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2007年10月31日 (水)

混沌と興隆と

浙江省の省都は、杭州市である。Cimg4328

人口は約400万人。ほぼ静岡県の人口に匹敵する。

この杭州市も、大変な経済発展をみせる代表的な町だ。

実は18年ほど前、私はこの町を訪れたことがある。

西湖マラソンに参加したのだ。Cimg4329

当時、私達の走る姿が珍しかったのか、数万の見物人が道に溢れていた。

それにあの頃は、道路には自転車の波が溢れていたようなきがする。

だが今、近代的なビルが立ち並び、地下鉄が走る。

広い道路には路面電車が走り、高級車で溢れている。Cimg4310

自転車道だって広く作られている。

その自転車道を、音も無く電動バイクが走っている。

かつての自転車が、この電動バイクに取って代わったのだ。

それにこのバイクが、中々の優れものなのだ。Cimg4311

一晩充電すれば、平地なら100kmは走ると言う。

電気がなくなれば、ペタルを踏めば良いのだ。

それに、静かなのが何よりだ。

町全体も綺麗になった。

朝暗いうちから、作業員が出て落ち葉やゴミを清掃している。

とは言え、全てが変わってしまった訳ではない。

朝は、リアカーに野菜を積んだ引き売りや、道端の上海ガニ売りもあちこちにいる。

自転車で僅かばかりの干野菜を売っている人だっている。

豊かさと貧しさの入り混じった中国。

その断面が、杭州市でも少しばかり感じられた。

急速な成長に、全ての人々が歩調を合わせられる訳では ないのだ。

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2007年10月30日 (火)

紹興と魯迅

紹興酒発祥の地として、つとに知られる。Cimg4319

また、水郷、橋郷、筆の都でもある。

しないには水路が縦横に走って、石橋が数多くかけられているからだ。

筆は、草書の祖、王義之の活躍した地だからだ。Cimg4320

それに、この地からは、多くの近世の革命家が巣立っている。

革命の花と言われた美人革命家「秋瑾」、

周恩来もここの出身だ。Cimg4316

そして最も著名なのは、魯迅である。

魯迅は中国における最大の文学者であり、

愛国家、革命家、思想家でもある。Cimg4318

魯迅は、日本の東北医学専門学校に学んでいる。

この頃、日露戦争での自分の母国の不幸を痛感する。

多くの中国人も犠牲になるのだが、その死者を見て笑っている中国人がいることにショックを受ける。

彼は医学で祖国の人々を救おうとしていたのだが、一転、文学に転進を決意する。

中国人の「心の病」に立ち向かうためだったと言う。

彼は、中国における書き言葉の原点となる小説家になった。

中国語の今日は、魯迅によって作られたと言っても過言ではない。

そして彼は、愛国家として辛亥革命の基礎となったのだ。

女性革命家「秋瑾」は、29歳で清政府によって殺されている。

要するに、紹興は近代中国の歴史の舞台なのだ。

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2007年10月29日 (月)

青島から帰って

昨夜は、山東省の青島に泊まった。Cimg4457

青島は、1897年までは何の変哲もない漁村でしかなかった。

その地に戦略的な価値を見出して、租借したのがドイツである。

だから今でも、旧市街にはドイツ風の町並みが残されている。Cimg4456

その青島をドイツから奪ったのが、第一次世界大戦時の日本軍だった。

日本軍がこの地を占領していたのは29年間だったはずだ。

その青島が、巨大な近代都市として大発展をしている。Cimg4454

波静かな黄海沿いには、高級別荘地が並び、

そして来年は、ここでオリンピックのヨットレースが開催される。

その町に、今、韓国人が約10万人も生活している。Cimg4455

だが日本人は、3,500人に過ぎない。

昨夜は、酔いに任せて一人市街を徘徊してみた。

10月初旬とはとても思えない、大陸性の冷たい風が吹いていた。

高層ビルが林立し、ネオンや映像ディスプレイが眩い。Cimg4453

一人その町を歩きながら、80年前のこの町を想像していた。

恐らく80年前、この町を闊歩していたのは、日本軍の将校達だったはずだ。

今青島は、中国一豊かな都市として発展している。

俳優や政府高官など、リッチな人々がこの町に集まっているからだ。

ホテルに帰って、夜景を見ながら、かつてこの地に生きた日本人のことを考えていた。

今朝、黄海湾沿いの道を15kmほど走った。

朝、暗いうちから、人々が散策し、ヨーロッパの都市と少しも違わない。

青島は、素晴らしい町になるだろう。

今、パソコンに向かっているのだけれど、

今朝、あの海岸をジョギングしたことが、夢のように思えてくる。

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2007年10月28日 (日)

錬金術と科学

錬金術とは、鉛を金に変える化学反応を発見することだ。

もちろん、そんな魔法があるはずはない。Cimg4152

しかし中世においては、多くの研究者がこれを真剣に追求した。

なんと、ニュートンもその一人なのだそうだ。

そして、幾多の徒労の末に、そんな化学反応は無いことが分かる。

鉛も金も「元素」だと言うことが分かったのだ。

そうして、その錬金術へのアプローチが、今日の科学に発展していく。

金儲けの失敗がもたらした思わぬ成果である。Cimg4150

かつての大航海時代だって、単に冒険のための冒険に出かけたわけではない。

コロンブスのアメリカ大陸発見や、マゼランの航海だって、

インドの胡椒を手に入れることが目的だった。

「裏ノーベル賞」と言われる「イク・ノーベル賞」を受賞した女性がいる。

彼女(山本麻由さん)は、

牛糞からバニラの香りの成分「バニリン」の抽出に成功したのだ。

それで、米国のユーモア科学研究ジャーナル誌から、その賞を受けたのである。

もしかしたら、牛糞が宝の山になるかも??

