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2007年9月30日 (日)

孫に手を引かれ

幼稚園の運動会に行ってきた。Cimg4088

その運動会が、昔と随分違っている。

もちろんカケッコや玉ころがしなど、種目は寸分たがわない。

だが、見物人が様変わりした。Cimg4092

見物人が、幼児の数の数倍なのだ。

ちなみに私のところは、10人で出かけたのである。

両親、それに双方の祖父母、叔母、叔母の子供などである。Cimg4095

大方が、我が家と同様なのだから、見物が溢れかえるのもムベ無いことだ。

そうした参加者が、又それぞれにカメラやビデオの放列を敷いている。

だから、その見物席を横切って、トイレに行くにも至難の業である。Cimg4098

少子化の折、これは一種の社会現象のようだ。

誕生日ともなれば、一人の子供に四方八方からプレゼントが届く。

物に不自由しないどころか、あふれかえっている。Cimg4105

ともあれ、私も玉入れに参加させられて、

「ジィジー ガンバレッ!」だってさ。

私、心身ともに36歳のつもりなのだが、そんなモンなのかな・・・・・。

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2007年9月29日 (土)

食が決める人生

古代、日本人は雑穀を食べてきた。Cimg4124

平安時代になっても、米は貴族の食べ物でしかなかった。

日本人が、満足に米を食べるようになったのは、つい戦後のことなのだ。

団塊の世代の私など、芋を食って育った様な気もする。Cimg4122

学校から帰って空腹を満たすのは、お櫃の冷飯か芋だった。

今、「食育」の大切さが言われる。

ヒモジイ思いを少しは経験した者にとっては、隔世の感があるが、Cimg4116

人間、何を食べて生きるかと言うことは、実は大変なことなのだ。

飽食で暮らせば、それなりに自堕落な人間になる。

偏った食は、偏狭な考え方をつくり出す。Cimg4117

ハンバーガーしか食べない、でぶっちょの小学生が、何歳まで生きられるだろうか。

要するに、食が人間形成の重要なエレメントなのだ。

世の中が細かく分業化されて、食が何処から来るのか分からない世代か増えている。Cimg4121

そして、やがて食を求めるのに苦労する「時代」がやってくる。

この国が飽食でいられる期間は、達観すればそんなに長くは無い。

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2007年9月28日 (金)

人が奇抜って

小泉元総理は、演技かもしれないけれど奇抜だった。Cimg3107

自らの母体を「ぶっ壊す」と言って見たり、とにかく人のやらないことをやろうとした。

その新鮮な発想を、多くの人が支持したのだろうと思う。

この国は元来、稲作共同体のような社会的意識がある。

皆と同じ常識的な発想をした方が、太平無事な社会であった。Cimg3251

だけど競争経済社会が発達してくると、皆と同じでは競争に勝つことは出来ない。

目の付け所を、変えなくちゃならないのだ。

色々と勉強して、物事を達観てしてみる。

それも、視点を高くすることで目の付け所が変わる。Cimg3253

だが世の中には、頭が良いと言うか、目の付け所の違う人がいるのだ。

近くにいても、何時も発想が奇抜なのだ。

どうすれば、そんな発想が出来るのかと、不思議に思ったりもする。

真似のできない人たちなのだ。Cimg3779

そう言えば、ヒラメやカレイの目は、上を向いている。

他の魚と違って、泳ぐ方向にはついていない。

あるいはヒラメは、奇抜なその目の付け所のお陰で、生き残ってきたのかもしれない。

奇抜であろうとしても不可能な私などは、平々凡々と生きるしかないと思っている。

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2007年9月27日 (木)

新米と古参

新米の出盛りである。Cimg4075

初物好きの日本人は、初カツオにしても新茶にしても、昔からこれを珍重して来た。

かつて江戸では、初カツオを食べれば何年か長生きすると言われたほどだ。

しかし今では 、「新米」とは、使い物にならない新参者を指す。

何故、そう言われるようになったのだろうか?

その由来が、実は寿司にあった。Cimg4054

寿司に使う舎利は、一般的に古米なのだ。

新米は、かみ締めても味が無い。

古米なら、乾燥が進んで表面もひび割れて、酢に良くなじむのだ。

余計な粘り気も無くて、寿司は古米に限るとされてきたのだ。

寿司は、ネタと米との調和だから、米に余計な主張をされては困るのだ。Cimg4053

この点新米は、世の中を知らないから、余計なことを平気で言う。

フレッシュマンではあっても、うま味は無いと言う訳である。

それで、新米社員などと言われるようになったらしい。

ともあれ古参社員から言わせてもらうと、今の新米にゃ主張すら無いな!!!

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2007年9月26日 (水)

