努力の報い
だからせっせと励むし、希望も失わない。
米国がこれまで発展できたのも、そうした努力が評価される国だったからだ。
それに多くの場合、努力の積み重ねが人物を作るのだ。
逆にそれほど努力しなくても見返りの多い人もいる。
人はそれぞれ能力も資質も違うのだから、それもある程度仕方ないだろう。
ところが近年、「負け組み」なる分類が登場した。
這い上がろうにも、その道が見えなくなってしまっている。
その鬱屈した感情が、とんでもない事態を引き起こす。
元厚生省事務次官襲撃事件も、その類かもしれない。
46歳そこらの男が、その異常さは尋常ではない。
ムンバイの事件を起したイスラム過激派にも、
深層には格差社会への反抗がある。
いずれも暴力の正当化など出来ようも無いが、
「異常な事件!」では済まないと思うのだ。
夢もチャンスもある社会の維持こそ、
私達の目指す社会でなくてはならない。
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