« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月31日 (金)

虚勢にさよなら

人間をやっていると、喜怒哀楽は日常茶飯だ。Cimg6489

ホッとしたりハラハラしたり、悔しいことや苦しいことにだって遭遇する。

そして、そのことはすべからく、人と人との関りに起因している。

私達の情感は、夫婦や、親や子に、地域や職場に、

友人や恋人に認められて初めて、喜びにも悲しみにもなるからだ。Cimg6476

だから、生涯一人で無人島暮らしだとしたら、

仮に何かを得たとしても、喜びもへったくれも無い。

つまり人間は、一人ではとても生きていけないのだ。

そんな人間なのだが、私達は自分の弱みを隠して、Cimg6475

精一杯強がって生きている。

ひ弱なくせにその弱さを隠して、虚勢を張って生きている。

動物の世界では、時に弱さは攻撃の対象だ。

だけど人間の場合には、虚飾の無さは信頼を生む。Cimg6474

それに人間は、強さに対しては優しくはなれない。

強がりを止めて胸襟を開いてこそ、分かり合うことが出来るのだ。

だから国も人も、強がりを止めるべきなのだ。

そうすれば世の中は、もっとずっと平和で過ごしやすくなるはずだ。

戦争も経済も、とどのつまりはその人間関係の総和なのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月30日 (木)

創作家と街

お祭りよりも、多くの人々が集まってくる。Cimg6482

そこには、そこそこの画廊や個展会場でなくっちゃ見られないものがふんだんにある。

そこでは、美術館なんて縁のないような、ごく普通の市民がそれを楽しむ。Cimg6480

古い街道に並ぶ家々が、おしなべて個展の会場になっている。

作家たちは、その町家を自分のギャラリーにしてしまう。

街道をそぞろ歩く私達は、そこで日常の暮らしとは少し違う、文化の香りを味わうのだ。Cimg6479

今年で10回目になった「遠州横須賀街道ちっちゃな文化展」である。

決して、ちっちゃくはないのだ。

今年は、79箇所もの会場に、近郷近在から多くの作家が集まった。Cimg6485

勿論、芸術品だけではない。

地元の凧職人や麩、味噌や判子づくり名人にとっても、まさに晴れ舞台なのだ。

それに茶の湯や邦楽、ハモテカや合唱の披露などと、訪れる人を飽かせない。Cimg6491

静かな古街道が、今に息づく。

ひょっとすると「民芸」と言うのは、こういう展開を言うべきなのかも知れない。Cimg6486

この「ちっちゃな文化展」は、来年秋の静岡国文祭に参加する。

きっとこの街は、全国から注目されるだろう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年10月29日 (水)

我執

大方の人間は、その利害得失によって進退する。Cimg6515

それで世の中が収まってきたところがある。

だが希に、人々が困るのを楽しむ御仁がいる。

困らせることで、自分の存在価値を見出しているのだろう。

今日、富士三静岡空港の開港が、予定の3月から遅れると発表された。

原因は、反対地権者1名所有の立木である。Cimg6512

たかだか百本ほどのヒノキと我執が、

多額の税金と人々の利便を失わせようとしている。

土地収用上のミスも問われなければならないが、

一人の人間として、それが我執で済むのかどうかはなはだ疑問だ。

空港は、99.9%完成しているのだ。Cimg6518

残すのは完成検査だけの、その空港に反対して何になるのか?

強靭な頑迷さには、驚愕するばかりだ。

それにも増して、怨嗟の的にされているヒノキの方が哀れでさえある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月28日 (火)

ハロウィーン

日本人は昔から、大勢順応と言うか雰囲気にからっきし弱い。Cimg6478

歴史上の権力交代だって、如何に勝ち馬に乗るかと言うことが関心事だった。

関ヶ原も鳥羽伏見も、定見や正義と言うことよりも勝ち馬だった。

そうして人の行く方向に、なりふり構わずどっと駆け出してしまう。Cimg6511

一旦時流が走り出すと、もう止める事は出来ない。

理屈も糸瓜も無いのであって、結構軽薄な国民だとも言える。

大方が、大勢に順応していれば、安心だと信じているらしい。Cimg6508

日本の株価が、四半世(26年)ぶりの安値になった。

誰が売っているのか諸説あるが、とにかく極端なのである。

が、こんなブームは願い下げである。誰も安心できないのだから。Cimg6509

ところで、この10月31日はハロウィーンである。

キリスト教の万聖節の前夜祭だ。

死者の霊を慰める祭りだから、日本ではお盆だろうか。Cimg6510

アイルランドの古俗に始まるらしいが、そこは商魂逞しい日本人である。

このハロウィーンをブームにしようと躍起なのだ。

洋菓子売り場には、ハロウィーン商品が並ぶし、

大小のカボチャまでラインナップしている。

さて、ブームに弱い日本人が、死者の霊に取り付かれるのかどうか?