寿司と米

かつて「寿司は飯がすべて」であった。Cimg4051

かつてとは、江戸から戦前までだろうか。

それが今、舎利は極めて細って、ネタの下に隠れてしまっている。

かつてファーストフードの筆頭であった寿司が、美食の極みになったと言うことだろうか。

寿司は、米と共に日本列島に伝わった食文化だ。

それは、なれ寿司だったり箱寿司だったりする。Cimg4087

魚を米と一緒に「押す」事で乳酸醗酵させ、保存食とした。

もちろんハレの日の食材であった。

それが江戸の中期、元禄時代にミツカンスで酢味を付ける事が始まった。

醗酵をさせずに、インスタントに酢飯にしたのだ。

握り寿司は、その辺から始まる。ネタはツケが主流だ。

今日のような鮮魚を使った握り寿司が本格化するには、冷蔵庫の普及が不可欠だった。

今、世界中で日本の食文化の代表として、寿司がブームを呼んでいる。Cimg4046

だから、その食文化が出来上がったのは、戦後のことである。

ただ残念なことに、主役のはずの舎利が脇役になってしまったことだ。

それには、戦後の食料政策が大きく関わっている。

食糧増産政策は、とにかく国民の胃袋を満たすことが目標だった。

寿司用の米なぞ、もちろん眼中に無かった。

米が供給過剰になると、今度は食味だと言う。

そうして今日の、ねばねばしたコシヒカリ全盛の時代になってしまう。

寿司とネバネバは、相容れないものだ。

寿司の業界は、そんな米の趨勢をよそ目に古米でしのいで来た。

舎利が、極少なくなってしまったのは、そんな政策の故なのだろうか???

10月5日に清水で、「マグロと寿司の市民ファーラム」なるものが開かれる。

そのフォーラムのパネリストを、何故か引き受けることになってしまった。

ちなみに舎利とは、お釈迦様の骨のことだ。

それほど、大切なものと言うことだろう。

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2007年9月25日 (火)

ぞろ食料価格の高騰

最も身近な生活物資は、食料品だ。Cimg4086

その食料の価格が、じりじりと値上がりを始めている。

とりあえず目立つのは、小麦や畜産物、食用油などだ。

だが、国産の米を除けばすべからく価格高騰の運命にある。

「海外の安いものを買えば良い」日本人は、そうやって暮らしてきた。Cimg4068

ところが、その海外で食料の高騰が始まっているのだ。

原因は、新興工業国の発展であり、食料のエネルギーへの転換だ。

「買い負け」なる言葉が、日本に初めて登場している。

食料を日本の商社が買えずに、新興国に買われてしまうことだ。Cimg4051

こんなことが、かつてあっただろうか。

国民みんなが、世界中から買えない物は無いと信じ込まされてきた。

世の中はどんどん変わっていく。

栄枯盛衰の世界なのだ。Cimg4044

世界史をひも解くまでも無く、永遠に栄え続けた国など無いのだ。

3.5ドル前後で安定してきた小麦の価格が、今では8.5ドルもしている。

この国では、小麦の育つ冬には、ほとんどの水田が休耕している。

国内では生産せずに、安い穀物を買うことが常態化したからだ。

技術開発すらも、これまで放棄されてきた。

そのつけが、国民の一人ひとりにじわじわと圧し掛かり始めている。

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2007年9月24日 (月)

月はおぼろ

淡々とした時の流れは、当然大切なことだ。Cimg4069

そういう意味で、日常を疎かにすべきではない。

でも、日常を日常にするためにも、非日常が必要だ。

中秋を迎えて、各地で観月の集いが開かれている。Cimg4074

かつて、観月などと言うものは、日常の節目に過ぎなかった。

どの家でも、団子だったり牡丹餅だったりを供えて、ススキを飾る。

日本の、極自然な風物詩であった。Cimg4076

それも今では廃れて、月見を口実に群れるようになった。

私も今日は、釣耕苑の観月会の夕べに出かけた。

月は、僅かに顔をのぞかせただけだが、Cimg4079

尺八の音色に聞きほれてしまった。

釣耕苑のたたずまいとも相俟って、電子オルガンと尺八は正に非日常の境地であった。

奏者は縄巻修巳さんで、牧ノ原市出身の方だ。Cimg4080

特に、古代の尺八、「天吹」の音色は時代をワープさせてくれた。

天吹は、江戸期までは武士のたしなみでもあったそうな。

しかし今日、奏者は数人しかいないと言う。

その天吹で、平家の公達「敦盛」を聴くことができた。Cimg4078

笛そのものが、「青葉の笛」なのである。

非日常と言うよりも、はるかな時の流れを忍ばせる響きであった。

恐らくは、戦国の武将達も・・・・・、

見方ヶ原に攻め入った信玄も、月を見上げてこのような笛の音を聞きつつ、

倒れたのではなかろうか。

否、この「天吹」の音は、多くの兵どもの心の音ではなかったのか。

おぼろな月を見上げながら、そんな事を考えていた。

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2007年9月23日 (日)

天竜ウルトラマラニック

全身を、心地良い疲労がおおっている。Cimg4042

天竜川上流の山中、50kmを走ってきたからだ。

木々の緑と清流、湖水と天竜の流れ、

何れも、肉体の疲労とは別に心を癒してくれる。Cimg4043

午前8時、西鹿島駅をスタートして岩水寺を通り抜け、熊を目指す。

阿多古川に沿って、旧道を25kmの登り道である。

車で走り抜けてしまえば、見たり感じたり出来ない色や音が眼前にある。Cimg4047

これぞ、マラニックの醍醐味だろう。

くんま水車の里で、マロンソフトクリームと蕎麦を頂いて、

3kmほど登ると、後は横山川に沿って下っていく。Cimg4052

その後は、船明ダム湖に沿って下るとゴール地点だ。

メンバーの多くが、15時過ぎにゴールした。

今日一日曇ってくれたお陰で、暑さ知らずで走り抜けることが出来たのたが、Cimg4056

私には、先週の100kmマラソンの後遺症が残っている。

少々無理をしたのだが、ゴールできたのは天候のお陰かもしれない。

このマラニックの醍醐味は、それだけではない。Cimg4059

ダム湖の下から出ている船で、川を下るのだ。

天竜下りで、走ってきた汗が、一気に天竜の水と変わっていく。

ともあれ、船頭と艫先のお姉さんの旺盛なサービス精神に感心しつつ、西鹿島に着く。

その先は、美人の湯で知られつつある「あらたまの湯」につかる。Cimg4062

以上が、今日一日の快い疲れの源である。

走友の皆さん!今日もありがとう。

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2007年9月22日 (土)

