目は、原子力や核融合、水素エネルギーといった資源を使う。

 だがこれも、安全レベルを上げることや水素を生産するエネルギーが必要になる。

 三つ目は、温度差を熱源にするヒートポンプだが、ポンプを動かすための動力が当然必要だ。

 四つ目は、エネルギーの節約だ。Cimg2437_1

 プリウスなどのハイブリッド車、新型電池、揚水発電などはこの流れだ。

 コジェネも、熱効率を上げるには極めて重要だ。

 恐らく人類は、やがてありとあらゆる事を試さなくてはならなくなるだろう。

 エネルギー作物の生産は当然のこととして、農業でのコジェネの活用を真剣に追及しなくちゃいけない。

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2006年12月10日 (日)

京都東山三十六峰マラソン

 宝ヶ池の京都国際会館をスタート地点に、東山山中を30km走るレースだ。

 今年は800人のランナーが、雨上がりの東山を走った。Cimg2454

 先ず最初は、宝ヶ池から比叡山の中腹まで登っていく。

 雨にぬれた沢道は、険しくしかもぬかるんて゜いる。Cimg2456

 大井川紅葉ランで肉離れした足は、テーピングにもかかわらず痛みを伴っている。

 10km程の朝鮮学校地点で、既に頭の中をリタイアがよぎる。

 銀閣寺の脇をすり抜けると激しい登りになるのだが、Cimg2458

 何とか、大文字山の山頂までは行こうと思い直す。

 山頂からの京都市中の眺望は、またとない絶景である。Cimg2459

 その景色を眺めながら、道もないこの山頂でのリタイアは無理だと気付く。

 それでもう少し、行ける所まで行く事にした。Cimg2460

 このコースは、京都市観光局が設定した東山トレイルコースだ。

 そのコースを、北から南に逆送している。

 道は、人一人がやっと通れる幅なのだが、落ち葉を踏みしめて、山あり谷ありの素晴らしいコースだ。

 恐らく、レースでなけれはうっとりとする様な山道が続く。Cimg2462

 南から登ってくるハイカーの数も多い。

 彼らは、傍らの樹にしがみ付いて我々を通してくれる。

 「お世話をかけます! 」と私達は、その傍らを駆け抜けていく。

 私の足は、もう既に半分は麻痺している。

 しかし、山中を走っているため、リタイアのしようが無くなっていた。

 将軍塚から清水山へ、そして阿弥陀ヶ峰を超えて稲荷山へ。

 とうとう、重たい足を引きづりながら、伏見稲荷までたどり着いてしまった。Cimg2463

 ゴールに座り込んで一言、「よお、走った!!」。実感であった。

 止めよう、止めようと考えながら、遂にゴールまで来てしまった。

 果たして明日は、歩くことが出来るだろうか? 

 ともあれ今回の完走は、私を待つ仲間のお陰だろうと思う。

 

 

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2006年12月 9日 (土)

