木と生活
国土の七割、大方が山林だといえる。
そして古来から、日本人は木と共に生きてきた。
毎週私が走っている小笠山などは、江戸時代は十文山と言われた。
人々は、その枝葉でもって煮炊きをした。
だからかつては、小笠山はマツタケの山だった。
今、その里山は荒れ果て、マツタケなぞは見る影も無い。
それは、海外の安い材が安定して入ってくるようになったからだ。
それに、薪炭は言うに及ばず、
住宅にしても家具にしても、木材を使わなくなった。
学校の机だってスチールになった。
それで山が荒れ、住む人さえ希少になってしまった。
静岡は、かつて木工の町であった。
下駄や家具、雛具などの職人も多かった。
しかし、下駄も家具も衰微の一途である。
もう既に、地場産業というよりも伝統工芸になってしまった。
釘の不要な、あの精緻な木組みの造形も廃れようとしている。
森林資源は、国土の産み出す巨大な富ではなかったのか。
それを工芸に留めてしまうのが、日本の知恵なのかどうか?
「木のぬくもり展」を覗いて、溜息をつくばかりであった。
木は、単なるぬくもりでなく、私達の生活であるはずだが・・・。
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