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2007年4月30日 (月)

マスコミの体質

マスコミは、今や立法・司法・行政機関と並ぶ、第四の権力機関だ。

否、第一の権力者かも知れない。Cimg2670

マスコミは、とかく記事を面白く作ろうとする傾向にある。

そして、他人に厳しく自分には甘い。

ペコちゃんの不二家は、テレビの某司会者の誤った発言から、今日の窮状に至った。

司会者は「不二家は、シュークリームの原料に『消費期限切れ』牛乳を使っている」と発言した。

しかし本当は、「賞味期限」の間違いであった。Cimg2696

使われた牛乳は、超高温殺菌されたもので消費期限の表示対象にならないものだったのだ。

だが不二家は、報道に慌てふためいた。

慌てた挙句、マスコミに事実を正しく説明することができなかった。

但し、正しく説明したところで、マスコミが真実を伝えたかどうかは疑問だ。

マスコミと言うものは、それを「不二家の隠蔽」と逆に糾弾したいほうだからだ。Cimg2977

ニュースと言うものは、影響が大きければ大きいほど価値がある。

8年ほど前のことだ。

久米寛が埼玉県の農産物について、「ダイオキシンが、含まれている。」と報道して、

大変な風評被害をもたらしたことがある。

あの時も、各地で分析調査をすることになって、それぞれ各地で結果を公表した。

分析結果は、大気中に含まれている程度の極微量が検出されたのだが、

つまり、分析機械が極めて精密なため、ゼロと言う数字にはならないのだ。

この時ある記者氏は、「ゼロでは無いんでしょ ! 。入っているって認めなさいよ。」

と鋭く詰め寄ってきたのを覚えている。

機械の誤差の範囲内だと説明すればするほど、そのトーンが上がってくる。

つまり記者氏は、面白い記事を書きたいのだと思った。

「あるある」のように、マスコミの言動に完璧な「安全・安心」を求めるのは、なかなか難しいようだ。

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2007年4月29日 (日)

(株)浜松花き

鈴木隆博さんの経営する、ハーブ農園である。Cimg3227

生産施設は4,500坪、250品目のハーブを年間160万ポットも出荷している。

おそらくハーブ農園としては、全国有数の規模だろう。

植木からサボテン、そして洋ランの栽培を遍歴し、今日のハーブに行き着いた。

かつてのハープブームは去ったけれど、今は息の長い需要が続いている。Cimg3230

その着実な需要に応えているのが,鈴木さんの農場だ。

この農場では、6名の社員の他 25名のパートさんが働いている。

全国各地からの発注に対して、確実に応えられる農場はそんなに多くは無い。

そのニーズをあらかじめ読んで、品揃えしておく。Cimg3231

そうして、注文に即応できる体制が売りだ。

又その需要の読みが、正に経営手腕なのだ。

若い鈴木さんの、今後に大いに期待したい。

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2007年4月28日 (土)

モネの庭

浜名湖ガーデンパークに、忠実なモネの庭が再現されて、真丸三年余になる。Cimg3214

この間、熱心なボランティアの皆さんが、自分の庭のように手入れを続けてきた。

お陰でこの春の庭は、一段と重厚さを増して艶やかである。

おそらく本当のモネの庭は、こんなには美しくなかったはずだ。Cimg3216

第一フランスの春は、日本のように華やかではない。

それに、そんなに庭の手入れが出来なかったはずだ。

しかしながらモネは、その自分の庭を描くことを生涯の仕事にした。Cimg3217

来る日も来る日も、庭を描き続けた。

特に池に咲く睡蓮は、モネの筆をことさら写実的にしたようだ。

池の水草と光の変化を写し取ること、そのことにモネは熱中した。Cimg3219

そして、継続と熱中が「睡蓮のモネ」として、世界中の人々の知る所となった。

私などは、何の取得も無い人間だ。

その上、地道に一つことを続けることだってままならない。Cimg3220

よって所詮は、鈍才でしかない。

人のことをあれこれ気にすることなく、わが道を歩める人こそ天才なのだろう。

時、既に遅しかもしれないが、少しはモネの生き方を真似て見ようなどと考えてしまった。

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2007年4月27日 (金)

フラワー・イズ・パワー

浜名湖のガーデンパークで、フラワーフェスタが始まった。Cimg3191

三年前の浜名湖花博の、メモリアルイベントとして今年で二回目である。

広大な公園を会場に、名実ともに花を楽しむことの出来る催事になった。

静岡県の石川嘉延知事は開会式の挨拶で、Cimg3190

「どうして皆さんの顔が、こんなににこやかなんでしょう・・・・」と語りかけた。

花の様々な力を、語ろうとしたのだ。

花には、十の徳が有るといわれる。Cimg3193

人を和やかにしたり、心豊かな気分にしたり、文化的な空間を作り出したり、

時には、人の結束を作り出したりする。

花を梃子に、コミュニティーを育てることだって出来る。Cimg3196

花を頂けば、たいていの人は喜ぶはずだ。

特に異性から頂くなんてことになれば、これは有頂天になっちまう。

ともあれ花は、人の心を動かす原動力になる。Cimg3197

浜松市立高校の合唱も素晴らしかった。

この一ヶ月、目一杯の動きをしてきて、今日は心なしか気持ちが和んだような気がする。

やっばり、花は良い。

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2007年4月26日 (木)

