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2008年7月31日 (木)

信念は何処に?

WTOの保護貿易削減のための閣僚交渉が、土壇場で決裂した。Cimg6083

農産物輸出国側の米国・ブラジルと輸入国側の中国・インドが対立したからだ。

米国のごり押しは毎度のことだが、

食糧輸入国に転じた中国やインドの姿勢は鮮明だった。

それは、自国の農民と農産物を守ると言う覚悟だ。Cimg5948

そのためには、決して米国の言いなりにはならないと言う事だ。

我が国からも2名の大臣がジュネーブ(ドーハ)に言っていたのだが、

主要国の顔色を伺うばかりで、交渉の流れに何の役割も果たしていない様子だ。

それは、国境措置の必要な農業部門と、輸出門戸を拡大したい工業部門を同時に抱えているからだと説明される。

しかし今日では、中・印だつて同じことだろう。Cimg5818

インドのトーナ商工相は、「我々の主張は、商業的利益のためではなく、

貧しい農民の生計を守るものだ」と明言した。

要するに、国の意志の明確さの差異なのだろう。

国によって地形や気候、農業生産の規模や生産方式、はたまた消費構造だってまるで違う。

それを同じ土俵で競争させるのが無理なのだ。Cimg5744

日本のように高温多湿で河川が多くマウンティアスな国では、

賃金か同じだとしても、生産コストは米国などとはまるっきり違うのだ。

国内向けには自給率を上げると言っておきながら、

国際交渉ではそんな信念は微塵も見られない。

そもそも、この国のグランドデザインが無いのではないか。

この国の産業を、どうしたいのかの信念が欠如しているのだ。

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2008年7月30日 (水)

完全燃焼

馬齢を重ねたからだろうか。Cimg6049

「与えられた時間は限られている。

だから、その貴重な時を、給料のために犠牲にして良いのだろうか」

そんな事を考えるようになった。

そうかと言って、直ちに何をすると言う訳でもない。Cimg6019

電車を待っていても、この無駄な時間が何とかならないかと思ってしまう。

多くの場合その人の時間の密度は、その置かれた環境で随分と異なってしまうものだ。

仕事の内容や立場によっても千差万別だろう。

江戸期の部屋住みの二三男のように、仕事が無くて一生終わることだってある。Cimg6016

だけどその部屋住みが、一転世の中に躍り出て活躍するケースだってあるのだ。

人生には緩急があるけれど、せわしないだけで燃焼し尽くしたとは言えないだろう。

望むらくは、「オイ、生きたぜ」っていう時間を多く持ちたいものだ。

どうすれば、そうなるのか?Cimg6018

どうも、これは贅沢な悩みなのだろうか。

人間は、その与えられた時間を燃焼し尽くすべきだと思っている。

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2008年7月29日 (火)

継続

子供の頃、日記を書くのが3日と続かなかった。Cimg6087

私はそんな典型的な、三日坊主だった。

それが二十年ほど前、続けることの面白さを覚えた。

私の苦手なことを、心してやり続けようと思ったのが40歳の頃だ。

それは、大嫌いだった駆けっこに作文、それに人見知りを止めようと言う事だった。Cimg6090

走ることとの出会いは、偶然だったかもしれない。

走ることは嫌いだったけれど、誰でも出来ることだ。

だから、走ることなら俺にだって出来る。

そう思って始めたのが、何時の間にか常態化して、

今ではウルトラマラソンを走っている。Cimg6088

ウルトラを走る秘訣は、実は継続しかない。

レース前にどれだけの距離・時間を走ったかで全てが決まる。

つまりウルトラマラソンは、継続の証なのだ。

二つ目の書くことは、相当に覚悟して始めた。

書くことは、自己の内面や思いを赤裸々にすることだ。Cimg6037

人は普通、表をつくろって過ごした方が楽なものだ。

あえてその反対をやろうと言うのだから、これには覚悟が必要だった。

それに書くためには、書くための中味や行動が必要だし、

書いたことは必ずやり遂げなくっちゃならない。

だから書き続けることで、私の日々の行動が随分と変わった。

それ以前なら、まあいいだろうと考えてしまうことも、積極的に前に出るようになった。

人と会うことは、私にとってはことさら苦手な部分だった。

常に自分を意識して、どぎまぎしていたのがそれまでの私だ。

その私が自分を叱咤して、様々な会に顔を出すようにしてきた。

それで何時の間にか、人間ほど面白いものは無いと思うようになった。

このブログも、既に800日以上毎日書き続けている。

何時まで続くのかは別として、何にでもしつこく続けようと思っている。

3日坊主でも出来るのだ。

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2008年7月28日 (月)

円空

円空と言うユニークな僧がいたことを知った。Cimg6085

円空は、徳川の世もやっと定まった、江戸初期の人だ。

美濃国で生まれて、北海道から近畿地方までを遊行しつつ、

その生涯に、一万体もの仏像を彫った。

円空の仏像は、大日如来や文殊菩薩、阿弥陀などの均整の取れた美しいものもあるが、

仏像離れをしたような彫り物も多い。Cimg6084

私の目から見ると、この人は仏師というよりも創造的な作家だったのではないかと思える。

今にも声を発しそうな仏像を見ながら、そう思った。

長良川河畔の弥勒寺に、関市円空館がある。

現在確認されている円空の仏像は、5,300体程あるのだそうだ。

その一部が、この円空館に展示されている。Cimg6086

彼の仏像をみていると、円空の一生が想像できたりする。

円空、64年の生涯であった。

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2008年7月27日 (日)

葡萄パーティー

久しぶりに我が家で、パーティーが開かれた。Cimg6091

ゲストは、お茶と水研究会の皆さんだ。

かねてから、私の葡萄の話を半信半疑で聞いていたのだが、

どうも本当らしいと言うので、実地検分しようと言うのが今日の集まりだ。Cimg6093

各地からおいでになった皆さんが、私の労苦を納得して頂けたのなら、

それが今日の最大の収穫である。

葡萄なんて、そんなに簡単にはまともなものは出来ないのだ。Cimg6094

私の雀やカラスとの悪戦苦闘を、実感していただけたのかどうか? 