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2007年10月27日 (土)

みかんと骨密度

中国の温州は、温州みかんのふるさとだ。

日本で「みかん」とは、この温州ミカンのことだ。Cimg4272

この他の柑橘はすべからく、夏みかんとかネーブル、八朔、

グレープフルーツ、レモンなどと呼ぶ。

この温州ミカンは、毎年110万トンほど生産されていて、

このうち静岡県では、14万トン前後を生産している。

近年の生産額は、全国一(二位は和歌山県)である。

じつはミカンには、裏年と表年がある。

隔年結果と言って、沢山稔った翌年は不作なのだ。Cimg4157

それで生産者は、なり過ぎた果実を小さいうちに摘み取って、平均的な生産に努めている。

だが、これがなかなか上手くいかないのだ。

それで昨年は、記録的な高値になってしまった。

だから、今年は表年である。

今年は夏の天候に恵まれたから、豊作の上に味が良い。

みかんの当たり年という訳だ。

このミカンに含まれる成分に、ベータ・クリプトキサンチンがある。

この成分が、骨の密度低下を予防する働きがあるという。

特に女性に顕著で、ミカンを沢山食べる三ケ日では、

血中のベータ・クリプトキサンチンの濃度が高いほど、骨密度が高かったという。

ミカンを食べて、骨が丈夫になるなら・・・食べるしかないよね。

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2007年10月26日 (金)

中国と日本の経済

北京五輪が終わったら、さしもの高度経済成長も減速するだろう。

多くの人々が、警戒心をこめて予測してきた。

しかし、豊かさを知った中国人のバイタリティーは、止まるところを知らない。

13億の人々にしてみれば、オリンピックの需要など、ほんの微々たるものなのだ。

車の普及率だって、4.3%にしか過ぎない。Cimg4156

車も住宅もこれからなのだ。

それに、地下鉄やら都市の基礎的なインフラも、これから建設が本格化するのだ。

零細な農業も、機械投資はこれからだ。

どうも、一時的にはともかく、中国の高い成長は容易に崩れそうにはない。

米国経済に一喜一憂してきた日本経済なのだが、

今や我が国の輸出の半分は、アジア向けなのだ。Cimg4186

「米国が風邪を引けば、日本は肺炎になる」のではなく、

中国経済こそが、日本の景気を支えるのかもしれない。

今日は、浙江省の人民大会堂での記念式典に臨んでいる。

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2007年10月25日 (木)

驀進する中国経済

既に、中国における乗用車や薄型テレビの販売台数は、日本を凌駕するようになった。

携帯電話にいたっては、契約者の数は日本の五倍以上だ。Cimg4187

それに、食料を含めた輸入総額も、日本をはるかに上回って、

米国、ドイツに次ぐ世界第三位の規模である。

GDPだって、この2~3年で日本を抜くと言われている。

日本の経済は、否応無くこの巨大な隣国の影響を大きく受けることになる。

日本の貿易相手だって、対米は既に二割を下回るところまで来ている。

株式こそニューヨークダウに振り回されているが、経済関係は圧倒的に東南アジアにシフトしているのだ。

かつて、中国製品はきわめて安いのが常識だった。Cimg4151

バブル崩壊以降の日本の失われた20年の間も、

中国からは日本に、デフレが輸出されてきた。

だが、その中国で物価上昇が続いている。

年率10%を越す経済成長を背景に、

食料品を始め、衣料や賃金の上昇が顕著だ。

やがてこの流れは、

その製品を通じて、日本の物価を引き上げることになるはずだ。

今日は、紹興を経て杭州に入った。

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2007年10月24日 (水)

中国達観

明日から、中国(浙江省・山東省)を訪問する。

それで最近、中国関係の本を読み漁った。Cimg4295

主に、歴史と経済関係の書物だ。

読むには読んだが、どうにも間尺に会わない感じがしている。

何故なら、経済に関しては、どの本も既に時代遅れになっている。

否、中国の変化が早すぎるのだ。

それに中国の歴史も、どうにもつかみどころがない。

司馬遷の黄帝から武帝までを記録した史記の影響で、Cimg4183

中国の歴史はすべからく、その時代の皇帝の存在を正当化する記録になっている。

清朝以降の近代史になると、今度は余りに雑多で混乱に満ちていて話にならない。

様々な民族を包含した13億人余の歴史を、簡単に理解しようと言うのが無理なのだろう。

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2007年10月23日 (火)