「何かくれないと、悪さするぞ」と脅かされるのも癪だが、

不況の影に怯えているよりもましか!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月27日 (月)

町並み

一昔前の繁華な通りが、バイパスが出来て何時の間にか寂れてしまう。Cimg6481

かつての東海道や城下町が、時代から取り残されたように佇んでいる。

そんな風景は、珍しくなった。

何故なら、そんな風景は残そうとして残るものではなくて、Cimg6484

経済原則の前に次々と消える運命にあるからだ。

第一、古いものを愛おしく思うようになったのは、つい最近のことだろう。

古民家を残すと言ったって、そこには住む人がいる訳で、Cimg6488

営業活動ならなおさらのことである。

遠州横須賀街道と言ったって、今時、誰も知らないような城下町だ。

そもそも「須賀」とは「スカ」に通じて、「はずれ」を意味している。Cimg6492

その小笠山の縁にある横須賀の町が、気炎をはいている。

昔からの商売や民家を、独特なやり方で見直そうというのである。

「町並みと美の晴れ舞台」と称して、今年で10年になる。Cimg6493

その街道を歩いてみて、多くの人が「自分」を振り返ったのではないか。

町並みと言うものは、とうざの歴史の反映なのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月26日 (日)

曲水の宴

浜松市の平口という所に、万葉の森公園がある。Cimg6499

万葉植物を集めた公園で、毎年、この曲水の宴が開かれる。

といっても、天平絵巻を再現する演出なのだが。

それでも大伴家持以下の扮装や、Cimg6505

万葉歌の朗詠など往時が偲ばれる。

そもそも曲水の宴とは、

紹興の蘭亭で催された2,000年も前の遊びだ。Cimg6504

書家で今に伝わる王義之は、流れ来る杯に酩酊しつつも、

なお歴世に伝わる詞を詠んだ。

昨年、その蘭帝の曲水の庭を訪れたのだが、Cimg6501

その流れはエッと思うほど小規模な疎水であった。

その遊びが日本に伝わり、宮廷貴族の典雅な儀式になった。

この国の古代は、中国からすべからくを学んだのだが、Cimg6500

奈良時代の知識人にとって、

この曲水の宴はいかにも高貴なものだったのだろう。

文化の源流のささやかな酒肴が、日本の貴族文化になったのだ。Cimg6507

日本人とは何かを考える時、一種象徴的な事象ではなかろうか。

この時代に生きた人々の情感を、

わずかに想像出来る一時であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月25日 (土)

チェンジ!

木々の葉色が、徐々に変わり始めている。Cimg6477

そんな秋色を眺めながら、昨今の世界動乱を考えている。

行き過ぎがあったり、事件が起こったりと、

当然のことながら、様々な事象の中に私達は生かされている。

ただしかし、今起こりつつあることは、確かに100年に一度の事態なのかもしれない。

そうであればこそ、この目でしかと見てやろうではないか。Cimg6476

地獄と言うものがどんなものか、

そして又、その地獄から這い登る人々の息吹を。

人は一生のうちに、大きな転機に3度は遭遇すると言う。

小さな転機は、転勤だ。

私は、これまで14回の転勤を経験した。Cimg6473

時に涙したことだってあったのだが、その度に多くのものを得てきた。

転勤は、私の人生の糧だったとさえ思っている。

人や地域を知り、何よりも時代の動きと言うものが見えるようになったからだ。

今、世界が直面しているのは、その程度の安易さではないのだが、

冷戦崩壊以後の、世界の新たな激変の兆しを感じている。Cimg6469

ひょっとしたら、新たな日本の世紀が始まろうとしているのかも知れない。

そう思って、性強く生きようではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月24日 (金)

美味しい日本

昨日から「国産農産物消費拡大月間」が始まっている。

殊更そんな事を言わなくても、この日本には、Cimg5521

世界中で最も豊かな四季折々の食材が溢れている。

その農の国の食が危うくなったのは、

単に、人々が「安価」を求めたからだ。

15年ほど前のことだろうか。Cimg6418

ある食品会社の社長が私に、

「規制緩和とは良いものですね。このチマキが一個5円で手に入るんですよ」

と、売価200円はする品を指しておっしゃった。

勿論、中国製のチマキだ。Cimg6442

価格破壊などと言いながら、賃金が1/100以下であるような国で作らせて、

さらに加工してただ同然で輸入して儲ける。

それが日本の食品産業の大半であった。

しこうして、国内産の原料は見向きもされなくなった。Cimg6414

国内の農業が縮小して当然である。

そんなことが、何時までも続くはずが無い。

案の定、その安さには多くの危うさが隠されていた。

農薬汚染ばかりか、日本の農業そのものを崩壊させたのだ。

そして今やっと、外食や食品産業がその見直しを始めている。

度重なる汚染の酷さに、自社存亡の危機を感じ始めたと言える。

しかし国内農業は既に、一定の量を安定的に供給する力も仕組みも無くなりつつある。

これからの農業は、その仕組みを再構築することから始めなくっちゃならない。

美味しいニッポンの成否は、とどのつまり消費者の行動如何なのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年10月23日 (木)

スリムを目指せ!