お茶と水研究会も、私の一つのコミュニティーなのだが、

20年からのお付き合いだから、中味は相当なものである。Cimg6098

人間は面白いもので、知己のためには相当なことまで出来てしまう。

自分の仲間なら、許せる世界が広がるのだ。

だから、辛らつな批判が飛び交うし、議論も歯に絹を着せるなんてことは無い。Cimg6100

そんなコミュニティーから、私は多くのことを学んでいる。

仲間は、多ければ多いほどハッピーになれるのだ。

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2008年7月26日 (土)

関の刃物

関は、ドイツのゾーリンゲンと並ぶ刃物の産地なのだそうだ。Cimg6071

30年ほども以前、ゾーリンゲンで鋸刃のついた肉切包丁を買って来たことがある。

ともあれ刃物は、私達の日常生活に欠かせないものだ。

だが存外、当たり前すぎて、その由来は知られていない。Cimg6072

関に、フェザーミュージアムなるものがある。

フェザーとは、羽のように軽いと言う意味からとった社名なのだが、

刃物と私達の関係を考えるには、中々のものだ。Cimg6074

そもそも剃髪なるものは、仏教と共に大陸から伝わってきたものだ。

だからそれ以前は、髭の処理も大変だった。

抜くのが基本で、貴族は青銅製の刀で処理した。Cimg6075

とすると、飛鳥時代以前の日本人は、みんな毛むくじゃらだったのかも知れない。

だがそれ以後の日本人は、刃物による剃髪で身づくろいをするようになる。

関は、刀鍛冶から始まった町だが、明治9年の廃刀令以降刃物の街に変身した。Cimg6076

ポケットナイフを中心に、フォークやナイフを作ってきた。

そして昭和7年に、安全剃刀の生産が始まる。

フェザーを中心に、剃刀が一世を風靡するのだ。

だがそれも、電気シェーバーの時代に代わっていく。

そして今、メディカルや鋏、爪きりなど多方面に分化している。

刃物から、私達の生活を考える。

そんな一時も、私にとっては有益な時間であった。

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2008年7月25日 (金)

信長の策源地

信長は、尾張から美濃に進出できたことで、Cimg6051

全国制覇への大きなチャンスを手にする。

楽市楽座など様々な新たな試みは、その美濃で始まる。

その岐阜城は、標高326mの金華山の山頂にあって、Cimg6066

典型的な山城であって機能としては象徴に過ぎず、

実際には山裾に居館があって、そこで政務が行われた。

信長のその居城は、時の宣教師ロイス・フロイスに絶賛された程の建物だ。Cimg6067

だが今、調査発掘が続いているものの、その居館の位置さえ特定できていない。

火災の後は残っていても、道三や龍興の時代の石垣なのか、信長の時代のものかもはっきりしない。

日本人の心情を変えるほどの革命をやった策源地が、曖昧なままなのだ。Cimg6068

安土に首都を築こうとした信長なのだが、本能寺に倒れて秀吉の時代になる。

そんな天下の方向の変わり方が、岐阜城を空疎な象徴にしてしまったのだろう。

中国は杭州市の金華山にならって命名され、岐阜と名づけたのも信長であった。Cimg6070

しかし岐阜は、信長の全国制覇への策源地であったことは事実なのだ。

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2008年7月24日 (木)

信長の兵站

岐阜県の関市は、今日でも刃物の産地である。Cimg6082

どうして、刃物の産地になったのかと言うことを考えたい。

普通、刀鍛冶を始めとした製造業は、都の周辺部で発達した。

そうした需要が、当時の都市に集中していたからだ。Cimg6078

それが、織田信長が美濃を制圧した頃から、関の孫六などの刀鍛冶がこの地に移り住むようになる。

その刀鍛冶たちは、信長の隆盛と需要の増大を見込んだのだ。

その見込みどおり、信長の全国制覇は着々と進んでいく。Cimg6080

そして信長は、必要な武器をこの関の職人達から調達したのだ。

関の地域は、正に信長の兵站基地になったのである。

以後、需要の大小はあれ、脈々とその地場産業は受け継がれてきた。Cimg6081

明治始めの廃刀令は、当然のことながらこの地域に大きな変化をもたらした。

刀剣から剃刀や包丁などの刃物製造への転換を余儀なくされたのである。

お陰で今日でも、メディカル器機を含めた刃物関連産業が息づいている。Cimg6079

勿論、何人かの刀匠や鞘師もいて、美術工芸としての刀を創作している。

関鍛冶伝承館を訪れて、何だか産業の原点を覗いたような気になった。

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2008年7月23日 (水)

