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2009年1月31日 (土)

人と情報

近頃、見たいと思うTV番組がない。Cimg7066

大抵がクイズか馬鹿話だ。

こんなものを、多くの日本人が呆けたように見ているとしたら、

進歩ないよな~って思う。

それに新聞も、「読んで良かった」という記事が減った。Cimg7051

どうでも良いような記事で埋め尽くされている。

その原因が、番組や記事に金を掛けなくなったかららしい。

要するに、数年前から広告料が減り続けている。

構造的に、広告の価値が変わりつつあるのだ。Cimg7065

それで番組の質も落ちるから、視聴率も下がる。

悪循環に陥っているのだ。

マルチメディア時代に生きる私達は、ケイタイやらパソコンを含め、

溢れる情報の中で生活している。Cimg6974

情報過多と思われるが、肝心の意味のある情報は少ない。

みい~んな薄っぺらで、そんな情報に人々が流されている。

だから、人間まで軽くなっていくようだ。

お陰で何処でも、手前勝手な人間が増えたな・・・。

これを衆愚と言うのだろう。

メディアは、キチッと人を生かすような情報に心を砕け。

情報が人を育て、この国の未来を作るのだ。

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2009年1月30日 (金)

剪定

Cimg6911 ピオーネを始めとして、全部で9品種の葡萄を育てている。

ブドウの木は、晩秋から冬にかけて休眠する。

だからこの間の管理は、水も不用だし楽だろうと思われる。

だがどっこい、剪定に施肥にと結構仕事がある。

この時期の作業を怠ると、まともなブドウはまず出来ない。

宿題を忘れて学校に行くようなもんだな!Cimg7064

ブドウは、新しく伸びる枝に花房を付ける。

だから毎年、去年の枝をほとんど切り落とす。

まかり間違うと、薪の山を作ることにもなる。

と言って、どの枝の何処を切ろうかなどと迷いだしたら、

作業は遅々として進まなくなる。Cimg6912

とにかく一定の規則を決めて、切り落とすしかないのだ。

と言う訳で、遅れ気味のこの選定作業をこの週末には終えたいと思っている。

剪定が終わると、切った枝葉を片付けて、

タップリの堆肥と石灰を施す。

石灰は、ブドウに春の近いことを知らせる刺激剤になる。

この石灰の刺激で、一斉に目覚めて発芽の準備を始めるのだ。

しばらく力仕事が続くが、これが終われば後は春を待つばかりになる。

昨今の経済にも、石灰があると良いんだがな~。

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2009年1月29日 (木)

民族の食

戦後の日本人の食は、まことに「豊か」になった。Cimg6786

その豊かさと共に米の消費は減り続け、

一人平均一年に60kgも食べなくなった。

江戸時代には一人一石(150kg)と言われたのだから、

激減と言うべきだろう。Cimg6984

そうして米が減った分、輸入小麦で作ったパンやウドン、

ハンバーガーやフライドチキンなんてのを食べるようになった。

要するに和食離れである。

学校給食だって、中華やスパゲッティに洋食となって、和食は付けたしだ。Cimg6915

そうなったのは、はたして和食に原因が有った訳じゃない。

スローライフの発祥地イタリアには、マクドナルドの店は皆無だ。

イタリア人が「俺達の食べるもんは、俺達が決める」と無視したからだ。

イタリア人にとって、食とは正に民族のアイデンティティーなのだ。Cimg6811

これはフランス人にも言える。

あのひょろ長のパンとワインは絶対なのだ。

それぞれの民族が、独特の食を磨きあっていて、

そいつが民族の印でもあるのだ。

日本人は、日本食を無国籍化させられてしまった。

多分、米国の占領が大きいだろう。

この日本食の崩壊の一方で、この国の農業は崩壊の危機に瀕している。

この間、癌やアトピーも激増した。

恐らく、この国の将来と足元は危ういだろう。

まもなく、中国製冷凍ギョウザ事件から一年になる。

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2009年1月28日 (水)

一里塚

このブログを書き始めて、昨日で1,000日になった。Cimg7045

最初は、ブロガーの真似事をしてみようと思った。

やがて、書くなら毎日と思うようになった。

何故か分からないが、日記すら3日坊主を繰り返していた奴が、

「書くなら、毎日だ」と決めちまったのだ。Cimg6399

以来、毎日書いて、あと数ヶ月で3年になる。

毎日書くには、毎日書くような行動が必要になる。

当然、私の日々の行動は少しは変わったはずだ。

例えば、雑誌や資料の見方も変わったし、あちこちと出かけるようにもなった。Cimg6424

数字や活字が透き通って見えるようになった。

私に必要なものが、浮かび上がってくるのだ。

それにデジカメを常時持ち歩く。

そうすると、景色が色合いを変えて見えてくるのだ。Cimg6462

不思議なものである。

やがて、書くことで財産が増えるような気もしてきた。

勿論、心の財産である。

そんな訳で、千日も書いてきてしまった。

時に「読んでるよ」などと言われて、大いに励まされた。

とは言え、「あんまり楽しくもない事を」書き連ねてきたような気もする。

だけど、こんなやり方しかないかな・・・・と言うのが本音だ。

今、10万余のアクセスに感謝しつつ、

「これから、どっちに行こうか?」と一里塚を眺めている。

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2009年1月27日 (火)

