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2007年5月23日 (水)

100kmを走る意味

100kmマラソンは、単に自分との戦いである。Cimg3335

もう駄目だと、弱音が勝ってしまえばそれでお仕舞いだ。

妥協せずに、戦い抜いた者だけがゴールにたどり着けるのだ。

山を登り、そして下る。Cimg3321

下れば、又、登る他無い。

山は、芽生えたばかりの唐松の林が続く。

この山麓にも、やがて短い夏がやって来て、葉を落とさなきゃならない秋が直ぐにやって来る。Cimg3325

彼らは一年の多くを、雪に埋もれて生きるのだ。

その命の営みの中を、私達も走っている。

言うならば、一人ひとりの人生と語り合っている。Cimg3327

南アルプスの向こうには、富士山が浮かんでいる。

そう、私達は八ヶ岳の山中を走っているのだ。

稲子湯に至る途中、仲間と苦しさを紛らわす話をしていると、Cimg3329

「話の仲間に入れてください!」と、うしろから明るい声がする。

若々しい美人の女性ランナーである。

お互いに名乗りあって、とりとめもない話を交わしながら進む。Cimg3330

話をしていれば、何時の間にか走っていることさえ忘れてしまう。

富山県から参加している彼女は、富山の山岳マラニックに誘ってくれたりする。

ともあれ、そんな会話を楽しみながら走っている。Cimg3338

でも、別れは直ぐにやってくる。

急な坂道に差し掛かると、残念ながら、若い彼女の走りについていけないのだ。

遅れだした私達を尻目に、「エイドでお汁粉食べてるね~」と、先に行ってしまった。Cimg3340

実は、坂本雄次さんが企画しているこのレースは、

コースの過酷さと同時に、エイドの充実でも知られている。

2,5km毎に、エイドステーションがあるからだ。Cimg3339

水分を常に補給していないと、直ぐに口がからからに乾いてしまう。

エイドで体調を整えながら、100kmの道のりを進める。

下界を見れば、高原野菜のマルチフィルムがテカテカと輝いている。Cimg3332

レタスやキャベツ、白菜の畑が、山裾いっぱいに広がっている。

熊笹の中を抜け、白樺の林を走り、最後の馬越峠を越えると、

ゴールは、あと少しの15km先になる。

この15kmも、だらだらと登っている。

でも私にとって、この15kmはビクトリーロードなのだ。

足は重い棒のようになっているのだけれど、何故か喜びがこみ上げてくる。

この15kmを、テンポよく走る。決して歩かない。

それが私の、プライドでもあるのだ。

12時間30分、私の今年の記録である。

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コメント

楽しい、苦しい、八ヶ岳野辺山100kmの情景が目に浮かんできます。与えられた距離と時間を楽しんで走る、川島さんはその域に達しているから、13年も続いているし、完走できるんですね。でも
我慢できないくらい苦しい時もあります。それは試されているんです、走りつづけるか、リタイヤするかを、でもその苦しさは永遠に続かない、きっと、絶対に完走するという強い思いがあれば、じっと我慢をすれば、その苦しさはいつかきっと消えるものです。(私の体験から)そして・・・リタイヤした時のあのみじめな思いはしたくない、一年待たなければけじめをつけられない・・・そんな思いがきっと、完走の女神が微笑むのでしょうか。
12時間30分・・・おめでとうございます。

私は、プライドはありません。苦しかったら歩く、坂は歩く、でも“たらたら”は歩かない、真剣に早く歩きます。 

投稿: 萩田  博 | 2007年5月24日 (木) 11時05分

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