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2008年2月17日 (日)

幕末の人物

遠州は磐田市見附に、赤松則良の屋敷が残っている。Cimg4985

もともと赤松家は、播州の豪商であった。

それが江戸に出て、どういう手づるか御徒士になって、

幕臣として見附に屋敷を構える。Cimg4988

則良は次男として江戸で生まれたが、

見附にいた祖父の家督を継ぐことになる。

しかし、次男として生まれた気安さだろうか、Cimg4987

16歳の時、長崎の海軍伝習所に学ぶことが出来た。

勝海舟や西周の学んだあの伝習所である。

そこから、彼の運が開けていく。Cimg4986

勝らと共に咸臨丸に乗って渡米、19歳の時である。

オランダ留学中に明治維新となり、帰国。

しばらくは、磐田原の茶園造成に働く。Cimg4989

やがて、明治政府の要請で、海軍少将として西郷従道の下で働く。

晩年は男爵、貴族院議員である。

それはそれとして、彼は妻の貞との間に18人の子供をもうけている。

一人の女性に18人の子供を産ませるなどは圧巻だと思うのだが・・・事実である。

ちなみに長女の登志子は、明治の文豪森鴎外の夫人になる。

孫の赤松照彦氏は、磐田市の初代市長である。

人間と言うやつは、どんなチャンスに巡り合うかで、その軌跡は大きく変わるものなのだ。

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