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2007年5月31日 (木)

茶詰めの儀

西暦1605年、関ヶ原の戦いに勝利した家康は、駿府の地で大御所として隠居する。Cimg3373

薬事に明るくて、お茶が健康に良いことを知っていた家康は、

今日の静岡市北部の足久保あたりで茶を栽培させた。

そうして、春に収穫した茶を、標高1,100mほどの安部川上流の大日峠に保存し、Cimg3378

秋になって熟成してから喫したと言う。

その古事にならって、8年前から一連の大御所献上行事が行われている。

そして今日、最後の将軍徳川慶喜の屋敷跡「浮月楼」で、茶詰めの儀が行われた。Cimg3382

そこで私は、

「この茶詰めの儀は、400年のふるきを訪ね、お茶の町静岡に新しい風物詩を生み出そうとするものだ。

まさに、歴史を手掘りするような催しだと言える。やがて熟成茶の味わいが認知され、 Cimg3384

本山茶に新しい光が当たるようになるのではないかと思う。

静岡に行ったら、是非あのお茶を買わなくてはならないと言う風になっていただきたい」

・・・・と、そんな祝辞を申し上げた。Cimg3386

秋には、久能山東照宮に徳川宗家の宗徳さんを迎え、口切の儀が行われる。

熟成してどんなお茶になっているか今から楽しみである。

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2007年5月30日 (水)

職業を創る

人は多かれ少なかれ、社会との関わりなしに生きられない。

そして、どんな職業を選ぶかは、その社会との 関わりの大きな部分を占める。

或いは人は、職業によって大きく人生観が変わったりもする。

つまり、自分の人生を大きく左右するのが職だ。Cimg3356

にも拘らずこの日本では、職業教育が空洞化してしまっている。

農業・商業・工業などの職業高校は、どんどん普通高校に変わって、

残った高校だって、何のための職業教育か分からなくなっている。

大学だって、その傾向が年々高まっている。

日本の将来の産業をどのように構成していくのか。Cimg3354

そのための人材養成は、如何にすべきなのか?

もっともっと基本的に考えなくっちゃならないのに、何故か浮ついた気分の中にある。

現実に、公立の技術専門校などの定員は、100%を超えることはほとんど無い。

高校を卒業して、機械や情報・電子などの技術を手堅く身に着けるようと思ったら、

技術専門校は最適なところだ。Cimg3357

就職率だって、常に100%だ。

それでも、業を身につけようとする若者は少ない。

文科系の大学に行って、四年間遊ぶことに意味が無いとは言わない。

だが、あなたは一体全体、どんな仕事に関わって生活したいのか。

今の若者は、生涯のそんなビジョンを持っていない。

技術専門校で学ぶ若者達を見ながら、この国の将来を一人心配してしまったのだが・・・・

杞憂であろうか?

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2007年5月29日 (火)

スプラウト

要するに、カイワレのことだ。

「三つ子の魂百までも・・・」と言ったりするけれど、Cimg3358

スプラウトは、三つ子でありながらそれぞれの個性を持っている。

大根は大根なりの、蕎麦はそばなりの、ブロッコリーはブロッコリーなりの

味や香りと言う個性を持っている。

或いは人間だって、親から子へそうした遺伝子の伝承があるのかもしれない。Cimg3359

しかしてスプラウトには、芽を出して10日ほどしか経過していないのに、親の味をチャンと備えているのだ。

静岡市の(有)田島農園を訪問して、実に楽しい思いをした。

第一に、経営者の田島さんの姿勢が熱いことだ。

このスプラウトの生産を始めて20年。Cimg3361

この間、平成8年のO-157騒動では、大変なダメージをこうむった。

でも田島さんたちは、その苦境を乗り越えて今日を切り開いてきた。

だから衛生面も含めて、確固たる自信を持っている。

スプラウトは、ちょつとお洒落な素材として、確実に消費を伸ばしている。Cimg3360

商品開発という面でも、田島さんたちの努力は見るべきものがある。

消費者のニーズに、どうしたら応えることができるのか、日々試行錯誤して今日に至っている。

スプラウトの機能性については、まだまだ研究が足りない。

これからその機能に、新たな付加価値のつく可能性も高い。

土耕の農業とは別の世界だけれど、これも農業なのだ。

田島農園の可能性は、これから徐々に花開くような気がする。

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2007年5月28日 (月)

物づくりの先達

今年11月、静岡県沼津市と静岡市で「技能五輪国際大会」が開かれる。

22歳未満の各国の青年技能者が、各種の技を競うのだ。

とは言え心配なのは、国内の技である。

かつて日本は、職人の国だった。

だけど近年は、どうなんだろうか。

特に若い人達の、技術に対する感覚は極めて鈍くなっているのではないか。

そんな危機感が、日本で技能五輪を開催する理由の一つだろう。

ともあれ諸外国の技術に対する感性は、今日の日本の比では無いように感じる。

ここ数日の間に、相次いで優れた技術指導者にお会いすることが出来た。Cimg3369_1

一人は、沼津市の(株)アルファの片岡宏巳社長であり、もう一人は西尾精密株式会社の西尾真之社長だ。

偶然にも両社は、冷間鍛造と呼ばれる技術で特異な製品を作っている。

(株)アルファは、パソコンなどのヒートシンク(放熱装置)分野で、世界の最先端を走っている。

米国シリコンバレーにも現地法人を持つなど、取引先の大部分が海外である。Cimg3362

自らの製品を、この分野の世界標準にすべく日々前進を続けておられる。

片岡さんは、「革新的な技術へのあくなき追求」が、この国の産業を支えると語っておられた。

西尾精密は、自動車用の螺子などで軽量で独特な製品を作り出している。Cimg3364

西尾さんは、「金型づくりなどの技術者を育てること」の大切さを説かれていた。

そして西尾さんは、自らの工場をものづくり塾として研修生を受け入れるなど、

極めてオープンな経営姿勢を貫いておられる。Cimg3363

西尾さんとは、浜松市引佐の別邸で山を見ながらお話を伺うことが出来た。

今年の秋、日本の若者達は、技能五輪に集まる世界の若者の技を、どのように受け止めるのだろうか。

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2007年5月27日 (日)

