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2007年8月31日 (金)

る・く・る

「見る・聞く・やって見る」の末尾が、命名の由来なのだろう。Cimg3896

静岡駅南口のビルに、そんな子供館がある。

静岡市が開設している施設だ。

先日、孫と一緒に覗いてみた。Cimg3900

科学を知らせたいと言うグッズが一杯ある。

興味のある子(親も)にとっては、格好の遊び場になっている。

とは言え、私の目から見ると、結構難しく出来ている。Cimg3898

相当考えないと、遊び方すら分からない。

テーマは、電気だったり、磁力、波動、空気圧、光などだが、

それだけに、それを簡単に理解させるのは容易ではない。

遊びとしては、どうしても難しくなってしまうのだろう。Cimg3901

テレビやゲームに慣らされた子供達に、はたしてどの程度の効果があるかは?だ。

それで、個々の施設に指導員が配置されている。

しかしこれが又、分からせるように説明するのは容易ではない。

ともあれ、私自身がもう一度勉強しないといかんと思った。

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2007年8月30日 (木)

国家衰退の兆し

歴史上、永遠に栄え続けた国や地域など存在しない。

20世紀、この日本の国は敗戦を経つつも、大いに経済を発展させた。Cimg3698

世界の工場とも、エコノミックアニマルとも、日本が世界一と言われたこともあった。

だが、景気の回復云々と言われるが、日本の株価は一向に上がらない。

欧米で10%上がっても日本では5%、逆に海外で10%下がれば日本では20%下がる。

要するに、日本人が日本の企業の成長を信じていないのだ。Cimg3709

そうして、多くの人々が国内ではなく海外に投資をし続けている。

十年前、英国の1ポンドは150円で買えた。

しかし今は、240円出さなくては1ポンドを得られない。

それに英国のGDPは、この間に9割増えている。Cimg3704

が、日本のGDPは、同じ期間に6%しか増えていないのだ。

結果として、日本人がロンドンの地下鉄に乗ろうとすると、初乗り1000円にもなるのだ。

同様に10年前、韓国人の日本旅行者は日本人訪韓者の半分もいなかった。

でも今は、韓国から日本を訪れる人の方がはるかに多くなった。Cimg3706

韓国人のほうが、日本人の勤労者よりも所得が多くなったからだ。

しかして今日、アジアの経済大国は中国になりつつある。

今や国民が、日本の経済的復活というものを信じなくなっている。

かつての英国病のように、日本病が広がりつつあるのだろうか。

人々は、人口を減らすことで防衛しようとしているように見える。

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2007年8月29日 (水)

植物の力

人間もその一部なのだが、自然界の営みは実に魅力的なものだ。

私も、自分の育てている葡萄やホウレンソウ、オクラや梨などに

様々な思いを持つようになっている。Cimg3875

鳥獣害や病害虫と戦ったりしながら、日々苦闘していると、

植物も、私たちの人生と同じだと思ったりもする。

自分の遺伝子や能力を、思うままに発揮できる者なぞ数少ない。

それでも、様々な制約の中で、精一杯頑張って生きている。Cimg3880

今日、私のぶどう園に、近所の幼稚園児がやってきた。

あれほどたわわにぶら下がっていた葡萄も、かなり少なくなったんだけど、

子供達には喜んでもらえたようだ。

色や形、大きさの異なる葡萄を食べて、自分で収穫してCimg3878

「植物って何て不思議なんだろう」って、思った子がいたかもしれない。

小さな小さな子供の心に、何か残ってくれるかなぁ・・・・。

ともあれ、今年の葡萄作りは、鳥獣害もあって惨憺たるものだった。

今から、来年の対策を練っている。Cimg3882

この戦いも、植物の力の成せる業かもしれない。

来年こそは、子供達にもっと喜んでもらえるように頑張ろう。

そう思いつつ、いよいよ秋の足音が聞こえだした。

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2007年8月28日 (火)

バイオエネルギー

トウモロコシからのエタノール生産は、農産物の価格にも大きな影響を及ぼしている。

それは困るのだが、ブッシュの機敏な政策に、何故か安心した面がある。

それは「エネルギーだって、作れるじゃん」と言うことだ。

石化エネルギー資源の枯渇が、人類繁栄の終焉かと思っていたのに、

何とかなるんだ・・・・と言う安心感であろうか。Cimg3723

そして、アメリカはトウモロコシ、ブラジルはサトウキビ、ドイツは菜の花に活路を見出している。

そうして世界中で、植物からエネルギーの生産が始まる中で、

この日本は、依然として方向が定まらず立ち往生している。

本当は、米からエネルギーを作ればよいのだ。

水田は幾らでも空いている。休耕を半強制しているのだから。

たが、米はこの国の基本だなどと言う、いらざる観念がどうしても頭をもたげてくる。

それに、この三十年余り、米の過剰対策に熱心な余り、米の増収技術開発は極めてプアーになっている。

もともと、米からエタノールを作ろうなどという発想が無かったのだ。Cimg3718

米作りも昔と違って、条件を整えればかなり低コストでの生産が可能になっている。

高温多湿な日本の自然条件は、米によって改めてこの国が立つことを求めているような気がする。

はて、そんな事を決断できる政治家が、この日本にも登場しないものだろうか?