飽食が続くと、突然の粗食には抵抗がある。Cimg6405

まぁ~、昼食を牛丼で済ます私には実感は無いが。

問題は経済である。

私達は好況がチョツト続いただけで、それが永遠に続くように錯覚してしまう。

とかく人間は、惰性の動物なのだ。Cimg6424

金融恐慌は、10年位のサイクルで繰り返されているらしい。

だが今回は、どうやら金融なんて言ってる場合ではなさそうだ。

世界中の人々の気分が、萎縮を始めている。

その気分は、消費行動を著しく緩慢にする。Cimg6404

物が売れないから企業は、その活動を縮小しようとする。

人が余って、人減らしが始まる。

例えば私の住む磐田市では、

この数ヶ月で約2,000人の派遣労働者が職を失っている。Cimg6403

それにこの現象は、今始まったばかりで、本番はこれからだ。

正規職員の割合が少なくなって久しい昨今、

この人員削減は、地域経済に大きな影を落とし始めている。

それもこれも原因は、アメリカ人の住宅ローンの焦げ付きなのだ。

それが今日、地球規模での大バブル崩壊となってしまった。

はた迷惑なことだが、冬の時代への突入は不可避なのだから、

何とか耐え凌ぐしかない。

と言うことだが・・・、少し見かたを変えてみよう。

実は企業も人も、好不況を繰り返すから健全なのかもしれない。

飽食が続くと人間が駄目になるように、企業活動についても然りである。

不況期こそ、企業発展の知恵を生み出すものなのだ。

そう、私達にとっても、浪費型生活を改めるチャンスなのだ。

そう思うなら、来襲する厳寒の冬も耐え甲斐があるではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月22日 (水)

ぶりっ子

「誰も、俺をみとめてくれない!」と、Cimg6425

秋葉原に車で突っ込んで、殺人鬼になった輩がいた。

だが考えてみると、私達はみんな”認められる”ために生きている。

赤ん坊にとって、親の存在は絶対だ。

とりわけ母親は、永遠の太陽である。Cimg6426

だから、母親にほめてもらうことが、子供の行動の原点になる。

ママが褒めれば、何だって出来てしまうのだ。

逆に、母に嫌われる子は悲劇だ。

その大方が、問題児になっていく。Cimg6447

少し長ずると、今度は異性に認められたくなる。

男(女)は、自分を認めてくれる異性の為には、何だって出来るのだ。

さらには、社会や組織にも認められなくてはならない。

先生でも上司でも、同僚でも友人だって良い。Cimg5545 

そう言えば、友人と言うのはお互いに認め合うことで出来る関係だよね。

人は認められたいが故に、化粧をしたり虚勢を張って見せたりする。

とにかく、俺は出来るんだとか、カッコいいだろうと言うポーズをとるのだ。

良い大学も会社も、地位や権力も、突き詰めれば誰かに認めて欲しいのだ。

イジメとか差別だって、それにガングロやビキニだって、Cimg6432

自分を認めさせるための手段なのだろう。

戦国の昔は、自分を認めてくれる親分のために命を賭して戦ったのだ。

まぁ~、かくいう私がブログを書くのも、

反応と言う認証を得たいが為なのかもしれない。

やはり人間は、一人では生きられない寂しい生き物なのだ。

それに、アレだね。

認めてほしかったら、人を認めることだね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月21日 (火)

日々

コスモスの花が、心地良げに風に揺れている。Cimg6440

春が来て夏が過ぎ、天高く清涼の秋になったのだ。

何の不思議も無い移ろいなのだが、その時の流れの様を思っている。

朝、起きだしてすぐに植物の面倒を見る。Cimg6441

それから朝食をはさんで、幾つかの新聞に目を通す。

電車に乗ると、決まったように本を読んで、朝の気分を高めるのだ。

職場では、もちろん職場の時間の流れが経過していく。Cimg6437

そして帰りの車中では、もう既に半ば晩の気分になっている。

家では、孫達とのやり取りがあって、ブログを書いて一日が終わる。

世上、内閣が変わったり、株が暴落したり、Cimg6438

農薬汚染食品や腹立たしい事件が起こったりもする。

Jリーグやプロ野球の戦況も関心事ではある。

そんな平凡な日々の流れは、得がたいものだと思う。Cimg6439

だが一方、そこには何か物足りなさを感じる自分がいる。

草花が芽を出し、枝葉を伸ばして花をつける。

日照りが続いたり、嵐があったりするのだが、

それを乗り越えて、秋にはそれなりの稔が生まれる。

同様に人の生にも、実現した何ほどかの果実が欲しい。

その果実が、自分の存在意味と価値なのだが、

望むらくは、それが人々の笑顔になればよい。

コスモスの広がりだって、多くの人々の熱意の賜物なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月20日 (月)

モザイカルチャー

この週末、「浜松花と緑のフェアー」に出かけた。Cimg6429

駅前の東街区の整備がほぼ完成して、

浜松と言う街のイメージが一変した。

緑の豊富なゆとりのスペースや個々のビルにも、Cimg6422

浜松独特の雰囲気が出ている。

その浜松で、来年第4回となるモザイカルチャー世界博が開かれる。

もともと浜松は植木の産地だし、ガーベラなどの有数の花の生産地だ。Cimg6427

原材料には事欠かない。

ただ、モザイカルチャーと言うのは、ヨーロッパ発祥の緑花像景アートだ。

この三次元の草花装飾は、新しい文化だといえる。Cimg6428

日本にこれまであったのは、菊人形程度だろうか。

東南アジアの王宮に行くと、

植物で実物大のゾウなどの造形が並んでいたりする。Cimg6431

盆栽を見慣れた私達には、そのスケールの大きさに驚くのだが、

そうした造形文化を、この日本に導入しようとの意図である。

大会を一年後に控えて、一昨日のフェアーにも小物のサンプルが展示されていた。

新機軸のディスプレィ技術は、やはり目を引く。

侘び寂びの空間とは異次元な世界だが、

東街区のような新しい都市空間には、結構マッチしている。

トピアリーとは又違って、都市景観に新しい魅力を生み出すかもしれない。

来年9月19日から二ヶ月間、大いに楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月19日 (日)