山と人とお茶と

人々は山に生業を求めて、千年も前から中山間に住み着いてきた。

獣を獲り、山の木や野菜を育てて営みを続けてきた。Cimg3248

近世の経済・工業社会は、そんな山の営みをずっと否定し続けてきた。

それで山に住む人は、老人と僅かばかりになってしまった。

山また山のこの日本列島の大部分が、人の住まない所になろうとしている。

大都市の快適なマンションなんて、本当は人の住む所ではないのかもしれない。Cimg3255

隣に誰が住むのかも知らず、みんな孤独でせせらぎの流れすら身近にはない。

辛うじて、お茶のある所に人が住んでいる。

山の斜面に幾ばくかの茶園があって、一定の所得が得られたからだ。

お茶が、山の生活を支えていたのだ。Cimg3260

だがそのお茶も、少々怪しくなっている。

高度経済成長期に、みんなヤブキタになってしまって、特徴のある山の茶が無くなった。

生産条件の劣悪な山の茶が、平坦地の茶と同じ土俵で競争できるはずがない。

それで、山を放棄する人が増えているのだ。

山では、そこでしか作れないお茶を生産して、Cimg3269

山でなければ出来ない豊かな生活をするのだ。

そんなやり方こそ、山の生活を復活させることができる。

ともあれ、希少価値を創造して、山の生業を取り戻すことだ。

手摘みする農家の皆さんを見ながら、そんな事を考えた。

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2007年5月26日 (土)

プーチンの深遠なる戦略

ロシア大統領のプーチンの話だ。

あのクールな面持ちでロシアを率いて、既に八年目である。

この間情け容赦なく、超合理的な判断を続けてきた。

テロ対策しかりで、何人死のうと平然としている。Cimg2977_1

前エリチィン大統領取り巻きのハザルコスキーなどの政商を全て粛清して、

豊かなエネルギー資源を全て,国家の監督下に置いたのもそのひとつだ。

そうした布石を踏まえて、プーチンのエネルギー外交が展開する。

EUに接近するウクライナを厳しく牽制したり、

ドイツからの長期債務を棒引きにしたりなどだ。

2002年、アメリカのイラク侵攻を見越したプーチンは、

原油価格が高騰することを前提に、ドイツのシュレーダーと交渉に入った。

ロシアは、ドイツに68億ドルもの長期債務があった。

この債務の返済を、1/20のわずか3.5億ドルに負けさせてしまった。

プーチンの辣腕なる所以である。Cimg3341

その条件は、やがて高騰するだろうエネルギーの安定供給であった。

だが、ロシアからの天然ガスのパイプラインは、ウクライナを通ってヨーロッパに送られている。

2005年、ウクライナとの間で大きな対立が起こった。

ヨーロッパに傾斜するウクライナに、天然ガス供給価格をEU並みにすると通告したのだ。

つまり、それまでの三倍の価格にすると言うのだ。

ウクライナは、いざとなればヨーロッパ向けのそのパイプラインを止める事が出来る。

それを見越してプーチンは、北海の海底にパイプラインを敷設することにしていた。

その敷設のために、西ヨーロッパパイプライン会社を設立。

そして、この会社の社長に、なんと選挙に落選したてのシュレーダー元大統領を据えた。

はたして、借金棒引きの時の密約であったのかどうか?

そのプーチンは、国内での人気がすこぶる良い。

何故なら、悪徳政商を懲らしめ、外国の借金を棒引きにし、国の強いアイデンティテーを実現してきたからだ。

そのプーチンが、思いの他日本びいきなのだ。

プーチンは、柔道の練達でもある。

どうやら娘さんも、柔道をやるらしい。

柔道での「修身」を座右にしているのだとか。

中央アジアのアラル海が、干上がり始めているそうだ。

砂漠に囲まれたアラル海は、琵琶湖の百倍もの面積があった。

そのアラルの湖面が、1/4になった。

そのアラルのかつての湖底の地下深くに、豊かな天然ガスが眠っている。

プーチン、未だ53歳である。

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2007年5月25日 (金)

安心・安全は誰のもの?

時折「農産物から農薬検出」などと、新聞に報道される。Cimg3348

当然のことながら、基準値以上の値が検出がされれば、その野菜は回収・廃棄となる。

だがしかし、本当にその農産物が私達の健康に影響するのかと言うと否である。

規則だからそうなるのであって、健康とはまったく別次元のことなのだ。

日本では二年ほど前から、ポジィティブリスト制なるものが始まった。

要するに、全て許可制になったのだ。Cimg3345

仮に、許可を取得していない科学的成分が検出されれば、それは市場から隔離されるのだ。

その成分が、安全だとか安全でないとかは関係ない。

ましてその検出限界は、一律0.01ppm(1億分の一)なのだ。

今日の極めて精巧になった計測機器が、検出できる限界に近いところの数値である。

要するに、登録の無い成分はどんなものであれ拒絶されるのだ。Cimg3344

もちろん、私達の安全を確保する食料のことだ。

念には念を入れてしかるべきだろう。

しかし、それを突き詰めていくと、私達の食べるものは何一つなくなってしまう可能性が有る。

否、空気も吸えない。水も飲めないと言うことになるかもしれない。

危険性は、タバコ等の方が何千倍も高いはずなのだが、化学物質への過剰な対応が続いている。

法制度としての欠陥なのかもしれないが、角を矯めて牛を殺すたぐいの話になっているのではないか。

ともあれ制度は制度、供給者としては厳としてその基準を守るしか術は無い。

それに、塩だって砂糖だって過剰に採れば劇薬にもなるのだ。

「残留基準」なるものの本当を、もう一度考えてみるべきかも知れない。

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2007年5月24日 (木)

