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2007年5月 2日 (水)

杉山彦三郎翁と茶

八十八夜の今日、駿府公園のマロニエ広場で杉山彦三郎翁の顕彰会が開かれた。

言うまでも無く、杉山翁はヤブキタの生みの親である。Cimg3238

杉山翁は、何時も適期に良い芽を摘む事ができないだろうかと、茶の品種改良に心血を注いだ。

彼の集めた品種は、100余と伝わっている。

その中の枝代わりが、ヤブキタであった。

彼がヤブキタを見出したのは、明治41年(1908)だから来年で100年になる。Cimg3237

この百年間に育種の技術は、飛躍的に進化しているはずなのだが、未だにヤブキタを上回る品種が生まれない。

それは研究者の能力もさることながら、ヤブキタに似た品種を目指してきた育種かの思想に原因がある。

それほどに、ヤブキタは神秘的な能力を持った品種だったのだ。Cimg3249

しこうして、日本の茶の品種の8割はヤブキタである。

主産地の静岡では、何と92%がヤブキタだ。

あのスーパーと言われる、米のコシヒカリだって40%そこそこである。

もう日本のお茶は、全てヤブキタと言えるような状況である。Cimg3251

そんなヤブキタの寡占を、果たして杉山翁が得心しているだろうか?

そんなことはあるまい。

高度経済成長期とは訳が違う。

多様な価値が、意味を持つ時代だ。Cimg3233

中国茶に学ぶまでも無く、多様なお茶の世界を扁平なものにしてしまったのは、実は私達なのだ。

日本のお茶の歴史は、1200年を経ている。

闘茶会を引き合いに出すまでもなく、そこには豊かなお茶の世界があった。

それを売らんかなの大量生産販売が、今日の単調なお茶の世界を作り出したのだ。

お茶専門店が衰退し、良質茶が売れなくなっている。

でも、その専門店を専門店として成り立たせなくしたのは、ヤブキタ一辺倒の儲け主義ではなかったか。

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