尾根道の秋

まだまだ、暑い日が続く。Cimg4039

でも、天高く澄んで、秋の気分が日増しに深まっていく。

小笠山の尾根道には、オーシーツクツクと、

夏を惜しむヒグラシの声が、満ち満ちている。Cimg4034

その林間を、秋の気配を探しながら走る。

実にこの林間の時間が、私の活力の源なのだ。

日々の反省も、明日への組み立ても、

すべからく、尾根道を走りながら考えている。Cimg4040

もちろん、走友との語らいは、最大のリフレッシュである。

尾根道には、既に様々なキノコが顔を出している。

グロテスクなのや神秘的なものまで、気になりだすとこれもまた一興になる。Cimg4037

小笠山は、かつて大井川の河口であった。

数万年前の隆起で、これが山になった。

標高264m、その皺深く刻まれた尾根を走るのだ。Cimg4036

数万年前の河口そのままに、尾根道は砂利で固まっている。

その尾根道も、植物の根や風水で浸食されていくのだけれど、

人間の身近な命に比べれば、悠久の時を経ていく。Cimg4033

良く考えてみると、ヒグラシの命は正に我が事かと思ったりする。

林が切れる所では、下界が開けて見える。

それは、茶畑であったり、法多山尊栄山の僧坊の屋根だったり、

かなたに開ける太平洋だったりする。Cimg4038

そこには、人々の現実の生活がある。

そこを見下ろすこの尾根道は、だから、私の天空の一時なのだ。

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2007年9月21日 (金)

人生の時間

人間誰だって、人生の時間は限られたものだ。Cimg4028

その時間を、どう過ごすのか!

当然、働く時間に多くを割かなくっちゃならない。

人によっては、仕事そのものが人生の目的だったりする。

だがもちろん、人の生き方には色々ある。Cimg4010

何によって、自己実現出来たと納得できるのか。

私が100km走るのだって、その一部かもしれない。

今、ブログを書いているのだって、

稚拙な文章を、臆面も無く書いているのだが、Cimg3995

一つの表現だと思っているのも事実だ。

実は今、「男の時間」について考えている。

それは「自分の精神の素性そのままのような時間」だとも言える。

一体全体これまで、そんな時間がどれほど有ったのだろうか?Cimg3994

何時だって、周りをきょろきょろ見回して、安全を確かめながら生きてきたのではなかったか? 

本当の「男の時間」は、どこに有ったのか。

まったく贅沢な事を、考えて見ているのかも知れない。

否、人と人の間にあって、そんな事を考えるのは不謹慎なのかもしれない。

女性は、子育てやら何やらとある。

しかし、男が男であるためには、何事かが無くてはならないと思うのだが・・・・。

 

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2007年9月20日 (木)

天橋立を望んで

天橋立は、宮津湾と阿蘇海を区分する洲だ。

海を隔てる長い橋のように見えるから天橋立と呼ばれたのだろう。Cimg4002

日本三景の一つを見てやろう。

そんな気分で、宮津の隣の駅に降り立った。

天橋立は、細長く4kmもある。

とても平地から眺めたのでは、詮無いだろう。Cimg4004

そう、見当をつけていた。

案の定、小高い裏山にリフトがあって、8分ほどで登ることが出きた。

股のぞきすると、竜が天に昇って行くように見えるという場所だ。

私もそこで、当然のように股のぞきしたのだが、・・・・如何だろうか?Cimg4005

日本では、洲という洲が埋め立てられて、既に陸になってしまっている。

だから天橋立は、この国に残された貴重な洲だといって良いだろう。

たもとには、智恩寺があって、平安時代に建てられた文殊堂やら多宝塔が健在である。

文殊堂は、日本三文殊の一つで文殊菩薩の霊場である。Cimg4009

山門も、1762年から7年の歳月を費やして建設されたと言う。

さすがに、威容を誇っている。

宮津のかつての繁栄といい、この智恩寺の姿といい、Cimg4011

この地域が、かつてただならぬ地であったことを思わせる。

酒天童子の住む大江山を越えて、やっと辿り着くことのできる天橋立。

京都の地からは、遠く夢の地であったのかも知れない。Cimg4008

ともあれ、天橋立をこの目に収めて、あわただしく網野に向かった。

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2007年9月19日 (水)

丹後の宮津

「二度と行こまい 丹後の宮津 縞の財布が空になる」

と民謡に歌われた、あの宮津である。Cimg3996

あの与謝蕪村が、京都から離れて、この地で3年間も暮らしている。

万葉の歌人、和泉式部だってこの地で暮らした。

どんな所か、一度は覗いてみたくなるだろう。

と言う訳で、網野に向かう途中で電車を降りた。Cimg3997

降りてみれば、人口2万5千ほどの普通の町である。

しかし、室町から江戸期にかけて、何故そんなに賑っていたのだろうか?