農産物フェアー

 JA主催の秋祭りなどが終わって、集大成のような形で県の農業フェアーが開かれる。

 最近では、幾分商談会の色彩も帯び始めている。Cimg2442

 単に新鮮で安い農産物を知って買って頂くという段階から、少し発展を見せているのだ。

 地産地消との掛声が、一向に生産者の福音につながらない。

 それは単に不特定の消費者に向かって『お願いします』と言っているに過ぎないからだ。

 ちゃんと業と業を結び付けて、その業にとってもメリットになるようにしなくちゃ駄目だ。Cimg2446

 例えば「身土不二」を売りにした外食と提携するとか、組織的なやり方が必要だ。

 これまで私は多くの場合、主催者の側でこの種の催事を見てきた。

 今回は、逆の側に徹して見てみる事にした。

 多くの出展者が、産物を持ち込んで「さあ、如何ですか」と言うパターンになってしまう。

 それではその場限りの、売ります買いますで終わってしまう。Cimg2447

 イベントとしてはそれも面白いのだが、フェアーの目的は本当の情報の伝達なのだ。

 誰にどんな情報を伝えたいのか、まず自ら明確にしてかかるべきだろう。

 そんな視点から見ていくと、面白いものもけっこう有る。

 米と言うものを、もっと考えて理解してほしい・・。とかCimg2449

 静岡特産のミカンだって、色々な種類もあって意外と面白い。

 サポーターの皆さんが、歌を作って歌っていた。

 「♪富士の お山を 背中に向けて

 駿河の お国は ミカン山

 丸い笑顔が すまいずらCimg2450

 するが訛りの うまいずら

 親子三代 自慢のミカン

 お届けしますよ 真心を♪」

 ちょっと歌詞は古臭いけど、素朴で良かった。

 農産物には、面白さが一杯ある。

 その本当の面白さを、面白く説明する技術を開発したいものだと思う。

 稲作研究会の皆さんも、自分達の米を一生懸命PRしていた。 Cimg2443

 恐らく、こうした努力がもっとグレードアップした形で、次の時代のマーケティングへと発展していくのだろう。

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2006年12月 8日 (金)

給食の時間

 おもしろ人立「めだかの学校」の話である。

 この学校は、三ヶ月に一度、金曜日の夜開かれる。

 年齢や職業、価値観も違った人達が集まる。Cimg2412

 みんな、それぞれ違った世界に生きている。

 メダカの学校の先生は、その歌の通り、生徒が変わり番で講師になる。

 だから毎回、経験に基づいた含蓄のある話が聞けると言う訳だ。

 そのメダカの学校にも、休職の時間がある。

 だから、もちろん給食当番もある。Cimg2414

 挙手で次回の当番が15名くらい選出される。

 そして、その人達が給食を作るのだ。

 メニューも工夫を凝らしたものだ。

 季節感たっぷりの料理に、和菓子まで登場する。

 それもそのはず、饅頭屋の親父が給食当番だからだ。

 今回の学校では、普段の料理メニューに、芋汁とお汁粉が加わっていた。

 まさに、ボリュームたっぷりなのだ。Cimg2413

 その料理を、グループごとに話をしながらいただく。

 そして、芋汁は瞬く間に空になった。

 人生経験も経歴も違うお互いが打ち解けあうのは、そんなに簡単ではない。

 でも、食事を共にすることで、次第に和が作られていく。

 もっと早道は、給食当番になって一緒に食事を作ることだ。

 家族が共に食事を作り、食卓を囲む。そんなことすらまま成らない時代なのだが、人と人の原点は変わらない。

 教育も、食から始まるのだ。

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2006年12月 7日 (木)

昭和22年の出来事

 ココログ(プロバイダー)のメンテナンスで、二日間も休みになってしまいました。

 今日は、私の生まれた年、昭和22年のことを書きます。

 最近では、一年間に生まれる子供の数は110万人位ですが、私の同級生は270万人もいました。

 何と、2.5倍ですよ。

 その終戦間もない昭和22年に、どんなことが起こっていたと思います? 

 3月11日 米の供出に強権発動指令

 インフレと物資不足であちこちに餓死者が出て、政府は食料集めに警察力まで動員します。

 米を隠していないか、農家の屋根裏まで調べて回ったんです。

 この米の統制は、食糧管理法となってへいせい6年まで続くことになります。

 4月1日 6・3・3制の発足Cimg2438

 国民学校が廃止されて、新生小中学校が始まります。 

 4月25日 衆議院選挙で社会党が第一党に

 社会の混乱の激しさが想像できますね。

 5月3日 日本国憲法の施行

 6月1日 片山内閣誕生

 吉田内閣が総辞職して、社会・民主・国民共同の連立政権が発足しました。

 10月1日 衣料切符制の復活

 パンの切符配給など、戦前の制度が次々に復活するのです。

 11月19日 農業協同組合法の公布

 12月22日 民法改正で「家」制度の廃止

 終戦後間もないとは言え、何だか大変な年に生まれたんだな~と、改めて考えてしまいました。

 それに、随分永く??生きてきたな~と、ちょっとばかり感じてしまいました。

 『 過ぎし日が 何時の間にやら 苔となり 』

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2006年12月 4日 (月)

