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2009年3月31日 (火)

笑味ちゃん

JAグループが「よい食」キャンペーンを展開している。Cimg7333

そのキャラクターが、笑味ちゃんだ。

キャンペーンは、日本の食を見直そうということで、

地産地消やら食料自給率向上などを目指している。Cimg7336

だが事の本質から言って、キャンペーンだけでは何も変わらないと思っていた。

そんな折、長野県のJA上田で、地産地消課を設置したという。

そうして学校給食や企業食堂への食材の供給、Cimg7417

直売上の運営や地元スーパーとの連携、

米粉製粉などをやるらしい。

つまり、農協が本気になりだしたと言う事だ。Cimg7427

これまでの農協は、生産者の出荷物を集めて市場に送ることに終始していた。

荷物を東京なりに送ることで済ませてしまっていた。

その限りでは、何ら大きなリスクも有りようがない。

だから、地産地消などとちまちました事は敬遠していたといえる。

そのJAが、地産地消の地元消費のために汗をかこうと言うのだ。

本来のことだと言うべきだし、無駄な流通コストを減らす意味でも歓迎される。

消費の現場と生産者を結びつけるのだが、

担当の職員にはバイヤー並みの能力が求められるだろう。

世の中は一遍には変わらないけれど、少しずつ水は流れ始めている。

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2009年3月30日 (月)

艱難の地

人間の一生は分からない。Cimg7546

三河生まれの犬千代(家康)は、

尾張に送られる途中、詐略にあって今川の人質となる。

それで幼年期から成人するまでの期間、Cimg7547

現在の静岡で、言うならば不遇の時代を過ごすのだ。

この駿府での時間が、彼の処世の術を育むことになる。

やがて今川義元が京に向かって、悠々と進軍する。Cimg7549

が、それが桶狭間で信長に討たれてしまう。

結果、家康は自立の道を歩むことが出来る。

やがて信長の弟分として地歩を固め、Cimg6525

遂には江戸に幕府を開くに至る。

その家康は、草々に征夷大将軍を秀忠に譲り、

大御所として、かつての駿府の地で徳川体制を確立させる。Cimg6517

駿河湾を臨む有度山(307m)の山頂に、久能山東照宮が有る。

75歳で波乱の生涯を閉じた家康は、

そこに安置され徳川の世を見守り付けた。Cimg7548

264年を経て、最後の徳川将軍慶喜も、この地で生涯を終えている。

その家康の犬千代時代、壮年時代、そして大御所時代、

それぞれの像が市内に建てられている。

隠忍自重、律儀、周到、そんな処世を育んだのが駿府の時代だ。

彼にとって、静岡は故郷であり、自分の原点であったのだろう。

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2009年3月29日 (日)

軽やかマラニック

身も心も軽やかに走ってきました。Cimg7540

でもちゃんと物語があって、それなりに意味のある大会なのです。

荘川桜を辿るマラニック、旧東海道に沿って走ります。

少し以前、JRバスの従業員で、佐藤良二さんという方がおられました。Cimg7541

彼は40歳の半ばで亡くなるのですが、

彼の志は、世の中に大きな影響を与えました。

彼は、名古屋から金沢への路線バスに勤務されていたのですが、Cimg7542

その沿線を花の道にしようと桜を植え続けるのです。

彼一人で苗を育て、その数2,000本余に上りました。

その地域起しの原点に学ぼうと、各地で彼の苗が引っ張りだこになりました。Cimg7543

そうしてその荘川桜が、静岡県にも三本あったのです。

浜北と森町三木ホール前、そして島田市の釣耕苑です。

その三本の桜を巡る桜道58kmを巡って走るのが今回の趣旨なのです。Cimg7544

森の荘川桜は、既に満開でした。

その森町から天浜線沿いに掛川城へ、そこから日坂峠を上って、

金谷、大井川を渡り島田の宿。Cimg7545

そこから北上して、釣耕苑に至るのです。

大井川の堤には気の早い花見客があふれて、

そんな春の香りを味わいつつ、快適に走らせていただきました。

ゴールの釣耕苑では思いもかけない歓待が待っていました。Cimg7502

苑主が私達のために、オデンや酒、甘酒など準備して待っていてくれたのです。

そんな訳で、一日タップリと楽しんできましたよ。

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2009年3月28日 (土)

不忍池

その名の由来を知らない。Cimg7397

が、寛永寺が建立されて、池の中ほどに弁財天が祭られてから、

この池が江戸の名所になったようだ。Cimg7398

池は未だ冬枯れて、その向こうにビルが林立する。

そのコントラストが、いかにも奇妙である。

池を渡る小道と弁財天は、中国の西湖を連想させたりもする。Cimg7400

それに不忍の名はどうしたことだろう。

偲ぶではなくて、忍ばせないと言うのだから。

池には、幾つものカップルのボートが浮かんでいる。Cimg7401

春本番を前に、既に花盛りと言った風情だ。

さても、「忍ぶ恋」なのだろうか?

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2009年3月27日 (金)

三菱の館

不忍池の近く、まさに池之端にその旧邸宅がある。Cimg7404

岩崎弥太郎と弟の弥之助の築いた三菱の旧岩崎邸である。

建設された明治29年当時には、

堀を巡らせた5,000㎡の敷地に弐十棟余があったという。Cimg7409

現在は、洋館と書院造りの和館を残すのみだが、

越後高田藩屋敷跡に築かれた豪壮な館に驚く。

もとより弥太郎は、土佐の郷士くずれの地下浪人に過ぎなかった。Cimg7411

その男が幕末、算術を見込まれて藩の通商を担当する。

坂本竜馬との縁もあったりするが、

明治になって、藩の借金ごと大阪の蔵屋敷を貰い受ける。Cimg7410

それがもとで運輸業者として大発展するのだ。

明治17年に弥太郎が没すると、後を弟の弥之助が引き継いだ。

日本郵船を始めとして、炭鉱やら銀行業にも進出して三菱財閥を形成する。Cimg7408

遂には、日本銀行総裁にまで納まるに至るのだ。

その飛ぶ鳥を落とす勢いの頃、この屋敷は建てられている。

弥之助がそうしたであろう座敷で抹茶を戴きながら、Cimg7403

明治維新という革命の産み出した数奇を思った。

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2009年3月26日 (木)

人生を楽しむ

職を失う人さえ多いこのご時勢、安気なことを書くつもりはない。Cimg7316

だがどんな時だって、人生を楽しむ気構えは必要だ。

それに楽しむは、「他に親しむ」に由来するという。

知らなかった事柄や魅力ある人を知れば、それだけで嬉しい。Cimg7392

殊に異性に巡り合ったりしたら、それほどラッキーなことはない。

旅をしてその歴史や景色と触れ合うこと。

泳ぎや囲碁などを覚えたり、美しい音楽との出会いだってそうだ。Cimg7363

私の場合は、100kmマラソンとの出会いも大変な感激だったな。

私の育てているブドウの芽が膨らみ始めている。

もう直ぐ、彼らとの新しい日々の出会いが始まる。Cimg7318

進学に就職、結婚に昇進も、すべからく未知との遭遇だ。

人生を楽しむとは、未知を知るための挑戦なのだ。

受身ではなく、挑戦こそが未来を切り開く。Cimg7373

そう思えば、この不況風だって、人生の一つの節目さ。

そいつに立ち向かう自分を、どこかで楽しまなくっちゃね。

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2009年3月25日 (水)

不尽山

万葉集が編纂された八世紀には、この国に仮名と言うものが無かった。Cimg7321

だから万葉集は、すべて漢字で書かれている。

従って、山部赤人のあの句も

「田児之浦従 打出而見者 真白衣 不尽能高嶺璽 雪波零家留」と書かれている。

しかし、これでは訳が分からないから、Cimg7328

「田児の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 不尽の高嶺に 雪は降りける」

と翻訳されている。

問題は、「不尽」である。

万葉集には、「富士」の字は一つも書かれていないのだそうだ。Cimg7327

奈良時代の富士山は、活発な火山活動を続けていた。

それで、平城京の人々にとって、

神代の昔から命の尽きない山と考えられていたようだ。

だから赤人は、不尽の高嶺と歌ったのだと言う。Cimg7329

平安時代になって、朝廷から好字令(713)が公布される。

適当な良い字を充てて、それぞれの地名を届け出ろという命令だ。

その折、富士山麓の人々が届け出たのが「富士」らしい。

ちなみに駿河は、それまで「殊流河」と書かれていたらしい。

と言う訳で、美しい山「富士」が登場するのは、室町時代以降のことらしい。

先日の文化講演会の折、日本大学の梶川信行先生から学んだ話だ。

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2009年3月24日 (火)

上野公園

上野の桜は、もう三分咲きだ。Cimg7391

一足先に花を楽しもうと、せっかちな江戸っ子も押しかけているし、

今週末の賑わいを見越して準備万端のようだ。

上野公園と言えば、パンダの動物園と不忍池、Cimg7382

それに美術館群が今日の顔だ。

でも私の思いは、やはり明治維新の彰義隊である。

寛永寺に恭順する慶喜。Cimg7390

その徳川への義と権力交代への反発。

その儒教的な義のために、多くの若者がここで命を落とした。

時代を転換させるための生贄になったのだ。Cimg7396

たかだか140年前の出来事である。

江戸期、公園の西半分は藤堂藩の藩邸だった。

そしてそこには今、合格祈願の大仏やら親王の騎馬像、Cimg7389

野口英世の銅像などが建つ。

歴史は、そり地面の上に限りなく積み重なっていく。

東京という大都会のオアシスは、Cimg7388

人間の何たるかをほのかに感じさせる所でもある。

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2009年3月23日 (月)

仁が無くば、上野の山に銅像なぞ建つはずも無い。Cimg7383

仁は、二人の人と書く。

蒼古とした言葉だが、人を愛する心を表現している。

愛するとは、信頼するということだろうか。Cimg7399

信頼された方は自ずから心を開き、相手もまた当方を信頼するに至る。

諸事難しい時代だが、信頼こそが元気と生き甲斐に繫がるのだろう。

幕末の最大の仁者は、西郷隆盛だったろう。Cimg7384

彼は人を信頼することで、維新最大の頭目になった。

西郷の声望をして維新を成立せしめたとも言える。

戊辰戦争で゛も彼は、敗者を思いやる人間だった。Cimg7386

維新後、士族の不満に耐えかねて、征韓論なるものを主導する。

そして、その政論に破れ、田舎に隠棲する。

この時まで、西郷は誠実な仁の人だったのだと思う。Cimg7385

だが、西郷の人望を不満のエネルギーが利用した。

旧主の島津久光であり、人切りだった桐野利秋たちだ。

情誼と仁の故に、遂に西郷は彼らの暴挙に乗せられるのである。

この国最後の反乱である西南の役だ。

今西郷は、反乱の首謀者に擬されたにも係らず、

仁の故に上野の山に立っている。

今中国では、この言葉は儒教の仁ではなく、

平等を実現するための言葉になっている。

朴念仁の私としては、

先ずは自分自身を信頼しなくちゃいかんと思っている。

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2009年3月22日 (日)

がんこ祭

人は、群れの中に喜びを見出す。Cimg7381

嬉々として踊る人々を見て、そう思ってしまう。

そう!、一人で見物している方にはその喜びは無い。

同じ目的の集団の中で、役割を担ってこそ分け前があるのだ。Cimg7375

市中心部の13の会場で、

125チームの4,500人がパファーマンスを繰り広げた。

しかも老若男女、雨の中を様々なチームが激しく踊る。Cimg7374_2

9回目を迎えたがんこ祭りのことである。

自分達の群れと、その構成員の一人であることを楽しむ。

そんな雰囲気である。Cimg7370

踊るということは、自分の体でしか表現できないものだ。

かつては、盆踊りくらいしかなかった。

しかし、よさこいの時代になってしまった。Cimg7366

私も参加できたらと思うのだが、男はね・・・・。

この点女性年配者は強い。元気だ。

それに、劇練の浜松である。Cimg7364

見物は止めて、皆踊れば確かに何か変わるぞ。

そんな気分になる。

少しばかり、そんな皆さんの元気をもらった気がする。

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2009年3月21日 (土)