海鵜

機会があって、長良川の鵜飼漁を堪能してきた。Cimg6053

鵜を使った漁は1300年前と言うから、奈良時代から続いていることになる。

鵜は、6人の鵜匠に操られて見事に魚を獲る。

しかしその鵜を操って、魚を横取りしようなぞとは、一体誰が考えたのだろうか。

Cimg6054

実は鵜匠の操る鵜は、川にすむ川鵜ではなくて海鵜だ。

海で捕獲した鵜を、人間に従順にさせて尚且つ鮎を獲る様に仕込む。

一鳥前にするのには、3年は掛かるのだそうだ。Cimg6056

そしてその鵜は、キチッと健康管理をすれば20年は働くのだそうである。

鵜には、一日に一食しか与えない。

空腹で、毎晩の鵜飼に登場するのだ。Cimg6061

そして鵜の首には、程ほどの絞め具合で紐が巻かれている。

小さな鮎は喉を通ってしまうのだが、大きな奴はそこで紐に引っかかるのだ。

その喉が、鮎で一杯になるのを見定めて、Cimg6063

鵜匠は鵜を手繰り寄せ、みんな吐き出させるのだ。

その漁が終わると、やっと食べ物が与えられる。

鵜は、来る日も来る日もそんな生活を繰り返す。Cimg6064

そんな話を聞きながら、なんだか鵜が可愛そうになってきた。

ひょつとしたら、私達と同じかもしれないなどと・・・・・。

もっとも私の場合には、喉に巻きつけられた紐が相当にきついような気がするのだが・・。

今日の世襲されている6人の鵜匠は、宮内省式部職鵜匠である。

しかし我が家の鵜匠は、天下に比類無きかかあ殿下である。

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2008年7月22日 (火)

富士山を美しく

最近の富士山は、随分と綺麗になった。Cimg6026

めったにゴミを見かけないし、ゴミ袋をぶら下げて登山する人もみかける。

山小屋のトイレも、垂れ流しが無くなった。

裾野の方の廃棄物の不法投棄だって、相当に改善されているようだ。Cimg6030

それも「富士山クラブ」や登山家の野口健さんたちの活動、

そして、世界遺産登録運動を通じた意識の変化が大きく貢献しているようだ。

昨日も、ゴミを拾い集める若いグループを見かけた。Cimg6027

その富士山を来月の2~3日にかけて走る。

田子浦港を午後の6時にスタートして、山頂に至るのは翌日の10時頃だろうか。

山頂を折り返して、再び田子浦港に戻るレースである。Cimg6032

制限時間は、24時間である。

標高差ばかりでなく、気温の差も壮絶なものである。

私は三度目の挑戦なのだが、未だ完全完走は出来ていない。Cimg6031

実は昨日は、そのレースの下準備をかねての登山だった。

雪の残る富士山をゆっくり楽しみながら、今年こそはの思いを深くした一日だった。

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2008年7月21日 (月)

寄在芙蓉第一峰

「五尺の短身一竹筇・・・・ 平生心事知何処 寄在芙蓉第一峰」Cimg6038

明治の思想家横井小楠の詩の一節である。

人間生まれてきたからには、志を高く持って前に進め。

目指すべきは芙蓉(富士山)の頂である。

そんな精神の気高い覇気を、この漢詩で謳っている。Cimg6042

江戸時代までの富士山は霊山として信仰の対象であった。

山頂は富士宮の浅間神社の神域であり、明治になるまで女人禁制だったと言う。

今日では、年間に200万人もが山頂を目指す。

とは言え、観光地化した五合目までならともかく、簡単に登れる山ではない。Cimg6045

近年はその富士山に、中国や韓国、米国人が目立つようになった。

今日は、その雲海の上に立って、人が何故この山を目指すのかを考えていた。

そして、富士山の環境美化や世界遺産登録について・・・・、

来月の二日、田子浦港から再度この山の頂を目指して走ることにしている。Cimg6048

そうして、何故この山の頂を目指すのかの私なりの結論を出したいと思っている。

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2008年7月20日 (日)

サマーラン

梅雨が明けて、暑い夏本番である。Cimg6015

夏には夏の大粒の汗をかこう。

と言う訳で、今日は浜名湖を半周するサマーランに参加した。

鷲津駅前をスタートして、東岸の舘山寺までが約22kmである。Cimg6017

スタート直後の賑やかさは、まもなく寡黙な暑さとの戦いになる。

わずかな救いは、海から湖面を渡ってくる風だ。

こちらの汗を他所に湖面では、ウンンドサーフィンやら海水浴やら・・Cimg6021

それに最近では、水上バイクやボートに牽引されたパラシュートも見られる。

私の方は、ひっきりなしに水分を取るのだが、直に喉が乾いてくる。

この間に、ペットボトルを6本も飲んでしまった。Cimg6022

歩こうとする誘惑を乗り越えて、やっと舘山寺の船着場にたどりつく。

そこからは船に乗って、対岸のハマナコスタに渡る。

そして瀬戸から湖西市のアメニティープラザまで、14kmを再び走るのだ。Cimg6020

ゴールが間近とは言え、気温は30度をかなり上回っている。

風呂とビールを頭に浮かべながら、走ったり歩いたり・・・

それでも14時過ぎには、全員がプラサ゜の風呂に入ることが出来た。

その後は、例によって全員で乾杯である。Cimg6024

健康で良い汗がかけることこそ、幸せと言うものだろう。

今日も一日、たっぷりと楽しませていただいた。

みなさん ! 有難う。

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2008年7月19日 (土)

喜んで!