忍者の里 甲賀

忍者に関して、様々な呼び名がある。Cimg3147

間諜とか乱波、間者、隠密

あるいは、ヒキ猿とか細作なんて言い方もある。

時代とともに、その用いられ方によって呼び名も変わってきたのだろうか? Cimg3149

甲賀忍者は、隣の伊賀に比べると、歴史的評価?がそれほどでもない。

伊賀は織田信長によって徹底的に弾圧された。

生き残りの伊賀忍者は、その恨みを秀吉に向けた。Cimg3150

だが、その伊賀衆の目論見を阻止したのが、甲賀と言われている。

判官びいきの日本人の故なのだろうか。

ともあれ、甲賀32家と言われたそうだが、その内の一軒が忍者屋敷として残っている。Cimg3153

郷村の中の田舎屋なのだが、これがまた縁の下の落とし穴など、かなりリアリステックなものだ。

この点、上野城の中にある伊賀の忍者屋敷とは大違いである。Cimg3154

その忍者屋敷に、外人のツアー客などもやってきていて、英語で説明する爺ちゃんがナウいのだ。

甲賀は、観光地になっていない分、素朴な当時の忍者(農民)の生活を伝えている。

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2007年4月25日 (水)

ガンバレ専門店

八百屋さんや魚屋さん、薬屋、瀬戸物屋、乾物屋、呉服屋、金物屋、

おしなべて、死語になりつつある。Cimg3159

そして近年の物流は、大型量販店の担うところとなった。

だが、どっこい専門店が、息を吹き返しつつあるのだ。

先週末に、あの忍者の甲賀市を訪れたのだが、Cimg3158

通りすがりに、ちょっと変わった酒屋が目に留まった。

店頭には樽が沢山あって、看板に量り売りの酒屋と書いてある。

江戸時代じゃ有るまいし・・・・と思ったのだが、

その店に入ってみた。

もちろん看板どおり、日本酒や焼酎を量り売りしていた。Cimg3156

しかもその酒類は、すべからく厳選された酒であった。

品揃えも、極めて意欲的なものだった。

良く考えてみれば、空の酒瓶は迷惑なものだ。

容器を持って買いに行けば、容器代も包装も要らないのだ。

容器の無い人は、ペットボトルで買っていけば良い。

自然にもやさしい、極普通の販売方法だったのだ。Cimg3157

ひるがえって今、お菓子屋さんの店舗が様変わりしている。

少し前までは、売らんかなの店構えだったのだが、今は違う。

菓子ミュージアムと言うか、楽しんで和菓子やケーキを買う場所になった。

そんな店に行くと、ついついあれもこれもと買うことになってしまう。

しかし、人は楽しいところに足を向けるものなのだ。

お茶屋さんも、随分と変わり始めている。

店頭には、お茶を楽しむ場所があって、お茶の知識もたっぷり教えてくれる。

お茶屋が、お茶のミュージアムになろうとしている。

スーパーに行けば、何でも手に入る時代だ。

でもでも、こんな専門店の楽しさは無いよね。

これからの日本的な文化は、こんな専門店から育っていくのかも知れない。

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2007年4月24日 (火)

伊賀上野城へ

月ヶ瀬からゴールの上野城までは、13km程だ。Cimg3169

ここからの道のりは単調で、ひたすら上野の城の姿を求めて走る。

そもそも上野城は、藤堂高虎が築いた。

関ヶ原の決戦よりもかなり早くから、家康に肩入れしてきた褒美にこの地をもらったのだ。Cimg3179

そして、日本随一とも思われる石垣の上に、壮大な城を築いた。

ところが竣工してまもなく、「あんな立派な城を作って、謀反でも・・・」との声を耳にする。

それを聞いた直後、高虎は城の打ち壊しにかかった。Cimg3180

完成してから、一ヶ月もたたないうちに取り壊してしまったのだ。

しかして、今日に残る天守も月並みなものでしかない。

だが、その石垣は見事なものである。Cimg3182

高さ30mもの石垣は、誰一人寄せ付けないと言わせるような険しさと美で威容を誇っている。

黒沢明監督の「影武者」は、ここで撮影が行われた。

その上野の城がやっと見え始めるのは、42km位走った所からだろうか。Cimg3181

雨に霞んで見える城が、走るにつれて次第に鮮明な姿になっていく。

そして、二の丸にある忍者屋敷前にゴールしたのは、14時50分であった。

所要時間5時間50分、102位であった。Cimg3185

伊賀上野は、伊賀忍者の町でもある。

この時期、古い町並みのあちこちに忍者装束が出没する。

江戸時代さながらの町並みに、何故か忍者装束がフィットしてみえるのだ。

組紐や芭蕉ゆかりの地も、この町らしさを感じさせている。

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2007年4月23日 (月)

人生は楽しく走ろう !