草薙の剣

静岡市清水区に草薙と言う地がある。Cimg6519

以前から、その地名の由来が気になっていた。

古事記にヤマトタケルと言う英雄が登場する。

彼は景行天皇の息子で、命によって熊曾や蝦夷の征伐に出かける。

東国への遠征の折、彼は伊勢神宮で叔母の倭比売命から神剣と袋をもらう。Cimg6352

その神剣が「草薙の剣」だ。

東国に入ると相模の国造の造反で火責めにされる。

その時、草を薙ぎ払ったのがその太刀だと言う。

さらに彼は、枯れ草に火を放って向かい日を起こす。Cimg6361

叔母のくれた袋の中身の火打石を使ったのだ。

これで彼は命拾いをする。

木をすり合わせて火を起こす時代だから、

火打石は当時の最先端器機だ。Cimg6362

古事に因んでその地を「焼津」と名づけたと古事記にある。

草薙と焼津市は20kmほどしか離れていない。

この古事記の記述は、反乱したのが相模の国造だから誤記だろうとされている。

しかし、この辺が弥生の遺跡の北限だということを考えるとどうだろう・・・・?Cimg6364

まあ、神話の記述と言うものはとり止めもない。

山梨県甲府市の酒折宮のご神体は、その折の火打石の袋だと言う。

ヤマトタケルはこの遠征の帰り、伊吹山の山神退治に出かける。

この戦いで疲弊し、鈴鹿市のあたりで死んだことになっている。

彼が疲れ果てて、足が三重になって溜息をついた所が「三重」だという。

そして草薙の剣は、愛知県の熱田神宮のご神体になっている。

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2009年1月26日 (月)

寅さんと欲望

昨年、「寅さんに学ぶ日本人の生き方」なる本を読んだ。Cimg7062

静岡理工科大学の志村史夫教授の著作だ。

そして昨日、志村教授の講演を伺った。

その話を聞きながら、

「確かに寅さんには、欲の露出が無かったよな」って改めて思った。Cimg7061

今時トランク一つで、果たして生活できるのか分からないが、

金は勿論彼の恋だって、何時も振られるか自分から身を引くかのどちらかだ。

決して成就することは無い。

それでも、何時も彼は超楽天的である。Cimg7063

そう、「お天道様は見ているぜ!」と平然としている。

今日の世界を覆う大不況は、人々の際限のない欲望の結果に他ならない。

そもそも人間が農耕を始め、それで食と社会を賄っているうちは、

腹が膨れればそれ以上の欲望は無駄なものだ。Cimg7060

食物の貯蔵にも限りが有ったから、

せいぜい権力者と国家のようなものを産み出す程度だった。

それが、貨幣が紙幣になって、さらに金融工学にまでなった。

いよいよ、人間の欲望には限りがなくなった。

物の豊かさが至上の価値観になり、それを実現する金を追い求めるようになる。

寅さんのような人と人との触れ合いもなくなって、

表示偽装でも振り込め詐欺でも、果ては殺人までもする。

自分さえよければと言う世相になってしまった。

今日の社会は、寅さんの世界とは程遠い対極にあるのだ。

私達は、そのアメリカ的な価値観を無条件に受け入れてきたのだが、

本当は経済以上に、生き方の哲学とか倫理が大切なのだ。

人間は、衣食足りて礼節を知ることが無いのだ。

今回の金融危機は、私達の生き方をも問いかけているようだ。

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2009年1月25日 (日)

萬屋時代

かつて何処にも萬屋と言うのがあった。Cimg7059

私の住む村にも大場商店があって、生活物資のほとんどを調達していた。

何時も、学校帰りの子供達であふれていた。

だが、車が普及して行動半径が広がり、Cimg7058

スーパーマーケットが登場する。

萬屋が、スーパーの品揃えに勝てるはずもなく、

萬屋は何時の間にか寂れ、やがて消えてしまった。Cimg7057

一方、都市の駅近には立派な百貨店が軒を並べる。

人々にとってこのデパートは、憧れのショッピングの場になった。

だがそのデパートも、この12年間ずっと販売シェアーを落とし続けている。

むしろ、撤退を余儀なくされていると言うべきだろう。Cimg7056

スーパーマーケットだって、熾烈な生き残り競争の最中だ。

そうして、最後の勝者はどうやらコンビニらしい。

何故なのか。

それは余りにも便利だからだ。

ATMや公共料金の取り次ぎ、

郵便に印刷、タスポにお弁当、雑誌にチケット。

要するに身近なことは全て賄えるのだ。

昨年、コンビニの売上げが百貨店を凌駕した。

新たな萬屋時代を、不思議な思いで眺めている。

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2009年1月24日 (土)

