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2008年10月11日 (土)

祭礼

キンモクセイの高貴な香りが漂っている。Cimg6386

秋の風情は、この香りと祭り太鼓だろうか。

子供達も、朝から少しばかり興奮している。

私の子供の頃は、鎮守の祭りだった。

屋台なんてなくて、ちっぽけな祭りでも、それなりに楽しかった。Cimg6380

村ってのは、何となくこの社を中心に成り立っているんだと思った。

でも近世になって、立派な屋台が出来て、様相は一変した。

屋台が祭りそのものになったのだ。

村の神社は、付け足しでしかなくなった。Cimg6383

秋祭りは、これから始まる収穫の豊穣を、祈念するのが祭りのはずだった。

ところが今では、そんな何百年来の習俗は打ち忘れられている。

飲んで騒いで、日頃の憂さを晴らすのが祭りかな?

今度私の集落では、公民館の立替をすることになった。Cimg6389

ついては、ゴミの集積場所も変えなくてはならない。

古紙の集積に限って、しばらく屋台小屋の庇の下にする事した。

すると「古紙に火を点けられたらどうするのだ」という発言があった。

たかだか月に一度、半日の集積なのだが・・・・・。

この発言は、「屋台と言うものは、村の大切な財産なのだが、

実は時に怨嗟の的にもなる」ということを意味している。

火をつけられかねない代物なのだ。

秋に心をつけて愁いという字になる。

実りの秋に愁いを感じるのは、農耕生活を忘れた

貴族の生活がそうさせたとの説がある。

今、世界中が唖然としている金融収縮は、金融貴族のそれではなかったのか。

ゆめゆめ私達は、物づくりの精神を忘れてはならないのだ。

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