柳生の里には、そこに至るまでの道もさることながら、Cimg3168

それらしいたたずまいが、しっかりと残っている。

お藤井戸を始めとして、家老屋敷や十兵衛杉、Cimg3172

陣屋跡や一刀石もそうだろう。

言うならば、谷地に等しい山間の集落に柳生はある。Cimg3174

そんな風情の柳生を抜けて、私達は月ヶ瀬に向かっている。

月ヶ瀬までは、10km少々の距離だ。

しかし私たちの走路は、国道ではなく山中の邑落をたどっていく。Cimg3175

山を越え村を抜けて、木津川のほとりの月ヶ瀬に着く。

月ヶ瀬では、うどんが私達を待っている。

このドライブインのうどんには、梅干がのっている。Cimg3176

皿に山盛りされた塩をなめ、このうどんを汁まで全て啜ってから、

今度は上野に向かってひた走る。Cimg3178

心の中は、上野城の姿を追い求めている。

伊賀上野城は、藤堂高虎が築いた城である。

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2007年4月22日 (日)

剣豪と忍者の里マラニック

今日、奈良公園から三重県伊賀市の上野城までの、45kmを走ってきました。Cimg3162

沿道の写真を沢山撮ってきたので、数回に分けて紹介しようと思っています。

近鉄奈良駅前を、9:00スタート。

さすがに、関西弁があふれています。Cimg3163

号砲とともに、奈良公園の鹿を横目に、

春日大社の神域を抜けて、高円山に向かって登っていく。

苔むした石畳を過ぎると、すぐに登り道になって、Cimg3165

やがて、渓流に沿った急な山道が続く。

途中の岩には、石仏や磨崖仏がそこかしこに点在している。

山の中を右へ左へと12kmほど走ると、円成寺にでる。Cimg3166

現在の円成寺の堂宇は室町時代のものだが、柳生街道随一の名刹である。

円成寺から柳生の里までは、細い野良道を辿ります。

何だか、昭和20年代を思い出しそうな風景が続きます。Cimg3171

でも、柳生十兵衛とか宮本武蔵が歩いていても、不思議ではない感じがします。

民家も石畳の上に聳えていて、一瞬、城郭もさぞやかしと思わせます。

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2007年4月21日 (土)

バイオ燃料と食料

バイオ燃料とは、植物を原料にした燃料のことだ。

ガソリンには、アルコール(エタノール)を代変える。

石油には、BDFをあてる。Cimg3121

もともと石化燃料は、太古の昔からこの地球が蓄えた植物の残渣なのだ。

それを、植物を育てて燃料にしようと言うことに過ぎない。

ところが、それがために異変が起こり始めている。

エタノールの原料になるトウモロコシは、この一年間で倍の価格になった。

当然、トウモロコシをえさにしている畜産物の価格も高騰することになる。

或いは、トウモロコシを食べている人達もいるのだから、この人たちにも影響する。

当面はトウモロコシの話になっているが、これは米でも同じことが起こり得る。

所詮、地下からくみ上げる原油には限りが有る。Cimg2971

車を走らせ、製造機械を動かし続けるためには、燃料が必要なのだ。

しからば、その源を何処に求めるのか。

最後の最後は、植物資源に求めざるを得なくなる。

はてさて、日本人はそんなこと何も考えていないように思う。

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2007年4月20日 (金)

茶香炉と花

毎朝、私が自分の執務室に入ると、茶香炉が炊かれている。Cimg3131

それに、机上には可愛い一輪の花が飾られている。

私自身毎日、緊張して出勤するのだけれど、部屋に入るとホッとするようになった。

その訳が、この茶香炉と花なのだ。Cimg3132

三月まで勤務していた研究所とは、えらい違いである。

それは私のためばかりではなかった。

部屋に出入りする多くの人にとっても、幾分同様な効果をもたらすようだ。

そもそも、お茶は喫茶去と言って、「まあ、くつろいで下さいな」と言う役割がある。

飲まなくても、香りを炊くだけで十二分にその役割を発揮する。Cimg3143

日本人は、どちらかと言えば香りに鈍感なほうだが、この地味な茶の香りはマッチする。

花を置いて頂けるなぞは、四十年近い職歴の中で始めてである。

実は私は、この二十年ほど毎週月曜には、職場に花を持参していた。

だから、私の机上には正月休みを除いて、花を絶やすことは無かった。

それが、私が花を持参する前にちゃんと飾られている。

そのことは当然のことながら、心の奥までずしっときた。

せめて、この茶香炉と花に見合った仕事をしなくちゃと思うのだが・・・

どこまで出来るかやってみようと、心し始めている。

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2007年4月19日 (木)

