« 早春の一日 | トップページ | 光陰 »

2008年3月17日 (月)

屁の様な話

子供の頃、私はどちらかと言えば苛められっ子だった。Cimg3251

ランドセルを取り上げられて、それを必死で追っかける私を尻目に

ランドセルを2~3人でバスしていく。

誠に卑劣な、弱いもの苛めである。Cimg4964

この歳になっても、そんな卑劣な悪餓鬼どもの顔を忘れたことがない。

大人になっても、こいつらの心底はそんなものだと見据えているのだ。

ところで、日銀総裁を巡る国会の仕儀も、あれと同じだと感じる。

多数を嵩にきて、人事を弄んでいる。Cimg5045

彼らにとって、本当は日銀総裁など誰でも良いのだ。

苛めを楽しむのが、彼らの目的なのだろう。

国民の税金で、苛めごっこをやっている。

そんな屁の様な餓鬼の世界が現出している。

ところで、「言い出しっ屁」とは、「くさいぞ」と言い出した人のことだ。

実は大抵、その言い出したやつが、屁を放った犯人なのである。

「我がもの(党)と 思えばいとし 屁の匂い」なのかな~。

|

« 早春の一日 | トップページ | 光陰 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 屁の様な話:

« 早春の一日 | トップページ | 光陰 »