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2007年8月27日 (月)

ブラジルと日本

BLIICSのの代表として、経済成長著しいブラジルのことだ。

標高900mから1900mまでの台地が、日本の国土の23倍も広がっている。

それに、金や石油、希少金属の埋蔵も多い。Cimg3748

鉄鉱石の埋蔵だって300年分はあるそうで、新日鉄もブラジルに大きく傾斜している。

可能性は無限とも言える。

そのブラジルに移民が始まって、半世紀以上になる。

そのブラジルで、静岡県人会50周年記念式典が開かれた。

石川知事も出席し、今後の連携の可能性について、大いに示唆が得られたようだ。

それも、浜松に開設されている「ブラジル連邦貯蓄銀行」事務所の斡旋によるところが大とのことであった。

今やこの静岡県に、9万8千人余の外国人登録者がいる。

そして、その52%がブラジル人である。Cimg3708

私の住む磐田市では、約1万人、総人口の5.51%が外国人になっている。

浜松市には3万1千人余だが、4%弱でしかない。

さらに静岡県には、18校のブラジル人学校があって、2,400人が通っている。

多文化共生とは言うけれど、これからの日本を考えねばならない課題だ。

経済発展するブラジルと、かつて移民を送り込んだ日本。

ブラジルの指導的立場の、二世や三世の動き。

日本の労働力としての、日系人たち。

一度は出かけたい国だ。

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2007年8月26日 (日)

ウォット

浜松市西区の弁天島に、小さな水族館がある。

都田川及び浜名湖に住む魚をテーマにしている。Cimg3866

だから、ハゼやウグイ、ハヤやアユ、ウナギやクルマエビ、

或いはヤドカリなど身近な魚に接することが出来る。

日本列島の民族は、雑穀と魚で生きてきた。

そんな事を思いながら眺めると、身近なだけにどの魚も愛おしいくもある。Cimg3868

どの家もハゼを燻製にして吊るしていたのは、つい数十年前までのことだ。

そういう意味で浜名湖は、牡蠣や蜆も含めて、人々の命の源であったのだろう。

孫二人を連れて行ったのだが、私の方が改めて考えるところがあった。

ダイダラボッチの伝承はともかく、人間は自然と共に生きてきたのだ。Cimg3867

小さな小さな水族館。

でも、こんな小さな水族館だからできる主張って、あるかもしれないね。

一匹のハゼにこだわったって良い。Cimg3870

養鰻という産業に焦点を当てても良い。

蟹や蜆の生態に注目しても面白い。

世の中には、不思議なことが一杯あるのだから、ほんの少しを解き明かしてくれるだけでよい。

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2007年8月25日 (土)

夏の夜

私の部屋から、花火が見えている。Cimg3784

まだまだ暑さの続く予兆だろうか、虫の声が随分とにぎやかである。

虫は、ほとんどがこの一夏限りの命であるし、

花火も、ほんの一瞬の花でしかない。

聞くも愛でるも、この夏とわが身を振り返ってしまう。Cimg3782

少々のお酒が入れば、中国の詩人もかくありなんと思うほど感傷的になる。

このところ、人間の生き方について思ったりすることが多い。

みんな一生懸命生きているのだが、表現の形はそれぞれ違う。

そんな違いの裏に、その人の人生を感じたりしている。Cimg3842

が、人の一生だって、この花火とさして違わないのではないか。

一夏の虫の生き様と、さして変わらないのではないか。

ならばこそ、それぞれの一瞬を悔い無くと思うのだが・・・・。Cimg3786

今日も午前中は、山の中で大変な汗をかいた。

その汗も、私の人生なのだと思いつつ。

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2007年8月24日 (金)

人間と言うやつ

人間ほど面白く心浮き立つ、不可思議なものは無い。Cimg3847

反面、腹立たしさや苦しさを余儀なくされる事だってある。

いくらペットが可愛くても、犬や猫にこんな真似は出来ない。

私も毎日、沢山の人々の中で生活している。

職場の顔、地域の顔、友と語らう顔。Cimg3846

皆、それぞれ違うような気がする。

その場その場に応じて、自分と言うやつを演じているのだ。

人には見栄やてらい、羞恥などと言うものがあって、

そんな呪縛の中で生活している。Cimg3845

小心者で凡庸な私なぞは、何時も自分を殺して生きているとも言える。

それでも、自分なりの美意識なんてのがあって、

時として、そいつが災いをする。

美意識なんてのは、そもそも主体的な行動の中にあるものだ。

しかし人は、何時も主体的でいられる訳ではない。

そんな時、自分の能力の80%は殺してしまっている。

ともあれ人間の社会は、そんな人と人の係わり合いで成り立っている。

それが立場であったり、地位であったりするのだが・・・・。

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2007年8月23日 (木)