テクノサロン

日々、国際競争か激化する中で、国内の産業を育てることが極めて重要になっている。Cimg4297

産業と言うものは浮気なもので、有利な条件を求めてどんどん移っていってしまう。

空洞化の進む所以である。

そんな浮気な産業を、温存するにはどうするか。

どこの自治体も必死なのだ。Cimg4305

静岡県にも、工業技術研究所がある。

製品開発の支援やら品質分析、共同研究やら、特に中小企業の役に立っている。

この研究所と民間企業、それに大学の研究、この連携を進める会が今日のサロンだ。

そして、研究発表やら、公演やら、そして科学技術振興功労表彰がおこなわれた。Cimg4306

この会で、私が8月に訪れた西尾精密の西尾社長も表彰されたのだ。

今日の会には、私はプレゼンターとして、色々と勉強させていただいた。

若い皆さんが中心になって動かしている(株)バンダイの佐々木さんの話も興味深かった。

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2007年10月22日 (月)

米価

お米の価格が下がり続けている。Cimg4205

92年以来、15年近くコンスタントに下がっている。

近年の、麦やトウモロコシの価格高騰とは反比例している。

その理由は、消費量の減退と、需要以上の生産だ。

評判の悪かった生産調整が、手上げ方式に変わった事も大きな要素だ。

消費者にとっては、日常食べるものだから、安いにこしたことはない。Cimg4191

米は、茶碗一杯で30円前後に相当する。

この30円が、はたして高いと言うことになるのだろうか?

古代から米で生きてきた瑞穂の国の民族が、米をコケにしていると言えるかも知れない。

だが、米生産者にとっては、特に大規模な生産者にとっては、死活問題なのである。

もちろん、必死で生産性を高める努力が続いている。Cimg4115

一方で、トラクターの燃料も肥料もすべからく値上がりだ。

農業は、既に装置産業だ。

生産者はコンバインや乾燥施設などに、多くの投資をしている。

その施設の減価償却もままならない。

食料は、どこからか沸いてくるものではない。

農業を軽んじていると、何時かその代償を払うことになるのだが・・・・

かつて「政治米価」と言う言葉があった。

米価低迷に対して、またぞろ政治が動き出している。

私は、政治ではなく、消費者の出番ではないかと思う。

消費者が、ご飯をもう少し食べるだけで、たちまちにして米価は回復するのだ。

米の問題は、私達一人ひとりの問題なのだ。

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2007年10月21日 (日)

秋晴れの海

今日は、素晴らしい秋晴れだった。Cimg4293

その秋晴れの下、遠州灘の一斉海岸清掃に参加した。

一年に一度、海岸の不燃ごみを拾い集めるのだ。

そんな海を眺めながら、ゴミを黙々と集める。Cimg4294

広い砂丘のことだから、多くの人が入ってもすべてには目が届かない。

それでも朝の一時間で、心持も含めて随分と清められた気分になった。Cimg4296_2

それにしても、静かな海は心が和む。

あの怒涛の嵐の海が、まったくウソのようである。

自然の営みも、私達の生活の起伏と同じなのかもしれない。Cimg4289

波を横切って漁場に向かう船が、何故か生き生きとして見えた。

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2007年10月20日 (土)

葬儀

今日も、私的なことで頭が一杯で・・・・・Cimg4285

我が家から、58年ぶりに葬儀を出しました。

58年間葬儀が無かったのは、早死にした世代があると言う事です。

故人となった私の父は、15歳で母を失い、

19歳の時には、長兄を中支の除州での戦闘で失います。Cimg4284_2

翌年には、父は20歳で召集をうけ、満州を転戦、

帰国できたのは、終戦から一年後でした。

復員して間もなく、父の死に直面します。

26歳にして、誰も頼るものが無くなったのです。Cimg4286

一家の大黒柱として、家族をその背に背負って、

戦前、戦中、戦後の激動の時代を生き抜いてきたのです。

その男が、83年の生涯を一昨日終えたのです。

通夜から葬儀に、1,100名余の方々においで頂きました。Cimg4282_2

息子としては、地域の皆様や友人の皆様に、深く、厚く感謝するしか有りません。

父は、この時代を精一杯、生き抜いてきました。

もう思い残すことはない。「アリガト」と一言いい残して、あの世に旅立ちました。

葬儀は、人生の究極の象徴なのだと思います。

ありがとうございました。・・・・・今は只、その思いで一杯なのです。

故人ではなく、私の気持ちがそこにあります。

人生とは、人と人。人間は一人では生きられないのです。

その思いを、又、深く心に刻むことになりました。

「有難うございました。」の他、言いようもありません。

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2007年10月19日 (金)

