アルメニアの女
ただ、少し哀愁を帯びた語感を思っていた。
彼女の名は、H・ヴァルディテルである。
薔薇の意であり、日本ではバラと呼ばれている。
そのバラちゃんと、二日間を過ごした。
アルメニアとは、一体どこにあるのか?
その地は、チグリス河の源流にあった。
そして、ノアの箱舟が洪水から逃れ漂着した所が、アララト山というアルメニアの地である。
だが、東西交通の要衝にあるこの地に、片時も安寧の時は無かった。
紀元前には、ペルシャに陵辱され、
アレキタンドル大王のインド遠征では、柳のように姿を消す。
そしてオスマントルコに支配され、その後はモンゴル帝国の属国となる。
最大の悲劇が、トルコによって引き起こされる。
民族抹殺である。
虐殺に次ぐ虐殺が続いた。
男は捕らえられ大量処刑された。
老人や女子供は、裸足で砂漠へと死の行進を強いられた。
そしてまた、アルメニアはロシアの一角に取り込められることになる。
当然のことながらユダヤと同様に、アルメニア人の国外脱出はずっと続いてきた。
そしていま、ペレストロイカと友に自立の道を歩み始めている。
人口300万人は、静岡県よりも少ない。
国土は、四国ほどの広さである。
イスラム圏の中に浮かぶキリスト教の国、それがアルメニアである。
ランちゃんの目に、エキゾチックな民族の融合があり、
アルメニアへの強い愛国心を感じることになった。
その彼女が、日本の文化に引かれている。
そして、日本とアルメニアの架け橋になろうとしている。
人の出会いは、不思議なものである。
来年の秋、私はアルメニアを訪ねようと思っている。
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