合併と地域

村や町が無くなって、あらかたが市になった。Cimg6460

そして広域合併の眼目は、行政コストの縮減だ。

だからどんどんと、地域活動の予算を減らすことになる。

人口の集中する街中はともかく、外延部は黙っていれば置いてきぼりを食う。Cimg6444

言うなれば、置いていかれない為の地域間競争が始まっている。

もっとも、競争に参加すら出来ない地区が多いのだが・・・。

地域と言うものは、地域に住む人々の行動の積み重ねが、その歴史を形作る。Cimg6446

例えは、旧豊岡村にNPO敷地土用倶楽部があって、

毎週、子供達を集めて英会話をやっている。

先生は、近所の大学のボランティアの学生だ。Cimg6448

もちろん英会話は、遊びの一環で、外国人もここに出入りしている。

後10年して、この地域からどんな青年が登場するだろうか。

今日の豊岡での「黎明フォーラム」は、5回目である。Cimg6449

初回から、既に15年を経過している。

この間の、この地域に何が起こって、他の地域に何が起こらなかったか。

くどいが、地域の歴史と言うのは、そこに住む人々の行動の歴史なのだ。Cimg6450

何も無く、何も起こらず、太平無事に過ごすのも良い。

だが、人間と言うものは、大なり小なりその環境によって育てられるのだ。

何処の地区にも自治会と言うものがある。Cimg6454

その最も遅れた自治会は、どこも一年交代で自治会長を押し付けあっている。

今、自治体に出来ることは、予算面から縮小の一途だ。

防犯も敬老も、防災も交通も・・・・すべからく、Cimg6459

自治会がまさに「自治」する時代が来ている。

にも拘らず、そのマネージメントの中心の自治会長が一年で交代する。

一体全体、何が出来ると言うのだろうか。

私自身、片手間ながらその一年を経験して、溜息をつくばかりであった。

この地域をどうしようかなどと、誰も考えていないのだ。

守りの自治会は、地域を衰退させるのだ。

黎明フォーラムで、そんな事を考えていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月18日 (土)

都市の魅力

住めばすべからく都なのだが、Cimg6421

「良い街」を創り上げるのは、そう容易な運動ではない。

都市には、その歴史や伝統の上に経済が乗っかっている。

静岡県には、相次いで政令市が二つ生まれた。

その一つの静岡市は、駿河湾から南アルプスまでの広大な市だ。Cimg6436

だがその中心は、旧駿府の市街でしかない。

そこにこの街の歴史も文化も、そして伝統もギュッと詰まっている。

家康が大御所としてここで暮してから400年も経つのだが、

いまだに、その時代の気分と言うものを、どこかにか漂わせている。Cimg6414

都市の躍動と言うものが無い代わりに、

幾分京都に似た典雅さがあるのだ。

一方浜松は、ホンダ、ヤマハ、トヨタ、ホトニクスの生まれた所だ。

当然のことながら物づくりの躍動と、地域の経済的な広がりがある。Cimg6435

浜松はこの30年、静岡とは対照的に郊外に大きく広がった。

結果として中心部は、著しく空洞化したのだが、

コンベンションと居住、学びの機能を中心に甦りつつある。

浜松は、新しい都市機能を取り入れて生まれ変わりつつあると言える。Cimg6420

片や静岡は、伝統を活かすことで生きようとしている感がある。

静岡県は、典型的に好対照な二つの都市が面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月17日 (金)

言葉の暗示力

人間の意識というものは、言葉が作るらしい。Cimg6417

人間の脳の発達も、言葉が梃子になったのだから当然だろう。

それに念力なぞ、はっきりとした言葉が無かったら成り立たない。

目標が鮮明でなくては、その気になりようも無いからだ。

欧米人が「愛してる」を連発するのも、やり方として結構的を得ている。Cimg6392

毎日それを繰り返していれば、人間の脳はその気になってしまうのだ。

この点、欧米の女性は分かっているのだ。

私も細君にと思ったのだが、今更駄目だな~・・・・!

それに嫁姑の確執も、口数の多さの由縁ではなかろうか?Cimg6416

ともあれ、有言実行は肝心なことだ。

自分の実現したいことは、是非とも進んで口外すべきだ。

それで自分も人も、その気を醸し出していくのだろう。

はてさて、今、口外すべきことは何かだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月16日 (木)

何よりも食

性懲りもなく、メラミン入粉ミルクの次は毒冷凍インゲンだ

ただ同然の輸入汚染米を、騙して売る。Cimg6376

牛乳成分をメラミンで誤魔化して稼ぐ。

超低賃金で輸出用野菜を作らされる。

その一方に、安易に飽食を謳歌しようとする消費者がいる。

その食の安易さ故に、こんな事件が続くのではないか。Cimg6368

そもそも、安物には安い理由があるのだ。

先日、世界飢餓指数なるものが発表された。

国ごとの栄養不足人口割合(100が最悪)などから算出される。

06年の全世界の飢餓指数は15で、少しは改善方向らしい。Cimg6363

だがアフリカや南アジアでは、自然として緊急事態が続いている。

コンゴの指数は43と言うから、非常事態というべきだろう。

ともかく世界で8億5千万人が栄養失調であり、

統計上、毎日2万4千人も餓死しているのだ。

餓死などと言うものは、当然無くさなきゃならない。

だが、途上国の経済発展で世界的な食料需給が逼迫し始めているように、

飢餓根絶と飽食は裏腹な関係にある。

人は食なくしては生きられないのだから、「食料」の価値をちゃんとしなくちゃ駄目だ。

インゲン豆は、江戸初期に福建省から渡来した隠元禅師がもたらしたものだ。

私も、国産のインゲン豆を買って、「食」を考え直そうと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月15日 (水)