抹香

今日は、辛気臭い話で申し訳ありません。

83歳で、昨日私の父が逝きました。

それで、今夜はお通夜なのです。Cimg4280

故人の友人や知人、そして私の友人など、多くの皆様においで頂きました。

お通夜こそ、故人を偲び語る日は無いのかも知れません。

私も、今日一日、子供の頃からのあれこれを思い出し、感慨無量でした。

「時は得がたくして、失い易し」と言う言葉がありますが、Cimg4281

人は生きている時に何が出来たのかが全てなのです。

その点、私の父は、大変な苦労人でした。

母とは15歳、父とは26歳で死に別れ、

弟達の父親代わりにもなって、一家の大黒柱をやってきました。Cimg4282

もちろんその間、中部支那の除州での戦役など、

幾多の生死をくぐり抜けて、昭和21年の4月になって復員します。

そうして、私が生まれる事になるのです。

昭和28年には、温室メロン栽培の先駆けの一人として、Cimg4284

園芸県静岡の一翼を担うことにもなります。

農業委員、教育委員、民生委員などを歴任させていただき、

町会議員、町議会議長、町老人会長と、十分すぎる道筋を歩いてきました。

戦前、戦中、戦後の高度経済成長時代と

まさにこの激動の時代を走り抜けてきたのだと思います。

この世に、一度しかない人生を、思いのままに生きてきたのだと思います。

息子の私なぞ、及びもつかないのだと思っています。

その父が、最後に「ありがと~!」と言って、あの世に旅立ちました。

考えてみれば、私が張り合い、口に出さないけれど尊敬していた男でした。

今、 「お父さん、よく生きたね」そう思いながら、棺に納めました。

父は、実に安らかな寝顔なのです。今にも起き出してきそうな・・・・。

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2007年10月18日 (木)

全国土の会

新興宗教の会でもなんでもない。Cimg4276

「土力」をする(蓄える)ことで、土を活かし品質と生産性を上げようと言う、

科学的で真面目な研究集団なのだ。

定期的に土壌分析をして、処方箋に従った改良を進める。Cimg4278

キーマンは、東京農業大学の後藤逸男教授である。

後藤先生達は、大学の研究・教育と農業の生産現場を直結させた。

活きた、実践技術の突破口を開いたのだ。 Cimg4270

後藤先生たちによって甦生した産地は数多い。

これまでの行政(普及所やJA営農センター)の画一性を、

個別対応で生産者のニーズに応えたのだ。Cimg4256

生産者は、一気に「土の会」のファンになった。

全国各地に支部を持ち、現在の会員は数千名に登る。

そして毎年、全国大会を各地で開いている。Cimg4252

今年は、園芸先進の地浜松で、第19回の全国大会が開かれた。

500名余の会員が集まって、活動報告や現地研修が行われた。

私は、この会に来賓として参加したのだが、会の皆さんのまったく基礎的で素朴な熱心さに、

謙虚に脱帽する他なかった。

これまでの指導機関は、一体何をやってきたのか。

ひょっとして、御仕着せの教条主義で技術支援をしてきたのだとしたら、

謙虚に反省すべきだと考えたのだ。

硝酸態窒素など、これまでの常識の誤りについて、

もっと、研究者は謙虚でなくてはならないと思う。

私は挨拶で、これまでの常識を疑ってみる事の必要性を

改めて訴えたのだ。

はたしてどれ程の方に、真意が伝わったかは別として、

今日はもう休もう1  

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2007年10月17日 (水)

農政

 農政は、かつて「猫の目農政」と呼ばれて、悪評にさらされてきた。

政治に振り回されて、高度経済成長と土地価格の高騰にも翻弄されてきたからだ。

本来意図したはずの政策が、何時の間にか曲げられて、結果として今日の日本農業になる。

今、農業は、明日の担い手の無いままに、年々その生産力を減衰させている。Cimg4251

農業就業者の七割近くが、すでに60歳以上なのだ。

若者が、自らの生涯を託す職業として、選択すべき産業としての魅力を作りえなかったのは何か。

それは、経営成長のための自由な選択を抑制してきたからだろうと思う。

元、農林水産省の事務次官をされた、高木勇樹農林漁業金融公庫総裁のお話を伺いながら

そんな思いが次々とわいて来た。Cimg4250

高木総裁は、かなり控えめに、これからの農業改革の方向について話された。

簡単に言えば、農政において理不尽なことを無くすと言うことだろうか。

減反に協力しないと認定農家になれなかったり、荒らしていても農地なら税金が安かったり、

自由で多様な経営が育たない幾つもの要素が、未だ存在している。Cimg4249

農政のトップにおられた方なのに、まったく官僚らしさを感じさせない方であった。

控えめな話の中に、実に強い信念をすら感じ取ることが出来た。

農政が、本当にその力を発揮して欲しいのだが、

今日に至っても、国論は未だに右往左往している。

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2007年10月16日 (火)

浙江省の25年

中国の浙江省と、静岡県が友好提携してから、もう25年になる。

25年前の中国は、馬車の世界だった。Cimg4247

紅衛兵の嵐が過ぎ去って、やっとまともな民生を語ろうと言う雰囲気が出始めた頃だ。

私が、初めて訪れた20年前の杭州は、時間が未だ止まったままだった。

戦前の、中国浪人が闊歩してもおかしくない世情であった。

その西湖の周りを走る私達ランナーを、黒山の人たちが見物していた。

自分達は今日食べるのに苦労しているのに、何でこいつらは益体もなく、

汗をかいて走っているのか、と言う顔つきであった。Cimg4246

それから20年が経った。

昨日、静岡市で「浙江省 I T 産業交流会」が開かれた。

浙江省からは、20の有限公司、国内からは40社の情報関係企業が参加した。

より良きマッチングを求めての交流会である。

中国には、韓国のサムスンのような、情報企業が育っていない。

省政府も必死なのである。Cimg4248

25年前に、今日のような事が想定できただろうか。

今や、中国の産業はその成長力において、日本の産業を追い越そうとしている。

時代の宿命とは言え、これからの日本の行く先を心配せざるを得ない。

自信に満ちた、浙江省人民政府の楼小東副秘書長と杯を重ねながら、そんな事を考えていた。

これからのこの日本の国を考えるならば、産業とは何かをキチッと考えなくてはならない。

農業は、後進国のものだと唱えていた馬鹿者どもも、今では沈黙してしまっている。

この国の将来が、少しだけ透けて見えてきたからだ。

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2007年10月15日 (月)

