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2007年1月10日 (水)

集落の変貌

今日の東京だって、大田道灌の昔には大田舎だったはずだ。

それが時代の変化と共に、武蔵野の風情さえ感じられなくなった。

私の住む村は、未だに農村集落である。Cimg2538

年の初めに、その集落の初寄り合いがある。

全戸の代表が寄り集まって、一年の集落の方針を申し合わせる習いだ。

来年度の、新役員も選出する。

村の役員の三役は、昔から自治会長、副自治会長(会計)それに部農会長である。

先日の寄り合いで、この役員選出に待ったがかかった。

「部農会長なんて、自治会とは何の関係もないじゃないか」と言うのである。

言われてみれば、その通りである。Cimg2539

この集落の昔からの住人は、40戸余り。

それがこの20年余りのうちに、200戸近くになった。

昔は、40戸全部が農家だった。

その農家が寄り集まって、農地の区画整理をしたり、土地を供出しあって農道をつくったりしてきた。

集落の用水や排水も管理してきたし、米の生産調整だってやってきたのだ。

集落にとっては、実に重要な役割を果たしていたのだ。

だが今、昔からの農家だって世代が替わって、農業とは縁遠い仕事をするようになった。

生粋の農業者は、数えるほどになっている。

それなのに、村の役員として大きな顔をするのはけしからんと言うのである。

確かに、一理ある。

しかし、外来住人の住んでいる土地は、農家の負担で基盤整備した土地なのだ。

毎日使っている道路だって、今は市道になっているけれど、農家が無償で土地を供出して作ったのだ。

その外来住人は、毎日、合併浄化槽の排水を農家の作った排水に垂れ流ししているのだ。

その排水路を管理しているのも、数の少なくなった農家なのだ。

昔の農村集落は、正に自立する自治組織として機能していた。

然るに今日の自治会なぞというものは、せいぜいゴミの管理とお祭りで終始するようになった。

後はみんな、市役所に苦情を持っていく。

これからの質素な時代は、違うんだよね。

本当に、自分の住む地域は、自分達の力で管理していかなくちゃね。

そうしないと税金も減らないし、自治会費も何のために払うのか分からなくなる。

ミーイズムの集落を、本当のコミュニティーに変えて行こう!

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