恐らくは、大きな入海になった宮津湾と日本海航路に秘密がありそうだ。

駅を出ると、駅前には江戸期から続いているかと思われる宿がある。Cimg3998

それに、細い小路をたどるとかつての色町の風情を感じたりりする。

蕪村は、この町の西外れにある見性寺で暮らしている。

豪放磊落で有名な、竹渓和尚のもとに身を寄せたのだ。

その当時の見性寺の面影を残すものは、既に山門しかない。Cimg3999

庫裏や僧坊は全て焼失してしまっていた。

しかし、境内に立派な石碑が残っていて、

碧梧桐の筆で、蕪村の「短夜や 六里の松に 更けたらず」の句があった。

旧知との名残欲しさを歌った句だ。Cimg4000

要するに、今日の宮津には、その程度の痕跡しか残っていないのだ。

お陰で、私の印伝の財布は空にならずに済んだのだが、

国も地域も永遠に栄えるなどと言うことは無いのだ。

時代と共に、物流も人の心も移ろいゆくものなのだ。

この宮津の町を歩きながら、そんな感慨にしばし耽っていた。

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2007年9月18日 (火)

続丹後100km

近世における丹後は、「縮緬」で一世を風靡したと言える。Cimg4021

和風がこの国の風俗であって、縮緬は欠かせない素材だったからだ。

縮緬は、極上の蚕の糸から作られる。

この丹後は、湿度が高くてその縮緬を織るには絶好の環境なのだとか。

今日の網野町のたたずまいも、その名残を色濃く残している。Cimg4023

それに、板塀のその家屋から、ガッチャンガッチャンと規則正しい音が聞こえてくる。

縮緬を織る音だ。

「機織に 背中押されて ひた走る 今年も戦う 暑き丹後路」

45kmで網野の町に戻ると、機の音が聞こえてくる。Cimg4025

港のエイドを過ぎる辺りから、気温がどんどん上がり始める。

30度は、ゆうに上回っている。

その熱風の中を、碇高原に向かって走る。

背中を、夏の日差しがじりじりと焼き続けている。Cimg4026

それに、その日差しを背に、標高400mの碇高原までは15kmもの登りである。

とてものこと、走ることが出来ずに、多くの人が歩くことになる。

しかし、その歩きとて、足の裏や足首の鈍痛を伴っている。

走友とも抜きつ抜かれつなのだが、もう既に精神力でしかない。Cimg4027

それでも、高原の牧場を過ぎると、後は下り道である。

あと、25km!

そう心に言い聞かせて、その距離を縮めていく。

台風の影響だろうか、夕方には雨になった。Cimg4013

気温が下がったことで、ようやく元気が出てくる。

快調な最後の10kmとはいかなかったが、

でも、最後まで精一杯走りきった。

13時間13分。

私の今年の記録である。

実はウルトラマラソンは、レースに出るまでにどれだけ走ったかで決まる。

練習が全てなのだ。

とは言え、この暑い夏のことだ。

仕事やなにやら、思うに任せない。

そんなもろもろを突き抜けて、みんな完走を目指してきたのだ。

ゴールの後、温泉に浸かって、自分の無心な生を感じる。

風呂上りの、つめたい飲み物に、生の喜びをゆったりと感じたりしている。

100km走ったとて、世のため人のため、何の役になる訳でもない。

さりとて、人の生きるとはそんなものではないかと思っている。

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2007年9月17日 (月)

歴史街道丹後100kmマラソン

丹後は、随分と古の歴史を持つ町だ。

先ずは、4世紀につくられた巨大な前方後円墳がある。Cimg4024

朝鮮半島との交流や、タタラ(製鉄)で栄え、大和朝廷と覇を競っていた証しだろう。

それに丹後には、何故か美女に関わる歴史が多く残っている。

源義経に愛された静御前は、この地の海岸近くで生まれている。

それに、細川忠興の妻(玉子)は、明智光秀の乱の後、この地に幽閉されている。Cimg4015

絶世の美女といわれた小野小町も、この地に隠れ住んだ。

聖徳太子の母、間人(はしうど)皇后も、曽我氏と物部氏の争乱をさけ、

今日の丹後市間人(たいざ)に太子ともども身を寄せたと伝えられる。

その歴史の匂いを感じながら、100kmを走るのである。Cimg4017

網野の町をスタートするのは、午前4時半。

町は、未だ漆黒の闇に包まれている。 

それに今回は台風の影響で、朝から生暖かな風が吹いている。

暑さとの戦いを余儀なくされるだろう・・・と思いつつ、Cimg4014

スタート前は、人それぞれに思いを堅くしている。

既に、自分の心との戦いが始まっているのだ。

スタートすると、海岸に向かって町を走り抜ける。

沖には、転々と漁火が輝いている。Cimg4018

日本海に削られた崖上の道を上り下りして、

15kmほど走って、やっと視界が開けてくる。

久美浜湾をぐるっと回りきる頃には、すっかりと夜が明ける。

が、今年は随分様子が違う。Cimg4019

体は、既に汗びっしょりだし、何処と無く重たく感じる。

30km位で、今回の完走が不安になってきた。

その要因は、練習量の不足と余りの暑さだ。Cimg4020

しかしここまで来て、言い訳をしている場合ではない。

とにかく歩を進めるしかないと、自分を叱咤して意を決する。

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2007年9月16日 (日)

きんざんじ

家内が、時々手作りしている、あの「きんざんじ納豆」の話だ。

あれは鎌倉時代の禅僧、「覚心」が伝えたもののようだ。

覚心は、6年間宋に留学した臨済の巨人の一人だ。Cimg3946

学んだのが、今のせっ江省にあった径山(キンザン)寺だった。

恐らく覚心は、その径山で似たものを食べていたのだろう。

その味が懐かしくなって、

炒った豆と大麦のこうじに食塩をまぜ、それに茄子とか瓜を刻んで漬け込んだ。

それが、今日に伝わる「きんざんじ納豆」の元祖だと言う。

が、話には続きがある。

桶の底に溜まった液で、煮物をすると実に美味しいことが発見される。

その液が、今日の醤油になったのだそうだ。

醤油は、今では世界中に輸出されたりしているが、日本独特の調味料だ。

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2007年9月15日 (土)