新茶初取引

静岡茶市場で、恒例の新茶初取引のセレモニーが行われた。Cimg3138

この日を境に、静岡の茶町は一気に活気づく。

そしてこの初取引は、春の風物詩にもなっている。

この朝、茶市場には千人近い人が集まって、今年の一番茶への期待を語った。Cimg3140

もちろん静岡県知事を始め、静岡や牧之原市の市長なども早朝から顔をそろえた。

昨年は、遅霜に痛めつけられた上に茶の価格もずっと低迷して推移した。

だからひとしお、今年の茶に期待する熱意のようなものも感じられた。Cimg3141

お茶は、必需品のようでそうでもない。

特に良質の茶は、豊かさを味わう素材だ。

景気の動向によっても、消費は左右される。Cimg3134

やっと上向いてきた景気とともに、茶業界が明るい展望を開く年になって欲しいものだ。

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2007年4月18日 (水)

古都の風情

歴史の積み重ねとは、かくなるものかと思う。Cimg3096

「日本に、京都という町があって良かった」と多くの人が思うはずだ。

何度も戦火に焼かれたりしても、今日の風情を保ち続けてきた。

日本の歴史の、常に表舞台であった京都。Cimg3098

この古都には、不思議な落ち着きが漂っている。

神社仏閣もさることながら、

祇園に行けば祇園の、嵐山では嵐山の、叡山では叡山の、Cimg3100

歴史の舞台を彷彿とさせるものがある。

ここで源義経が、織田信長が、坂本竜馬や土方歳三がと思わせるものがある。

だからこそ、京野菜や宇治茶、京菓子が珍重されるのだろう。Cimg3102

それに茶や花など、伝統文化の源流もこの古都を本拠にしている。

京都タワーがあっても、その風情は微動だにしていない。

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2007年4月17日 (火)

大向う

「大向うをうならす」のは、千両役者の本分だ。Cimg3008

しかし我々庶民にすれば、そんな事は人生に一度有るかないかのことである。

もとより衆人に納得してもらって、良くやったと言われるれる人は幸せだ。

それは名物市長であったり、宇宙飛行士であったりする。

だけど一般庶民であっても、何か生きた証を残したいと思うのは極自然なことだろう。Cimg3010

防犯おじさんや交通安全母さんだって良い。

そのことに納得して、打ち込むことができればそれで良い。

こんど私の村の自治会で、防犯ボランティアを募集しようと思っている。

みんなで地域を守っていく。それが自治の基本だと思うからだ。Cimg3011

そもそも「大向う」とは、一般庶民のことなのだ。

江戸の昔、歌舞伎の桟敷席などは、高嶺の花だった。

そして、やや安い二階の正面の席は、向桟敷と呼ばれた。

さらにその奥の立見席が、「大向う」なのだ。Cimg3059

大向うでは、十文くらいで見物できたから、職人や手代などの芝居通が集まっていた。

言うならば、目の肥えた芝居通が毎日のように通うところだった。

それが「大向う」だ。

多くの人々に支持されてこその芝居である。

人生も一時の芝居であるとすれば、大向うを意識しても良いのではないか。

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2007年4月16日 (月)

県庁がなくなる! !

私達は普通、昨日の延長が明日だと思って生きている。

だけど歴史は、とんでもない変革を必要としたりする。Cimg2654

現にここ数年で、名前の無くなった市町村は数多い。

県だって、例外ではないだろう。

廃藩置県から、もう既に120年が経過している。

そもそも県は、国家統治の機構として発足し、Cimg2665

お上の意向を疎漏無く実現するために、大いに機能してきた面が強い。

だが地方分権が本当に実現されて、本来の民主主義というものが育つなら、

県などと言う中間の機構は、要らないのかも知れない。

日本の民主主義は、占領軍以来、上から命令する形で広がってきた。

本来の民主主義は、住民自治が原点のはずだ。Cimg2689

住民自治とは、住民自らが防災や防犯、衛生管理などをやるということだろう。

それをこの国では、自治体に何もかも要求することが民主主義だと思ってきた。

住民自らの責任を果たさず、自治体に要求することで済ませてきた。

ところが、税負担に限りの有る時代になって、そんな我侭がだんだん出来なくなってきたのだ。

住民の自立を基礎にして、市や町が本当の地方分権を実現できるのなら、県はいらなくなる。

静岡県でも、静岡市と浜松市が政令指定都市になった。

道州制といった議論も、次第に現実味を帯びだしている。

日本の自治体制度も、新しい仕組み模索し始めたと言えるだろう。

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2007年4月15日 (日)