農業法人協会

人間と言うものは、人と人の関係の中で、初めて存在し、機能するものだ。

それならば、機能するような組織を作って成果を得る様にする。

それが、企業組織である。Cimg3865

ところが農業の分野では、これまで家業の中で完結させる事を追求してきた。

そのことが、産業としての発展を大きく阻害してきた面がある。

そして、農業とはこういうものなのだと言う思い込みを作ってきた。

しかし今、そうした思い込みは全て虚構であることが明らかになりつつある。

農業も、一つの産業であり、他の産業と本質的には何も変わらない。Cimg3864

ただ、土地と言う有限の生産財に縛られることが違うだけだ。

それにしても、土地自体が浮遊し始めている。

土地が必ずしも有限でなくなりつつあるのだ。

静岡県に、農業法人協会が出来て10年になる。

現在、110社がこの協会に加盟している。Cimg3727

農業法人は、人間の能力を機構として最大限に引き出すことを目指しているはずだ。

その点では、新日鉄や富士通と少しも変わらない。

恐らく、静岡県にそうした法人が千数百社も出来れば、供給力は飛躍的に上がるはずだ。

供給者が、市場アクセスの主導権を持ってもおかしくない。

農業の世界は、この十数年で様変わりするだろう。

過度期には、経営の方向を巡って色々な議論がある。

だが基本は、「需要が供給を作る」のであって、

その逆では有り得ない。

さすれば、自ら需要開発をするのは当然のことだ。

誰か(例えば行政)が、需要を創るなどとは考えるべきではない。

今日、農業法人協会の代表の皆さんと懇談しながら、まったく別のことを考えていた。

肝心なのは、人間の能力を引き出すことだ。

農業は、その人間の甲斐を生み出す産業ではないかと。!

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2007年8月22日 (水)

甲斐の国

日本人は、中秋の名月などと、その美しさを愛でたりする民族だ。

だがそれは、中国の漢詩による影響が濃厚で、Cimg3834

日本民族古来の感受性かどうかは疑問だ。

私は山梨県が好きで、何かとよく出かけている。

先日の甲州市や清里、山中湖、河口湖などなどである。

先ずは、桃源郷と言うイメージである。Cimg3841

桃や梨、サクランボなど果樹の、そしてワインの産地だと言うイメージがある。

そうした今日の様相のベースに、甲斐源氏の歴史がある。

「人は石垣、人は城、情けは味方・・」は、武田節の一節だ。

甲府盆地は、見渡すことの出来る範囲でしかない。Cimg3858

こんな狭隘な地から、信玄のような力が生まれた事が不思議だと思ったりする。

でも、その狭い範囲を「人は石垣」にし得たことが、戦国の傑物を生んだのだろう。

その石垣が崩れた時、甲斐は一気に滅び去った。

甲府盆地に織田の軍勢が踏み込んだ時には、既に武田は滅んでいた。Cimg3844

先日泊まった塩山温泉は、甲府から大菩薩に抜ける街道沿いにあって、

武田の残党狩りにまつわる痕跡が残されていた。

それに大菩薩峠のふもと「雲峰寺」には、信玄当時の孫子の旗が残されている。

例の「風林火山」である。Cimg3843

そうしたもろもろのことが、甲州のイメージを作り上げている。

歴史が風土を作り、その風土が人を育てるのだろう。

鄙びた温泉宿で、そんな事を考えていた。

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2007年8月21日 (火)

常識の壁

人間と言うものは、その経験によって出来上がる。Cimg3863

狼に育てられれば、狼として生きてしまう。

農業を考える時、日本の農業の歴史を考えざるを得ない。

長く、小規模で閉塞的な時代が続いた。

農地開放の後は、農地が生産財でなく、後生大事な財産となった。Cimg3728

流通だって、そうだ。

農産物の値段は、市場でしか決められないかのようになった。

食糧監理法の時代には、米や麦を自由に売ることすらできなかった。

長い間のそうした呪縛が、未だに農業という産業を縛っている。Cimg3724

その呪縛を、いともた易く解き放った人がいた。

静岡市葵区下の鈴木農園(鈴木寿美子・文夫氏)だ。

十年前までは、情報関係の別の仕事をしていた。

それが一転、農業に参入する。Cimg3722

始めは、10aのレタスの試作であった。

その翌年、約3haを期間借地してレタスの生産販売を始める。

そして今日、6ha×2の水田でレタスと枝豆を生産する。

もちろん販売は、契約供給である。

息子達4名を中心に、パートさん達と共に期待される経営になっている。

土地なんて、集まらないさ!

売り先なんて、思うままになるものか。

農業は、気象に左右されてどうにもならないんだ。

などと言うかつての常識は、彼らにはかけらも無い。

農業というものが、根拠の無い常識の壁に阻まれていたことを、鈴木さんたちが証明している。

施設園芸でなくては駄目だ・・・。これもウソだ。

農業に、合理的な考えの水を流し込まなきゃいけない・・・。と思った。

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2007年8月20日 (月)

雅正庵

静岡市駿河区に、洋風で瀟洒なお茶屋さん(カフェ、店舗)が出来た。Cimg3859

テーブルは、家族や女連れなどでにぎわっている。

魅力は、好みのお茶が買えるのはもとより、

抹茶パフェや茶そば、大福やクッキーなど、関連商品が食べられることだ。

店の品揃えも商品アイテムも申し分ない。Cimg3860

これからのお茶屋は、かく有るべしと思わせる。

この店は、(株)小柳津清一商店の経営だ。

もともと小柳津商店は、茶の斡旋商にその起源がある。

その商材であるお茶の可能性をもっと広げたい。Cimg3861

そんな思いで取り組んでいるようだ。

茶関連商品を開発する菓子工房では、

茶大福を始めとしたユニークな菓子を開発している。

そしてこの春、小柳津商店の茶「きわみ」が、Cimg3862

ベルギーの国際食品コンテスト、モンドセレクションで最高金賞(グランドゴールド)を獲得した。

日本の玉露を、国際社会で最高の食材と認めさせたのだ。

快挙と言うべきだろう。

お茶を古くからのお茶の世界から見るのではなくて、新しい世界を切り開こうとする明るさがある。

私が気に入ったのは、「鞠福」と言う大福だ。

大福の中味は生クリームで、末茶味やほうじ茶味など多彩だ。

箱書きに「お茶を飲む和みの場に、福の花を咲かせたい。」とある。

そう!お茶とは、本来そうあるべきなのです。

単なる止渇飲料ではないのです。

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2007年8月19日 (日)

