東北紀行
旅に出た。
JR北上駅で新幹線降りてから、秋田県の男鹿半島の入道崎、
津軽半島の竜飛崎、下北半島(本州最北端)の大間崎、
そして三陸海岸沿いにと東北3県の海岸を経巡った感じである。
この地を秘境にしてしまったのは、弥生以来の稲作農耕文化だろう。
この東北地方は、緯度からすればたかだか北緯40度で、
ヨーロッパで言えば地中海程度である。
然るに今、この東北地方は辺境の地になってしまっている。
その原因の一つが、米の出来るところが豊穣の地であり、
租税(米)を納められる領地とされてきたことだろう。
だから人々は、度重なる冷害と戦いながら、ひたすら米を作ってきた。
仮に、ヨーロッパのように,牧畜に大きな価値が置かれ、それを基礎にした国土経営がされていら、
この東北地方のありようも、かなり違ったものになったのではないか。
明治維新政府だって、「白河以北、一山百文」といった感覚だったのだ。
今日までも、そうした歴史的感覚がずっと続いてきた。
仮に、東北地方が独立国なら、また別の発展を遂げていたのではないか。
罪な稲作文明について、バスに揺られながら考えざるを得なかった。
| 固定リンク
|





コメント