デカフォレスト

デカフォレストとは、八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン10回完走者に贈られる称号である。Cimg3313

紀元前490年、マラトンの戦いの最中、苦戦を強いられたアテネ軍の伝令が、

スパルタからアテネまでの264kmを援軍を求めて走った。

これが今日の、国際レース 「スパルタスロン」の由来だ。Cimg3317

その主催者である「国際スパルタスロン協会」が、日本で最も完走の難しい過酷なレースと認め、

ギリシャ語で、デキカス・ニキティス(10回完走した勇敢な人)という称号を贈ってくれたのです。

この言葉をもとに創られたのが、デカフォレスト(10回完走した森の勇者)です。Cimg3326

今回、一緒に出場した仲間の中には、五年目や三回目で初めて完走を果たした人がいます。

長い期間かけて訓練して、そしてやっとゴールにたどり着く。

その思いは、経験したことの無い人には想像だにできないでしょう。

だからゴールを前に、涙ぐみながら走ってくるランナーは珍しくない。Cimg3350

今年で12回完走している私だって、ゴールの200mほど前からこみ上げるものがありました。

100kmのレースには、必ず何かしらのアクシデントと言うか、予想だにしないドラマがあるからです。

人の一生と同じで、100kmの中には出合や障害、挫折や落胆、誇らしさや惨めさなど、Cimg3337

様々な要素が凝縮されて出てくるのです。

この13年間を考えれば、もっともっと波乱に富んでいます。

第一回のレースは、前夜の説明会に出ただけで引き返しました。

義父が亡くなったと言う連絡が、宿舎に届いていたからです。Cimg3351

一日中降り続く雨の中を走ったことも、40度もの酷暑の日もありました。

二度の雷雨に見舞われて、体が冷たくなって動かなくなったこと、

真っ暗な中を、門限に追われて走ったこともありました。

考えてみれば、アッと言う間の13年なのです。

私の一年にとって、最大のピークがこの八ヶ岳なのです。

12時間30分は、私にとっての一年の凝縮。

「今年も一年をやり遂げた。」そんな気分なのです。

もちろん、愉快な心許せる仲間がいたからこそ、続けてこれたのです。

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2007年5月23日 (水)

100kmを走る意味

100kmマラソンは、単に自分との戦いである。Cimg3335

もう駄目だと、弱音が勝ってしまえばそれでお仕舞いだ。

妥協せずに、戦い抜いた者だけがゴールにたどり着けるのだ。

山を登り、そして下る。Cimg3321

下れば、又、登る他無い。

山は、芽生えたばかりの唐松の林が続く。

この山麓にも、やがて短い夏がやって来て、葉を落とさなきゃならない秋が直ぐにやって来る。Cimg3325

彼らは一年の多くを、雪に埋もれて生きるのだ。

その命の営みの中を、私達も走っている。

言うならば、一人ひとりの人生と語り合っている。Cimg3327

南アルプスの向こうには、富士山が浮かんでいる。

そう、私達は八ヶ岳の山中を走っているのだ。

稲子湯に至る途中、仲間と苦しさを紛らわす話をしていると、Cimg3329

「話の仲間に入れてください!」と、うしろから明るい声がする。

若々しい美人の女性ランナーである。

お互いに名乗りあって、とりとめもない話を交わしながら進む。Cimg3330

話をしていれば、何時の間にか走っていることさえ忘れてしまう。

富山県から参加している彼女は、富山の山岳マラニックに誘ってくれたりする。

ともあれ、そんな会話を楽しみながら走っている。Cimg3338

でも、別れは直ぐにやってくる。

急な坂道に差し掛かると、残念ながら、若い彼女の走りについていけないのだ。

遅れだした私達を尻目に、「エイドでお汁粉食べてるね~」と、先に行ってしまった。Cimg3340

実は、坂本雄次さんが企画しているこのレースは、

コースの過酷さと同時に、エイドの充実でも知られている。

2,5km毎に、エイドステーションがあるからだ。Cimg3339

水分を常に補給していないと、直ぐに口がからからに乾いてしまう。

エイドで体調を整えながら、100kmの道のりを進める。

下界を見れば、高原野菜のマルチフィルムがテカテカと輝いている。Cimg3332

レタスやキャベツ、白菜の畑が、山裾いっぱいに広がっている。

熊笹の中を抜け、白樺の林を走り、最後の馬越峠を越えると、

ゴールは、あと少しの15km先になる。

この15kmも、だらだらと登っている。

でも私にとって、この15kmはビクトリーロードなのだ。

足は重い棒のようになっているのだけれど、何故か喜びがこみ上げてくる。

この15kmを、テンポよく走る。決して歩かない。

それが私の、プライドでもあるのだ。

12時間30分、私の今年の記録である。

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2007年5月22日 (火)

八ヶ岳に向かってスタート

午前五時の気温は、摂氏2度だ。Cimg3309

幾分の緊張のためか、そんなに寒さは感じない。

早朝の八ヶ岳は、澄んだ空気の中に凛として聳えている。

今からあの中腹を走り抜けるのだと思うと、少しばかり信じがたいような気がする。Cimg3311

だが、心身ともに全て準備を済ませたと言う思いが、自分との戦いを駆り立てている。

その興奮の中にも、ゲストランナーの千葉真子さんとのツーショツトを撮る余裕を残していた。

「この今日一日を、たっぷりと楽しもう」と、そんな思いになっている。Cimg3316

スタートを見送るのは、昨夜のチアリーダー達だ。

早朝から、心からの声援を送ってくれている。

そんな声援を背に、野辺山の町中心部5kmを一周。Cimg3318

それから後は、標高1908mの横岳中腹を目指して一気に登っていく。

登るに従って、唐松の色が緑から次第に黄緑に変わっていく。

今年の八ヶ岳の春は、随分と遅れているようだ。Cimg3320

例年に無く、芽吹きが遅れている。

そんな唐松の林道を、黙々と息を弾ませている。

突然、遠くの山裾に富士山が浮かび上がる。Cimg3324

富士山がこんなにくっきりと見えるのは、近年に無かったことだ。

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2007年5月21日 (月)