春の萌し

大寒を過ぎたばかりで、本当の寒さはこれからだ。Cimg7053

それでも、少しずつ日が長くなっているし、

梅の花も二分咲き程度にはなった。

それに蝋梅もいち早く春を知らせている。Cimg7046

街の並木は、相変わらずの冬景色だけど、

コブシや河津桜のつぼみはどんどん膨らんでいる。

真冬には春を待ち、真夏には秋を恋しがる。Cimg7052

四季の移ろいは、人々の心も体も甦生させてくれる。

日本の四季は素晴らしいと思う。

それに後10日もすれば節分、立春だ。Cimg7054

時はとうとうと止まることなく流れ、春は確実にやってくる。

経済も季節と同じだ。

如何に谷深くとも、循環ならばやがて高い山を目指すことになる。

今は、そのための準備と思うべきだろう。

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2009年1月23日 (金)

人生の甲斐

人間の他の生き物と違うところは、生き甲斐ではないか。Cimg6927

夢を追いかける所と言っても良いだろう。

些細もないことで喜んだり、ガッカリしたり悲しんだり。

人生には、当然のように山あり谷ありの起伏がある。Cimg6745

その過程で、いか程の感動に出会えるのかが「甲斐」だと思う。

入学、結婚、子供の誕生、昇進etcどれも感動だ。

時には、失意が続く事だってある。Cimg6708

だか゜そいつも、長い目で見れば人生の肥やしさ。

私がマラソン大会を走るのも同じことだ。

挑戦しなくっちゃ、何も始まらない。Cimg6674

諸事、挑戦すればするほど感動は多くなる。

じっとしてたんじゃ、何事にも遭遇できないはずだ。

そんな訳で、40歳を過ぎてからの私は、馬鹿ばっかりやってきた。

このブログだってその一つだ。

あと4日で、三年前から始めて千日になる。

とにかく、毎日書くことにしてきた。

それで今日、右下にあるアクセスカウンターも10万アクセスを超えた。

少しばかりの達成感がある。

皆さん!、一緒にやりましょうよ。

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2009年1月22日 (木)

言葉の力

「イエス・ウィ・キャン」Cimg7050

近年で最も力を持った流行語だろう。

ドイツの昨年のl流行語大賞は、ずばり「金融危機」だった。

対してこの国では、「グ~」とか「アラフォー」だ。

何とも、取り止めがない。Cimg7044

果たしてこの国の人たちは、ノー天気なのだろうか。

たかが流行語だが、言葉は感性の反映だ。

夫婦の間だって、優しい言葉をかければ優しい反応が返ってくる。

強い詰問には、それ以上の逆襲にあう。Cimg7042

指導者の確信に満ちた言葉には、信頼を寄せる。

地域社会でも政治でも同じことなのだ。

この点、同質な人間がひしめき合って暮す日本では、

本音の議論と言うものをしない。Cimg6953

出来るものなら、阿吽の呼吸で済ませようとする。

だから言葉そのものの力を弱め、雰囲気に任せようとする。

気に入らないと、YKなどと小馬鹿にする。

そんな風潮は、声の大きな方に引っ張られかねないのだが。

ともあれ、今日のこの国の経済も異常事態に入っている。

「我々の直面している試練は本物」なのだ。

それに「世界は変わりつつある」のだ。

もはや「あら そぅ~」などと言っている場合ではなかろう。

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2009年1月21日 (水)

科学と私達

昨年の最大の明るい話題は、ノーベル物理学賞と化学賞の受賞だった。Cimg7039

長年の研究開発の努力が、ノーベル賞と言う形で認められる。

それは、研究者にとって最大の夢だろう。

言うまでもなくノーベル賞は、

スウェーデン生まれのアルフレート・ノーべルの遺言に始まる。Cimg7037

彼は父と共に、ロシアで武器や機械を扱う商会を経営していた。

やがて彼らは、ニトログリセリンを使った爆薬の開発に熱中する。

そして遂に、ダイナマイトを完成させる。

ダイナマイトは、珪藻土にニトログリセリンを染み込ませ、Cimg6997

黒色火薬などで起爆させるものだ。

彼らは米国やドイツなど世界各地にダイナマイト工場を建設。

ダイナマイトは土木工事用でもあったが、基本的には軍事用に発展を続ける。

やがて彼らは、巨万の富を築くことになるのだ。Cimg6973

晩年の彼は、この「死の商人」との世評に傷ついていたと言われる。

アルフレートに家族はなかった。

そして彼は、賞の創設に遺産の95%を仕向けるよう遺言して死ぬ。

彼の死後、1901年から5つの分野で、既に100年余も褒賞が続いているのだ。

ノーベル賞授賞式の12月10日は、アルフレートの死去の日である。

科学は、古代錬金術から始まったと言われる。

今日でも、基本的にはその脈絡の上にある。

その上、人間の欲望には際限がない。

結果として、地球を破壊するほどの爆薬と環境汚染をも産み出したのだ。

科学も、私達の時代の所産なのだ

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2009年1月20日 (火)