喧騒と静寂と

私の子供の頃は、鎮守の村祭りであった。Cimg4234

禰宜番が、前日から煮炊きをしてご馳走を作り、

餅をついて、甘酒を沸かして祭りに備える。

神前には、五穀や野菜、魚を供え、豊作を祈念する。Cimg4227

要するに、新嘗祭の末端がお祭りの始まりなのだ。

今は、そんな瑞穂の国の伝統などは、何のその。

屋台を中心に、ただただ群れて騒ぐことが重要になった。Cimg4224

その二つが共存しているのが、今日の祭礼なのである。

宮司の祝詞が何と言っていようが、意味を聞き取っている人など皆無に近い。

それはそれで、さしたることではないのだが、Cimg4226

私は、どちらかと言えば、古来からの静寂の方が好きだ。

否、深い意味すら感じたりしている。

何年かに一度禰宜番が回ってきて、その大変な準備作業を共にする。Cimg4230

そのことで、近所の絆が深まるのだ。

祭礼にことかりて、実に上手くできていたのだ。

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2007年10月14日 (日)

泡沫の陶酔

人間とは、不思議なものである。Cimg4244

個々人は、何時も孤独だから、時に群れることで、その事に酔ってしまう。

非日常的な時間である祭りは、一年に一度の群れ場なのだ。

久しぶりの、或いは見ず知らずの人間が会って、ただただ煉る。Cimg4243

酒が入っていようといまいと、我をかなぐり捨てて気勢を上げる。

人間には、我を忘れて陶酔することも必要なのだ。

そう・・・、それが出来る若者は良い。Cimg4242

そんな、若衆を横目に羨ましくなったりもする。

23台の屋台が集まって、眩い光と笛や太古の喧騒の中で、

我を忘れている彼らを、私は羨ましく眺めている。Cimg4237

祭りとは、一年に一度しかないのだ。

おおいに盛り上がれば良いのだ。

しかし、祭りには必ず終わりが来る。Cimg4236

あれは何だったのかと考える暇も無く、明日が来るのだ。

瞬く間に、日常の中に目覚める。

それが、一年に一度の祭りなのだ。

人それぞれに、様々な思いを残して、今年の祭りもやっと終わりを告げる。

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2007年10月13日 (土)

伝承と非日常

祭りは、私たちの生活文化の伝承と言える。Cimg4206

禰宜番がご馳走を準備し、村の若衆が神輿を担ぐ。

それが、瑞穂の国の祭りの原点である。

それが今、形は変わっても伝承の部分は不変なのかも知れない。Cimg4207

屋台の前で陶酔している若者は、おそらく100年前だって同じ気分ではなかったか。

今日一日、たっぷりとお祭りと付き合って、この国の仕組みの基底を見る思いがした。

祭りのしたく、システムとしての規制、人々の心の解放、神事との関わり、近隣のお付き合い。Cimg4209

そして、非日常のコミュニケーションである。

それにしても、若い女性の熱気は何なんだろう。

男のそれよりも、はるかに解放的である。Cimg4223

ひょっとしたら、これからの時代を創るのは女性かもしれない。

女性は、まったく屈託と言うものが無い。

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2007年10月12日 (金)

ピーナツ工場と輸入停止

今、国内のピーナツ不足が深刻になっている。

ピーナツは、国内需要の約8割を中国からの輸入に依存している。

その中国からの輸入が、この9月から止まってしまったからだ。

日本では、一昨年6月に農薬に関してポジティブリスト制度が適用された。

基準の無い農薬残留の加減は、0.01ppm以下でないと許容されなくなったのだ。

それで、日本で許可されていないBHCなどの成分が検出されると、全体が輸入禁止になる。

それを恐れた中国当局が、日本向け落花生の検査業務すら停止してしまったのだ。

はてさて、困ったのは日本のピーナツ工場だ。Cimg4170

原料が無くては、工場を停止するしかない。

そんな折、富士市にある(株)かつまたの、勝亦弘次社長を訪ねた。

勝亦さんの会社は、生落花生を主な商材にしている。

もちろん、近在農家からの仕入れもするのだが、とても需要に応じきれない。

それで早くから、中国山東省に契約農場を確保し、有機栽培を指導してきたと言う。

今日では、その面積は1,500haに登る。Cimg4180

そこで生産された落花生を、8ヶ所の協力工場で一時加工する。

その冷凍落花生を輸入し、二次加工して販売するのだ。

勝亦さんの所は、幸いにも半年程度の在庫のお陰で、操業休止を免れている。

しかし、この輸入できない状態が長期にわたると、輸入先を他に求めなくてはならなくなる。

中国政府は、日本向け輸出は停止したのだが、西欧や韓国にはこれまで通り輸出を続けている。

買い手と売り手の関係であるが、

日本国内の生産がエンプティーなら、売り手は相当に強い態度でもまかり通るのだろう。

日本の食料確保の、将来を予測させるような事象ではないだろうか?