稲作研究会にて

 米や麦などの貯蔵できる穀物の生産が、権力を養い国家へと発展させてきた。

 穀物の貯蔵は原始社会の生活に余力を生み、富の蓄積となって権力を培ってきたのだ。

 この日本列島では、その役割を米が担ってきた。

 弥生の米の登場によって、それ以前の狩猟採集の時代とは、社会のシステムがまるで変わってしまう。

 そうして、邪馬台国が誕生する。Cimg2329

 だから大和朝廷以来、国の税金はずっと米だった。

 まさに瑞穂の国と言われたとおり、明治になるまで農は国の大元であり続けたのだ。

 それじゃあ、こ列島の住人がちゃんと米を食ってきたかというと、実はそうでもない。

 民謡「こきりこの竹」に歌われているように、死の間際に竹に入れた米の音を聞く・・・などと言う生活は、極普通に見られたようだ。

 農民を始めとした庶民の多くは、ヒエやアワなどの雑穀、それからイモ類などを食ってきた。

 近世のヨーロッパだって、ゴッホの「馬鈴薯を食べる人びと」に描かれたように、芋が食べられれば良い方だった。

 この戦後だって、「貧乏人は、麦を食え」と発言して物議をかもしたのは、所得倍増論の池田勇人首相だった。

 そして、米が十分食べられるようになったのは、昭和30年代も後半になってからだ。

 米の消費量のピークは、昭和37年の118kg/年だ。

 それ以降は減少の一途を辿って、最近では一人当たり60kgを下回るようになった。

 何故そうなったかと言うと、食物を保存する技術が進歩したからだ。

 今では、肉でも野菜でも、冷蔵や冷凍で何年も保存できてしまう。

 つまり、かつての穀物と同じようになったのだ。Cimg2405

 しこうして米は、肉や魚と変わらない一つの商品になった。

 昨年ピークアウトした日本の人口も、これからどんどん減っていく。

 年金世代の比率も多くなる。

 だから、米の消費量はもっと減っていくだろう。

 消費者の求める食の内容も質も、随分と変わっていくのではないか。

 一方、米が単なる商品になったからこそ、自由な販売戦略も可能になった。

 事実、一俵1万2千円の米もあるが、一俵6万円で売れる米もある。

 いずれにしても、「需要が供給を作り出す」と言うことを忘れないでほしい。

 かつてのように、供給が需要を生み出す訳ではない。

 需要のあるものを合理的に生産して、利益を生み出すのが農業だ。

 広大な農地を使っている稲作経営者には、多くの可能性と選択肢が残されている

 何も稲作に拘る必要は無いのではないか。

 県下の大型稲作経営者の研修会で、大筋そんな憎まれ口をあえて述べてきた。

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2006年12月 3日 (日)

市町村対抗駅伝

 人は、人によって生かされている。

 駅伝に参加するたびに、そんな実感を肌で感じてしまう。

 走るレースの中で、一番大変なのが駅伝だ。

 距離の長短ではない。Cimg2415

 フルやハーフ、或いは100kmのレースよりも、信じられない位に走ってしまうのが駅伝だ。

 心臓が口から飛び出る程になっても、必死で走るのが駅伝なのだ。

 自分一人で走るレースなら、自分との妥協が有る。

 ところが駅伝は、皆のために走ってしまうのだ。Cimg2416

 第七回駅伝競走大会を観戦して、改めて駅伝の鮮烈さを実感した。

 朝十時、キリッと緊張した空気の中、県知事の合図で弾けるようにレースが始まる。

 47人の選手は、何れも無心で中継地点を目指す。Cimg2419

 恐らく頭の中は、「無」でしかない。Cimg2417

 そんな走っている人の顔が、たまらなく感動を誘う。

 遅れた選手には、先頭集団よりも一層大きな声援が飛ぶ。

 中継点まで、力を振り絞って走れ! Cimg2422

 もう少しだ。頑張れ~!