掛川・新茶マラソン

恐らく全国でも、雰囲気の良いマラソン大会の一つだ。

広大な芝生の「つまごい」の広場がスタートだし、Cimg3127

早春の印象派的な色彩の中を走るからだ。

田麦の黄緑や藤の花、山桜、萌え始めた若葉、

その広がりの中を、赤や黄、黒や緑・白と色とりどりのユニフォームの帯が、

走路をうねって2,900人も続く。Cimg3128

それにイチゴやメロン食べ放題のエイドもスゴイ。

地元老人倶楽部の七福神の群れ。

ゴール間際では、小学生のキッズ伴走まである。

美人で若い女性のペースメーカー。Cimg3129

ブラスバントや太古連の応援だってある。

今日一日、どれほど多くの「ガンバレ」の声を聞いただろうか。

田舎道には、村ぐるみの人々が応援に出ている。

今年で二回目だけれど、スゴイ大会に育つのではないか。Cimg3126

熱くて大変だったけど、忙しさの中で自分を取り戻す一日になった。

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2007年4月14日 (土)

自治会長のぼやき

自治会長を引き受けて、未だ二週間にしかならない。

だが実感として、おいおい・・・である。Cimg3123

この間、広報などの配布が二回、回状の作成が二回。

連合会の総会に半日、それに防犯の打ち合わせ会。

今後も相当の頻度で会合がある。

たかだか200戸弱の自治会だけれど、外国人や未加入自治会員の問題、

ゴミ処理や防犯パトロールなどと、結構忙しいのだ。Cimg3124

配布物だって、各班ごとに仕分けて14の班長に配布するのに半日は要する。

私の住む町には、9,600人の生活習慣の違う人々(外国人)が住んでいる。

住民の5.4%にも登るのだ。

それは活発な製造業の活動の証でも有るのだが、末端の自治会は困りものだ。

自治会費やゴミ処理、用排水の管理、防犯など余分な悩みが増える。Cimg3122

「多文化共生」とは聞こえは良いが、はたして共生など出来るのだろうか。

「住民の意見を行政に反映させ、行政を住民に伝達する。」のが自治会らしいが、

住民自らが自治を作り上げていくことには程遠い。

それに、今では何処の自治会でも役員のなり手がない。

しかしまあ~、できる限りやってみるか ! 私に出来ることを。

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2007年4月13日 (金)

世の中には、色々な人がいる。Cimg2968

気質や性格、もちろん頭の良し悪しなんてのもあるけれど、それは余り意味を持たない。

生まれや育ち、あるいは様々な遍歴の中で、人はそれぞれの個性を作っていくのだけれど、

本性そのものは、あんまり変わらないものだ。

地味な人は地味に、パフォーマーはパフォーマーなりに、精一杯の表現を見せる。

十人集まれば、十人の気性が少しづつ見えたりするのだ。Cimg2955

もちろん、毎日多くの人達に会っているのだから、この私も多くの人達から見られている。

その手前、少しは良い格好をしたいと思うのだけれど、所詮鍍金は駄目なものだ。

そう思えは思うほど、不恰好になる。

だから、なまじ「俺は俺なのだ!」と思うように努めている。Cimg2938

組織の中の人の処世と言うものは、そんな単純なものではないのだが、

それでも、俺は俺と言う個性が無いと生きられない。

私の今いる組織には、様々な分野の秀でた人達が集まっている。

そんな素晴らしい人達の中で、虚勢を張ってみたってなんになる。

そう、思っている。

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2007年4月12日 (木)

人口減と食糧消費

日本の人口は、これからハイテンポで減っていく。Cimg3054

2050年には、2000年の3/4になる。

それに高齢者の比率が、年々高まっていく。

当然のことながら、食べるものもそんなに要らなくなる。

そんな訳で、2050年には今よりも30%くらい、熱量ベースでの食糧消費が減るはずだ。Cimg2874

この趨勢を真に受けるならば、食材生産者の所得は30%以上減ることになる。

つまり、米や野菜と言った必需品の需要は確実に減っていくのだ。

ただその代わりに、増えていくものがある。

人口が減れば、働く女性も増える。Cimg2967

高齢者も含めて、生活の仕方も随分と変わっていく。

食料の素材としての需要は減っても、調理食品とか健康訴求食は確実に増えるのだ。

そういう意味では、食品工業や飲食業界は安泰だとも言える。

現実に今日の、国民の最終食料消費支出は80兆円である。

しかるに国内農業生産者の取り分は、9.6兆円(12%)に過ぎない。

外食や中食(惣菜産業)が、その大部分を占めている。

しかも、なおかつ成長を続けているのだ。

一次産業が成長するためには、この成長部分を自らの中に取り込む他ないだろう。

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2007年4月11日 (水)