プー太郎の独り言

今やフリーター(無業者)の数は、2百万人に達する。Cimg6306

決して、感心できる風潮ではない。

フリーター量産の原因の一つは、日本の産業教育ではないか。

大体、学校というものは、社会に出てから役立つことを教えていない。

その学校と現実社会のギャッぷが、余りに大きいのではないか。Cimg6315

予備校化しきった高校、それに商業や農業、工業などの職業学科も苦しい。

卒業しても、その知識を活かすことができないのが現実だ。

それでも、輪切りで選別されて、その無駄な「勉強」を強いられる。Cimg6377

当然のこと、熱の入りようがない。

それは大学だって同じだ。

自分の「専攻」を活かせる人間は希だ。

社会で必要なスキルは、結局就職後に身につける他無い。Cimg6379

何のための、青春の7年間なのだろうか?

今日の学校は、人間を選別する仕組みに過ぎなくて、

産業発展のための人材養成に機能していないのだ。

つまり必要なのは、学歴であって「学び」ではないのだ。

かつての技術立国が、技能貧国になんなんとしている所以である。

それで今、経済産業省などを中心に、

産業界のニーズと人材育成をリンクさせようとしている。

このことに、私も少し関っているのだが、

現在の教育制度を変えることなしに、

これを実現するのは容易なことではないだろう。

いっそ学校では、役立ちもしない知識の詰め込みは止めて、

「大智は智ならず。大勇は勇ならず。」とでも教えるべきかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月14日 (火)

盗人

ちょつと変わった事を書こうとしている。Cimg6387_2

「浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ」とは、石川五右衛門の辞世の句だ。

当今の世上も、唖然やら理不尽やら悪知恵やらに溢れている。

振り込め詐欺などは、その最たるものだろう。

下卑たものでは、教師が女生徒の制服を盗んだりと、まあ呆れたものである。

当然ながら、それもこれも困ったことなのだが、Cimg6378

事は、南オセチアを巡って、グルジアに侵攻したロシア軍の行状である。

ソ連時代のチェコ蹂躙など、これはロシアの悪しき癖なのかもしれない。

今回のグルジア侵攻は、動機がエゴイスティックで見苦しいほどだ。

おまけに彼ら侵攻軍は、500ha余の農産物を焼き払ったと言う。

何だか、日本の戦国時代のような・・・・。Cimg6395

それで彼らは、農家のトラクターまで盗んでいった。

その中に、日本の資金援助で導入した22台のトラクターが含まれていたらしい。

「住民が住めないようにする」のが目的らしいが、発想のお粗末さに呆れる。

話は戦国時代、秀吉の謀将として大きな役割を担った蜂須賀小六は、

盗賊の頭目だった言われている。Cimg6401

その蜂須賀家は、阿波二十五万石の大名として明治まで続いた。

明治になって、蜂須賀公爵家になった。

あるパーティーで、明治天皇と話しておられた折のことだ。

明治帝がチョツト中座された。

公爵がふと見ると、卓上に帝の煙草入れがある。

これを公爵は、一本頂戴して火をつけた。

席に戻った帝は、それに気づいて「蜂須賀、先祖は争えんのう」と笑ったと言う。

小六が盗賊だったという確証は無いのだが、

300年を経てもなお印象され続けると言うのは、

盗人というのが卑劣な行為だからだ。

国も人も、戦争であれ何であれ盗人は盗人なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月13日 (月)

レース準備

私達小笠山RCは、素晴らしい緑陰のコースを走っている。Cimg6409

その緑道を使って、昨年からトレイルランを開催している。

今年も11月3日に、その日がやってくる。

エコパをスタートしてケスタの崖上を6km、Cimg6410

山頂付近に達してから、私達の尾根道コースに入る。

これが12km。

ここで美味しいカレーを準備している。

そこから1kmほどの所に小笠山神社がある。Cimg6411

標高264m、神社では年に一度のお祭りで、

流鏑馬や稚児舞が見られる。

そしてその山頂からは、一気にゴールの「つま恋」向けて8km下っていく。

つま恋で風呂に入ってからは、完走パーティーだ。Cimg6413

レースまで残り20日になって、今日は皆でコースの整備だ。

とは言え、26kmの全ての草取りや表示など、汗だくである。

作業を終えて、後は当日の好天を祈るばかりになった。

皆さん、素晴らしい休日の準備は出来ましたよ。

是非、小笠山トレイルランを一度は走ってみてください。

全国何処を探したって、こんなに素晴らしいコースはないな!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月12日 (日)