ミーム

ミームとは、人が生きた証のことらしい。Cimg7049

英国の生物学者リチャード・ドーキンスは、

「人間は、遺伝子を残すことだけではなく、

自分のミーム(meme)を残すよう希求する」と言っている。

人間以外の多くの生物も皆、もちろん一生懸命に生きている。

だから植物だって虫に食われないように懸命にガードするし、Cimg7048

草食動物だって群れることで被害を最小限に止めようとしている。

だけど、自分の存在した証を残そうなんて生物はいない。

それに、死ということを人間のように怖がらないらしい。

輪廻転生を自然に受け入れている。

犬や猫にとって死とは、動かなくなる程度の認識だろう。Cimg7047

これに対して人間は、脳の発達のお陰で「死とは何ぞや」なと゜と考えるようになった。

それで、墓とか宗教や哲学を作ってきた。

ピラミッドだって、そのために作られたのだろう。

戦争だって、権力者のミームが案外根源だったりする。

ともあれ、私達庶民にだってそれぞれのミームは大切だ。

大切だが、さてどんな「人生の意味」を残せるだろうか? 

・・と、そう考えると途端に自信がなくなってしまう。

毎日、右往左往しているのも、そのミームを探してのことなのかも知れない。

自分の人生の意味、そいつは自分の仕事であり作品だ。

その納得は、世のため人のためと言うことなのだろう。

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2009年1月19日 (月)

食い散らかし

「ご飯をこぼすと目がつぶれる」Cimg6924

お袋から、毎日そう言われて育った。

勿論戦後の食糧難時代のことで、食べ物は貴重だった。

それがいつの間にか飽食の時代になって、

食卓も冷蔵庫も、食べられないままの食物があふれる様になった。Cimg7018

ミカンやリンゴだって、ご他聞にもれない。

農林水産省の食糧需給表をみると、

供給量に対して消費量は7割以下でしかない。

つまり、約1,900万トンと言う超大な量が、廃棄されていることになる。Cimg6579

この国の年間の米の消費量が800万トン程だから、

その巨大さに驚く。

そうした食い散らかしの一方で、食糧自給率40%なのである。

世界の穀物需給は、年々タイトになり価格高騰も恒常化するようだ。

果てさて、呑気天国のこの国の人々は何も考えていそうに無い。

せめて、レストランや宴会の食べ残しは、全量持ち帰りを義務にしたらどうか。

法制度化しないまでも、持ち帰りを常識化するのだ。

持ち帰り容器のことをドギー・バッグと言うのだそうだ。

ドギー・バッグは、飼い犬のために持ち帰るバッグが始まりとか。

それを人間が食べて悪い訳がない。

子供の頃、親父が結婚式などの折に持ち帰るご馳走が楽しみだった。

今と昔、どちらが幸せなのかなァ~。

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2009年1月18日 (日)

美の共有

美術品は誰のものかと言う議論がある。Cimg7043

かつてバブル経済末期の頃、

某製紙会社の社長が、ゴッホのヒマワリを手に入れた。

彼は、俺が死んだらこの絵を棺桶に入れろと言ったのだ。

そのことが世界中に伝わって顰蹙をかった。Cimg7040

だがその非難のお陰で、絵は灰にならずに済んだ。

この点、岡田茂吉の収集の目的は明確だった。

彼は、「美術品は人間の品性を高めるものだ」と考えていた。

だから集めた美術品は、一人でも多くの人に見せることを旨とした。Cimg7038

ことさら彼は、東洋美術の優品を集めることに熱中した。

その美術館が熱海と箱根にある。

思い立って熱海のMOAに出かけた。

北斎の富嶽三十六景を見に行ったのだ。Cimg7041

僅か150年前のこの国の姿が、

富士山と共にそこにはあった。

北斎が歩いて旅し、写し取った世界だ。

文化とは、優れた人々が積み上げて育てていくものなのだ。

チョツト忙しかったけど、

私の品性は別として、

少しばかり気持ちが温かくなった様な気がしている。

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2009年1月17日 (土)

OB会

40年近く働いた勤務先を退職して、もう一年近くなる。Cimg7030

一年近くなるのだが、いまだに心底のどこかが納得していない。

誠に不思議なものだと思っている。

そんな矢先、かつての職場のOBの会が開かれた。Cimg7032

歴代の先輩達との久方ぶりの再会である。

良きにつけ悪しきにつけ、共に人生を演じてきた方々だ。

一人ひとりに、異なった思い出が湧き上がってくる。Cimg7033

そういう意味で、大変懐かしいと言うべきだろう。

その中の一人に、ラッキー・藤森(芸名)がいる。

彼は今日、手品の数々と日本舞踊を披露された。Cimg7028

現役時代から少しずつ身につけた芸なのだが、

いやはや見事なものである。

今日の参集者を子一時間も楽しませてくれた。Cimg7035

人は如何に生きるべきか!・・・などと言わなくても、

「俺は、こうだよ」と話しかけているかのようでもあった。

そう。人生は人それぞれなのだ。

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2009年1月16日 (金)