新しい職場に通い始めて半月余になる。Cimg5988

日々お会いする人の顔も、使う言葉もまったく変わった。

身の処し方も、長くなじんだ職場と違うのは当然だ。

そんな訳でいまだに、なんとなくぎこちないと言うか、すべからく足が地に着かない。

昼飯もそうなのだ。

三月までは、職場の食堂がもっぱらであった。Cimg5998

ところが、この7月から近くの店で食べるようになった。

駅近くだから、昼食を提供する店は無数にある。

その店をあちこちと、一人で食べ比べて歩いている。

外食産業の激戦区で、みんな業態が違う。

セルフサービスや食べ放題、飲み物自由、ゆっくりと一時間などとみんな嗜好を凝らしている。

そんな中で行列が出来る店は、安くてそこそこのサービスのある店だ、Cimg6006

最近リピートするようになったのは、その中の一つの店だ。

この店の特徴は、一週間のメニューが幾つか表示されていて、

飲み物がフリーなことだ。

それに、昼食を注文するとウエイトレスが「オーダー頂きました」と発声する。

すると直ちに、あちこちから「喜んで~!」と返ってくる。

「喜んで注文を承りました」とでも言う意味なのだろうが、・・・

慣れない私なぞは「そんなに嬉しいのか?」とか、「何が嬉しいのか?」などと考えてしまう。

このチェーン店のマニュアル通りなのだろうが、日本語の妙と言おうか・・・

てな具合で、昼飯を食べるにも新しい体験の連続なのだ。

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2008年7月18日 (金)

石油をくべるな!

いよいよ夏本番の到来である。Cimg6005

今年は、ことさら暑くなりそうな気がする。

既に地中海地域や中国北部でも、平年を上回る異常高温が続いている。

それに高温は、北半球ばかりではなくて、

南半球の冬のアルゼンチン北部でも、平年よりも3~8度も上回っているそうだ。Cimg6004

地球の各地で異常気象が頻発するのは、地球環境変化のシグナルなのだろう。

温暖化の原因物質である石油を最初に利用したのは、

ペルシャ人やギリシャ人だった。

そして彼らは、石油をそのまま武器として使った。Cimg5995

その石油が、石炭に代わって魔法の燃料となり、

1900年前後からは産業革命を牽引してきた。

特にロックフェラーと米国の自動車産業は、結託して石油の消費を拡大してきた。

結果として私達は、今日のように石油なしには生活できなくされてしまった。Cimg5732

ことに第二次世界大戦後は、石油化学工業が勃興する。

プラスチックに合成ゴム、化学繊維、薬に肥料、農薬、ナフサやメタンなど、

すべからく石油から作られるようになったのだ。

今日の人類の生存を支えているのは、石油と言っても過言ではなくなったのだ。Cimg5727

例えば窒素肥料がなくなれば、農業生産はたちまち危機にさらされる。

それは、私達の日常の生活資材でも同じだ。

その必要不可欠である石油を、私達は湯水のように車の燃料としてくべている。

しかも、その石油資源は有限なのだ。

そんな訳で、石油資源を巡っての戦争(イラク)が絶えないのだ。

本来私達の燃料は、薪炭と同じように畑や森から、そして光や風から調達すべきなのだ。

そして石油資源は、子孫のために化学工業原料として末永く温存すべきなのだ。

かつて日本軍が、東南アジアの天然ゴムプランテーションを占領した。

ゴム供給の途絶えた欧米諸国は、遂に石油から合成ゴムを作り出すのだ。

そいつが、今日の石油化学工業の始まりなのだ。

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2008年7月17日 (木)

大奥

江戸城の天守閣は、三代将軍家光の時代に6層の立派なものが作られた。Cimg6001

だが19年後に焼失してしまう。

そして、その後再建されることは無かった。

徳川の世も定まった太平の世に、天守閣など必要なしとの判断だろう。Cimg6002

それで、今日の天主台だけが残されている。

やや黒ずんだ石垣に、400年前の火災を想像したりしてしまう。

その天主台のすぐ西側に、大奥跡が広がっている。Cimg5288

江戸城の大奥と言うと、時代劇の女の陰湿な戦いを連想してしまうのだが・・・、

篤姫の暮らした所と言ったほうが良いだろう。

江戸城には、政務を行う「表」、将軍の暮らす「中奥」、Cimg5999

そして正室以下が住む「大奥」があった。

実は大奥は、本丸と西の丸の二箇所にあって、

上臈以下の女中が、最大で700人も暮していたらしい。

だからいがみ合いが起こるのも、至極当然だろう。Cimg6003

大奥の建物も、本丸の大奥だけで6,300坪もあった。

表と中奥を合わせても4,600坪だから、

大奥の存在は実に大きなものだったのだ。

東京に出かけた帰り、皇居の東御苑を歩きながら、

江戸三百年の実在感を味わってきた。

NHKの大河ドラマの影響なのかな~?。

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2008年7月16日 (水)

米食

このところ、十数年ぶりにお米の消費が増えているらしい。Cimg5442

スーパーでは、対前年で一割増位の販売量だと言うからすごい。

はたとて、小麦価格高騰の影響だろうか。

それとも食料自給への関心の高まりだろうか。Cimg5953

はたまた、生活防衛のために「弁当派」が増えたのかも知れない。

茶碗一杯で30円のご飯は、一枚のパンの値段と同じだ。

腹持ちだって良いし、それに日本の風土にあっている。Cimg5962

それに、米の味だって格段に進化している。

それでも日本人は、地球の裏側で穫れた小麦を食べている。

米の生産量900万トンに匹敵する800万トンもの麦を輸入しているのだ。

パンを食べたいのなら、米粉で作ればよいのだ。Cimg5881

それには輸入麦に高率の関税を掛ければよいのだ。

さすれば日本の食料自給率は、10%はあがるはずだ。

この際「ご飯を食べて休耕田を無くす運動」を展開すべきだと思っている。

蛇足だが、毒ギョウザ事件以来激減していた中国山野菜の輸入が、

またぞろじりじりと増加し始めている。

喉もと過ぎれば暑さを忘れるのは、日本人の性なのだろうか。

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2008年7月15日 (火)