浜名湖の秋

今日は、浜名湖一周マラニックだ。Cimg6390

浜名湖には、村櫛や大崎など半島が多いが、

その大小の半島をなぞるように走っていく。

自分の足で、浜名湖そのものを体感する89kmなのだ。Cimg6402

午前5:00のスタートから一時間刻みで時間差のスタートだ。

それで何故か私は、7:00のスタートにしてしまった。

今回の参加者のあらかたがスタートした後で、結局私は一人で走ることになった。Cimg6400_2

気ぜわしげに過ぎ去る車を尻目に、あくまでもマイペースで、

浜名湖の秋を心行くまで楽しむマラニックになった。

パンパスの穂が秋空に立ち上がり、湖岸iはハゼ釣の人々が続く。

競うことの無いレースは、初めてかも知れない。 Cimg6406

黙々と一人の旅が続く。

励ましたり励まされたりが望ましい人生なのだが、

良く考えると、走るのも生きるのも一人なのだ。

・・・と、愚にもつかない事を考えながら走っている。Cimg6407

実は人恋しいし、それに限りなくゴールが遠いのだ。

しかしそれでも、16:55新所原にゴールできた。

萩田さんのこのレースは、実はそれからが本番である。

今日走った皆さんとやっと顔を会わせ、懇親と反省会である。Cimg6408

初対面の方もいるけれど、和気藹々と楽しく盛り上がる。

今年で10回目のこの大会。

実は今回が最後となる。

残念だけど、呼びかけ人の萩田さんに感謝感謝である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月11日 (土)

祭礼

キンモクセイの高貴な香りが漂っている。Cimg6386

秋の風情は、この香りと祭り太鼓だろうか。

子供達も、朝から少しばかり興奮している。

私の子供の頃は、鎮守の祭りだった。

屋台なんてなくて、ちっぽけな祭りでも、それなりに楽しかった。Cimg6380

村ってのは、何となくこの社を中心に成り立っているんだと思った。

でも近世になって、立派な屋台が出来て、様相は一変した。

屋台が祭りそのものになったのだ。

村の神社は、付け足しでしかなくなった。Cimg6383

秋祭りは、これから始まる収穫の豊穣を、祈念するのが祭りのはずだった。

ところが今では、そんな何百年来の習俗は打ち忘れられている。

飲んで騒いで、日頃の憂さを晴らすのが祭りかな?

今度私の集落では、公民館の立替をすることになった。Cimg6389

ついては、ゴミの集積場所も変えなくてはならない。

古紙の集積に限って、しばらく屋台小屋の庇の下にする事した。

すると「古紙に火を点けられたらどうするのだ」という発言があった。

たかだか月に一度、半日の集積なのだが・・・・・。

この発言は、「屋台と言うものは、村の大切な財産なのだが、

実は時に怨嗟の的にもなる」ということを意味している。

火をつけられかねない代物なのだ。

秋に心をつけて愁いという字になる。

実りの秋に愁いを感じるのは、農耕生活を忘れた

貴族の生活がそうさせたとの説がある。

今、世界中が唖然としている金融収縮は、金融貴族のそれではなかったのか。

ゆめゆめ私達は、物づくりの精神を忘れてはならないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月10日 (金)

資本と利子

昨今の金融動乱のことではなく、私達の生き方の話だ。Cimg6377

元手を投下して、その結果生まれる利益を求めるのが企業活動だ。

だから、その元手の価値を温存しなくっちゃならない。

業績不振だからって、その資本を費消してしまうのは本末転倒である。

ところで私達は、その食い潰しを平気でやってきたようだ。Cimg6368

石油は、自然の生み出した再生不可能な資本だ。

何時か枯渇することが分かっていて、私達は消費し続けている。

環境汚染も、地球と言う資源を毀損しているのと同じだ。

もとよりたった一つの、かけがえの無い住家なのだ。Cimg6365

この点、再生可能な農林水産業は、利子に相当する。

とりわけ季節ごとの稔りをもたらす農業は、価値ある利子だといえる。

エネルギーの生産だって、十分可能だ。

林野もチャント管理すれば、エネルギーを含め様々な資源を生み出す。

ローマ帝国の滅亡は、森を乱伐して禿山にしてしまったのが一因とされる。

再生不可能なまでに略奪すれば、私達の生存が危うくなるのだ。

水や風、そして太陽光や地熱の福音を、

利子としてきちっと利用するのが本当の知恵だろう。

その最たる農林水産業を疎かにしてきた付けは、やがて歴然としたものになるはずだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 9日 (木)

食農不一致

「食」と言う字は「人に良い」と書く。Cimg6336

ところが今日、おいそれとはそれが信じられなくなった。

言うまでも無く、輸入汚染米でありメラミン入り食品だ。

それに産地偽装などと、ゆめゆめ油断できなくなっている。

それと言うのも、生産現場と消費が離れすぎてしまったからだ。Cimg6344

高度経済成長期以前は、すべからくシンプルで顔の見える関係が続いていた。

それが瞬く間に、まったく見えなくなってしまった。

今日の証券化商品と同じだ。

それに、産地が米国や中国と言うこともあるし、その流通も細分化し専門化した。Cimg6366

魚も惣菜も調理されて、店先に並ぶようになった。

ご飯だって、電気釜が炊いてくれる。

「始めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋とるな」なんて、

何のことかもわからなくなった。

だから今時、自分の食い物の馴れ初めを感じるなぞ容易なことではない。

それに餓鬼共は、有り余る食べ物を持て余している。

いわんや生物の命で、私たちが生かされている事など知るべくもない。

だから、食べ物を大切にする姿勢など育ちようもない。

一個の人間がどういうマナーで、何を食すれば心身の健康に繫がるのか。

子供達にはそのことを、しっかりと学ばせる必要があるのだ。

とはいえ、「お袋の味」はすっかり廃れてしまって、

今ではインスタントの「袋の味」が全盛なのだが・・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

サムライの復讐?