大菩薩峠登山競争大会

ランナー総勢、685名。Cimg3849

43回目の大会と言うが、私は何回参加しているだろうか。

この甲州市の大会に来るのが、何時の間にか真夏の慣例になっている。

ふもとの神山から、一気に1,300mほどを駆け上る。Cimg3852

自分の体を、押し上げる競争でもある。

「何故、こんな苦しいことをしているのか?」と自問しないでもない。

だが、答えは何時も霧消してしまう。

峠までの距離は16km程しかない。

その16kmの間、あれこれとこの数ヶ月のことを考えていたりする。

酷暑の盆地をスタートするのだが、次第に涼しくなって、1,897mの峠まで登ると寒さを感じる。Cimg3854

その頂上がゴールだ。

山頂からの眺望も絶景で、今年は南アルプスの峰々が雲海に浮かび連なって広がっていた。

眺望を楽しむのはほんの一時で、Cimg3856

ゴールの後は、又麓まで一気に駆け下りなくてはならない。

下りは、数百年は使われてきたと思われる登山道をつかう。

人一人が歩けるほどの道幅しか無いのだが、その道をカモシカのように下る。Cimg3835

恐らく、信州から上州へ、何万何十万の旅人がこの道を歩いたことだろう。

人々の足が削ったその古道を、今年も駆け抜けた。

歴史の古道や雲峰寺、この地方独特の茅葺家屋、馬頭観音や社寺Cimg3836

おしなべて「風林火山」の色濃い甲府盆地だ。

そんな歴史の雰囲気を味わいながら、今年もレースを終えた。

私の今年の夏も終わったようだ。

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2007年8月18日 (土)

甲州市に

昔の塩山市だ。

中里介山の大菩薩峠で知られている。

樋口一葉の両親の出身地でもある。

そこで行われる、大菩薩峠登山競争に参加するため訪れている。

盛夏に行われるこのレースに参加するのが、何時の間にか恒例になっている。

甲府の鬼門に位置していて、武田にちなんだ社寺も多い。

それに桃や葡萄、プラムの一大産地だ。

言うならば、春は桃源郷と言うことだろう。

昼間は、甲府盆地にあちこちの蔵を訪ねて、ワインを試飲して回る。

そして夜は、かんぞう屋敷の演奏会に出かける。

塩山駅前に、江戸時代そのままの佇まいで残るこの屋敷は、何を奏でても雰囲気がある。

夜の富士山に、九十九折の光の帯が続いてみえる。

明日のレースは、無理せずこの地を味わうことにしよう。

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2007年8月17日 (金)

早くも新米

酷暑の盛りなのだが、秋の便りだ。Cimg3824

昨日、新米「なつしずか」の試食会があった。

静岡県の農業技術研究所の育種で、

平成13年から栽培されている。

早熟で美味しい。Cimg3822

だが、この月末にはコシヒカリの収穫が始まる。

従って、ほんの一時の出番(リリーフ)しかない品種だ。

たから生産量も限られたもので、100t程度しかない。

ある意味可愛そうな、希少で貴重な早生品種と言える。Cimg3821

それにしても、この時期にふくよかな新米が食べられるのはありがたい。

私も、塩結びを頂いたのだが、これが香りよく実に上品な味でした。

一緒に試食した花森副知事も、絶賛することしきりでした。

取材陣の女子アナも加わって、おしなべて好評でした。Cimg3823

たかが新米、されど新米なのです。

この16日から一週間ほどの販売だそうです。

いち早く新米を食する。

これも、ちょっとした贅沢かな!

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2007年8月16日 (木)

観光の静岡

静岡県は、製造品出荷額等が17兆円余と、全国第三位の物づくり県だ。

それと同時に、伊豆や浜名湖、富士山など一大観光地でもある。Cimg3820

現実に、、宿泊施設の数は全国一である。

だが近年では、宿泊者の数は長期低迷を続けている。

観光地としての輝きと言うか、人気度も今ひとつ盛り上がらない。

京都や東京、知床や由布院のような、Cimg3789

心をときめかす何かが欠けている。

この日本の国は、ものづくりで経済成長を実現してきた。

もとより、フランスやスペインとは訳が違う。

でも「観光は、21世紀のリーディング産業」と言われるようになり、Cimg3741

遅ればせながら「観光立国推進基本法」を制定した。

グローバルが当然な時代である。

非日常なら、ちょっと外国に出かければ幾らでも体験できる。

だから、風光明媚で観光資源に恵まれていると言うだけでは、駄目なのだ。Cimg3730

地域そのものの魅力を養うことと、観光の新しい仕組みが必要なのだ。

キーは、観光(サイトシーイング)ではなくて、体験(ドウ)だろうか。

歩、走、遊、学・・・・何でも良い。

その地で、自己実現できるなら何としても出かけていく。

私も、走るためなら全国何処でも出かけている。

そのついでに、その地域を味わってくるのだ。

静岡県の観光地に必要なのは、心身をリフレッシュさせるナウさが必要なのだ。

人は、ゆっくりすればリフレッシュするとは限らない。

疲れ果てて出かけるのが、観光地ではないのだ。

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2007年8月15日 (水)

