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2008年11月12日 (水)

木と生活

この国は、山また山の森林国である。Cimg6565

国土の七割、大方が山林だといえる。

そして古来から、日本人は木と共に生きてきた。

毎週私が走っている小笠山などは、江戸時代は十文山と言われた。

入山料十文を払って、薪炭の採集をさせたからだ。Cimg6605

人々は、その枝葉でもって煮炊きをした。

だからかつては、小笠山はマツタケの山だった。

今、その里山は荒れ果て、マツタケなぞは見る影も無い。

押し並べて、全国の山林が放置されて久しいのだ。Cimg6606

それは、海外の安い材が安定して入ってくるようになったからだ。

それに、薪炭は言うに及ばず、

住宅にしても家具にしても、木材を使わなくなった。

プラスチックなどの人工素材の普及で木材を使わない。Cimg6607

学校の机だってスチールになった。

それで山が荒れ、住む人さえ希少になってしまった。

静岡は、かつて木工の町であった。

下駄や家具、雛具などの職人も多かった。

しかし、下駄も家具も衰微の一途である。

もう既に、地場産業というよりも伝統工芸になってしまった。

釘の不要な、あの精緻な木組みの造形も廃れようとしている。

森林資源は、国土の産み出す巨大な富ではなかったのか。

それを工芸に留めてしまうのが、日本の知恵なのかどうか?

「木のぬくもり展」を覗いて、溜息をつくばかりであった。

木は、単なるぬくもりでなく、私達の生活であるはずだが・・・。

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