八ヶ岳野辺山へ

私にとって、今年最大のイベントだと言える。Cimg3297

毎年、この大会に向けてトレーニングを積んできた。

今回も五月の連休には、小笠山の尾根道を約300km走ったし、

先週の日曜には、大井川の上流の接阻峡から川根まで60kmを走った。

みんな、今日の日のための積み重ねだ。Cimg3295

八ヶ岳野辺山100kmウルトラマラソンは、今年で13回目である。

今日完走すれば、12回目のクリアーだ。

昨日は、朝から仲間14人でこの高原までやってきた。

スタート地点の標高は、1355mだ。Cimg3296

夕方の高原には、冷たい風が吹いている。

受付会場に入ると私を含め、デカフォレストの名前が大書して掲示されている。

デカフォレストとは、この過酷なレースを10回以上クリアーしたランナーだ。

未だに、数はごく少数である。Cimg3302

事前の説明会は毎年のことだから、もう慣れっこでくつろぎながら聞いている。

でも、今回初参加の仲間が2名いる。

その後の完走パーティーは、華やかだ。

山梨学院大学のチアリーダーのダンス。Cimg3304

小出義雄門下の千葉真子さんと坂本雄次さんのトーク。

多くのランナーが、100kmを期して、楽しんでいる。

私達は毎年、宿舎近くの松原湖を一周することにしている。

湖に写る八ヶ岳を覗き込んだり、新緑の香を胸一杯に吸ってレースに備えるのだ。Cimg3298

みんな揃っての夕食では、過去のレースや苦しかった練習のこと、

はたまた、初完走を目指す決意表明などで賑やかだ。

100kmのレースでは、途中で何が起こるか分からない。

過去に、冷たい雷雨に2度も襲われたこともあるし、Cimg3306

腹痛を起したり、足を痛めてリタイアした人は何人もいる。

それに、途中の門限に遅れて、レースを打ち切られた人も多い。

とにかく野辺山は、侮れない。

最高地点は1908mなのだけれど、けっこう空気が薄いのだ。Cimg3308

それに100kmの間、登りか下りかどちらかで平らなところが無いのだ。

・・・・一日では書き切れないので、明日以降、数日に分けて書きますね。

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2007年5月20日 (日)

日本の食料自給

穀物からエタノールを生産するのが普通になりつつあります。Cimg3109

それで何時の間にか、エネルギーと食料が同列に語られることになりそうです。

日本のエネルギーベースの食料自給率は、40%にすぎません。

先進国では、シンガポールを除けば以上に低い水準と言えます。

シンガポールは、都市国家ですからむべなるかなですよね。Cimg3107

でも今、そのシンガポールでパニックが起こっています。

食料ではないのですが、インドネシアが「砂」の輸出を禁止したのです。

砂が無くては、ビルを建てることができません。

それでシンガポールでは、建築費が増大して一大騒動になっているのです。

同じことが食料で起こったら、想像を絶することが起こりますよね。

日本で「天ぷらそば」を食べるとすると、Cimg3104

蕎麦の自給率は21%、エビは5%、ころもの小麦は14%なのです。

第二次世界大戦の時、あのドイツのUボートに苦しめられた英国だって、

今日の基礎食料の自給率は71%なのです。

はてさて、日本も金に任せて買いあさることの出来るうちは良いのですけどね。

中国やインドなどが、工業生産を爆発的に拡大させている今日、何時まで続くでしょうか・・・・。

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2007年5月19日 (土)

世界の工場は今

今日の世界の工場は、名実共に中国になりつつある。

繊維にしても鉄鋼、エレクトロニクスにしても、おしなべて中国の産出するところとなった。

しこうして、昨年の中国の経常黒字は、何と30兆円を越えてしまった。Cimg3204

日本を10兆円以上上回って、世界一の経常黒字を記録している。

しかも、その黒字の伸びが年々拡大しているのだ。

一方、日本の黒字は貿易収支では9兆円に過ぎず、後は外国債券などの金利収入なのだ。

昔日の感と言うべきだろう。

中国の成長や景気は、来年のオリンピックまでだろうと言われている。Cimg3186

だが、日本だって高度経済成長が始まったのは、東京オリンピックの後だろう。

マクロ経済も日本の経験を実によく研究していて、政府も中国人らしい巧みな経済運営をしている。

人民元の管理だって、国際世論の非難をよそに、かつての日本のドルショックと同様なことを起させないよう、

細心のコントロールをしている。Cimg3146

社会資本に関しても、計画経済の利点を生かしてハイスピ-ドな整備が進んでいる。

21世紀は、本格的な中国の世紀になろうとしている。

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2007年5月18日 (金)