連携に活路を

先日名古屋で、中部の経済振興を協議する会が開かれた。Cimg3971

中部各県知事や大学長、経済界の皆さんの集まる会議だ。

テーマは、新産業の創出である。

産学官の連携で、次の時代の産業を開発しようというのだ。

近年、農工連携や学官連携の模索も各地で行われている。Cimg3932

産業創造が、知恵の結集なくしては困難だからだ。

それに、バイオマスエネルギーや農業の新たな革新など、業際にビジネスチャンスがあるからだろう。

異文化と異文化の交流の中から文明が生まれるように、こうした動きの中から次の時代が見えてきて欲しい。

交流で、人や組織の競争が起こり、感性も磨かれていく。Cimg3933

その人の活性化の機会を交流・連携が生み出すのだ。

ところで、今夜は丹後に来ている。

明日は、丹後100kmマラソンに挑む。

ともあれ、今日の書き込みが通算500日目になった。

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2007年9月14日 (金)

CSR

今月は、障害者雇用促進月間である。

それで今日、静岡で障害者雇用促進大会が開かれた。Cimg3990

大会は、雇用優良事業所や優良勤労障害者の表彰、

それに、障害者自身による就職への決意表明があった。

障害者自立支援法などがあって、一定規模以上の企業には、

1.8%以上の障害者の雇用が義務付けられている。Cimg3988

しかし現実には、まだ1.57%にしか過ぎない。

色々な人々によって、この社会が形成されている以上、

それぞれの力によって、ノーマライゼーシヨンを追求するしかない。

当然企業にも、その一部を担う社会的責任がある。Cimg3991

それがCSRだ。

事業所が、その障害者雇用をしやすくする制度が、特例子会社制度だ。

障害者の働きやすい仕事や職場を準備し、企業全体の障害者雇用率もクリアーする。

その特例子会社が、今、全国に205社ある。Cimg3989

うち、静岡県内には7社しかない。

今日の大会の記念講演で、富士ソフトの特例子会社、

富士ソフト企画(株)の城田社長のお話を伺った。

この会社の社員164名のうち、119名が精神障害を含め障害者である。

にも拘らず、社内は和気藹々として、業績も立派なものである。

それに城田社長に言わせると、障害者の潜在能力は極めて高いのだそうだ。

要するに、障害者にあった雇用形態が大切なのだと。

私自身、芽から鱗のような気持ちになった。

「ノーマライゼーシヨン」言葉は知っていても、中味への理解が無かったのだ。

今年11月、静岡市で国際アビリンピックが開かれる。

障害者の技能を競う国際大会だ。

40ヶ国から、障害を克服して働く技能者が集まる。

恐らく、健常者の私たちにも、人が生きることの意味や、多くの励ましを与えてくれるのではないかと思う。

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2007年9月13日 (木)

静岡学講義

静岡大学の碓氷学部長さんとは、縁あって旧知の間柄である。

その碓氷先生が、ある会合で「地元の自治体ともっと連携を深める方法が無いか」と相談があった。

もちろんそんなお話は、国立大学が大学法人化した表れでもある。Cimg3961

実はこの数年、かつての国立大学が大変な勢いで変わりつつある。

産学官の連携も、その重要な変化の一つだ。

そんなお話を頂いて、早速、共同研究へのアプローチやシンポジュームの共催などが始まった。

そして、「静岡学」の講義も、その一つとして始められた。Cimg3967

大学には、全国から学生が集まっている。

しかし、4~6年間在学しても、静岡の事はほとんど知らず終いで離れていく人が多いという。

それでは、少しはお役に立ちたいと言うことで、私達が何コマかの講義を受け持つことにした。

そんな訳で、今日と明日、私に講義の時間が回ってきたと言う次第である。Cimg3965

私にとっては貴重な時間なのだが、

若い皆さん、特に熱心な皆さんとに話すのは、こちらの気分も良い。

それに、女学生が2/3と圧倒的であった。

この点も、別の意味で感じるところありであった。

ともあれ、この静岡から世の中を眺めた時、今、行政は何をしなくちゃならないかを

熱く語ったつもりなのだが・・・・どの程度伝わったのか? 

明日は、そのことを試してみようと思っている。

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2007年9月12日 (水)

新米を競う

水田では、稲作の収穫が最盛期になりつつある。

ほんの20年ほど前なら、この時期の稲刈りは極めて珍しかった。Cimg3954

それほどに、稲作の環境が激変したのだ。

台風シーズンを避けて、前進栽培が一般化したこと。

それに、新米を早く出して、有利に販売したいと言う思惑。

何にも増して、米の生産・流通を縛っていた食管法が廃止されたことだ。Cimg3953

そうして、米の販売は激烈な競争にさらされることになった。

輸入されるミニマムアクセス米も、その競争相手だ。

そんな訳で、米の生産者の皆さんも、販売対策に特に力を入れるようになっている。

今日、そんにこだわり米の生産者の皆さんが、PRにお見えになった。Cimg3959

頂いたお結びが、どういう訳か実に美味しい。

もちろんお米の質が良いのだが、炊きかたやうっすらとした塩加減もコツなのだろう。

静岡県はお米の消費県で、県内では消費量の1/3しか生産されない。

だから余計に他県の産地の売り込みも激しいのだ。Cimg3956

伺うと、生産者の皆さんそれそれに、美味しい米作りのために、いろいろな工夫をされている。

まあせめて、お米くらいは地元で取れたものを食べたいものである。

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2007年9月11日 (火)

