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2007年9月18日 (火)

続丹後100km

近世における丹後は、「縮緬」で一世を風靡したと言える。Cimg4021

和風がこの国の風俗であって、縮緬は欠かせない素材だったからだ。

縮緬は、極上の蚕の糸から作られる。

この丹後は、湿度が高くてその縮緬を織るには絶好の環境なのだとか。

今日の網野町のたたずまいも、その名残を色濃く残している。Cimg4023

それに、板塀のその家屋から、ガッチャンガッチャンと規則正しい音が聞こえてくる。

縮緬を織る音だ。

「機織に 背中押されて ひた走る 今年も戦う 暑き丹後路」

45kmで網野の町に戻ると、機の音が聞こえてくる。Cimg4025

港のエイドを過ぎる辺りから、気温がどんどん上がり始める。

30度は、ゆうに上回っている。

その熱風の中を、碇高原に向かって走る。

背中を、夏の日差しがじりじりと焼き続けている。Cimg4026

それに、その日差しを背に、標高400mの碇高原までは15kmもの登りである。

とてものこと、走ることが出来ずに、多くの人が歩くことになる。

しかし、その歩きとて、足の裏や足首の鈍痛を伴っている。

走友とも抜きつ抜かれつなのだが、もう既に精神力でしかない。Cimg4027

それでも、高原の牧場を過ぎると、後は下り道である。

あと、25km!

そう心に言い聞かせて、その距離を縮めていく。

台風の影響だろうか、夕方には雨になった。Cimg4013

気温が下がったことで、ようやく元気が出てくる。

快調な最後の10kmとはいかなかったが、

でも、最後まで精一杯走りきった。

13時間13分。

私の今年の記録である。

実はウルトラマラソンは、レースに出るまでにどれだけ走ったかで決まる。

練習が全てなのだ。

とは言え、この暑い夏のことだ。

仕事やなにやら、思うに任せない。

そんなもろもろを突き抜けて、みんな完走を目指してきたのだ。

ゴールの後、温泉に浸かって、自分の無心な生を感じる。

風呂上りの、つめたい飲み物に、生の喜びをゆったりと感じたりしている。

100km走ったとて、世のため人のため、何の役になる訳でもない。

さりとて、人の生きるとはそんなものではないかと思っている。

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コメント

とにかく
完走おめでとうございます。
マラニックばかりやっていると
100kmは、はんぱではない。
最近そう思います。

23日の天竜ウルトラマラニック
マイペースで楽しみましょう。

投稿: 萩田  博 (呼びかけ人) | 2007年9月19日 (水) 01時04分

お疲れさまでした。暑い100Kmでした。
「・・・どれだけ走ったかで決まる。練習が全てなのだ。」
その通りと感じます。
今回は夏の走り込みのおかげで完走することができました。
お世話になりました。

投稿: 加藤隆仁 | 2007年9月20日 (木) 17時50分

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