黄砂のふる里から

今日、内蒙古から6名の皆さんがお見えになった。Cimg3293

内蒙古は、中国の最北端、モンゴルに接した自治区である。

自治区の面積は、日本の三倍ほどもある。

そのアラサン市からのお客さんである。

とは言え、アラサン市の面積は、日本の面積とほぼ同じほどだ。

ただ違うのは、市域の1/3が砂漠、1/3が瓦礫の地であることだ。Cimg3287

そして牧畜や居住が可能なのは、残りの1/3なのだそうである。

年間の雨量は、80mmしかない。

モンスーンの日本の私達にすれば、創造を絶する環境だ。

春先日本に降り注ぐ黄砂は、この地帯の砂漠の土である。

その砂漠が拡大を続けているのだと言う。Cimg3294

原因は、過剰な放牧や地球温暖化、そして人々の生活のための開発だ。

彼らは、生産方式の改善によって、その砂漠の拡大を阻止したいと模索している人々だ。

日本の、永田農法(水分を極力制限する農法)に興味を持った。

この農法を導入することで、開発を抑制しつつ付加価値の高い農産物を生産したいと考えたのだ。

チンギス・ハーンにそっくりなバオ・ジンダイ氏は、地球環境と地域振興の調和のヒントを欲しいと語った。

中国の辺境の地でも、環境が語られる時代になったのだ。Cimg3292

否、環境がそこまで悪化したのかもしれない。

砂漠の砂嵐は恐ろしい。だけど静かな夜は素晴らしい。

是非、来て欲しいと誘われた。

モンゴルは、是非行って見たい所だ。

とは言え、中国の内蒙古のモンゴル族は、全人口の28%に過ぎない。

多くが、漢民族になっている。

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2007年5月17日 (木)

工業は新興国のもの?

中国は、2004年に農産物の純輸入国になった。Cimg3183

それまで日本の農家は、中国からの安価な輸入に怯えていたのだが・・・。

工業化が進み、農地も次々と非農用地へと変わっていく。

そんな中国で、農地を保全する動きが始まっている。

日本のように、農地を虫食いにしてはならないと言う哲学が広がろうとしているのだ。

工業は、安い労働力と資本があれば何処でもできる。Cimg2976_2

ところが食糧生産は、そんな訳には行かない。

中国の人口は13億人、インドは10億人。

安い人件費の労働力は、幾らでも供給できる。

翻って賃金の高いこの日本で、どんな産業が競争できると言うのだろうか。

最後の最後は、食糧生産がこの国を支えるのではないか。Cimg2953

英国は、第二次世界大戦の末期には、食料自給率は20%程度まで下がっていた。

大英帝国には、属国から安い農産物が幾らでも輸入できたからだ。

ところが戦争に勝ったとたん、属国からの食糧輸入は止まってしまった。

否、食糧を輸入する金がなくなったのだ。

実は戦争中に、工業の輸出競争力をすっかりなくしていたのだ。

国民は、敗戦国の日本よりも惨めな思いをさせられることになった。

戦時中でさえ小麦や肉は配給でなかったのに、戦後は1949年までこの配給が続くことになった。

もちろん、今日の英国は食糧生産をしっかりと確保している。

エネルギーベースでも、71%を確保している。

工業は、次々と新しい拠点を求めて異動するのが常だ。

今、中国・インド・ロシアなどが、その生産拠点になろうとしている。

かつての大英帝国は、今日の日本ではないのかと思う。

日本のエネルギーベースの自給率は、わずかに40%だ。

しかも、その生産者は脆弱な高齢者が圧倒的になっている。

世界の先進国は、すべからく農業先進国であり、もちろん食料にも不安が無いのだ。

この日本を除いてのことだが・・・・・

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2007年5月16日 (水)

葉はなぜ緑色?

私達にとって緑色は、まさに癒しの色だ。Cimg3257

子供の頃、私の学校の下敷きはいつも黄緑だった。

おっちょこちょいな私は、試験の時など何時も慌てて不本意な成績になってしまう。

それで、身の回りに緑を多く持つように心がけてきたのだ。Cimg3256

接阻峡から大井川を下りながら、葉っぱは何故緑なのかと考えていた。

「葉緑素があるからさ」という答えは、単純すぎる。

光合成を司る物質が緑色で、それを葉緑素と名付けたに過ぎないからだ。Cimg3253

そもそも植物が吸収してしまう光は、私達の目には見えないはずである。

それで七色の光のうち、植物が要らない光が緑なのだ。

つまり植物は、赤や黄色などの温かな光をエネルギーにしているのだ。

そんなエネルギーが不要になると、赤や黄色を跳ね返して紅葉するのだ。Cimg3249_1

古の私達人間にすれば、紅葉は冬の到来を警告する危険信号だったはずだ。

山が赤くなれば、冬を越すための食料や薪を整えなくては生き残れない。

そして緑は、生き物の活動の青信号だったのだ。

その新緑の中を、息を弾ませながら走る。

「緑は、生命の発露そのものではないか」などと愚考していた。

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2007年5月15日 (火)

10円饅頭

何時も行列しないと買えない饅頭屋がある。Cimg3285

しかも行列は、一日中途切れない。

多くの人は、一体何の行列かといぶかしがる。

でもこれが、饅頭を買うための行列と聞いて、ヘェ~と唖然とするほか無い。

大体において、今時行列する店なんてほとんど無いんだから。Cimg3283_1

実はこれ、全国130点ほど有るという、10円饅頭の店なのだ。

その製造機械のメーカーが、静岡県藤枝市にある荒畑製作所だ。

その機械メーカーが、静岡市に「小まんじゅう徳次郎」という直営店を開いた。

その店が、連日大賑わいなのだ。Cimg3284

このメーカーは、シュークリームの充填機でも日本一なのだそうだが、

ミニチュワを安く製造・供給できる機械を開発したところがえらい。

今時大きな饅頭なぞ、誰だって横を向く。

ところが、10個110円の小饅頭なら食べられるのだ。

私も買おうと思って並んだのだけれど、昼休みの時間が無くなって途中で断念した。

10円饅頭の味を、是非紹介したかったんだけどな~。

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2007年5月14日 (月)