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2007年10月11日 (木)

グルメと町

讃岐にはうどん、伊勢では赤福と決まっている。

食は、地域の代名詞にもなるのだ。Cimg4179

ところが、自治体で食をテーマにした目標を掲げている所は少ない。

たいていは、産業振興とか環境とか、健康を御旗にしている。

静岡県にその例外がある。

富士山の足元の富士宮市だ。

その小室市長の掲げたのが、フードバレー構想だ。Cimg4181

富士山の湧水を生かして食を育て、産業を育て、市民の健康と幸せをつくると言うのだ。

既に、この構想を掲げて四年になる。

食は、誰にとっても身近な存在であるはずだ。

でも、しばらく飽食が続いて、日本人が胃袋の心配をしないようになった。

僅かに、食の安全と言った面で関心を呼び覚ます程度だ。Cimg4178

だが、何処の国だって、何処に言って何を食うかは、最大の関心事であるはずだ。

日本の観光地に魅力が無くなったのは、その食が画一化してしまったからだ。

話を元に戻そう。

富士宮では、この四年間、試行錯誤をしつつも、幾つかの成果を上げつつある。

先ずは、B-1グランプリで2年続けて優勝したのである。Cimg4182

このB級グルメは、富士宮ヤキソバを一躍全国区にした。

そして、このヤキソバを食べに、全国から人が集まるようになった。

たかがヤキソバである。

しかし、富士宮と言う富士山に抱かれた「所」、富士山の守り神浅間大社の地であることを

知らしめつつあるのは、そのヤキソバなのである。

富士宮に続けと、御殿場の水餃子、静岡オデン、浜松餃子などと、次々と参戦し始めている。

食を競えば、日本は豊かになる。

食は、人を集めるのだ。

観光の最大の目玉は、食だ。

それも、その地ならではの食なのだ。

ある町が、カレーを町の食にしようと動き始めている。

使うのは、インデカ米とジャポニカ米を交配して育てたカレー専用米である。

食は、改めてこの日本の国を面白くするのではないか。

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2007年10月10日 (水)

精子を売る男

精子を売ることを商売にしている。

しかも、年商5億円である。Cimg4177

(農)富士農場サービスの代表理事、桑原康さんである。

桑原さんは獣医であり、養豚の人工授精の草分的存在でもある。

その桑原さんたちが、世界中から優れた種豚を集め、養豚農家に精液を供給している。

豚肉も海外から輸入される量が増えて、国内の養豚は品質勝負の時代である。

その品質を決める要素の大部分が、実は遺伝子なのだ。

彼らは、その秘密の種を供給しているのだ。Cimg4196

鹿児島や横浜など、様々なコンクールでも、

富士農場サービスの供給する精液が、グランドチャンピオンを獲得してきた。

そして今では、富士農場系の豚は、肉質で他を凌駕するようになった。

結果として、国内の精液流通の11%を占めるに至っている。

日本で一番美味しい豚肉は、富士農場サービスが独占的に供給している。

その精子を売る張本人が桑原さんなのだ。Cimg4176

彼らは最近、成豚で10kg程にしかならないミニ豚を開発した。

かつての育種は、大を競ってきたのだけれど、

彼らは、超ミニを目指した。

さて、このミニ豚、これからどうなると思います?

もちろん、ぬいぐるみ程だから、ペットとしても手頃だ。

しかし、医療用の実験動物と考えると、人間に近いだけに無限の可能性がでてくる。

将来が楽しみな、桑原さんたちの挑戦である。

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2007年10月 9日 (火)

祭り支度

子供達の練習だろうか。

太鼓の音が聞こえてくる。

あの祭りと言う熱狂は、一体何なのだろうか。Cimg4154

浜松の凧などは、ヨイチョとその掛声のために一年を待っている。

ブラジルのサンバならずとも、日本の祭りにも独特の味わいがある。

しかしてその原点は、豊作を祈念する収穫の前祝なのだ。

新嘗祭に始まる神事は、この瑞穂の国に綿々と続けられてきた。

でも、今日の祭りに集う人々には、その豊作の意味さえ伝わってはいない。

神主の祝詞とて、意味不明なのだ。Cimg4153

そういう意味では、この日本の国は不思議な国だと思う。

伝統は伝統としてそのままに、その舞台で現代を体現していく。

要するに、ご都合主義なのだが・・・。

私のところも、屋台は中老衆が担当している。

そして神社は、禰宜番が担当する。

私は、今年はどちらにも深く関わらなければならない。

と言うことで、先日は組内が集まって、注連縄作りやら来週の支度やらと、

半日を費やした。

こういう作業で、近所となりの親睦を図れとの神託なのだろう。

何れにしても、一年に一度の非日常が近づいている。

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2007年10月 8日 (月)

