明治からの日本
江戸時代は、歴史のテンポを限りなくゆったりさせることで維持されてきた。
それが、外圧によって維持できなくなって維新が起こった。
明治になってからと言うもの、西欧に追いつくことが国家目標になった。
背伸びして背伸びして、結果的に国の破滅まで追い込まれた。
でもその明治の人間達の逞しさに、惚れ惚れとするような気分になる。
国民の一人ひとりが、国をしょって立っているような雰囲気があった。
大山巌、秋山好古、正岡子規、みんな精一杯の人生を生きた。
大正から昭和にかけて、この国は最低の国家になった。
結果として、戦後はゼロからのスタートになった。
否、世界の各地に負の遺産を残した分、マイナスからのスタートと言うべきか。
そして、兆速の経済発展を遂げて、H2年にピークアウトした。
人の一生も、時代の変遷も似たようなものかも知れない。
山あり谷あり、驕りあり挫折あり、そして、私達はここにいる。
そんな人生の、そして歴史の一ページを、今日も私達は過ごしている。
東京の両国に江戸博物館がある。
そこで、しばしそんな事を考えていた。
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コメント
歴史ファンの大半は、戦国時代と幕末・明治初期に人気があると言う。NHKの大河ドラマをみれば一目瞭然。しかし、いずれもテロリスト。安部首相の故郷、長州藩はテロリストの育成機関、もっとも江戸時代には長州藩と言う名称は無く、毛利家。
しかし、その明治時代も江戸時代の蓄積があった上での発展であり、韓国の繁栄も日本の統治下にあった蓄積での漢江の奇跡である。すべて歴史は連続しており、大正から昭和の最低の時代は明治が作り出したものである。
4月29日付の静岡新聞「大自在」で歴史認識を語っていた。よく旧人は「昔は良かった」と言うが、その根拠は何も無く只単に「間違った記憶によるもの」と言う。
人口減少を「世も末」と言う人がいる。しかし、それはその前の時代の結果であり、住みにくい世の中を一生懸命作り上げた結果、そんな時代には住みたくないという現象である。これからは、何万年に及ぶ遺伝情報の蓄積の上に立った知恵と、近年の環境変化を見据えた対応をじっくり作り上げたいものである。
投稿: 柴田茂樹 | 2007年5月 4日 (金) 02時31分