蝉声

朝の静けさの中、蝉が一斉に鳴き始めている。Cimg5994

梅雨明けの声は未だだが、彼らはもう待ちきれないようだ。

もちろん、ヒマワリの花だって咲き揃っている。

私達日本人は、この四季のメリハリに育てられてきたのだ。

だから夏は暑く、冬は思いっきり寒い方が良いと思っている。Cimg5996

ところが近年の日本人は、からっきし意気地が無くなった。

資源浪費の冷暖房にならされて、我が儘三昧が当たり前になっている。

おまけに食い物にも卑しくて、メタボなどを気に病まなくてはならなくなった。

本来人間は、暑さに耐え寒さをしのぐ中で、精神力を養い得るのだ。Cimg5969

蝉なぞは、この暑さを待ちかねて鳴く。

地球の温暖化は困るが、私達も夏にはたっぶりと汗をかくべきだと思う。

私も来週から、浜名湖半周マラニック、富士山頂往復マラソン、

そして大菩薩峠登山競争と、大汗を流すレースが続く。

今年の夏も、蝉に負けずに良い汗をかくぞ !

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2008年7月14日 (月)

日本の農法

キャベツならいざ知らず、稲の苗を育てて一本一本定植するなど、奇想天外と言うべきではないか。

そんな農法が弥生以来、ずっと続いている。Cimg5992

そもそも瑞穂の国の稲作は、限られた土地で多くを養うための農法だった。

田んぼを慈しむように耕して、苗を一本一本移植する。

収穫を最大にするためには、投下労力の多寡は問題ではなかった。

ところがその米が生産過剰になって、もう30年以上が経過する。

そしてこの国の水田の三分の一もが、休耕やら転作やら飼料化などを強いられている。

それなのに、肝心の農法は昔のままである。Cimg5993

小麦や大豆、トウモロコシでは考えられないことが、当たり前になっている。

それは実は経営規模が、田植が許容できる範囲だったことと関係している。

40ha~50ha程度なら移植栽培が可能なのだ。

だが生産コストを思い切って切り下げるなら、規模を数倍にして

この農法を抜本的に変えなくっちゃならない。Cimg5900

直播は、その重要な手段だ。

私の家の近くの水田で、その実証が行われている。

2月に代掻きをして田を乾燥させ、

繁茂した雑草を一斉処理してから、機械で筋蒔きする。

最初は、どうなることかと見ていたのだが、思いの他順調である。

ひょっとしたら、既存農法に匹敵する収穫が期待できるのではないか。

先駆的な農業者の努力に敬意を表したい。

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2008年7月13日 (日)

走酔の会

今日一日、たっぷりと楽しませていただいた。Cimg5967

石巻登山マラソンである。

豊橋の郊外にある標高300mほどの石巻山を登って、山中を静岡県境まで走る。

この暑さの中、アップダウンの厳しいコースには、みんな難渋する。Cimg5968

そんなことは分かっていて、それでも多くの仲間が集まってくる。

それは、走り終わった後が楽しみだからだ。

午前9:30、石巻山の麓をスタート、その後は急激な登りと下りを繰り返す。Cimg5981

たかだか15km程なのだが、宴会の待っているゴールには、12:00頃になってしまう。

風呂に入って、まずはビールで乾杯。

その味と喉越しは、絶妙と言うべきだろうか。Cimg5982

そこからの3時間は、たっぷりの宴会である。

次々と隠し芸は飛び出すし、みんなでわいわいと騒ぐ。

それにしても、個性的なランナーが一杯なのだ。Cimg5979

それに、リュックサック一杯のお酒を担いできている人もいる。

そんな訳で、飲めない私もかなり戴いてしまった。

呼びかけ人の萩田博さんそして皆さん、今日は一日有難う。Cimg5986

来年も、是非参加したいね。

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2008年7月12日 (土)

裸の付合い

朝からスカッと晴れて、梅雨明けを思わせる天気だ。Cimg5929

気温は高くても、風が心地よく吹いている。

そんな風のそよぐ音を耳に、小笠山の尾根道を走る。

その時の流れが、暑さを感じながらも実に心地良い。Cimg5930

そうして走り終わると、小笠山の仲間で、とりとめもない話で盛り上がる。

勿論今日などは、水を浴びているから裸である。

この道を走り始めて、そして小笠山RCのユニフォームを着るようになって、Cimg5961

雨の日も風の日も、この山を走ってきた。

そして、もう既に15年を経過している。

その分みんな歳をとったのだろうが、そんなことは少しも感じない。Cimg5960

思えば毎週、裸の付合いをしてきたのだ。

極たまには、口喧嘩だってするのだが、何時の間にか「あんなことも、あったね!」となる。

人間は結構弱い存在だから、ついつい愚痴ったり、苦しんだり弱気になったりする。

そんな仲間が、走ることで立ち直っていく。

そんな景色を15年間も見てきたことになる。

裸の付合いのできる仲間がいる。

そんな幸せを、今日も味わっている。

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2008年7月11日 (金)