食料自給率39%

農林水産省が先日発表した、06年度のカロリーベースの自給率だ。Cimg3725

2015年度までに45%に回復させるはずが、逆に下がってしまった。

この国の自給率は、1965年まではそれでも73%だった。

それが、高度経済成長と共に急落していく。

その最大の原因が、私たちの食生活の大きな変化だ。Cimg3804

米と魚と野菜中心の食生活が、畜産物と油脂に重点が移ったからだ。

そうして、その家畜の餌はほとんど輸入だ。

もちろん、畜産物の直接輸入も増え続けている。

輸入トウモロコシも、エタノール仕向けで高騰している。Cimg3765

とにかく肉もタマゴも牛乳も、輸入と言っても過言ではない。

それに、食用油もほぼ100%輸入だ。

「食料など、この狭い国内で作らなくても買ってくればよい。」

これまでの日本人の多くが、そんな風に考えてきた。Cimg3729

「日本の経済力を持ってすれば、何でも買えるのだ。」と・・・。

ところが、中国などのBRIICS諸国の台頭で、様相は一変しつつある。

とりあえず「買い負け」は、魚から始まった。

円の独歩安も、これを助長している。

なにしろ対ドルはともかく、ユーロはこのところ円よりも4割も上昇している。

おかげでロンドンの地下鉄の初乗運賃が、円で1,000円にもなってしまった。

とても、旅行を楽しむ気分にはなれないだろう。

食料の確保は、既にこの国の人々の生活に大きなリスクとなっている。

誰のせいでもない。

私達一人ひとりの、選択の結果なのだ。

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2007年8月14日 (火)

道の駅考

国土交通省の「特定交通安全施設整備事業」で、

全国に「道の駅」がつくられてきた。

今、全国に868ヶ所あるのだそうだ。Cimg3817

そもそも、事故の多発を防ぐ休憩のために、

快適な休憩のための「たまり空間」として計画されたようだ。

が、昔のドライブインに代わって、結構な休息の場になっている。

それに始めの頃とは違って、道の駅も次第に進化しているようだ。

昨日、愛知県境にある「潮見坂」に立ち寄った。

この道の駅には、二つの大きな特徴がある。Cimg3819

一つは、ソーラで沸かしている足湯がある。

太平洋を臨みながら、旅の足を温めるのだ。

北風の吹きすさぶ冬でも、この足湯は結構な人気なのだとか。

それに、横回転式の風力発電が活躍している。

湖西から渥美にかけて、風力発電は数多いのだが、

この横型は珍しい。Cimg3818

風の強い、この地域では相当の電力が起せるはずだ。

ともあれ、その道の駅で「メダカ」を売っていた。

ペットボトルに十匹ほど入って、300円であった。

これが何とも・・・・時代なんでしょうね。

道の駅も、オアシスを競っているようです。

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2007年8月12日 (日)

ビジット・ジャパン

世界中で最も多くの外国人の訪れる国は、何処の国でしょう?

それはフランスで、年間7600万人もの観光客が訪れます。Cimg3703

人口よりも多くの人々が押しかけるのです。

何故なのでしょうか? 

次いで旅行者の多い国は、スペイン、米国、中国と続きます。

で、日本はどの位だと思います?Cimg3777

たかだか、670万人なのです。

中国に訪れる観光客の7分の1に過ぎません。

同じ島国のイギリスにだって、年間3000万人も行っているのです。

でも東洋の島国には、魅力が無いのでしょうか。Cimg3702

英国にはない富士山や温泉、火山、名所旧跡など幾らでも観光資源はあるでしょう。

でも、かつて世界の海を支配した英国と違って、世界の人々に対する見方がこの国には無いのだと思う。

いまだに、鬼畜米英や中国韓国蔑視の感情が、潜在しているのかもしれません。

言葉も含めて、この国は極めて不器用な国になっているような気がします。Cimg3699

もう既に、経済格差では平準化が進んでいる中で、この国を訪れないのは・・・・何かが足りないのです。

人口が減り続ける時代。

海外から来てもらう他ないのです。

観光県静岡、大きく門戸を開かなくては、その未来はありません。

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2007年8月11日 (土)

日本の夏

暑い暑いと言って過ごす夏も、考えてみれば極わずかだ。Cimg3780

すぐに秋風が吹き出して、暑い夏が恋しくなったりする。

その夏を、如何に楽しむか。

私の場合は、先週の富士山頂往復マラニックやら、Cimg3781

大菩薩峠登山競争、丹後100kmマラソンなどと絶え間なく

ともかくも、挑戦すべきことを全部やることにしている。

今夜、仲間に誘われて、袋井の花火を見てきた。Cimg3803

近頃の花火には、物語がある。

音楽と相俟って、さながら瞬時のショウのように思われた。

大きな花火が打ちあがって、そして無数の槍が降ってくるかのように、Cimg3802

 ズーンと広がっては消えていく。 

 どーんと言う、その一瞬が人生の妙なのだ。

派手に生きれば良い、 などと言うような訳には行かないのが人生だ。        

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2007年8月10日 (金)

