杉山彦三郎翁と茶
八十八夜の今日、駿府公園のマロニエ広場で杉山彦三郎翁の顕彰会が開かれた。
杉山翁は、何時も適期に良い芽を摘む事ができないだろうかと、茶の品種改良に心血を注いだ。
彼の集めた品種は、100余と伝わっている。
その中の枝代わりが、ヤブキタであった。
彼がヤブキタを見出したのは、明治41年(1908)だから来年で100年になる。
この百年間に育種の技術は、飛躍的に進化しているはずなのだが、未だにヤブキタを上回る品種が生まれない。
それは研究者の能力もさることながら、ヤブキタに似た品種を目指してきた育種かの思想に原因がある。
しこうして、日本の茶の品種の8割はヤブキタである。
主産地の静岡では、何と92%がヤブキタだ。
あのスーパーと言われる、米のコシヒカリだって40%そこそこである。
そんなヤブキタの寡占を、果たして杉山翁が得心しているだろうか?
そんなことはあるまい。
高度経済成長期とは訳が違う。
中国茶に学ぶまでも無く、多様なお茶の世界を扁平なものにしてしまったのは、実は私達なのだ。
日本のお茶の歴史は、1200年を経ている。
闘茶会を引き合いに出すまでもなく、そこには豊かなお茶の世界があった。
それを売らんかなの大量生産販売が、今日の単調なお茶の世界を作り出したのだ。
お茶専門店が衰退し、良質茶が売れなくなっている。
でも、その専門店を専門店として成り立たせなくしたのは、ヤブキタ一辺倒の儲け主義ではなかったか。
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