石油と私達

私達は、明けてはいけない地下の箱を開けてしまったのかも知れない。

もちろん、石油のことである。Cimg5955

先ず、石油はどうして生まれたのかを考えるべきだ。

この地球が誕生して、45億年位になるらしい。

この間、様々な地殻変動が起こり、水の循環が繰り返されてきた。

水の流れ山々を浸食し、地表を変えていく。Cimg5957

一方海では、プランクトンなどの微生物が繁茂する。

勿論そのプランクトンは、二酸化炭素を吸収して太陽光をエネルギーに増殖する。

そんなプランクトンの残骸が、一年間に0.1mmほど改定に積もるのだそうだ。

それが一千万年繰り返されると、1km程の有機物の層にもなる。Cimg5958

その有機物の体積がラッキーな条件に恵まれると、石油になるのだ。

そんな風にこの地球が、気の遠くなるような時間と偶然とで作ったのが石油なのだ。

だから石油には、何千年ものエネルギーが効率よく凝縮されていて、多くの化学物質を作り出す原料にもなっている。

私達にとって誠に便利な物質なのだが、実は貴金属と同じように有限な資源なのだ。Cimg5959

そんな貴重な物質をめぐって、オイルショックが繰り返されてきた。

1973年の第一次オイルショックは、第四次中東戦争によって惹起された。

1978年の第二次オイルショックは、ホメイニ革命が契機になった。

そして今回のオイルショックには、そんな契機などはない。

それなのに1990年代の20ドル/バーレルが、7倍の140ドルになった。

それは、供給が限界になったのに、需要が膨張を続けているからだ。

投機資金や中東の情勢は、副次的なものでしかない。

レアメタルを燃やすような、そんな石油の消費を止めろと言うことなのかも知れない。

私達はもう、脱石油を目指して走らなくっちゃいけないのだと思う。

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2008年7月10日 (木)

観光から旅へ

物見遊山を目的とした「観光」は、めっきり減ってしまった。Cimg5950

少しばかり景色がよくて温泉があるからなどと言う「観光地」は、苦しい展開を余儀なくされている。

海外のツアーもそうだ。

外国に行くだけで非日常なのだが、それだけ(サイト・シーイング)では満足しなくなっている。Cimg5951

海外の景色や建造物を見ても、フ~ンで終わってしまう。

ところが「旅」には、人と人の触れ合いがあるし、

人の生きた足跡にだって思いをはせることが出来る。Cimg5952

そこには、生き生きとしたドラマがある。

勿論悲劇もあるのだけれど、人間ってそうなんだと得心できれば、旅は大満足である。

先月、チェコを訪れた折、プラハの旧市庁舎の望楼に登った。Cimg5949

そうすると、眼下の屋根で瓦葺きの職人達が働いていた。

鋭角の屋根だから命がけの仕事である。

そうして、その下には多くの観光客がうごめいている。Cimg5743

「こうやって、この街は生きているんだ !」と思った瞬間、ここに来てよかったと感じた。

要するに、そこに生きた人々の姿に、人は感動するんじゃないだろうか。

今日、仕事で伊豆に出かけた。

わが国随一の観光地なのだが、往年の活力は見られない。

それは、歴史上のそして今日の生の人間の生き様を露出させていないからではなかろうか。

人が感動するのは、人間のドラマなのだ。

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2008年7月 9日 (水)

高層ビルは建てるな!

案の定と言うべきだろうか・・・・、Cimg5688

G8の地球温暖化対策は、「40年先の50%削減」を確認したに止まった。

40年先なら、サミット参集者は失礼ながら誰も地球上にいないだろう。

つまり、その必要性は重要だが、当座は色々と考えようと言うのだ。

そして本音は、自分がその地位にある間は、産業界に不人気な政策をやりたくないのだ。Cimg5932

地球の温暖化は、産業革命以来の私達の産業活動の結果だ。

温暖化を止めるには、二酸化炭素の排出を減らすか無くすかするしかない。

当然、経済活動も私達の生活も、一定の制約を受けることになる。

恐らく、少なくとも昭和30年代の水準にバックさせる必要がある。Cimg5931

誰も、そんなことは否だと思っている。

例え地球が破滅しようと、・・・実はそう思っているのだ。

だから、始めから合意なんて出来る訳がないのだ。

作家の橋本治さんが、重要なことを提唱している。Cimg5569

「環境問題は形から変えなくては、人々の意識も変わらない。

まずは、都市の景観から変えよう。

それには、高層ビルの建設を禁止することだ。

そうすれば、ヨーロッパの古都のように景観も良くなるし、

今日のような過度の人口集積だって出来なくなる。

一極集中なんてことは出来なくなるはずだ。

そうなれば、地方が活性化していく。

バランスの良い省エネ都市が全国に広がるだろう」・・・・と。

橋本さんの提案は、政治家のみならず私達も真剣に考えるべきだろう。

高層ビルを排除した都市の再開発にも当然投資が必要だから、

新規需要換気にもなる。

産業界も、反対ばかりではないだろう。

地方だって賛成だ。

コストの高い高層ビルを作るのは、もう止めよう。

かつて高層ビルは、経済成長のシンボルだった。

だがこれからの時代は、そんなことを誇る時代ではない。

いかに、地球環境と調和できるかが問われる時代なのだ。

是非、高層ビル禁止法を制定しよう !