世界お茶まつり

第三回目となる世界お茶まつりが、この11月1日から4日まで開かれる。

第一回目は、6年前の2001年のことだ。Cimg3952

それから、三年ごとに開かれてきた。

そもそも、「お茶」という地味な素材で、何万人も集まるようなお祭りが出来るのだろうか。

薄氷を踏むような思いで、2001年の企画を練った思いがある。

静岡のお茶産業の将来を築く。Cimg3951

それが、合言葉だった。

茶に関わる産業、学術、文化、その全てを静岡に集めて、

新しい時代の静岡を考えたい。

そんな思いであったろうか。Cimg3950

今日、今回の企画の一つである「世界緑茶コンテスト」の審査が行われた。

このコンテストには、世界の各地から230点余の秀品が集まった。

茶の新芽だけを加工したものなど、色も形も香りも違う様々な緑茶が集まった。

やはり、世界は広いのだ・・・・と言う実感である。Cimg3949

この日本では、緑茶は「蒸し製のヤブキタ」に限られる。

でも世界には、お茶と言う素材を、こんなにも色とりどりにする文化があるのだ。

本番では、そんなお茶が展示されて、飲むこともできる。

それに、お茶には味わい深い歴史や物語もあるのだ。

「蒸気船 たった三杯で 夜も眠れず」

もちろん「蒸気船」とは、幕末、ペリーの乗ってきた船のことだが、

永谷園の、蒸し製のお茶の銘柄でもあった。

三隻の軍艦とお茶と不眠

この脈絡が、なんとも形容しがたい面白さがある。

ともあれ、今年の「世界お茶まつり」は、その歴史のタイムトンネルやら、

メッセ、人それぞれ(自分流)の茶を楽しむステージ、縁日と楽しい企画が一杯だ。

もちろんこの日、静岡のグランシップに、世界中からお茶好きが集まってくる。

今回は、どんな出会いと学び、そして商機が生まれるのか、待ち遠しくなってきた。

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2007年9月10日 (月)

オプトロニクス

その地域に、一つの産業を根付かせ翼を広げると言うことは、容易なことでは出来ない。

ちなみに、浜松地域の輸送機械産業群は、豊田佐吉以来半世紀以上を要している。Cimg3944

その車関連産業にも、国内では一定の限界が見えるようになった。

最大の要素は、国外での生産への移行である。

この地域に、次の時代を担う新たな産業を興そう。

その期待を担って登場したのが、オプトロニクスだ。Cimg3947

つまり、光関連産業の集積で、新たな産業を興そうというのだ。

それには、産学官の緊密なネットワークが必要だ。

そして、レーザーや超視覚によって、医療や諸々の安全システムなどを革新する技術を開発し、

産業化を進める。Cimg3945

と言うのが知的クラスター(オプトロニクス)の眼目だ。

10年後には、1000社で一兆円の出荷額を上げることを目指している。

今日、その壮大なプログラムがスタートした。

フィンランドは、北欧の人口500万足らずの国だ。Cimg3943

その辺境の地で、あの「ノキア」という携帯電話の世界的メーカーが育った。

その要因は、産学官の連携が、情報通信の一大クラスターを形成したことにあるという。

今、世界中が、このクラスター形成を競っている。

どちらかと言えば無骨な浜松の製造業が、どのように新しい時代創っていくのか楽しみでもある。

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2007年9月 9日 (日)

人生のひと時

喜怒哀楽、私達は日々、紆余曲折の中で生きている。

時に、自分では持て余すような事象に直面もする。Cimg3942

でも自分では、真摯に歩き続けているつもりだ。

人がなんと言おうと、私は私なのだ。

地位や名誉、金銭や財貨、家族のことなど、

思わない訳ではない。Cimg3940

しかしながら、そんなものはどうと言うことはない。

自分が今、生きていると言う実感こそが肝心なのだ。

仕事や遊び、人生には緩急が必要だ。

極度に緊張する瞬間。Cimg3937

心身ともに疲れ果てるような時、

仲間と共に談笑のひと時、

何もしたくないような呆けた時間、

自分の人生に、どのような瞬間を盛り込むのか。

それは、あなた次第なのだ。

その瞬間を求めて、日々努力していると言っても過言ではない。

谷深ければ、山また高し。

汗を流したその先に、どんな山の頂があるのか。

そんなことは、約束されたものではない。

でも、でも、自分の努力は、見えない将来のためにあるのだ。

運が無いなどと言うこともある。

だけどそれは、違うな。

結果など、どうと言うことはない。

自分の歩いた道こそ、肝心なのだ。

その道が、たとえいばらの道であっても!!

