« 音楽の都ウィーン | トップページ | 楽友協会の夜 »

2008年6月 5日 (木)

うたかたの恋

「ウィーンの森の物語」などと言われたりするから、ウイーンの街の中に森があるのかと思っていた。Cimg5651

だが、ドイツ語で「森」とは標高600m以上の山並みを意味するのだそうで、私達のイメージとはかなり違う。

ウイーンの森は、ウイーンからアウトバーンを一時間ばかり走った所に広がっていた。

アルプスの南麓と言っても良い。

そこにハプスブルグ家のお狩場があった。Cimg5657

1889年、その狩猟の館で一つの事件があった。

ハプスブルグ家の皇太子ルドルフ(31歳)が、17歳の男爵令嬢jマリー・ヴェッツェラと心中したのだ。

跡継ぎを失ったエリザベートは、止む無く甥のフランツ・フェルディナントを皇太子にする。

そしてその皇太子が、サラエボでテロの銃弾に倒れる。Cimg5658

このテロが 、第一次世界大戦の引き金となったのである。

ただでさえ政情不安な中で起こった心中事件は、様々な憶測を呼んだ。

暗殺説やらも含めて映画にもなったし、宝塚の題材にもなった。

いま、心中のあったマイヤーリンクは教会になっている。Cimg5652

その山里の入り口には、メイバウムが初夏の風に揺れていた。

ところで、そのウィーンの森にシューベルトの楽曲に因んだところがある。

彼が「菩果樹」を作曲した水舎小屋が残っているのだ。

「♪水舎小屋の前、泉に沿いて茂る菩提樹・・・♪」のアレである。Cimg5653

驚いたことに、泉は単なる井戸であったし、水舎小屋は大きな製粉施設であった。

ドイツ語で泉は、井戸でもあるし噴水でもある。それに水舎小屋は、日本のそれとは違う。

パンにするための小麦を製粉する工場は、村の重要な施設で大抵は領主が管理していた。

シューベルトは、その「水舎小屋」に下宿していたのである。

私達のイメージとは、大変なギャップがあるものだと感心してしまった。

|

« 音楽の都ウィーン | トップページ | 楽友協会の夜 »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/41435448

この記事へのトラックバック一覧です: うたかたの恋:

« 音楽の都ウィーン | トップページ | 楽友協会の夜 »