命の水

かつて日本人は、人生50年を当たり前としていた。Cimg6834

その日本人の平均寿命が、飛躍的に延びたのは大正期以降だ。

生活環境の改善によるものだが、

実はその最大のものが水道の普及らしい。

しかも、大正十年から始まる水道水の塩素殺菌が、Cimg6985

乳幼児の死亡率を激減させた結果だ。

考えてみれば、人間の体の60%は水だし、

栄養の補給も排泄も、その運び屋は水なのだ。

だからどんな水を飲むかによって、寿命が左右されても不思議ではない。Cimg6962

この点、「ある程度硬度の高い水」が長寿の秘訣らしい。

日本の水は、全体に軟水である。

だが、さんご礁の島沖縄では300mg/リットルと硬水だ。

そして沖縄県は、しばらく前まで全国一の長寿県だった。Cimg6506

特に水分中のマグネシュームの存在が肝心で、

一日2リットルの生水を飲むのが良いと言う。

とは言え、水道水のカルキ臭が気になる。

この場合には、数滴のレモン汁で残留塩素は中和される。

レモンに含まれるビタミンCが還元消去してくれるのだ。

人類の登場以来、連綿と人を生かしてきたのはただの水なんだなァ。

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2009年1月15日 (木)

スポーツ心臓

時々「あんまり運動すると寿命が縮むよ」と言われたりする。Cimg6938

勿論、私は長生きがしたくて走っている訳ではない。

敢えて言えば、ピンピンころりが望ましいと思っている。

ところで、東京工業大学の大川達雄教授によると、

哺乳類の心臓の拍動数は、一生の間に約15億回なのだそうだ。Cimg6935

これだと人間の寿命は、せいぜい40歳と言うことになる。

だが人間は、ネズミやゾウなどと違って、

栄養や居住環境を飛躍的に改良してきた。

この結果として、日本人の場合平均で80歳位までは生きている。Cimg7009

つまり、一般の哺乳類の倍の30億回位は大丈夫なのかもしれない。

それで勝手に自分の寿命を試算してみた。

40歳までは普通の生活だったが、

それ以降は、走ることで私の脈拍は56になった。Cimg7004

40歳までに15億回は使っているだろうから、

残った15億回を56/分で割っていく。

そうすると現在の脈拍を維持すれば、50年、

つまり90歳までは使用OKになる計算だ。

ちなみに脈拍80の人は、70歳位が限度と言うことにもなる。

手前勝手な試算で気を良くして、これからも走るぞ !

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2009年1月14日 (水)

弱冠の頃

明日は小正月である。Cimg7027

一昔前まで、成人の日だった。

昔の話になるが、1967年1月15日を忘れない。

私の成人式の日であった。

その前日、友人の下宿に泊まって朝帰りになった。Cimg7025

その朝は、遠州地方には極めて珍しく、あたり一面の銀世界であった。

暖房のない式場では、みんな寒さに震えながら座っていた。

将来への幾ばくの不安の中にも、みんな活気ある希望を持っていたように思う。

あの辺りから、この国の一直線の高度経済成長が始まる。Cimg7024

人々の生活が、日毎に変わって行ったと言っても過言ではない。

私の初任給3万3千円だって、数年のうちに10万円を超えた。

今年1月の20歳の人口は、133万人だそうだ。

団塊の世代の私の同級生は、280万人もいた。Cimg7021

これからの貴重な人材である。

中国の古典「礼紀」によると、20歳をもって弱冠と言うのだそうだ。

学を修めて20歳で冠をつけるからだという。

寒い日が続いているが、あれ以来この地方の冠雪は絶えてない。

新成人の前途を寿ぎたい。

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2009年1月13日 (火)

里山の未来

ササユリが咲き、野鳥のさざめく里山は何よりだ。

私が週末を過ごす小笠山にも、ハイカーが来るようになった。Cimg6937

名古屋あたりからも、観光バスでやってきたりする。

高齢の方が増えて、健康づくりということでもあろう。

かつてこの日本列島には、そんな里山が無数にあった。

だが人々の欲望が、里山を裸にして杉とヒノキの山にしてしまった。Cimg6996

杉もヒノキも、花粉を撒き散らすばかりで、

小鳥や野生動物の餌にもならない死の森になっている。

その死の森も、輸入木材のために放置されて久しい。

当然、音もないうす暗闇の樹林には何の面白みもない。Cimg6995

そして、何時の頃からか日本人は、里山の価値を忘れてしまった。

雑木の茂る里山から小川が流れ、田んぼがあって集落がある。

人々は、里山の薪炭や緑肥を基に生活を成り立たせていた

それが日本人の原風景だったのだ !