寸又峡温泉

長島ダムから寸又峡温泉までは、山越えの9kmほどの道程である。

車で走れば僅かな距離だが、自分の足では結構な上り下りだ。

はるかに見下ろす谷底には、寸又川が大きく蛇行している。

山々の緑と相俟って、極めて大括りな眺めだ。

一時間余を費やして、やっと寸又峡温泉に着く。Cimg3272

肌がすべすべする「美人づくりの湯」として知られるのだが、

何故か、既に手遅れかと思われる中高年の客が圧倒的なのである。

この温泉街の奥の院に、「夢の吊橋」がある。Cimg3273

中々に風情のある吊橋で、コバルトブルーのダム湖に映えている。

温泉客の散策には、ちょっと距離があって歩き応えがある。

あたりはモミジの木々で溢れていて、秋には絶好のビューポイントになるだろう。

その奥の院まで走ってから、約10kmの山道を引き返すのだ。Cimg3274

朝の9時過ぎだから、ちょうど温泉客が帰る時刻に遭遇することになった。

リックを背負って駆けていく我々を、何事かと言う顔で眺めている。

こういう場合、眺められるほうが誇らしいものだ。

寸又峡温泉は、30年ほど前のある事件で全国に知れ渡った。Cimg3276

在日朝鮮人の金喜朗が、銃を持って立てこもった事件である。

彼は、静岡市で2名の人を殺して、この山中の温泉に逃げ込んだのだ。

その攻防戦は、テレビを通じて二日間にわたって中継されたのだ。

そのホテルは、今も温泉の正面に厳然として営業している。

そんな山中の温泉を、走りながら違った目で眺めることができた。

寸又峡温泉は、自然の美に囲まれた良い温泉だ。

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2007年5月13日 (日)

大井川新緑マラニック

大井川上流の長島ダムの近くの接阻峡には、昨日最終のトロッコ電車で着いた。Cimg3262

JR金谷駅から、4時間近くを要する。

このマラニックは、接阻峡から川根温泉までの60kmを走るレースだ。

夜は、もちろん全員で懇親会が始まる。Cimg3265

焼きたての岩魚や山菜、山芋汁で腹一杯にして、後はぐっすりと寝入ってしまった。

朝は、五時の朝食を済ませ、6時丁度のスタートになる。

天気も良い。Cimg3267

全員思い思いのペースで、元気にスタートする。

私は、来週の100kmレースがあるからと、最初から控えめのペースのつもりであった。

しかし走り出すと、そんな訳には行かない。Cimg3275

特に、新宿から参加された美人の二人と一緒になってからは、そんな事を言っていられなくなってしまった。

快調な二人のペースに合わせて、15:08にはゴールしてしまった。

これは、来週に響くかも知れないな~? Cimg3280

しかし、既に後の祭りである。

コースは、途中で寸又峡温泉に寄る。

寸又までは、片道9kmの急な上り下りが続く。

それにその道を又、引き返さなきゃならない。

でも、大井川の濃青な流れと新緑を堪能しながら、淡々と走り続ける。

新緑に大井川の清流、それにスリリングな吊橋だって三箇所もあった。

萩田さんの企画するレースは、何時もこんなである。Cimg3282

もちろん川根温泉では、温泉に入って、それから完走の祝杯である。

それから、ボランティアでエイドして頂いた河合さんには、大変お世話になりました。

今日は、朝から人生を満喫しました。

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2007年5月12日 (土)

100kmマラソンに向けて

今月の20日は、いよいよ八ヶ岳野辺山100kmウルトラマラソンである。

その完走のために、 連休の8日間で山の中を約200kmあまり走った。Cimg2534_1

毎日朝早くから、午前中は走っていたのだ。

それでも、八ヶ岳のウルトラを走り切るには不十分だ。

と言う訳で、今夜は南アルプスの麓に泊まっている。

明日、この接阻峡から大井川を60kmほど走り下るのだ。Cimg2309_1

言うならば、100kに向けての練習の総仕上げをしようと思っている。

連休の疲れが、この一週間でやっと取れてきたところだ。

だが、20日まで残りの日数は僅かだ。Cimg3205_3

だから少しでも、準備万端にしておきたい。

とは言え、明日は無理な走りはしないつもりだ。

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2007年5月11日 (金)

磯枯れ

近頃では、沿岸漁業がさっぱりだそうだ。

魚がいなくなったのだと言う。Cimg2676

その原因の多くが、磯枯れ(磯焼け)のようだ

海中の海藻林が、枯れて無くなってしまうことだ。

近頃は、遠州灘でもこの磯焼けが顕著だ。

原因は、二つ有る。

一つは、黒潮の大蛇行によって海水温が上昇したためだ。

カジメなどの海藻は、水温が下がらないと新芽を出さないのだ。

二つ目は、海藻を食べる魚が増えたことだ。

そもそも海藻を餌にしている雑食性のアイゴは、人間の食べない魚だ。

人間が漁の対象にしないから、どんどん増えていく。Cimg2772

こいつらが、成長の止まった海藻を食べ続けるもんだから、自然のバランスが一気に崩れてしまう。

海の林がなくなって、魚の棲む所も失われていく。

人間の都合(自然破壊)が、ここでもブーメランのように人間に影響してきている。

地球の自然は、結構ナイーブなのだ。

私達の目に見えないところで、様々な破壊が起こっているのだろう。

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2007年5月10日 (木)

結婚しろぉ~う !

合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む産子数)は、1.24まで下がった。

国の人口を維持するには、出生率は2.1程度を維持しないと駄目だ。

だけど今後、さらに下がるだろう。Cimg3213

何故、下がり続けるのか。

それは、結婚しないからだ。

結婚した夫婦の産子数は、3人近く産んでいるのだ。

要するに独身貴族を謳歌するやからが、人口を減らしている元凶なのだ。Cimg3203

男は、電車男とかイセメン、電脳ヒルズ、オレ流ロハスとか煽てられて、

たいした人生を実現できそうも無いやつが増えている。

女だって、ミリオセレブとかひとりリッ、チ、エビお嬢様などがまともな顔をしている。

結婚したがらない女と、結婚できない男が増殖しているのがこの日本なのだ。Cimg3205

はてさて、馬鹿馬鹿しくかっこつけないでよ、結婚してみたらどうなのよ。

結婚観が、原始狩猟的関係に戻ると言うなら、それはそれで良いだろう。

でも、今日の事象は、動物本来の本性を失って、単に結婚できないだけなのではないのか。

若者達よ、清水の舞台から飛び降りるつもりで、結婚しようぜ。

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2007年5月 9日 (水)