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2008年7月 8日 (火)

身土不二

仏教に由来する言葉のようだが、人間の生き方の本源的なところに深く関係する。

人はその土地に生まれて、その土地の空気や水、土地に産する食物に依拠して生きていた。Cimg5942

私達は、殆どがそうやって今日まで生きてきたのだ。

人生五十年であろうと無かろうと、その土地に支えられて生きてきた。

そう生きるのが、本来の人間の生き様、死に様なのだと言う考え方だ。

この二百年、時と共にグローバルな時代になって、Cimg5943

物流が富を生むようになった。

安い労賃を求めて、動き回るような経済が出来上がる。

そうして、国内よりも安ければ、輸出国の国情などお構い無しに買い続けてきた。

そういう意味では、戦後の日本人は節操の無いエコノミックアニマルでしかなかった。Cimg5945

お隣の韓国では、「身土不二」はごく普通の言葉になっている。

人間は、その生まれた土地と不可分なのだ。

たとえその土地を離れたとしても、どこかで繫がっているはずだ・・と考えてきた。

だから、米国からの牛肉輸入解禁で、就任早々の大統領を揺るがすような事態になっているのだ。Cimg5590

日本人なら、「たかが牛肉で・・・」そう思ってしまうのだろうが、韓国ではそうはいかない。

とは言え、日本でも中国産餃子事件以来、「地産地消」がブームになっている。

遅きに失したとは言え、食の本来のあり方なのだと思う。

エネルギー問題も含めて、地産地消を本物にできるか否かは私達の今後の行動如何だ。

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2008年7月 7日 (月)

洞爺の馬鈴薯

G8の開かれているザ・ウィンザーホテル・洞爺の眼下は、言うまで゛無く洞爺湖だ。

そしてその反対側に、羊蹄山がそびえている。Cimg5867

ホテルと羊蹄山の間には、広大な馬鈴薯畑が広がっている。

北海道の馬鈴薯は、今が花の最盛期を迎えているはずだ。

決して目立たない赤紫色の花が、あの広野に限りなく広がっているだろう。

北海道がこれほどの馬鈴薯産地になったのは、明治40年の、川田龍吉の努力に由来する。Cimg5851

龍吉は、土佐郷士川田小一郎の長男である。

小一郎は鉱山経営などの功績が認められ、日銀総裁まで努め、男爵の爵位を受ける。

その子龍吉は、明治10年英国のグラスゴーに造船技術を学ぶために留学。

そこで、ジニー・イーディーと恋に落ちるのだが・・・果たせぬ恋となる。Cimg5872

やがて彼は男爵を引き継ぎ、函館船渠会社の専務を務める。

が、当時のスコットランドのジャガイモ畑の光景が忘れられなかったのだろうか。

龍吉は、英国から11品種の種芋を導入して栽培を始める。

そうして、鈴なりの実をつけた品種が「男爵」だった。Cimg5944

その男爵によって、北海道は馬鈴薯の大産地になるのである。

食糧問題が重い課題になりつつある折、G8の首脳達は洞爺の馬鈴薯畑に気付くだろうか。

南米ペルーに始まった馬鈴薯の紆余曲折には、人間と食材に関わる物語が詰まっている。

ちなみに「肉じゃが」は、東郷平八郎が英国ポーツマスに留学した折のビーフシチューに始まるらしい。

帰国後に艦上食として、これを醤油と砂糖で作ったのが始まりだと言う。

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2008年7月 6日 (日)

秋野不矩という画家

画才と言うものが、何によって培われるものなのかは、私など凡才の知る由も無い。Cimg5935

秋野不矩は、天竜川中流の片田舎に生まれた。

そしてその93年の生涯のうち、70年間を絵を描くことで燃焼させ続けた。

戦後間もない頃(1962)、大学の客員教授としてインドに滞在した。Cimg5934

その経験が、彼女の画風に独特の主張を注ぎ込んだ。

真っ直ぐに降り注ぐ太陽の下で、痩身でありながら力強く生きる人々。

植物も虫も、生命力に満ち満ちて生きている。Cimg5937

その原色に近い有様に、秋野は生命そのものを見出したのだろう。

例えば「回廊」と題された寺院の廊下に、私達は何を感じれば良いのだろうか。

強い光線が差し込んで出来る陰影の区切りは、私達の一年一年の来し方かもしれない。Cimg5941

そんな昼夜の繰り返しの末に、どこに辿り着くのだろうか。

「ガンガー(インダス河)」や「カミの泉」でも、小さな小さな命と大自然とを対比させている。

そう、秋野不矩が写し取った生命は、私達の歩みそのままかもしれないと思った。Cimg5936

今年は、秋野不矩生誕100年になる。

浜松市天竜区の中山間地まで、彼女のメッセージを聴きに多くの人が訪れている。

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2008年7月 5日 (土)

温暖化と私達

南極の海辺にヨットが浮かび、氷の消えた砂浜で皇帝ペンギンが不思議な顔をしている。Cimg5926

このまま炭酸ガスを排出し続けたら、やがてそんな景色が登場する。

そうなれば南極大陸は、大変快適な地域になって、多くの人間が住めるだろう。

ただしかし、熱帯のみならず温帯地域も、きっと人は住めないはずだ。

この温暖化は、地球が数億年かけて地下に溜め込んだエネルギーを、Cimg5927

たかだか200年で消費しつつある結果として惹起されている。

少しばかり燃費をよくしたところで、状況は良くなる訳ではない。

加工原料用はともかく、石油や石炭を「燃料」とすることを止める他ないのだ。

代わりに、エネルギーは地上で生産するべきなのだ。Cimg5928

風力や太陽光線、そして植物の力を借りることしかない。

地球温暖化対策は、7日からのG8の大きなテーマだ。

だが、炭酸ガス排出削減の当面の目標すら合意できないのではないか。

それは、南北問題や先進排出国責任論、経済成長との関係、資源国との関係などCimg5888

事ここに至っても、環境外交は利害得失を求めて展開するからだ。

原油価格の高騰は、そうした合意と決断を迫る警鐘なのかもしれない。

さてG8は、人類共通の課題に対して答を出せるだろうか?