里山を元に戻すべきだ。Cimg6873

人々が絵心を起したり、森から生気を受け取るような里山にだ。

里山を再発見することが、この国の未来に繫がるのではないか。

アオキの赤い実やヒトツバの目立つ湖西連峰を走りながら、

懐かしい風景の大切さを思っていた。

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2009年1月12日 (月)

梅一輪

寒い日が続いている。Cimg6972

否むしろ、これからが寒さの本番だろう。

そんな折、庭の梅が咲き始めているのを見つけた。

ほんの数輪なのだが、えらく楽しい気分になった。

「早咲きの 梅一輪に 春を待つ 心久しく 時を眺める。」Cimg6983

駄句はともかくとして、日一日と日差しは長くなっている。

冬には春を慕い、夏には秋を待つ。

無限に続く冬はない。Cimg6989

景気だってさ、次の時代への準備なのだ。

皆で、甦生させようではないか。

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2009年1月11日 (日)

湖西連峰トレイルラン

浜名湖の西岸、静岡県と愛知県の堺を南北に走る標高300m余の峰々。Cimg6993

それが湖西連峰である。

だから、左手に三河湾を、右手には浜名湖が見渡せる。

そんな素晴らしい眺望の23kmのコースが、Cimg6994

今日のトレイルランである。

冷たい北風の一日だった。

だけれど、豊橋RCの皆さんのサポートは素晴らしかった。Cimg7000

そのお陰で、今日一日をタップリと堪能出来たのだ。

一日が充実すると言うことは、

私達の誰にとっても得がたいことではなかろうか。Cimg7001

それが今日も出来たことを、感謝しなければならないだろう。

スタートは、二川駅近くの岩屋公園である。

そこから一気に尾根まで登って、Cimg6998

豊橋自然歩道を多米峠を経て本坂峠まで行く。

本坂から折り返して、石巻山がゴールである。

このコースは、林間を抜ける度に絶景が広がっていて、Cimg6999

ハイキングには申し分ない。

その分上り下りの連続で、ややきつめのトレイルと言える。

下りはともかく、長い登りでは次第に足の疲れを意識させられる。 Cimg7003

そのきついコースも、最後まで気分良く走ることができた。

恐らく、豊橋の皆さんのお陰だろう。

密度の高いコース表示に加え、Cimg7008

多米峠付近でのカレーライスのエイド、

本坂ではお汁粉と、冷えた体には何よりだったなァ~。

そうして走り終わってからは、石山荘での懇親会である。Cimg7010

例によって萩田さんの大会は、

走り終わってから盛大に盛り上がるのだ。

ところで石巻山は石灰岩の山で、Cimg7015

南北朝時代の城跡でもある。

山頂に上ると巨大な石灰岩の露頭があって、

国の天然記念物にも指定されている。Cimg7020

豊橋の町を眼下に見下ろすだけでなく、

走ってきた湖西連峰の山並みも大きく眺望できるのだ。

走り終わってから、Cimg7014

約20分程かけて標高380m余のこの山頂に登ってみた。

古城の余韻と奇岩が、何とも不釣合いではある。

だが、重たい足を引きずって登って 良かったな。

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2009年1月10日 (土)

新春のひと時

何時ものように午前中は山を走って、Cimg6975

午後は静岡に出かけた。

今日は、「お茶と健康」という会である。

最初は、静岡琴合奏団による演奏で、Cimg6978

春の海やら湖の歌などの春の調べを聞かせていただいた。

何だか久しぶりに、うっとりという感じである。

琴の音色は、景色を眺めるような風情がある。Cimg6980

その後が本番で、お茶と水研究会の3士の講演があった。

金丸留美さんに富田勲先生、それに曾布川さんである。

この三人の話には、実に説得力がある。Cimg6982

私のような机上の徒と違って、体で体得した事どもを

分かりやすく話していただける。

この三人は、世界中を歩き回って、Cimg6986

水とお茶について体験し、そのうん蓄の一部を語ったのだ。

講演会の終了後は、平成の売茶翁(葉桐さん)のお茶会。

それに講師を囲んでの茶話会まで準備されていた。Cimg6987

私自身も、健康の原点は何かについて、改めて認識させられた。

今日は、出かけて得したな。

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2009年1月 9日 (金)

