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2008年7月17日 (木)

大奥

江戸城の天守閣は、三代将軍家光の時代に6層の立派なものが作られた。Cimg6001

だが19年後に焼失してしまう。

そして、その後再建されることは無かった。

徳川の世も定まった太平の世に、天守閣など必要なしとの判断だろう。Cimg6002

それで、今日の天主台だけが残されている。

やや黒ずんだ石垣に、400年前の火災を想像したりしてしまう。

その天主台のすぐ西側に、大奥跡が広がっている。Cimg5288

江戸城の大奥と言うと、時代劇の女の陰湿な戦いを連想してしまうのだが・・・、

篤姫の暮らした所と言ったほうが良いだろう。

江戸城には、政務を行う「表」、将軍の暮らす「中奥」、Cimg5999

そして正室以下が住む「大奥」があった。

実は大奥は、本丸と西の丸の二箇所にあって、

上臈以下の女中が、最大で700人も暮していたらしい。

だからいがみ合いが起こるのも、至極当然だろう。Cimg6003

大奥の建物も、本丸の大奥だけで6,300坪もあった。

表と中奥を合わせても4,600坪だから、

大奥の存在は実に大きなものだったのだ。

東京に出かけた帰り、皇居の東御苑を歩きながら、

江戸三百年の実在感を味わってきた。

NHKの大河ドラマの影響なのかな~?。

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