寿司米

「寿司は、飯が命」と言われてきた。

寿司が握りずしになったのは、近世になってからのことだ。

そしてその米は、時代に翻弄されてきたと言える。Cimg4137

江戸前寿司が確立された頃、米は「関取」と言う米だった。

「関取」は江戸時代末期に、三重県の篤農家、佐々木惣吉という人が発見した。

粒が小粒で、色は銀色を帯びた純白。

文字通りの銀舎利である。

それで、「関取」が東京の寿司屋を風靡したと物の本に書かれている。Cimg4134

ところが昭和10年代になると、この米が急速に消えてしまう。

消えた理由は、小粒で肥料をやっても収穫量が増えないからだ。

化学肥料全盛の時代になって、肥料効率の良い品種に変わってしまったのだ。

それに、昭和14年には物価統制令、

15年には、切符制が始まっている。Cimg4136

国民の胃袋を満たすのが先で、味なぞ二の次の戦時なのだ。

戦後、多くの品種が登場するのだが、

寿司飯には、ササニシキが使われてきた。

今はコシヒカリ全盛の時代で、あのネバネバでは寿司には向かない。

そろそろ、寿司専用米をつくる時だろう。

もちろん、「関取」の復活でも良い。

ちなみに関取とは、容易に倒れない(倒伏)ことから命名されたと言う。

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2007年10月 7日 (日)

長門寿司

静岡の国吉田に伝わっている寿司だ。

静岡で、何故、長門なのか。Cimg4148

長門とは、かつての長州、今の山口県にある。

寿司は、木の桶に散らし飯を詰め興津鯛の切り身を乗せたものだ。

その寿司を、参勤交代で立ち寄った毛利侯がいたく気に入った。

是非、長門寿司と呼ぶようにと言うことで、そうなったと伝承されている。

その寿司か復元されて、今では市内20余の寿司屋で食べられるようになっている。

明治以降、宿場が廃止されて、この長門寿司も廃れてしまう。Cimg4135

ところが、その寿司の桶に注目した男がいた。

その男は、その桶に山葵漬けを詰めて売り出した。

そして、東京となった江戸で大ヒツトしたのだ。

今日の田丸屋である。

今「なすび」グループで、オリジナルメニューとして売り出している。

その味、おつなり。

望むらくは、静岡の名物の一つにしたい素材である。

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2007年10月 6日 (土)

寿司文化の広がり

元々の寿司は、稲作と同様に中国方面から伝わってきたものだ。

始めは、もちろん飯を魚の漬け床にして、乳酸醗酵させた「なれずし」だ。

これを作るには3ヶ月から1年はかかる。Cimg4140

それで、これが次第にインスタント化していく。

やがて、発酵させるのではなく、酢と塩で味付けをするようになる。

これは直に食べられるから、「早すし」と言った。

この酢飯に山葵と江戸沖の魚を乗せたのが、江戸前寿司だ。

つまり日本に伝わった寿司が独特の進化をし、日本独自の食文化になった。Cimg4146

そうして今では、山葵や醤油と共に、世界自由に広がっている。

そして、世界の寿司への消費支出は、おおよそ3兆円に上るのだそうだ。

その内、2兆円は日本国内の消費である。

しかし、既に海外で1兆円とは!

ただ、日本と同様な寿司が食べられている訳ではない。

カリフォルニア巻きのように、手巻きだったり、アボガドやレタス、鳥の肉がネタであったりもする。

米は、EUも含め多くがカリフォルニア米だ。Cimg4138

日本の米が使われている訳ではない。

まあ~それでも、日本の食文化が広がっていること自体は少し誇らしい。

問題は、寿司文化の普及と共に、世界自由で魚を食べるようになったことだ。

例えば、マグロの消費は世界中で急増している。

その400万トンの漁獲のうち、日本人は1/5を食べている。

が、その90万トンを確保することが難しくなりつつある昨今だ。

今のうちに、食べておいた方が良いかも??

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2007年10月 5日 (金)

マグロと寿司と美食と!

政令指定都市としての、静岡市のアイデンティテーは何か。Cimg4142

とりあえず、それはホビー(模型)に茶、それにマグロだと言う。

それで、「マグロの町静岡」を売り出そうと言うのである。

確かに、マグロの水揚げ日本一は、清水港なのだ。Cimg4145

それに静岡には、寿司の三要素がそろっている。

わさび発祥の地だし、お茶の生産は知れ渡っている。

それにマグロがあるのだから、当然寿司だ。

と言うことで、標記の市民フォーラムが開かれたのだ。Cimg4143

不肖私も、寿司なぞ回転寿司くらいしか知らないのだが、

何故かスピーカーの一人として参加することになった。

何を隠そう、第三部の「美食」が吸引力だったのだが・・・。

ま、ともあれ、フォーラムでは、色々と面白い話が飛び出したのだが、Cimg4144

何といっても、極上のトロやツケを頂いてきた。

それに、美味しい地酒である。

そんな訳で、今夜は余韻にふけっている。Cimg4149

フォーラムの中味は、明日以降に書くことにしよう。

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2007年10月 4日 (木)