二束三文

その昔、江戸の町は質素で人々は堅実な暮らしをしていた。

江戸中期の人口は、百十万人ほど。Cimg3009

でもその半分は、武家であった。

江戸は武家の町だから、土地の7割を武家が使って、寺社地が15%、

庶民の住めたのは15%の土地でしかない。

そこにおおよそ55万もの人が、ひしめき合って住んでいた。

八っあんも熊さんもである。Cimg3007

大部分の江戸庶民は、狭い長屋暮らしだったようだ。

その裏長屋は、間口1,7m、奥行き二間が普通で、居間兼寝室は四畳半くらいのものだった。

その長屋には、納豆や豆腐、魚、砂糖水、油など様々な物売りがやってきた。

コンビニやスーパーが無い代わりに、商店が出張してきていたのだ。

仕事を怠けることを「油を売る」と言う。Cimg3005

菜種油は量り売りするのだが、油は粘って枡から出きってしまうのに時間がかかる。

油売りは、この雫が終わるまで世間話をしている。

それが、怠けているように見える。

それで「あいつは、油を売っている」となったのだそうだ。

二束三文とは、下駄の鼻緒のことだ。

下駄の鼻緒が、二足分で三文だったのだ。

これを鼻緒屋が、「はなおや~、下駄の鼻緒が二足三文」と呼び歩いた。

縄や木綿、或いは竹皮の鼻緒は、安いものの象徴だったのだろうか。

ともあれ江戸は、物を大切に循環させて使う環境都市だった。

二束三文とは、江戸の物売りから始まった言葉なのだ。

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2007年4月10日 (火)

魚は誰のもの?

漁獲資源の、国際的な争奪が始まっている。

日本人は、沿岸遠洋を含めて大変な海産物の消費国だ。

その日本の水産業に、かつて無い異変が起こりつつある。

古代の歴史以来、海に関心を持たなかった中国が様変わりし始めたのだ。

中国内陸部に九億人、沿海部に三億人が住んでいる。

この内陸部の人達は、かつては淡水魚しか食べたことの無い人達だった。

ところが、内陸部への交通路の整備とともに、サバやイワシが届くようになった。

淡水魚に比べれば、美味さが違う。

俄然、海の幸を欲するようになる。

しこうして中国13億の民が、海の魚を求めようとしているのだ。

さてさて、日本の水産業は乗組員さえ確保できなくなりつつある。

マグロだって、そうだ。

日本人の食べられるマグロは、次第に少なくなりつつある。

これまで日本人は、全世界のマグロ消費量の四分の一を食べてきた。

だが、新たな消費人口の登場で、日本人だけの我侭は許されなくなってきた。

既に高価な南マグロや黒マグロは、漁獲割当で口にできなくなってきた。

日本人の口にできるのは、メバチやキハダ、それにビンナガくらいだろう。

クロやミナミが1kg3,000円なら、メバチなどは800円以下だ。

この似非マグロを、一般庶民の私たちはトロとか何とか言って食べている。

既に、高級マグロのクロマグロなど、口にしたくても出来ないのだ。

それに近い将来、鯖や鰯だって食えなくなりかねないのだ。

さて皆さん、これからの私達の食をどうしよう!

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2007年4月 9日 (月)

人と集い

人間は、元より孤独なようにできている。Cimg3088

だから、たとえ虐められたって、群れの中にいようとする。

だけど小心者の私などは、人の中に入っていくことが誠に不得手だ。

人を求めていながら、人と馴染むのが下手なのだ。Cimg3087

言うならば、いじめられっ子タイプなのかもしれない。

そんな私が、異なったコミュニティーに意識して参加するようになったのは、十数年前からだ。

以来、依然として人付き合いは下手だけれど、集いの中に加わろうと努めてきた。

自分を叱咤して、各種の研究会や同好会、走友会などに可能な限り参加している。Cimg3086

もちろん、自分の時間はなくなるけれど、それは少し睡眠時間を減らせば良い。

人生は、仕事や家庭での自己実現はもちろんだが、もっと肝心な事は集いだと思う。

どのような集いに加わることが出来るのかが、とどのつまりの人の生き様なのかもしれない。

会社での付き合いは、退職したとたんに単なる知り合い以下になったりする。Cimg3085

何とも寂しいものだが、多くの人はそれを知らない。

人と人が分かりあうには、かなりの時間が必要だ。

年配になればなるほど、それは難しくなる。

努めて集いに参加しよう。

やがてそれは、あなたの心の支えになるだろう。

限られた人生の時間の中で、何人の心許せる知己を得られるだろうか。

努力なくしては、それは無理な注文なのだ。

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2007年4月 8日 (日)