宿場興しカリスマ

蒲原から由比、興津にかけて、宿場の古い町並みが残っている。

それにここには、駿河湾に浮かぶ富士山の絶景がある。Cimg3762

薩埵峠から望嶽亭、由比本陣、広重美術館、由比正雪の生家

さらには、桜海老という特産まである。

このひなびた町に、新しい風を起した人達がいた。Cimg3761

㈱カクサの笹間吉久さんたちだ。

笹間さんたちは、長野県の小布施をモデルに

少しづつ、この地域を変えていく。Cimg3763

北斎の代わりに広重があるだろう。

栗の代わりに桜海老があると言った具合である。

そうして、十年。

この古い街道を歩く人々が、増え続けている。Cimg3755

結果として、桜海老レストランや蕎麦屋が出来、直売場が動き出す。

やってくる人々を増やすことで、鄙びた町が息を吹き返した。

結果として、町の特産である海産物も売れるようになった。Cimg3759

笹間さんのところのイワシの削り節も、売れるようになった。

この十数年の物流の変化で、乾物はスーパーにおける安売り商品の一つになってしまった。

その削り節を、上品で美味な食材に変えようと言うのが、笹間さんの目論見だ。

それで、訪れる客への直売を始めた。Cimg3756

猫飯の旨さを再発見してもらうのだ。

しかして、これがまた旨いのだ。

それに、揚げたての桜海老の掻き揚げが、絶品である。

宿場を歩いた後の人々にとって、垂涎の食材と言うべきだろう。

町は、心あるカリスマによって作られるのだ。

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2007年8月 9日 (木)

一富士 二鷹 三茄子

縁起のよい夢の順番と言われてきた。

一富士は分かる。Cimg3768

だが、何故、三番目がナスなのか?

その由縁を辿ると、400年を遡る必要がある。

家康は、こよなく富士を愛し、鷹狩りを趣味としていた。

400年前、清水の折戸で促成栽培したナスを家康に献上した。Cimg3769

時期の早いこともあって、これがまた美味だったのだが、

値段が、なんと一個一両もした。

それで、高値(嶺)の代表的なものとして、一富士・・・・と言うようになったらしい。

その、折戸ナスを復活した人達がいる。Cimg3771

清水区三保の遠藤さんたちだ。

折戸ナス復活を模索するうち、国の研究所に種が保存されていることが分かった。

そこて゜、「三なすび研究会」の発足となる。

この折戸ナスが、原種に近いだけあってコクがあって美味しいのだ。

ただし、量は全く採れない。Cimg3770

おまけに、鋭いとげがあって扱いにくい。

しかし、それが良いのだ。

しばし、将軍になったつもりで、駿河の名物を食べることがかなうのだ。

地域限定で、生産量も限られている。

だけど皆さん!一度は食べてみる価値がありますよ。

居酒屋チェーン、「なすび」では、定番商品として食べられる。

たかがナス、されど茄子なのです。

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2007年8月 8日 (水)

三保の松原

清水港をおおうように伸びているのが、三保半島だ。

典型的な砂洲である。Cimg3776

日本平(有度山)から三保と富士山を臨む景色は、日本の代表的な景色だ。

明治以降の銭湯の壁は、おしなべてこの景色が描かれていた。

江戸時代の三保は、幕府の直轄地で美穂神社の朱印地として保護されていた。

砂の堆積した痩せ地には、黒松が生い茂っていた。Cimg3766

その地にふさわしく、富士山を臨む景観と相俟って、羽衣伝説が生まれた。

漁師の白龍と天女の物語だ。

羽衣を返してもらった天女は、すそを翻し翻し舞いながら、

「足鷹山から富士の高嶺に、霞にまぎれて失せにけり」とは、謡の文句だそうである。Cimg3774

私が小学校の頃だろうか、遠足で日本平に来たことがある。

その標高307mの有度山からの眺めは、目の眩むようなものだった記憶がある。

しかし今、清水港は臨海工業の拠点になり、景観としては見る影も無い。

肝心の三保の松原も、分譲住宅が広がったりで松が伐採され、Cimg3772

わずかに羽衣の松周辺を残すのみとなっている。

開発は、人間の欲望に由来しているのだが、

大正11年に全国で初めて名勝の指定を受けた松原は、瀟洒な松の州崎ではなくなってしまった。

開発と保全は、もとより永遠のテーマではあるが、守るべきは守ると言う覚悟が無くては、

この国は、到底美しい国にはなれないだろう。Cimg3767

羽衣の松を見、羽衣ホテルの遠藤まゆみさんと話すうち、

日本人の定見の無さを恥じ入ってしまった。

遠藤さんの言うとおり、三保がしっかりと保全されていたら、

間違いなく「世界遺産」になっていただろう。

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2007年8月 7日 (火)