世界中が、米国発の金融恐慌に慄いている。Cimg6316

その中で、日本の企業だけが比較的元気だ。

失われた10年から復活し、失地回復に動き出したと言うのだ。

その理由は、日本の銀行がサブプライムの毒を味わわなかったからだと言う。

日本国内の事情はそんなに甘いものではないが、Cimg6313

グローバル化した経済の中では、欧米の深刻さよりはましだろうか。

ところで話は変わるのだが、

今改めて、日本人の品格としての武士道が見直されている。Cimg6311

「仁・義・礼・智・信」などと言われても、何やら装古としてピンとこない。

しかし、義を重んじて清廉潔白な人は信じるに足りる。

今も昔も、私達の理想である。

そしてその処世は、封建の江戸期を通じて武士階層が生み出したものだ。Cimg6310

それ故に、武士は尊敬の対象であり得たのだろう。

明治の末に新渡戸稲造が、この「武士道」を体系的に表現した本を書いた。

勿論英文であるが、キリスト教世界や騎士道、

古代から近世の学者の言葉を上げながら、日本人というものの成り立ちを説明している。

実は、この本が日本を救ったと言われている。

日露戦争の終結に際してである。

日露戦争は、海戦はともかく陸戦では辛酸を極めたものだった。

一進一退を繰り返した訳で、本当のところ日本軍は消耗しきっていた。

その講和の仲立ちをしたのが、米国大統領ルーズベルトである。

彼は「日本のことは良く分からないが、ブシドーはよく知っている。

あの崇高なる精神には助力に値する」と仲介の要請に応じたという。

今、私達の立ち居振る舞いに、どれほどの武士道の精神が残されているだろうか。

そして又、武士道とキリスト教に共鳴を感じたその米国が、喘いでいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 7日 (火)

心のままに

人間は、多分に感情の動物だ。Cimg6321

嫉妬や不安、怒りや焦燥、恐れと萎縮、好き嫌いや悲しみ、落胆に満足etc

私達は、毎日色々な感情の中で生きている。

時に、その感情のままに行動してしまったりもする。

そんな時、大抵は後悔が待っているのだが・・・。Cimg6352

この感情は、長ずるに従って内に秘めるようになる。

結果として、秘めた感情が悩みになる。

そんな時には、

大きく深呼吸して肩を三度回す。Cimg6345

ゆっくり十数えながら、好物を思い出す。

居場所を変える。

・・・・・てなことが、肝心らしい。

禅の世界に「而今(じこん)」と言う言葉がある。Cimg6314

「今」を精一杯生きることを言うのだそうだ。

「今ここ」にいる自分を意識することで、冷静な心底に帰るのだ。

自分の気持ちに忠実に生きることは、容易なことではない。

だが大抵は、見栄や体裁に囚われていることが多い。

望むらくは、自分の「人生と言う時間」を味わう程の余裕を持ちたいものである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年10月 6日 (月)

孫に牽かれて

一昨日、孫に懇請されて幼稚園の運動会に出かけた。Cimg6346

今時、幼稚園の運動会は盛大だ。

何しろ、父兄の数が子供の数を圧倒している。

親類が挙って、出てきていると言う風景である。Cimg6347

それが又、わが子の一挙手一投足を映そうとカメラの列だ。

それで保母さんも、良い所を見せようと一生懸命である。

私も、玉入れに出る事になっていて、Cimg6356

白チームで奮戦したのだが、負けてしまった。

帰宅して、孫曰く。

「ジイジ、白チームだったの。赤チームなら良かったのに !」Cimg6358

日教組云々の議論もあるが、勝ち負けは生物の本性なのだろう。

午後になって、高度はプールに連れて行けという。

止む無く、温水プールに出かけた。

今度こそ良いところを見せようと、久しぶりに一生懸命泳いで見せた。

それで・・・、そのお陰で今日もまだ節々が痛い。

ともかく、ジィジ~と言う声には要注意である。

とは言え、嬉しいような逃げ出したいような!!。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年10月 5日 (日)

法事

Cimg6370 人は死ねば、あっという間に過去の人になる。

その故人を、改めて偲ぶのが法事だ。

もう直ぐ私の父が故人になって、一年になる。

私自身の感覚からすると、もう五年程にもなるような、そんな気がしている。Cimg6371

この一年、随分色々なことがあった。

時の流れは、人それぞれみんなその速さが違う。

修承義というお経に、「光陰矢の如く速やかなり」という文句がある。

あるいは、矢の速さよりも、時の流れの方が早いのかもしれない。Cimg6372

人は何時か生を終えるのだから、時はその人の財産なのだ。

その財産を無駄にすり減らすのは、あまりに勿体ない。

あなた!、今日をちゃんと生きましたか?Cimg6374

法事は、そんなささやきを思い起こす一時だ。

さて、明日は何ほどの生き方をしようか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 4日 (土)

