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2007年9月17日 (月)

歴史街道丹後100kmマラソン

丹後は、随分と古の歴史を持つ町だ。

先ずは、4世紀につくられた巨大な前方後円墳がある。Cimg4024

朝鮮半島との交流や、タタラ(製鉄)で栄え、大和朝廷と覇を競っていた証しだろう。

それに丹後には、何故か美女に関わる歴史が多く残っている。

源義経に愛された静御前は、この地の海岸近くで生まれている。

それに、細川忠興の妻(玉子)は、明智光秀の乱の後、この地に幽閉されている。Cimg4015

絶世の美女といわれた小野小町も、この地に隠れ住んだ。

聖徳太子の母、間人(はしうど)皇后も、曽我氏と物部氏の争乱をさけ、

今日の丹後市間人(たいざ)に太子ともども身を寄せたと伝えられる。

その歴史の匂いを感じながら、100kmを走るのである。Cimg4017

網野の町をスタートするのは、午前4時半。

町は、未だ漆黒の闇に包まれている。 

それに今回は台風の影響で、朝から生暖かな風が吹いている。

暑さとの戦いを余儀なくされるだろう・・・と思いつつ、Cimg4014

スタート前は、人それぞれに思いを堅くしている。

既に、自分の心との戦いが始まっているのだ。

スタートすると、海岸に向かって町を走り抜ける。

沖には、転々と漁火が輝いている。Cimg4018

日本海に削られた崖上の道を上り下りして、

15kmほど走って、やっと視界が開けてくる。

久美浜湾をぐるっと回りきる頃には、すっかりと夜が明ける。

が、今年は随分様子が違う。Cimg4019

体は、既に汗びっしょりだし、何処と無く重たく感じる。

30km位で、今回の完走が不安になってきた。

その要因は、練習量の不足と余りの暑さだ。Cimg4020

しかしここまで来て、言い訳をしている場合ではない。

とにかく歩を進めるしかないと、自分を叱咤して意を決する。

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