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2008年4月28日 (月)

伊賀上野

伊賀は、天正9年の織田信長の大虐殺で無に帰した。Cimg5423

伊賀七口から攻め込んで、動くものは全て殺したと伝わっている。

恐らく、叡山の大虐殺よりも酷いものだったのでしょう。

言うまでも無く、伊賀は忍者の里でした。Cimg5422

その伊賀に信長は大軍を送ったのですが、夜営中に異変が起こります。

方々から火の手が上がり、爆薬が破裂し草木が揺れる。

信長の軍隊は大混乱を起し、同士討ちなどで散々な逃避行となりました。Cimg5424

伊賀には化生が住むと恐れられ、それで大虐殺となったのです。

大阪冬の陣の後、この地に藤堂高虎が封じられます。

高虎は、上野の山に深く掘って日本一とも言われる石垣を積み、Cimg5432

今日の上野城を築きました。

ところがこの城は、完成して一ヶ月もしないうちに取り壊されてしまうのです。

「高虎は、誰と戦をしようとしているのか」江戸からそんな声が聞こえてきたのです。Cimg5425

藤堂新七朗の家臣だった松尾芭蕉は、もちろんこの地の生まれです。

そして、剣豪と言われた荒木又衛門もこの地で生まれたのです。

鍵の辻の仇討ちも、地の利のある所を選んで待ち伏せしたのでしょうね。

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