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2008年6月 9日 (月)

プラハの朝

旧市庁舎の望楼に登ると、プラハのほとんどが見渡せる。Cimg5730

人口120万人足らずの街だから、決してそんなに広い訳ではない。

だがその中に、歴史も事件も人物もギュッと詰まっているような気がする。

火薬塔から10分ほど南に歩くと、ヴァーツラフ広場に出る。Cimg5731

今では国立博物館前の大通りと言ったイメージだ。

その大通りを一人歩きながら、1968年のことを思っていた。

自由を求める数万の人々が、この広場に集まった。Cimg5733

その人々の熱気で氷が融け始めたその時、ソビエトの戦車がこの広場を埋め尽くした。

その戦車隊の前で焼身自殺を遂げた青年がいた。

大学生ヤン・バラフであった。Cimg5734

ヤン・フスを想起させる彼の焼身自殺は、世界中に大きなショックを与えた。

だがプラハの春は、一瞬のうちに戦車に踏みにじられてしまったのだ。

その通りに、ホテル「ヤルタ」があった。Cimg5699

世界の巨頭が集まって、第二次世界大戦の戦後処理を決めたあのヤルタに因んでいる。

そのヤルタはウクライナだったかと思うが、この大通りのヤルタは何故か印象的であった。

プラハの人々は、今朝も何事も無かったかのようにトラムやバスで出勤していく。Cimg5700

歴史は、常に過去のものなのだ。

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