同窓会にて

高校やら大学やら、あるいは中学校の同窓会のお誘いがある。Cimg4125

少し億劫だなと思いながらも、できる限り出席するようにしている。

先日、高校の静岡支部同窓会に出かけた。

年に一度開催していて、かなり昔から出席している。

かつては、先輩に半ば強制されての出席であった。Cimg4126

そのころ、同窓会に出ても、何のメリットも無いと考えていた。

それでも、毎年顔だけは出してきた。

今回も、あまり期待もせず出かけることになった。

だが、講演も参考になったが、88歳になる先輩の話は、納得してしまった。Cimg4127

彼は、彼の歩いてきた半生と同窓生のことを30分余り語った。

そして、荒廃諸君に是非自分の真似をしてほしいと言う。

かれは昨年、500ページ余の著作を出版している。

これは遺言だと言うのだが、内容は壮絶なもので、 Cimg4128

歴史・経済・地方自治の全般にわたる大著である。

同窓会は、毎度の如く、全員で校歌を斉唱して終わる。

会を終えた帰途、「同窓会は馴れ合いの場でも、利益享受の場でもない。

人と人が、その価値を発見しあう場なのだろう。」と得心した。Cimg4129

本来なら、何の縁もない(唯、同じ学校に学んだというだけの)人と、

隔たり無く話す場なんて、同窓会くらいしかないよね。

かつて、同窓会を苦痛に思っていたのは、自分と言うやつが無かったからではないのか、

そう、思い直している。

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2007年10月 3日 (水)

人口減少と私達

人口が減るという事は、想像以上に大変なことなのだ。Cimg4133

日本人は、戦時中の一時を除いて、常に人口を増やしてきた。

それが一昨年ピークアウトし、次第に減少の速度を増していく。

人口が減って、何が悪い?Cimg4132

人口が減るという事は、その民族の衰退の証なのだ。

かつて中国を支配した清朝は、中華民族ではない。

その清朝が滅びて60年余、今かつてのツングースは何処に生きているのかすら分からない? Cimg4067

しかして民族と言うものは、その人口で勢力が計られるのではないか。

それは産業の面で顕著だ。

日本国内の車の販売台数は、27年ぶりの低水準に落ち込んでいる。

それは、車を求める世代が急速に少なくなっているからだ。

新聞だって、そうだ。Cimg4054

人口が減れば、購読者は減る。

かてて加えて、インターネットや映像など、

競争相手は雲霞の如くだ。

当然広告収入だって、減っていくだろう。

はたして今日の大新聞の幾つが生き延びられることやら。

と、思う。

人口が減ったら、ゆったりした生き方が出来る。

・・・・と思ったら、はたしてそれはどうだろうか? 

民族の盛衰を考えれば、それは人類史における衰退なのだと思う。

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2007年10月 2日 (火)

朝鮮半島と私達

夕刊の一面を、ノムヒョン大統領の写真が飾っている。Cimg4113

38度線を、婦人と共に歩いて渡る姿だ。

同じ民族が分断されて、半世紀余になる。

それを考えれば、感慨深いシーンである。Cimg4109

それに、これからだって平坦な道がある訳ではないのだ。

その分断に、私達日本人も大きく責任があるのだ。

歴史上、この日本列島から朝鮮半島に3度出兵している。Cimg4110

最初は奈良時代、百済九歳に出兵した「白村江」の戦いだ。

二度目は、豊臣秀吉の遠征だ。

そして三度目が、近世の併合に至った不幸な歴史だ。Cimg4111

言うならば、朝鮮半島に住む人々に大変な迷惑を及ぼしてきたのだ。

彼らが、日本に向かって、ともすれば感情的になるのも無理は無い。

だが今、韓国経済は大きく発展し、日本とも肩を並べるに至っている。Cimg4112

日本を訪れる観光客だって、激増している。

悠久の文化の流れや、民族の流合を考えるなら、

最も親しくしなければならない人達なのだ。

江戸期には、朝鮮通信使の歴史だってある。

仲良くなることが、少しずつ始まっていると言える。

先日も静岡市で、日韓交流親善フェアが開かれた。

肩ひじ張らないフランクなフェアだ。

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2007年10月 1日 (月)

磐田という町

ジュビロ磐田の本拠地がある所だ。

人口17万余、もちろん私もその一人である。Cimg4130

製造業の町で、製造品出荷額は2兆700億円もある。

静岡県全体で17兆円程だから、磐田市だけで12%も占める。

県下では浜松市に次いで二番目、全国でも14番目に多い町なのだ。

お陰で、外国人の居住も多い。

人口の5.2%、9400人は外国籍である。Cimg4131

それだけでも、学校教育やら、外国人の高齢化などという問題も抱えている。

当然、文化の違いから来る一定の問題はもちろんのことだ。

その磐田市に意外なものが二つある。

一つはトンボだ。

ベツコウトンボやコバネアオイトトンボ、ベニイトトンボの住む桶ヶ谷沼がある。

それに、美人ゆかりの地だ。

源頼朝が、当時の美女を二人上げている。

一に「千手の前」、二に「熊野御前」だと。

この二人とも、この磐田の地と深いゆかりがあるのだ。

今日は、単なるお国自慢で、御免なさい。

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