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2007年9月 8日 (土)

イモッコ

静岡県掛川市の「おいもや」の店長、関谷夕佳(29)さんの愛称だ。

おいもやは、その名の通り、干しいも関連のスイーツを製造販売している。Cimg3928

薩摩芋を生産する畑は、協力農家を含めると12ha余。

かつての遊休農地を借りての生産だ。

夕佳さんは、その販売部門を担当している。

楽天市場を舞台に、消費者のニーズをつかむ情報を発信し続けている。Cimg3929

そうして、今年の販売額は、なんと数億円になるだろうと言う。

干しいもも、安い中国産が輸入されたりしているが、

彼女のところは、何と言っても生産・加工・販売、全てが顔の見えるものだ。

それに、一度食べると、これが後引きで、特に女性にはたまらない。Cimg3930

私達団塊の世代にとっては、芋は子供の頃一生分食べたような気がするのだが、

今日では、何にも勝る自然健康食材だ。

それを若年層は、今日ではインターネットで購入するのだ。

それに何よりなのは、夕佳店長が、これが又、美人なのだ。

新たな消費開発が、古くからの芋生産に新しい息吹を吹き込みつつある。

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2007年9月 7日 (金)

たかが弁当、されど・・

昭和42年、宅配弁当の会社が生まれた。

それから40年近く、時代の流れを作りつつ発展してきた会社が「いわきゅう」だ。Cimg3925

つまり、270円の弁当で私達の生活を変えてしまったのだ。

おかげで、職場に愛妻弁当を持参する職員もめっきり減った。

なぜって、自宅で作るよりも「いわきゅう」の方が安いからだ。

たかが、270円の弁当。Cimg3924

されど今では、一日に17万食を供給している。

三重県から神奈川県までの22工場を拠点に、140億円の売り上げである。

17万食全て、同じメニューである。

17万×原料単価で、270円を実現している。

秘訣は、鷹野社長にある。Cimg3926

社長兼企画部長でもあって、調理師として企画部門も指揮している。

それに、「それは無理だ」と人が思うことを無理でないシステムにして、

今日の業態を完成させた。

普通に考えれば、17万食を配達するのも無理だ。

朝注文をとって、昼に配達するのだって、そりぁ~無理だ。

270円の弁当で利益を出すのだって無理だ。

それに「いわきゅう」の場合、米にもこだわっている。

鷹野社長は、無理を合理的に無理でなくしたのだ。

そんな会社だからこそ、勤労者の生活の仕方を変えてしまったのだろう。

鷹野さんとお話をして、また「いわきゅう」のイメージが変わった。

凡人が無理と思うことにこそ、ビジネスチャンスがあるのだと教えられた。

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2007年9月 6日 (木)

あなたの朝は? 

どんな人にも、朝は公平にやってくる。

その朝を、あなたはどのように過ごしていますか? Cimg3911

ひょつとして、朝の過ごし方があなたの一日、否、一生を決めているのかも知れません。

先日会った中年の技術者は、「起きてから出勤まで15分だ。」と言っていた。

もちろん、昨夜は色々とあって、朝はそんな風になるのだろう・・・

でも私は「朝の過ごし方で一日が決まる。」と思っている。Cimg3843

私の場合、この十数年、朝が最も充実しているといっても良い。

前夜にどんなに深酒しても、5時には動き出している。

それに大抵は、前の日に明朝の行動を頭に描いている。

大方が、葡萄やホウレンソウなどの手入れなのだが、その作業をやりながら

何処で何を話すかとか・・、この日の自分の行動をイメージしている。Cimg3700

私にすれば、一日のうち最も充実している時間は、この三時間弱の時間なのだ。

一日の終わりに、このブログを書く。

そして、一日の始まりは、実は植物との触れ合いからである。

この十数年、そのリズムを崩していない。

人によって、早朝の座禅やジョギング、日記を書く人など様々だ。

でも、その朝の時間次第で、人生が変わったりもするのですよね。

あなたの朝の時間は、どんなですか??

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2007年9月 5日 (水)

アグリビジネススクール

およそ経営と言うものは、経営者の才質によって大きく左右される。Cimg3916

それは、経営の大小を問わないだろう。

もちろん、農業経営だって同じだ。

これまでの農業は、色々な規制の中で、Cimg3918

役所や農協が、手取り足取りとサポートするのが当たり前になっていた。

結果として、他力依存の経営ばかりになってしまったのかも知れない。

およそ経営力と言うものが発揮されない経営など、伸長発展するはずも無い。Cimg3917

つまり経営者さえ育てば、後は出来るだけ自由な経営環境があれば良いのだ。

農業の世界には、食糧管理法のような、様々な制約があった。

土地だって、経営を制約する大きな要因だった。Cimg3921

そうしたかつての制限要素が、何時の間にか経営を制約する見えない壁になってしまった。

その壁を消し去って、自由な経営者を育てる。

それが、アグリビジネススクールだ。

この国で最高の14名の講師陣の教育を受けた経営者達。

今日、その21名の修了式があった。

研修に取り組んだ皆さんの感想を伺って、私自身少々感激してしまった。

人というものは、人によって様々な可能性を切り開くものだと!

要するに、業は人なのだ。

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2007年9月 4日 (火)

新たな産業革命

生暖かい東風が吹いている。

明日あたりから、雨になるのだろうか?