富士山と私

「男子の・・・寄せて芙蓉の第一峰にあり」Cimg3739

幕末の志士、横井小楠の言葉だ。

そして芙蓉とは、もちろん富士山のことである。

人として生まれてきたからには、何事かについて日本一を目指せと言うのだ。Cimg3753

日本一などと言うことは、そんな容易いことではないが、心意気はそうあるべきだと説いている。

若い頃から、富士山を見る度に「芙蓉の・・・」が心に浮かんできた。

その富士山に始めて登ったのは、高校二年の時だった、

前日から登り始めて山小屋に泊まり、翌朝、多分8合目でご来光を迎えた。Cimg3750

その時、薄白む冷気の中で、何故か、志賀直哉の暗夜行路の死の場面を連想していた。

ともあれ、若い私にとって、富士山は始めての山であり、荘厳な霊気すら感じたものだ。

今その山に、年間30万人ほどが登る。

それに近年は、韓国や中国からの観光客も増えている。Cimg3747

そういう意味では、静岡県や山梨県にとって、大変な観光資源になっている。

ユネスコの世界文化遺産登録に向けて、登山者の意識も少しづつ変わってきた。

一昨日も、ゴミを一つも見ることはなかった。Cimg3742

富士山は、何としても世界の文化遺産にすべきだろう。

そして、日本人の心のよりどころとして大切にしたい。

来年は、改めて自分の人生を考えながら登ってみたいと思っている。

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2007年8月 6日 (月)

続富士山頂往復マラニック

昨日の続きを書くことにします。

漆黒の樹林を抜けると、前方に”小山”のような山に、光の連続が見えてくる。

山小屋の光か、それとも登山者の光なのか。

闇の中に、開聞岳のような印象で浮かんでいる。Cimg3744

その小山が、紛れもなく私達の前に立ちはだかる富士山なのだ。

六合目を過ぎたあたりから、私の体は変調をきたしてきた。

やたらに息が苦しい。

20mも進むと石に座って休む、そんな連続になってしまった。Cimg3740

富士山には何度も登った。

でも、こんなことは一度も無かったはずだ。

体力の衰退なのか、それとも気力か・・・・自問を繰り返す。

それでもと、気を振り絞って登って行く。Cimg3745

やっと八合目に辿り着いて、少し休むことにした。

それが悪かった。山小屋の壁にもたれて一時間も眠ってしまったのだ。

朝日の温かさに、つい油断したのだろう。Cimg3746

目覚めて、さらに胸突八丁に向かおうとした。

だが、見上げるばかりの斜面が、足を萎えさせてしまった。

「何故だ!」そんな思いとの格闘の末、下山を決意した。Cimg3751

時どき滑り落ちながら、五合目に11時近くに辿り着く。

振り返ると、昨夜は小山だったはずの富士が悠然とそびえている。

痛めた足をさすりながら、富士スバルラインを下っていく。

富士宮までの下りの道が40km近く続く。Cimg3752

それに30kmは、杉や桧の森が延々と続くのだ。

走れど走れど、森は終わらない。

もう街だろう、家が見えるはずだ。

あのカーブを曲がればきっと・・・そう思いながらの30kmである。Cimg3754

カナカナカナと、ヒグラシの声だけが響いている。

時折、五合目からの直通バスが追い抜いていく。

高速バスに立ちはだかって止めたくなる衝動が続く。

でも、「今回は我慢だ」と言い聞かせる。

16時過ぎ、昨夜は元気に走った富士宮の浅間神社に達する。

そこから一キロほどの所に、身延線の富士宮駅がある。

もう迷いはなかった。

電車に乗ろう。

この体調で、良くぞここまで走ってきたものだ。

車中、呼掛人の萩田さんに電話を入れる。

私は、これまで多くのレースに出てきた。でも、リタイアなどしたことはないのだ。

残念ながら、今回は田子浦に到達することはできなかった。

「田子浦ゆ うちい出でてみれば 真白にぞ 富士の高根に 雪は降りける」

仰ぎ見る富士の高根に、今年は敗北してしまった。

が、それにしても、あの下りの40kmは相当な忍耐力を必要とする。

富士山は、結構広いのだ。

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2007年8月 5日 (日)

壮絶な富士山頂往復マラニック

確かに、日本一標高差の有るマラニックなのだが、Cimg3731

24時間で110kmを、容易には完走できないレースだ。

スタート地点は、田子の浦港の白灯台。

昨夜は、台風の余波で大きな高波が打ち付けていた。Cimg3734

その潮を全身に浴びて、全国から集まった猛者47名が午後六時、一斉にスタートである。

徐々に暗くなっていく町を、富士市から富士宮市に抜けていく。

富士宮市の街を8時頃通過すると、浅間神社の夏祭りが行われていた。Cimg3737

太古や花火に老若男女が群れていたのだが、珍しいのは船御輿だろう。

御輿が小川を流れ下っていく。

そんな風景を傍らに、富士山五合目に向かう「富士公園線」を登っていく。Cimg3738

富士宮街はずれから、この道路は樹林を縫って40km近く続いている。

夜中のことで道路は木々に覆われて、漆黒の闇が続いている。

この限りなく続く上り坂を淡々と走るのだが、午前二時を過ぎる頃から猛烈な睡魔に襲われる。

私は特に、金曜の夜の不摂生がたたって、極めて体調が悪い。Cimg3739

それに加えて、台風の影響で南風が吹き続けている。

湿度100%の風だ。

着衣は、常に汗で濡れそぼっている。

ペットボトル3本を背中に常備しているのだが、直ぐに空になってしまう。Cimg3743

それでも、御前4時近くには、五合目からの登山が始まった。

降るような満天の星が次第に少なくなって、山裾の輪郭が鮮明になっていく。

その黎明の景色を楽しむゆとりさえなく、山肌に取り付いて登っていく。

・・・・都合で、続きは明日と言うことにする。

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2007年8月 4日 (土)