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2008年7月 4日 (金)

梅雨明け?

昨夜来の雨で、今朝は電車まで止まってしまった。Cimg5922

そして、雨が止むと同時に一気に夏空が広がった。

少しばかり早いのだが、蒸し暑さも含めて、まさに日本の夏だ。

何故か、静岡市中のビアーガーデンまでが輝いて見える。

この国の四季の良いところは、何もかも変えられることだ。Cimg5923

着る物は勿論、気候も食べるものも、気分だって随分と変えられるのだ。

それで気分転換にと、昼休みにしばし暑さの中を歩いた。

「ひょっとして、今年はもう梅雨明けかしらん」そんなことを思いながらである。

何故なら、街を行く人はみんなクールビスだし、若い女性はことさら涼しげである。Cimg5924

大分拘束されることが多くなりそうだけど、

今年の夏こそは積年の宿題を幾つか片付けようとと思っている。

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2008年7月 3日 (木)

人類の存亡

私達人類が滅びるのは、戦争とか疫病ではないかも知れない。

そしてそれは、私達自身の自儘なエゴによる環境破壊だろう。Cimg5919

そう思っている。

人間はこれまでに二度、大きな自然改変をしてきた。

最初は、採集狩猟という自然の営みを変えたことだ。

氷河期の終わりと共に海面が上昇して、人間の生活圏が著しく狭まった。Cimg5920

そのとき我々の子孫は、田畑を作って作物を育て家畜を飼うことを始めた。

つまり、私達人間だけの自然環境を作り始めたのだ。

二度目は、その自然改変が限界に達した時に起こる。

森林を切りつくし、木材に代わるエネルギーを必要とした時だ。Cimg5921

その時人間は、石炭と言う新しいエネルギーを見つけ出して、これに転換していく。

そのエネルギーの転換が、近世産業革命の起爆剤になったのだ。

そして今、私達はその石化エネルギーを使い尽くしつつある。

地球が、10億年もかかって溜め込んだエネルギーを一気に開放してしまう訳で、

地球環境もその10億年前に戻れと言っているに等しい。

私たちが息苦しくなるのも当然のことなのだ。

今度の洞爺湖サミットは、経済もさることながら

人類の生存に思いをはせる会合であって欲しいのだが・・・・。

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2008年7月 2日 (水)

エネルギーをどうする? 

WTIと言う活字を見るのもいやになった。

そのWTIが、140ドルを突破した。

180円/㍑を超えたガソリンだって、まだまだ上がるだろう。

静岡県の農業の象徴だった施設園芸は、青息吐息で耐え忍んでいる。

全国の漁業者だってそうだ。Cimg5608

冗談じゃない。命を張って魚を取りにいって、赤字じゃやってらんない。

ここまで来てやっと、この国でも太陽光や風力への取り組みが取りざたされるようになった。

それも、その施設開発や海外への販売が主目的だ。

この国では何故、本気になってエネルギーを生み出すことをやらないのだろうか?

オーストラリアの高速道路を走ると、何百機という風力発電施設の林立した地域に出っくわす。

地のはてまで風車が林立している。Cimg5671

ドイツなどでは、BDF(バイオディーゼル)用の菜の花で大地が染まっている。

そして、農家には茶工場のようにBDF化工場が有って、菜の花油を加工してディーゼル用に販売している。

それらはすべて、国の政策として取り組んでいることなのだ。

この日本の国では、荒廃農地が広がり、エネルギーばかりか食料までも、

多くを海外に依存し続けている。Cimg5669

それもこれも、商業主義の結果なのだ。

海外で安く買えるなら、それで良いじゃないかという考えの結果なのだ。

だが、エネルギーも食料も、安く買える時代は終わっちまったのかも知れない。

さあ!、賢明なる国民諸君、これからどうする?

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2008年7月 1日 (火)

名刺

かなり若い頃、ドイツで少々高価な名刺入れを買った。

ある先輩に「男にとって、名刺入れは顔だよ!」そう諭されたからだ。

以来、その名刺入れを使ってきたのだが・・・・。Cimg5914

この四月に、私の肩書き付きの名刺そのものが無くなってしまった。

その後多くの人にお会いしたのだが、名刺を出される度に私も同じ動作をしてしまう。

そして慌てて、「名刺を持ちませんので・・」と言うのだが、

何んだか名刺を持たないのが、後ろめたくさえ感じることもあった。Cimg5917

「人間は、その人間でしかないんだ」と思っていながら、肩書きで人を見てしまう。

そんな感覚からもやっと自由になったと思っていたら、昨日から新しい名刺を持つ事になってしまった。

いっそ名前だけの名刺を持ち歩こうかと思うのだが、

ここ当分は関係先への就任挨拶など、そうもいかない。Cimg5918_2

そんな生活に又浸かってしまいそうな自分を恐れている。

とりあえず、私の長い休暇は終わってしまった。

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