好況不況、はたまたグローバル化の風を受けながら、Cimg3912

経営者は当然、明日は雨と言う事を予測しなくてはいけない。

でも多くの場合、チーズはまだ有るはずだと考えてしまう。

ちょっと話が変わるが、日本の医者不足は深刻なものだ。

で、日本の医者を、中国で育てようと言うプロジェクトが進んでいる。

ほんの十年前、そんな馬鹿げたことが考えられただろうか。Cimg3913

でも、これは本当の、現実の話なのだ。

静岡県の浜松市は、物づくりの元祖のような町だ。

特に日本の自動車産業は、ここから生まれたと言っても過言ではない。

ところが、加工組み立て産業も、BLIICSに立地しなくては展望が開けなくなってきた。

俄然、浜松とて産業の空洞化は、どんどん進んでいく。Cimg3914

それで、この地に新しい産業を育てようと言う動きが進んでいる。

知的クラスターのフォトンバレーがそれだ。

イメージングセンサーなどの、光を生かした様々な「業」を育てようと言うのだ。

だが、浜松の製造業は4,000社ある。

大部分が中小企業だ。

この業態を変えるなんて、容易なことでは出来ないだろう。

しかし、この布石を、知的クラスターが着々と広げつつある。

このプロジェクトが成功すれば、浜松地域の産業は、5年後には様変わりしているはずだ。

自治体が、この動きを効果的にフォローアップできるか否かに掛かっていると思う。

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2007年9月 3日 (月)

外見力

人は多くの場合、見た目で判断されてしまう。Cimg3703

その点、体の大きな人は得である。

西郷隆盛などは、その典型ではないだろうか。

スピーチなども、話の中味よりもその人の態度や雰囲気で多くが決まってしまう。Cimg3707

だから欧米人は、話す中味もともかくジェスチャーやユーモアに工夫を凝らす。

そこに行くと日本人は、くそ真面目だ。

控えめに表現してこそと・・・、それを美徳にしてきた。Cimg3840

私も、あちこちで人の前で話しをするのですが、

服装も地味で表情は硬く、動作も余り無くて、声の調子も単調だ。

それに話の内容も、できるだけオーバーにしないように努めている。

つまり、外見力をひたすら殺してきた訳だ。Cimg3848

これまでの日本の社会では、そのほうが無難だったのだ。

しかしこれからのグローバルな時代には、是が非でも外見力を鍛えなくてはいけない。

コミュニケーション能力は、政治であれ商売であれ、もちろん外交でも不可欠だ。

これからは、学校でもスマイルの仕方を教えなくてはいけない。

「ニコッ」と笑って挨拶・・・・なんて事を教えるのだ。

それには、しかめっ面の先生から訓練しなくちゃいけないのかな?

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2007年9月 2日 (日)

無明長夜

「オーシーツクツク・・・モーイ~イカ~」と言った調子で、

山も里もヒグラシの声で覆われている。Cimg3908

俄に秋の気配が深まって、慌てふためいているようにも聞こえる。

今日、義父の13回忌の法要があった。

人は何時か必ず死ぬのだが、何歳まで生きたかではなく、

どう生きたかが肝心だと、常々思っている。Cimg3909

般若心経やら何やらのお経を聞きながら、人の生を思っていた。

「大過なく生きることが出来ました!」

それは大切なことかもしれないが、それが何だと思ったりする。

人生は、デコボコがあるからこそ面白い。Cimg3910

そのデコにこだわって生きられれば、それはその人の個性になる。

「後生大事に生きたところで何になる!」と思うのだ。

出来れば、毎日、何か新しいことがあるほうが良い。

初めての体験は、人生の大いなる刺激なのだ。Cimg3853

毎日、初めての事をやろう。

通勤の道筋、挨拶の仕方、口のききよう、昼食のメニュー

何でも良いのだ。そのことを意味を持たせてやってやろう。毎日だ!。

私などは自意識過剰で、「人がどう思うか」と言うことを常に意識して生きてきた。

だけど良く考えてみると、誰もお前の事なんか気にもかけてないのだ。

否、「恥」はかきたくない・と言うが、・・・・・それも、自分が思うほど誰も見ちゃいないのだ。

65歳を過ぎて、ライダーにのめりこんでいる人がいる。

仕事にも社会的地位も十分登り詰めた人だ。

その人が、突然800ccものバイクに跨って、ツーリングを始めたのだ。

その人の曰く、「自分にやり残したことは何かと考えた。そうしたら、若い頃あこがれたバイクだと気付いた」

人生何時だって、遅くは無い。

気がついた時に、やるべき事をやれば良いのだ。

今日の汗は、今日しか流せないのだ。

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2007年9月 1日 (土)

時流と生き様

民主主義というやつは、常に高いコストを払わなければ維持できないシステムだ。

一種の衆愚的な部分を何時も持っていて、行ったり来たりを繰り返す。Cimg3904

行き過ぎては揺り戻す、そんな繰り返しが必要なのだろう。

これが直線的になるようだと、ファツショ的になってしまう。

格差だの農家切り捨てだのと言って、野党が大勝した参議院選挙は、

そんな一瞬の揺り戻しなのだろう。Cimg3839

しかし、その揺り戻しの結果、国民は大きなコストを強いられることになる。

無駄と分かっていても、やってみなくちゃならないからだ。

高齢化してやり手の無い農業を支えて、一体何が生まれるというのだろうか。

本気で農業に取り組む人々の足を引っ張るだけなのに、Cimg3903

それを本当にやるのだろうか。

地方の疲弊は深刻だ。

だがそれを、中央の保護で埋めるのは間違いだ。

それは、これまでの地方疲弊の延長でしかない。Cimg3902

地方分権を確立することで、競争してゆくべきなのだ。

いつの世でも、不平不満はある。

負け組みなどと言われれば、よけいに不満は鬱積する。

確かに、就職氷河期に社会人になった人と、求人難時代では、

人生の起伏は、大きく違うはずだ。

苦労の度合いも当然違う。

しかし結果として、どちらが幸せなのかは、早計に判断はできないだろう。

人は、どんな環境であれ、その時流なりの生き方をしていくものなのだ。

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