アジアの中の日本

日本人は、弥生の昔からアジアの片端に住む民族として、

中国文明のおこぼれを受け取ってきた。Cimg2697_1

室町までは、二本からは唐(中国)天竺(インド)までの世界観だった。

江戸期には、広い世界を知りつつ、細々とオランダと付き合っていた。

その民族が明治以降、俄然、欧米を向いて生きるようになった。

いわゆる、脱亜である。Cimg3241

そして戦後は特に、対米一辺倒でやってきた。

そうして今、何百年かぶりに中国が交易の最大相手国になった。

榊原英輔に言わせれば、「近未来の世界のGDPは、

一位中国、二位アメリカ、三位インド、そして四位が日本になる」と予言している。

四大経済大国の内、3ヶ国がアジアになると言う。Cimg3240

つまり世界の経済の中心は、アジアになるのだと言うのだ。

さあ日本は、過去の負の遺産を背負いながら、

アジアが中心となる国際社会の中でどう生きるべきなのか。

いまさら欧米を思慕したって、冷戦構造の瓦解で、地勢はすっかり変わってしまっている。

欧米から見れば、日本なぞは運命共同体でもなんでもないのだ。

日本はこれから、アジアをこそ重視すべきなのだ。

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2007年5月 8日 (火)

砂鉄が育てた日本人

タタラとは、砂鉄製鉄のことである。

砂鉄は、花崗岩などに1パーセント程しか含まれていない。

これを集めて溶かし、鉄を作る。Cimg2769

この鉄を叩いて、鍬や鎌、そして武器にしたのだ。

稲作と言うものが、アジアの文明を一新させた。

そして、それど同時に農具としての鉄が伝わってくる。

早くから文明を発達させた中国や朝鮮では、燃料(薪)の枯渇によって、タタラが衰えてしまう。

森林が製鉄のためにみんな禿山になって、再生することがなかったからだ。

ところがこの日本列島では、薪炭材はモンスーンのお陰で絶えることがなかった。

その燃料と砂鉄を求めて、朝鮮半島から大量のタタラ衆が移り住んでくる。

そして、中国山脈からは良質な砂鉄が供給された。

この稲と鉄の生産力が、この国の古代権力を育て、Cimg3161

より豊かな生活を追及する、日本人の気質を育ててきた。

「神代記」には、「スサノオの命が、新羅から舟に乗って出雲の国の斐川の上流にやってきた」と書かれている。

そして斐川の上流には、鳥上山という良質の砂鉄を産するところがある。

日本人の気質と源流を作ってきたのは、鉄を産するモンスーンの気候だったのかもしれない。

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2007年5月 7日 (月)

日本の人口減に思う

日本の人口は、一昨年にピークアウトして確実な下降局面に入った。

1億2700万人をピークに、2020年には(13年で)360万人ほど減る。Cimg3218

この数は、静岡県の総人口に匹敵する。

そうして2050年には、1億人を割り込む。

いずれにしても今世紀末には、6~7千万人がやっとのようだ。

何も今世紀末まで生きようというのではないが、仲間が減ると言うのは寂しい。

そもそも人口は、物の生産力によって変動してきた。Cimg3211

弥生の昔は稲作が伝わって、その米の生産力が人口を飛躍的に増やした。

さらに、農具としての鉄の普及で、それが富や権力を生み出していく。

翻って今日、工業生産力が人口の爆発をもたらした。

だがそれも、何時までのものか不透明になりつつある。Cimg3210

産業の米と言われる半導体だって、1988以来日本メーカーのシェアーは減り続けている。

そして今や、日本の半導体メーカー全社の利益を足しても、

韓国のサムスン電子一社にかなわなくなった。

やがて、中国やインドが全てを担うのかもしれない。

デジタル家電だって同じことだ。

例えば、圧倒的なシェアーを占めているデジカメだって、価格は2万円を切るまでに下がってきた。

これも中国や台湾の参入で、やがて同じ事が起こるのだろう。

もちろん、薄型TVなどでも同じことだ。

人口が減ると言うことは、そうした経済活動の先を見通した、

本能的な人口抑制が起こっているのかもしれない。

グローバルな時代に、日本の産業の将来を見極めることこそ肝心なのだろう。

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2007年5月 6日 (日)

葡萄の個性

9品種の葡萄を栽培している。Cimg3236

棚付けやら花房整理やら、ジベレリン処理やらと繁忙期を迎えている。

伸びた枝をちゃんと棚に這わせるのだが、

簡単にボキッと折れる品種、しんなりとたおやかな品種、少々の刺激にはびくともしないものなど様々だ。

ジベ処理する品種は、房の先っぽだけを育てる。Cimg3238_1

その残した粒が、大きく大きく育つのだ。

ジベ処理は、無核化のためと肥大促進のため、二度行う。

その印に、花房の枝を二本残しておく。Cimg3235_1

そして、処理する度に切除するのだ。

花の咲き方も、品種によって微妙に違っている。

人間も人によって、感じ方も話し方も違うように、

葡萄だって、品種によって対応を変えなくちゃいけない。

この連休で、一渡りの棚付けが終わった。Cimg3239

しばらくは、朝五時から一時間半余り、ジベレリン処理をしなくっちゃいけない。

不思議だね。

葡萄が待っていると思えば、起きられるんだから。

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2007年5月 5日 (土)

中国の隆盛と経済

眠れる獅子と言われて久しかった中国。Cimg3225

その中国の経済が、爆発的な成長を続けている。

安い労働力などを武器に、輸出を拡大させているのだ。

しこうして、2006年の貿易黒字は、前年より7割以上も上回った。Cimg3187

そして昨年、日本の最大の貿易相手国は、アメリカを抜いて中国になった。

それも、香港を除いてのことだ。

遂に、来月ドイツで開かれるサミットでは、Cimg3226

「世界経済の安定のためには、中国の黒字縮小が必要」と経済声明が出されることになったそうだ。

三十年前、紅衛兵が跋扈していた頃の中国を思えば、隔世の感がある。

そんな中国から、若手エリートの研修生がひっきりなしに来ている。Cimg3188

大抵は、通訳兼務の大学助教授クラスと二名でやってくる。

10日間くらい一箇所で、土地利用制度や金融制度など、

日本のシステムの功罪について濃密な研究をして帰る。

かつての集団でやってくる研修とは、様変わりしている。

研修の目的が、極めてシャープになっているのだ。

恐らく、日本を上回る精巧な社会システムを構築していくのだろう。

彼らエリートに、日本の若者がはたして敵うのだろうか?