輪島と風土

輪島の名物は、キリコに御陣所太鼓、そして朝市なのだそうだ。Cimg6323

キリコとは、伸し餅を切った様な形の神灯である。

キリコのその巨大な行列祭が、夏を通じてどこかで行われている。

ねぶた祭りと葵祭りを相の子にして激しくしたような祭りだ。Cimg6325

「キリコ祭りにゃ、帰ってこいや」と言われるキリコは、能登に800基もある。

衝撃の奇祭かもしれない。

その輪島に伝わるのが、御陣所太鼓だ。 Cimg6327

一つの太鼓を、大勢で代わる代わる打つ。

伝承では、上杉謙信の兵をこの太鼓で撃退したと言う。

一向宗の拠点であった能登は、民衆の力の象徴としてこの太鼓があったのかも知れない。Cimg6332

鬼面で踊り叩く太鼓には、そんな民衆の底力が伝わってくる。

そして、輪島の朝市だ。

毎日多くの観光客で賑わう朝市。Cimg6330

だが、古い昔は、観光客なぞ無かったはずだ。

農林水産物を中心にした市で、

必需品を求める生活の場であったはずだ。Cimg6329

それが、一躍注目されて観光地化した。

朝市組合のおばあちゃん達も、観光振興を担う一員なのだ。

組合には参加希望が多く、狭い門なのだそうだ。Cimg6339 

毎日のことだから、客あしらいはお手の物である。

一声かけたが最後、買わなくっちゃならなくなってしまう。

はてさて、朝市とは何であったのかとも思う。Cimg6338

人々の生き様と、現実とをコントラストをつけ見せてくれるのが輪島だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

能登・輪島

昨日から輪島を訪れている。Cimg6335

能登地震のあったのは、一昨年の3月だったろうか。

輪島塗りの工房など、ふるい建物が甚大な被害を受けた。

その被害もかなり復旧されて、小奇麗な輪島になっていた。Cimg6341

しかし、重蔵神社には鳥居がなく、片隅に無残に倒れていた。

泊まった旅館の仲居さんが、「地震で人が見えた」と言っていた。

どう見えたのかと聞くと、自分のためだけに行動した人、Cimg6340

人助けに走り回った人、そんな姿があからさまになったと、

事例を上げて説明してくれた。

誰のもとで働くべきかも考えたと言う。

危機管理というよりも、そんな時こそ人間の本然が露出するのだろう。

この震災で、伝統工芸の輪島塗も大きな転機を迎えた。Cimg6334

もともと手間かけ暇かけ、時間を凝縮させたような産物だ。

既に実用品としてではなく、工芸品になってしまっている。

地震が、廃業・転業の引き金になったのだ。

伝統工芸の保存・伝承は、限りなく難しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 2日 (木)

コスモス

農村の秋にコスモスは欠かせない。Cimg6308

今、田舎のあちこちに、このコスモスの花が風に揺れている。

転作田に一面に広がった花畑は、これまた収穫の秋とは別種の趣がある。

性根の結構強い花だが、不思議に都市部にはほとんど見られない。

実はこのコスモス、元はメキシコの花だった。Cimg6319

それをスペイン人が持ち帰って、コスモスと命名して世界中に広がった。

だからこの花が日本に入ったのは、明治になってからである。

それが何時の間にか、在来種と思われる程になった。

ところで「コスモス」とは、英語で「秩序ある世界、宇宙」と言ったほどの意味だ。Cimg6320

メキシコを征服したスペイン人の思いが、その命名にあるようにも思える。

それはともかく、一昨日、世界中の株価が暴落した。

原因は、サブプライム原因地の、アメリカ議会の無知だ。

結果、緊急経済安定化法を否決した。

金融恐慌の何たるかさえ、彼らは理解だにしていない。

にも拘らず「我々は、日本のようにはならない」と笑っていた。

しかして、今回の騒動の原因は全てアメリカ国民の「住宅」なのだ。

私達の住宅ローンは、まったく関係ないのだ。

世界中が大いに迷惑している。

彼らは、世界中が一つのコスモスであることに気付くべきなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 1日 (水)

幸福というもの

辛いという気分を、一つ突き抜けると幸になる。Cimg6309

戦後の幸福は、腹が満ち足りて、TVや冷蔵庫など新しい機材を持つ幸せだった。

我が家にもテレビが初めて入って、家族そろってそれを観た。

TV画面はもとより、親父の誇らしげな顔が忘れられない。

家族みんな、笑顔だったと思う。Cimg6314

そんなシーンは、恐らく日本中に広がっていたはずだ。

額に汗してTVや車を買って、それでみんな幸せだったのだ。

ところが物が溢れる時代になると、自分勝手な我侭を言い始める。

マネーゲームのバブル崩壊、併せて家庭も学級も崩壊、Cimg6317

ニートにイジメなどと、生き方の蛇行が始まるのだ。

日々の生活だって、24時間追い回されるような切迫感が当たり前になった。

はてさて、普通の幸せって何だったのか?

英国の外務大臣だったエドワード・グレイは、趣味人だったけれど、

幸福の条件として4点を上げている。

① 自分の人生哲学を持つこと。

② よい家庭と友人を持つこと。

③ 意味のある仕事を続けること。

④ 適度な閑を持つこと。

つまり、周りに振り回されることなく、

自信を持って社会のために役立つ仕事をすることだ。

それに、豊かな人間関係とそれを楽しむゆとりが肝心なのだ。

この程度なら、程度はともあれ誰だって出来るのではないか。

チャップリンは「人生に必要なものは、勇気と想像力と、

そして、ほんの少しのお金だ」と言っている。

これからの日本人は、謙虚にそんなことも考えたいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »