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2007年3月24日 (土)

彰義隊と上野公園

上野公園の西郷さんの銅像のすぐ隣に、彰義隊の碑がある。

それと気付く事も無い、地味な碑である。Cimg3022

1868年、寛永寺に蟄居した慶喜の助命嘆願が、当初の彰義隊の目的だった。

だが、時代の奔流は時として理不尽の限りを尽くす。

「義を見て施ざるは勇無きなりなり」と教えられてきた若者達の決起は、

或いは当然であったかもしれない。Cimg3016

上野戦争の勃発である。

慶喜は既に蟄居謹慎し、上野の彰義隊は組織された軍隊とは言い難かった。

武器とて十分であるはずも無く、「義」だけが旗頭であった。

当然の結果として、彰義隊は見るも無残に鎮圧される。

どれ程の人が、死んだのだろうか? Cimg3021

その死者を集めて焼いたのが、現在、碑の立てられている所なのだ。

碑は、明治5年に建てられた。

やがて西南の役が起こり、彰義隊討伐の総大将だった西郷隆盛も城山で自決する。

その西郷の銅像と彰義隊の碑が、20mほどの距離に並んでいる。

そして今公園では、上野の花を見ようと、陣取り合戦が展開されている。

見上げても、花なぞ数輪も咲いていない。Cimg3017

しかし、開花予報を真に受けた会社の決定なのだ。

けだし、それも良かろう。

たけど花見の皆さんよ、ここで凄惨な殺しあいのあったのは、たかだか140年前の話なんですよね。

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