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2007年5月 4日 (金)

薫風

風薫る5月である。

何の花の香りだろうか?Cimg3234

緑陰をわたる風には、さわやかな香りが混じっている。

その薫風を切って、山中を走り続けている。

山中の修行は、今日で6日目である。

この連休中に、200kmを走る計画である。

ともあれ山の緑は、艶やかである。Cimg3232

常緑樹は濃緑の上に鮮緑を重ね、落葉樹は萌黄色の衣を羽織っている。

山上から見下ろす裾野には、刈取を待つ茶園が広がっている。

「目に青葉 山ホトトギス 初カツオ」の季節なのだ。Cimg3101

そんな緑を満喫しながら、重い足を軽く運んでいる。

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2007年5月 3日 (木)

日本人の処世

日本人は中国人などに比べると、大変お人好しな民族だ。Cimg3223

長いものには、巻かれろと言うことで処世してきたところがある。

特に目上に対しては、否と思っても「そうですねぇ」と相槌を打つ。

江戸の川柳に「世の中は、さよう、いかにも、ごもっとも、Cimg3222

そうでござるか、しかとは存ぜませぬが・・」と言うのがある。

要するに、相槌の打ち方一つが処世術なのだ。

これが欧米人だと、まずは「ノォー」と言ってから議論が始まる。Cimg3221

日本人の場合は、まずイエスと言って議論を避けたがる。

議論が下手というのではなく、議論したくないのだ。

内気な私なぞは、その最たるものである。Cimg3212

あっちにもこっちにも気を使って、言いたいことも言わずに人生をやっている。

しかし、そろそろ生き方を変えたほうが良かろうと、思い始めている。

でも、無理かな~。

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2007年5月 2日 (水)

杉山彦三郎翁と茶

八十八夜の今日、駿府公園のマロニエ広場で杉山彦三郎翁の顕彰会が開かれた。

言うまでも無く、杉山翁はヤブキタの生みの親である。Cimg3238

杉山翁は、何時も適期に良い芽を摘む事ができないだろうかと、茶の品種改良に心血を注いだ。

彼の集めた品種は、100余と伝わっている。

その中の枝代わりが、ヤブキタであった。

彼がヤブキタを見出したのは、明治41年(1908)だから来年で100年になる。Cimg3237

この百年間に育種の技術は、飛躍的に進化しているはずなのだが、未だにヤブキタを上回る品種が生まれない。

それは研究者の能力もさることながら、ヤブキタに似た品種を目指してきた育種かの思想に原因がある。

それほどに、ヤブキタは神秘的な能力を持った品種だったのだ。Cimg3249

しこうして、日本の茶の品種の8割はヤブキタである。

主産地の静岡では、何と92%がヤブキタだ。

あのスーパーと言われる、米のコシヒカリだって40%そこそこである。

もう日本のお茶は、全てヤブキタと言えるような状況である。Cimg3251

そんなヤブキタの寡占を、果たして杉山翁が得心しているだろうか?

そんなことはあるまい。

高度経済成長期とは訳が違う。

多様な価値が、意味を持つ時代だ。Cimg3233

中国茶に学ぶまでも無く、多様なお茶の世界を扁平なものにしてしまったのは、実は私達なのだ。

日本のお茶の歴史は、1200年を経ている。

闘茶会を引き合いに出すまでもなく、そこには豊かなお茶の世界があった。

それを売らんかなの大量生産販売が、今日の単調なお茶の世界を作り出したのだ。

お茶専門店が衰退し、良質茶が売れなくなっている。

でも、その専門店を専門店として成り立たせなくしたのは、ヤブキタ一辺倒の儲け主義ではなかったか。

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2007年5月 1日 (火)

明治からの日本

江戸が東京になって、140年が経過する。Cimg3007_1

江戸時代は、歴史のテンポを限りなくゆったりさせることで維持されてきた。

それが、外圧によって維持できなくなって維新が起こった。

明治になってからと言うもの、西欧に追いつくことが国家目標になった。Cimg3012

背伸びして背伸びして、結果的に国の破滅まで追い込まれた。

でもその明治の人間達の逞しさに、惚れ惚れとするような気分になる。

国民の一人ひとりが、国をしょって立っているような雰囲気があった。Cimg3013

大山巌、秋山好古、正岡子規、みんな精一杯の人生を生きた。

大正から昭和にかけて、この国は最低の国家になった。

さしづめ、今日の北朝鮮やイランであろうか。Cimg3014

結果として、戦後はゼロからのスタートになった。

否、世界の各地に負の遺産を残した分、マイナスからのスタートと言うべきか。

そして、兆速の経済発展を遂げて、H2年にピークアウトした。

今、人口も経済も徐々に減速を始めている。Cimg3004

人の一生も、時代の変遷も似たようなものかも知れない。

山あり谷あり、驕りあり挫折あり、そして、私達はここにいる。

そんな人生の、そして歴史の一ページを、今日も私達は過ごしている。

東京の両国に江戸博物館がある。

そこで、しばしそんな事を考えていた。

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