不揃いな春

斉一なる事を持って良しとす。Cimg3118

工業でも農業でも、生産性を上げようと思ったら真っ先に考えることだ。

だが、希望に反して今年の新芽は、極めて不揃いだ。

私の栽培している葡萄にしても、15cmも伸びた枝がある一方、

今から顔を出そうとしている芽もある。Cimg3119

梨は、昨年末の暖冬でかなり花を咲かせてしまった。

だから、花の数がめっきり少ない。

一斉に芽が出て、同じように伸びてくれれば管理はスムーズにできる。

でも植物は、昨年からの暖冬と、この春先の寒さに敏感に反応している。

並木のケヤキも、まだらな芽の出方をしている。Cimg3120

彼ら植物は、気象の激変に備えて自己防衛しているのだ。

仮に先に出た芽が寒さで枯れても、後詰がチャンと控えていると言う訳だ。

でもまあ、不揃いでも可愛い葡萄の新芽なのだ。

できることなら私の力で、きっちりと育ててやろうと思っている。

春本番はこれからなのだから。

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2007年4月 7日 (土)

桜前線は今

冬が寒ければ寒いほど、桜の開花が待ち遠しくなる。Cimg3113

今年は暖冬で、桜も随分と戸惑ったようだ。

でもまあ、昨年並みの桜前線が北上している。

伊豆の河津桜から始まって、東京へ。Cimg3111

それから静岡・九州。

関西はそれから幾分遅れる。

京都などの花が終わる頃、前線は本格的に北上する。Cimg3110

駿府公園の桜は、四月の最初にほぼ満開になった。

静岡では恒例の祭りと一緒になって、大変な賑わいを見せた。

何故か、花魁道中なんてのもあって・・・・Cimg3083

日本人は、花を求めて少なからず動きたくなる。

否、最近では海外からも、日本に花見にやってくるようだ。

上野公園にも、駿府公園にも多くの国の言葉が混じっていた。Cimg3084

そんな花見の季節が過ぎると、若葉の茂る生産の時が訪れる。

蝉が鳴いて、炎暑の日々が続く。

それが、やがて紅葉となって全ての葉を散らせてゆく。Cimg3082

木枯らしが落ち葉を舞わせ、花を待ち焦がれるようになる。

そんな一年の始まりが、この桜前線なのだ。

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2007年4月 6日 (金)

新たなステージに!

やっと、この一週間が終わった。Cimg3094

毎日が、朝から夜中まで駆けていたような一週間だった。

恐らく、新入社員の皆さんにしても、人生の新しいステージの入り口で、

この一週間を、そんな思いで過ごした人が多いのじゃないかと思う。Cimg3061

人間は常に、自分の体温とか脈拍を基準にして、熱いとか早いとかを判断している。

新しい環境に、この体温を合わせるのが大変なのだ。

特に私なぞは、過去一年間全くのマイペースで過ごしてきた。

ある意味で、惰眠を貪っていたようなものだ。Cimg3015

それがにわかに、火事場の只中に放り込まれたような仕儀なのだ。

そうさ、人生には変化もないと面白くない。

なあに一ヶ月もすれば、すっかりその環境に慣れきっているはずだ。

みなさん! 大いに人生を楽しんでみましょうよ。

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2007年4月 5日 (木)

菜の花畑

私の子供の頃には、多くの農家が、ナタネを収穫して食用油向けに販売していた。

ナタネやゴマは、それなりの副収入になったのだ。

だから、菜の花は特に珍しくも無かった。Cimg3069

それが今では、農家は誰も作らなくなった。

中国などから、安い食用油が輸入されるようになったからだ。

磐田市のベッコントンボで有名な桶ガ谷沼の広場に、

数ヘクタールの菜の花畑が広がっている。Cimg3071

自然保護運動の一環として、市のバックアップで作られているのだが、

この時期、ここを訪れる家族連れも多く、菜の花の小道で歓声を上げたりしている。

菜の花の群落は、珍しい風景なのだから。

エネルギー価格が高騰し、バイオ燃料も戦略商品になりつつある。

そんな中、廃食油の回収に乗り出す自治体も増えている。Cimg3070

精製し直して、ジーゼルエンジンの燃料にするのだ。

それならば、菜の花を栽培して燃料にすれば良さそうなものだが、一向に菜の花畑は広がらない。

途切れてしまった環は、容易に再構築できないのだ。

FTAの締結ができないのは、農業の保護が障害だとの論調がもっぱらだ。

農業の生産性を高めるのは、当然必要なことだが、

食料まで菜の花と同様にしてしまって、良いものかどうか・・・・

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2007年4月 4日 (水)

