« 秋野不矩という画家 | トップページ | 身土不二 »

2008年7月 7日 (月)

洞爺の馬鈴薯

G8の開かれているザ・ウィンザーホテル・洞爺の眼下は、言うまで゛無く洞爺湖だ。

そしてその反対側に、羊蹄山がそびえている。Cimg5867

ホテルと羊蹄山の間には、広大な馬鈴薯畑が広がっている。

北海道の馬鈴薯は、今が花の最盛期を迎えているはずだ。

決して目立たない赤紫色の花が、あの広野に限りなく広がっているだろう。

北海道がこれほどの馬鈴薯産地になったのは、明治40年の、川田龍吉の努力に由来する。Cimg5851

龍吉は、土佐郷士川田小一郎の長男である。

小一郎は鉱山経営などの功績が認められ、日銀総裁まで努め、男爵の爵位を受ける。

その子龍吉は、明治10年英国のグラスゴーに造船技術を学ぶために留学。

そこで、ジニー・イーディーと恋に落ちるのだが・・・果たせぬ恋となる。Cimg5872

やがて彼は男爵を引き継ぎ、函館船渠会社の専務を務める。

が、当時のスコットランドのジャガイモ畑の光景が忘れられなかったのだろうか。

龍吉は、英国から11品種の種芋を導入して栽培を始める。

そうして、鈴なりの実をつけた品種が「男爵」だった。Cimg5944

その男爵によって、北海道は馬鈴薯の大産地になるのである。

食糧問題が重い課題になりつつある折、G8の首脳達は洞爺の馬鈴薯畑に気付くだろうか。

南米ペルーに始まった馬鈴薯の紆余曲折には、人間と食材に関わる物語が詰まっている。

ちなみに「肉じゃが」は、東郷平八郎が英国ポーツマスに留学した折のビーフシチューに始まるらしい。

帰国後に艦上食として、これを醤油と砂糖で作ったのが始まりだと言う。

|

« 秋野不矩という画家 | トップページ | 身土不二 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

流石 知見の広角打法拝見いたしました。
G8では アイヌの歴史、食糧危機への
男爵の役割まではとてもとても。
超多忙な世界リーダーの参集、顔見せ儀式?
国益を賭けた「極秘交渉 シェルパ」NHK報道の
舞台裏攻防180日が緊張感がありましたね。
ともあれ、この不確実時代世界のリダーが
集うことこそが「出逢いは国家リ通信簿」
そこから、壁のない相互理解が派生するの
ですね。
肉じゃがの由来まで発信 感激です
<中国では>
「騰篭換鳥」と「築巣引風」へスローガンの
 転換・・・成熟したわが国でも・・・役割の済んだ
 高齢者にも 明るい未来が・・・80余命の安心
 生活の社会が到来して欲しいものです。
 平成の姨捨山では・・・・。(笑い)
 
   

  

投稿: 静岡の老婆心 | 2008年7月10日 (木) 16時46分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 洞爺の馬鈴薯:

« 秋野不矩という画家 | トップページ | 身土不二 »