豊かさを求めて

日比谷公園の派遣村は、現今の象徴的風景になってしまった。Cimg6951

思えば、戦後の奇跡とも言われた日本の経済発展は、

戦後版の「坂の上の雲」だったのかも知れない。

TVや洗濯機、冷蔵庫のような生活物資が登場するたびに狂喜し、

戦前のあの忌まわしい滅私奉公よろしく働いた。Cimg6963

「24時間戦えますか」などと煽られて、企業戦士を任じたりもした。

挙句の果ては、「21世紀は日本の時代」などと持ち上げられて、

バブルに限りなくとち狂わされもした。

要するにこれまでの私達は、限りなく上り詰めることを指向して来たようだ。Cimg6964

だけどどうも本当の豊かさは、一歩下がったところにありそうだ。

俳優の武田鉄也さんが面白いことを言っている。

「頂点を目指して登ってきたが、実は頂点は寂しい。」

「富士山の山頂だって、荒涼たる世界だ。」Cimg6953

「本当の豊かさは、その裾野にある。

そこにこそ人々の営みと豊かな自然があるのだ」と言っている。

詐欺まがいの金融バブルだって、金の亡者の荒涼たる世界だった。

25年程も前のことになるが、

ドイツのミュンヘンでたまたまお会いしたエルンスト夫妻に招かれた。

その時彼は「日本人は好きだ。だけどお前達は異常だぜ。

何のために日本人は生きているのか? 」と言われた。

若かった私には、その意味すら理解出来なかった。

だが、あの時のクラインガルデンでの夫妻の話が忘れられない。

そうなのだ。

際限なく頂上を伺うのではなく、裾野の豊かさを味わうべきなのだろう。

人はそのために生きている。

今こそ、この国の豊かさの在り様を考えるべきなのだ。

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2009年1月 8日 (木)

国土

東京に行く度に思う。Cimg6971

こんなに狭い所に人口の二割もの人間を集めて、

一体全体、どうするのかと。

狭い日本とは言うものの、この列島は結構広いのだ。Cimg6968

その民族の根源である国土を見捨てて、

巨大なビルを立ち上げ、群居して効率を追及してきた。

その象徴が東京なのだ。Cimg6970

機能のほとんどをここに集中させ、地方は恐竜の尾っぽのようになった。

本来民族の使命は、国土を豊かにすることだと思う。

国の隅々までを美しく豊かにする。Cimg6969

それが国のありようではないかと・・・。

それがこの日本は、シンガポールと同じような感覚でいる。

農業を見捨ててきたのも、同じ発想でしかない。

そうしてまで稼いだ日本人の金も、金融バブル崩壊でかなり目減りしたのだろう。

国土に投資しておれば、それは観光資源にもなり、

私達の明日の財産にもなるのだ。

「国土を美しく」を、これからの私たちのテーマにすべきだろう。

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2009年1月 7日 (水)

歴史と地勢

時代の勢いは、その地域を覆いつくす。Cimg6961

そういう意味で伊豆という所は、その一時代を十分に担った。

唐人お吉の悲劇は象徴的だが、この国の馴れ初めは、

トンでもない所にある訳ではない。Cimg6960

たかだかか弱い女が担ったかも知れず、

満州の広野に沈んだ若者もいた。

善悪ではなく、そうした歴史の結末が今日なのだ。Cimg6959

今、伊豆下田は結構苦しんでいる。

維新の黎明の地ではあるが、半島の宿命として忘れられようとしている。

ペリーは、結構な山師だった。Cimg6958

本国の政変の前に功をあげようとあせってもいた。

だからこそ、恐喝外交になるのだが、そのことが結果として功だったのだろう。

国の盛衰は、当然のことながら遍歴を辿るが、Cimg6957

その土地は、歴史の一点描でしかなくなる。

歴史の動乱の焦点であった下田など、今日国民の一顧だにするところではない。

いわんや、そこに一身をささげた女のことなぞ、誰も振り返ることもない。

だけれども、そいつを辿ることが私達の生きる源だと思う。

私達は、高度経済成長とやらに、幻惑されてきたのではないか。

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2009年1月 6日 (火)

土産と地域

その土地の味わいは、民力その物と言える。Cimg6948

かつて東海道の五十三の宿場を考えても、

その土地ごとに個性あふれる土産があった。

情報化の進展と共にそんなものは掻き消されて、

何処に行っても同じ景色、同じ食べ物や酒になってしまった。Cimg6949

旅行者にすれば、面白くないことこの上ない。

かつての宿場の土産も、その土地の知恵を集めて生まれたものだ。

そんな意味で、今、B級グルメを注目したい。

富士宮ヤキソバを契機にして、静岡県内にも様々な動きが生まれた。Cimg6952

その全てが将来に生き残るかどうかは別として、

この地域ならではのものを産み出そうとする努力は大切だ。

かつてある町で、レタスの自慢を聞かされたことがある。

「ここのレタスは違うのだ」と力説する。Cimg6927

たかがレタスと思うのだが、思い入れが違うのだ。

それ以来、私はそこのレタスのファンになった。

今日、ジュビロの本拠地磐田市のカレーを食べた

かつて磐田に赤松則良と言う男がいた。

幕末に、勝海舟と共に咸臨丸でアメリカに渉った男である。

彼はその後、日本海軍の創始にも大きく関った。

この日本でカレーをいち早く取り入れたのが、その海軍であった。

そんな縁にちなんで、磐田をカレーの町にと言う訳である。

磐田カレーには、磐田産の野菜とおもろ(豚足)が入っている。

市内の9つのレストランで、それぞれカレーの味を競い合っている。

たかがカレーだが、そんな遊び心の向こうに、結構な食文化があるかもしれない。

大いに発展を期待したいな~。

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2009年1月 5日 (月)

始動

一斉に新年の動きが始まった。Cimg6944

国会だけではない、私達も今日から仕事だ。

とは言え、4休3勤なんてのも有って、些か波乱含みである。

3日働いて、後は金土日月は休みだと言う。Cimg6680

作っても売れないのだから、物づくりにとってこんな悲劇は無い。

しかし、時の流れは止めども無く続いている。

何時の頃だろうか、時を味方にすることを覚えた。Cimg6945

「短期は損気」と言う事が分かったと表現すべきだろうか。

時というものは、大抵のことを解決してくれるものなのだ。

どんな悲しみだって苦境だって、何時かはトンネルの先の出口が見えてくる。

要は、我慢比べなのだろうと思う。Cimg6946

怯えたい人は怯えればよい。

不安は誰にだってある。

だけど、やけくそになったって、何も始まらない。

時は、私達の味方なのだ。

新年のあいさつ回りをしながら、そんな事を考えている。

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2009年1月 4日 (日)

回復より創造を

私達の誰もが、景気の回復を望んでいる。Cimg6551

だけど回復とは、元に戻るだけの事で、この国の有り様を変える事にならない。

輸出に精を出して、本当にこの国が豊かになるのだろうか。

本当は、この国のもてる力、地域資源の発掘ではないのか。Cimg6943

田畑や山林、労働力や能力、

歴史や創造の価値化、景観や観光資源、

そうしたこの国の良さを作り出していって初めて、Cimg6933

この国は豊かになるのではないか。

田や畑は荒れ果て、中山間地域は滅びようとしている。

本来不景気な時には、その農村が人々の受け皿になってきたのだ。Cimg6917

砂上の楼閣のその都市に、人々は難民と化そうとしている。

日本人は、目先の豊かさを追い求める余り、

大切な人々の生き様を疎かにしてきたのではないか。Cimg6932

今、田を耕して今年の稲作の準備が始まっている。

人間の暮らしとは、そんな所に原点があるのだと思う。

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2009年1月 3日 (土)

初詣ラン

随分前から、私達小笠山RCの恒例になった。Cimg6934

正月三日は、法多山尊栄寺まで山の中を走っていく。

寺に向かう道は、押し並べて車の長い渋滞なんだけど、

私達は、山中の姥目樫の間を縫って走る。Cimg6935

この日は、ユニフォームもお揃いである。

少しばかり浮き浮きと、心楽しく参るのだ。

今年の神社仏閣は、例年になく参拝者が多い。Cimg6936

それに、神前に立ち止まっている時間が長い。

俄然、本殿の前はかつて無い渋滞になっている。

世相は、こんな所にまで及んでいるのだ。Cimg6939

人の努力を超えて、運か不運かの選択になっている。

どうか不運は回ってきませんように・・・。

そんな呟きが聞こえてくるようだ。Cimg6941

そういえば昔は、振袖姿の女性だって多かったんだけど、

ことしは見かけることだにない。

ともあれ私達は、今年も元気で走る。Cimg6942

走ることで明日の活力を生み出そうと思っている。

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2009年1月 2日 (金)

初夢

昨夜は、どんな夢を見ましたか?  Cimg6927

私は、枕の下に七福神の絵を入れて寝たんだけど、

いささか汗をかくような夢になってしまった。

考えてみれば、七福神のうち、日本生まれは恵比寿さまだけだ。

後はインドや中国生まれである。Cimg6930

中国もインドも、神様は手一杯だよね。

この日本には、富士山とか太平洋とか、願を掛ける対象は一杯あるよな。

一富士二鷹三茄子。

今年は、鷹にも茄子にも一肌脱いでもらわなくっちゃね。Cimg6931

そう私は、鷹のように羽ばたくこと、

そうして茄子のように人の役に立つこと。

そんな事を思いつつやってみよう。Cimg6928

たかだか一年、続けてみたら何かが見えてくるやも知れない。

遥かかなたに富士を見つつ、誓うところありである。

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2009年1月 1日 (木)

ゼロからの利運

新しいノートを開くように、新鮮な気持ちである。Cimg6914

夜明けと共に、氏神様に参って参拝。

それから山を走り初めである。

おそらく暴風雨のような一年だろう。

だけど、失うものは何も無い。Cimg6923

ゼロからの出発だと思えば、気楽なものである。

なまじ、あれこれと守ろうとするから、不安と同居するのだ。

戦争だって、守るには攻める数倍の戦力が必要だ。

何処から攻められるか分からないから、みんな不安なのだ。Cimg6925

攻められようも無く、前進だけなら一点突破できる。

人生は、山や谷があるから退屈しない。

不景気が有るから、チャンスも生まれる。

そう、今年はゼロから出発と思うべきなのだ。Cimg6926

人と人との和があれば、どんな時代だって幸せで居られる。

今年も、仲間と共に走るぞ。

今年も、私達一人ひとりの一年なのだ。

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