音楽葬

静岡のミケランジェロかレオナルド・ダ・ビンチかと言われていた、磯谷恵一さんがなくなった。

発明家で芸術家で文学者で、私にはこんな人が存在することの方が不思議だった。

天は二物を与えずと言うけれど、磯谷さんはいくつもの天性を持っておられた。

物腰は柔らかく、にも拘らず、透徹した時代を見詰める厳しい眼力を持っておられた。

生涯に発明した文物は数知れない。Cimg3020

もちろん静電気を使った仕分け機の電棒はもとより、シーマ製茶機、

かつて、キヨスクで一世を風靡した「揉みもみ茶」も彼の発明であった。

その磯谷さんが、突然お亡くなりになった。

葬儀に参列し、この方の鮮烈さを思い知らされた。

居並ぶ400人余の参列者が、息を飲む葬儀であった。

一辺の読経ものりとも無かった。

もちろん、抹香とて無縁であった。

厳かに響くクラッシック音楽と、取り巻く花々と、別れの言葉が満ち満ちていた。

清めの塩とてなくて、代わりにアスターとカスミソウの種が配られた。

常人では、こんな葬儀は出来るはずも無い。

磯谷さんは死して尚、発明家であった。

私たちは、かけがえのむ無い人を失ったのだと思った。

享年80歳、まだまだ発明の炎を燃やしておられた。

死してし止まん、男の生涯!

磯谷さんに、心からの感謝を申し上げたい。

人生を、こよなく楽しんで生きてこられた磯谷さんに、合掌。

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2007年4月 2日 (月)

夏日の日本平桜マラソン

最高気温、31度なのだ。Cimg3072

4月1日の気温としては、記録的に気温だ。

私の記憶ではかつての桜マラソンは、雨が降ったり大変寒かったりであった。

ところが今年は、フェーン現象だという。Cimg3073

信じられない暑さで、脱水で倒れる人が目立った大会になった。

お陰で私も、ワースト記録を更新してしまった。

標高307mの日本平山頂を越えて走る23.4kmのこのマラソンは、今年で23回を迎えた。

私は、この大会は日本一風情の有る大会ではないかと思っている。Cimg3079

無理やり走らさせるのではなくて、自然に一周できるのが嬉しい。

昔は、途中のすし屋さんが、稲荷を出してくれたりしたのだが、

だんだんそうしたサービス業の生きる世界が狭くなって、数年前から寂しくなった。

でもね、沿道の応援は絶え間が無いし、マラソン文化と言うものが有るとすれば、自慢できる大会の一つだ。

走った後は、駿府公園に所を移して花見だ。Cimg3081

今年の桜は早いと言われたけれど、去年と同じになった。

30度超の樹の下で、すっかり顔を赤くしていた。

駿府の桜の下は、肌の色もとりどりで随分と国際色豊かになった。

欧州やアメリカ、中国の人々も混じって、日本の花見の風情を楽しんでいる。

アングルやゴアの絵画の世界にも、樹間のくつろぎが有るけれど、

日本の、この桜下の人生とは別物だろう。

日本人は、この桜に心託すところが多分にあるよね。

「撃ちてし止まん」なんて事じゃ無くて、精一杯生きようという思いで桜に共感を感じる。

その花の下で、仲間と語らう一時はえもいわれぬ時間だ。

けだし、人生とはこういうものよ!  と、思ったりする。

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2007年4月 1日 (日)

てんごの夢

継続こそが、夢を叶えてくれる。

かつて、佐藤良二という国鉄バスの車掌さんがいた。Cimg3091

彼は、名古屋と金沢を結ぶ日本一長い路線に勤務していた。

ある時、岐阜県の御母衣ダム建設で、水没地から湖畔に移植された二本の桜に感動する。

彼が感動したのは、水没地に住んでいた人々の桜に寄せる思いであった。

その桜が、荘川桜だ。

彼は、この桜を沿線に植えて、太平洋と日本海を結ぶ天の川を作ろうと、

稀有壮大なことを始める。Cimg3093

そして、自費で苗を購入して、何年も何年も苗を植え続けていく。

雪に埋もれたり、折れて枯れてしまう木もある。

でも彼は、もくもくと桜の木を植え続けた。

やがて多くの仲間が、彼の支援をするようになった。

そんな頃には彼の体は、病魔に蝕まれていた。

享年47歳だった。Cimg3090

だが、彼の夢は今尚多くの人々に引き継がれ継続している。

そんな佐藤さんを歌ったのが「てんごの夢」だ。

彼の生き様に感激したシンガーの関島秀樹さんが歌っている。

その関島秀樹の歌を聴くことができた。

人は損得ではなくて、目標に向かってひたむきに歩き続けることが大切なのだ。

いま荘川桜は、地域づくりのシンボルになっている。

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