富士山頂往復マラニック

台風五号をやり過ごして、いよいよ今夜六時スタートである。

田子浦港の灯台をスタート、と言うことは海抜ゼロと言うことだ。

夜を徹して山頂を目指す。

富士宮の町を抜けると、あとは真っ暗な樹林の中を走る。

明かりは、頭に付けたヘッドライトだけだ。

山頂には明日の朝9時頃、到着したいと思っている。

恐らく台風一過で、素晴らしい眺望が広がっているはずだ。

まあともかく、今夜一晩走り続けることだ。

そして、山頂から田子浦港まで引返してのゴールとなる。

総延長110km、ただし標高差は3,776mある。

それに一番問題なのは、温度差への対応だ,。明日は35度は超すだろう。

それでは、行ってきます。

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2007年8月 3日 (金)

経営者の気迫

大企業であれ自治体でありれ、トップの姿勢はその経営を大きく変えていく。

農業だってそうだ。Cimg3712

かつては、農協の言うものを言うとおり作って、出荷すれば良かった。

しかし今、そんな自堕落な経営が存続するはずも無い。

農業は、農企業家によって担われる時代なのだ。

企業家とは、経営のマネージメントが出来るか否かで価値が定まる。Cimg3714

経営をつぶすも成長させるも、才覚如何なのだ。

今日も、幾つかの経営を訪ねたのだが、その才覚を改めて納得してしまう。

その一人が、山喜製茶組合の青野明之代表理事だ。

青野さんは、約10haの茶園を如何に効率的なものにするかを追求してきた。Cimg3721

81名もの人から農地を借りて、自力で造成して素晴らしいビジネスモデルを作っている。

そして売り上げは、2億円余になっている。

森町の鈴木晃さんは、10数haの水田を駆使して、1億円近い販売をしている。

米15ka、レタス8ha、スイートコーン9haを約20人の従業員と共に展開している。Cimg3718

農業も、そんな経営者が次々と登場する時代になった。

時代は、確実に変わり始めている。

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2007年8月 2日 (木)

ワーク・ライフ・バランス

訳せば「仕事と生活の調和」とでも表現するのだろう。

そもそも、何故こんな言葉がもてはやされるのか。Cimg3709

思えば私たちの時代には、この国には仕事はあっても、ライフは無かったのかもしれない。

欧米では、生活を謳歌するために仕事があった。

だがこの日本では、仕事こそ人生であった。

二十五年ほど前のことだ。Cimg3708

ドイツのミュンヘンで、クラインガルデンに紛れ込んだことがある。

私はそこで、エルンスト夫妻と一時を過ごすことができた。

40歳くらいのご夫婦だった。

その夫妻が私に、「日本人は、働き方を間違えている」と言った。Cimg3706

エコノミックアニマルと言われていた頃のことだ。

仕事こそ全てと考えていた当時の私には、ピンとは来なかった。

でも、休日をガルデンでゆったりと過ごす彼らにとって、

人生はそれこそすべてであって、仕事はそうした時を得る為のものに過ぎなかったのだ。

人生の目的は、人生を楽しむことにこそある。Cimg3705

彼らは、そう考えていたのだ。

今、欧州でのワーク・ライフ・バランスとは、人生を充電するための長期休暇制度のことだ。

数ヶ月から一年の単位で休暇をとる。

人生をリセットするための時間を与える。

その間の給与の相当部分を、国が保障する制度なのだ。

少なくともスエーデンやベルギーでは、そうした制度が法定されている。

企業中心の社会ではなく、生活中心の仕組みなのだ。

このことは、この日本の直面している少子化とも大きく関わっている。

仕事も豊かな生活も、併せて人生の目標でありたいものだ。

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2007年8月 1日 (水)

邂逅の森

平成16年の直木賞作品である。

作家は「熊谷達也」だ。Cimg3328

山の狩人、マタギの人生を追った物語だ。

自然と人間のかかわり、そして、その人間の生き様と時代の流れ。

壮絶な熊との死闘。

私も、一人のマタギになった様な気持ちで読んでしまった。Cimg3253

瑞穂の国とは言え、この国は山懐の深い国だ。

稲作をする里の民ばかりが、暮らしてきた訳ではない。

当然のことながら、農地を持たない山の民や川の民の暮らしが、営々と続いていたはずである。

そしてマタギは、紛れもなく土地を持たない山の民の生業であった。

その山の民の暮らしは、戦前までずっと続いていたのだ。Cimg3472

『・・・「富治」の意識が戻ったのは、激痛のせいだった。

あろうことか、雪の上に倒れた富治の右足を、熊が喰っていた。

ふくらはぎの肉を喰いちぎり、脛の骨を砕いていた。

悲鳴が漏れた・・・・』

この本で、山に生きた一人の人生を、たっぷりと味わうことが出来た。

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