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2006年12月 2日 (土)

食と農

 日本人の食は、誰が支えているのか? Cimg2425

 エネルギーベースで40%と言うのは、見方によればとんでもない水準だ。

 世界の先進国は、すべからく100%以上だ。

 フランスなどは、その食文化と合わせて外交にも食を駆使している。Cimg2428

 日本の為政者にその真似が出来る訳は無いが、今、教育問題よりも先に食を政治のテーマにすべきだと思う。

 ともあれ今日、「食と農」わテーマにしたシンポジュームに臨んだ。

 もちろん宮城大学の鈴木建夫先生にも、多角的な食の関わる問題提起をしていただいた。Cimg2432

 その後、何人かの農企業家の皆さんの発言が続いて、パネラーと共に一つの共通項を見出す事が出来た。

 それは、食に対する需要のあり方が供給を決めると言うことだ。

 食べる物が無かった時代には、供給が全てを決めてきた。Cimg2430

 でもこれからは、需要が供給を決めるのだ。

 ただしかし、需要を決める消費者の責任こそ重要なのだと言うこと。

 これは、日本民族の民度の問題なのだと思う。

 今日は、学生や消費者の多くの皆さんと共に、そんなくそ真面目な討論会が出来た。

 思いの他、皆さん真剣に参加していただいた。

 日本民族も捨てたものではない。Cimg2427

 会場では、世界緑茶協会によるインストラクション、

 それにポスターセッションもあって、少しばかりアカデミックでもあった。

 こんな会を繰り返し繰り返しやっていけば、日本はもっと良くなるかもしれない。

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2006年12月 1日 (金)

佐野ファーム

 昔は沢山の生産者が、野菜などを少しずつ作って農協に出荷し、

 農協は、それを一定の規格でまとめて卸売市場に送った。

 卸売市場では、中卸がその青果物を全国の八百屋に分荷していた。

 この機能は、随分上手く機能していた。

 しかし、八百屋や果物屋がなくなって、物流は量販店の独壇場となった。

 それに外食や中食産業が発展し、そこで実際の需要が発生するようになった。

 川下はどんどん変わっていくのだけれど、川上がさっぱり変わらない。

 つまり、青果物の流通が動脈硬化を起しつつあるのが今日の姿だ。

 それで食品産業の中には、直接生産に乗り出すところ出始めている。

 知久屋や和民などの外食産業、それにキューピーなどもそうだ。

 袋井市の南部に進出している「若葉フーズ」という会社もその一つだ。

 岐阜県を本拠にするこの会社では、毎日十トン余の新鮮なダイコンを必要としている。

 刺身のツマを生産・供給するのが業務だからだ。

 その業を拡充していくには、どうしても原料ダイコンを、価格・量ともに安定して確保することが必要になる。

 それがこれまでの流通機構では、どうしても無理なのだ。

 それで直接生産に乗り出しているのだ。

 企業が農業生産をせざるを得ない時代が、到来しているとも言える。

 今日の話題は、そうした時代の流れを受け止めて、

 「それならその供給を引き受けよう」としている農場のことだ。Cimg2408

 (有)佐野ファームである。

 食品産業や量販店の需要に対応して、一定の規模で計画的な生産をし、

 これを確実に納品するシステムを目指している。

 現在は、レタスや水菜、フリルレタス、スイートコーンなどを6ha余りで生産している。

 家族経営が当たり前だった農業生産を、誰でも就業できる職場に変えようとしている。Cimg2407

 社員やパートさんを引っ張っているのは、社長と専務である。

 今日は、レタスのビニール被覆作業であった。

 そして、そのトンネルの支柱設置は、機械の力をフル活用していた。

 この地域では、恐らく始めて導入された機械だろう。Cimg2409

 多くの面積を被覆するには、恐らく数万本の支柱を刺さなくてはならない。

 それにはどうしても、機械力が必要なのだ。

 こうした先取の取り組みが、農業という産業を変えていく。

 若い社員の皆さんも、生き生きと生産に取り組んでおられた。

 自分達が、新しい業態を作っていくんだという、そんな自負心を恐らく持っているのだろう。

 頑張れ、わかものたち! 

 

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