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2008年7月 6日 (日)

秋野不矩という画家

画才と言うものが、何によって培われるものなのかは、私など凡才の知る由も無い。Cimg5935

秋野不矩は、天竜川中流の片田舎に生まれた。

そしてその93年の生涯のうち、70年間を絵を描くことで燃焼させ続けた。

戦後間もない頃(1962)、大学の客員教授としてインドに滞在した。Cimg5934

その経験が、彼女の画風に独特の主張を注ぎ込んだ。

真っ直ぐに降り注ぐ太陽の下で、痩身でありながら力強く生きる人々。

植物も虫も、生命力に満ち満ちて生きている。Cimg5937

その原色に近い有様に、秋野は生命そのものを見出したのだろう。

例えば「回廊」と題された寺院の廊下に、私達は何を感じれば良いのだろうか。

強い光線が差し込んで出来る陰影の区切りは、私達の一年一年の来し方かもしれない。Cimg5941

そんな昼夜の繰り返しの末に、どこに辿り着くのだろうか。

「ガンガー(インダス河)」や「カミの泉」でも、小さな小さな命と大自然とを対比させている。

そう、秋野不矩が写し取った生命は、私達の歩みそのままかもしれないと思った。Cimg5936

今年は、秋野不矩生誕100年になる。

浜松市天竜区の中山間地まで、彼女のメッセージを聴きに多くの人が訪れている。

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