集団催眠

春爛漫になろうとしているけれど、Cimg7344

世上は給料も上がらず、雇用さえ怪しい昨今である。

そのもやもやを、手ごろなどこかに転化して憂さを晴らしたい。

それには、官僚パッシングが打ってつけである。

文句を言わないから「悪いのは官僚で善良なのは市民だ」との構図を作りやすい。Cimg7343

テレビのワイドショーやTVタッ・・などは、その典型と言える。

視聴者を、正義の味方の気分にさせてくれる。

それに、一見分かったような気分にもさせてくれる。

だが本当は、問題の本質から目を背けただけである。Cimg7345

例えば、簡保の宿である。

毎年40億円余の赤字を出している事業を、

職員ぐるみそっくりオリックスに売ることにした。

民間出身の社長の事業感覚として、それなりの決断だった。Cimg7340

それにケチをつけたのが、鳩山総務大臣だ。

「安く売りすぎる。不正だ。」と言う。

それにマスコミも飛びついた。

郵政官僚の不正だという次第である。Cimg7346

それで遂に、この縁談を潰してしまった。

結果として郵政株式会社は、今年も40億円余の部門赤字を背負うことになった。

それで鳩山大臣は、4分社化という郵政民営化をストップさせることが出来た。

損をしたのは、郵政と国民だ。

それにしても、あの過熱報道の最中には、

誰一人として、その事実を指摘する声はなかった。

これが、かつて戦争に突き進んだのと同じ、

日本人の集団催眠なのだろう。

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2009年3月20日 (金)

集落の真価

私の住む集落に、立派な公民館が竣工した。Cimg6523

40年ぶりの新装だから、長年の懸案の実現である。

前代の公民館は、まさに集落の寄り合い所として作られた。

それが今では、コミュニティーを意図的に創らないと育たない時代だ。Cimg7350

そうしたニーズに応えられる施設が出来たというべきだろう。

それで、今日はその竣工式の日である。

大勢が訪れてお祝いしたのだが、Cimg7351

さてこの施設の活かし方はこれからだ。

それにしても、建設を担ってきた方々に感謝しなければならない。

今時の人々は、ひたすらに私益を主張する。Cimg7347

自己を主張せんがための突拍子も無い発言だってある。

それらをまとめ調整し、時に慰撫しなくっちゃならなかったはずだ。

それにしても、集落の公民館とは不思議な場所だ。Cimg7352

そこを活かすという発想が無ければ、さみしく建って居るだけだ。

今時の村人には、自然に群れるなんていう必然性は無い。

賑わいは企画されて初めて起こるのだ。Cimg7353

高齢化の進む今日、三人に一人は要援護者だという。

孤独な生活をしている人だって多い。

そうした一人暮らしのお年寄りや子育て中の女性が、

足を向けられるサロンが出来ないだろうか。

いずれにしても集落の真価は、それを牽引する人間の存在如何だ。

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2009年3月19日 (木)

桶ヶ谷沼と菜の花

磐田原大地の東の縁に、トンボの楽園で知られる桶ヶ谷沼がある。Cimg7287

周囲1.7kmの葦の生い立つ池沼だ。

絶滅危惧種のベッコウトンボなど、

67種類ものトンボが生息するらしい。Cimg7289

昔は何処にもあったような池だけど、今では貴重な場所になってしまった。

俄然、マガモなどの渡り鳥も集まって、156種もの野鳥が飛んでくるらしい。

今、その沼地の前面(2万㎡)一面に菜の花が咲き誇っている。Cimg7293

菜の花はアブラナ科だから、一本では地味な花でしかない。

それがこれほどの規模で広がると、実に見ごたえがある。

菜の花越しに広がる桶ヶ谷沼の景色には、Cimg7295

菜種を栽培した頃の古きよき時代の風情さえ感じる。

日本の原風景の一つだろう。

行灯の油を採るため菜種が栽培されるようになったのは、Cimg7286

戦国時代末期からだとされる。

さしずめ美濃の斉藤道三は、その油屋から戦国大名になった。

今、その菜種の栽培は輸入物におされて霧消した。Cimg7288

一方、あちこちの池沼も溜池の機能を失って埋め立てられた。

どちらも、行政や市民運動が保護する他無くなった。

利便性をひたすら追及する社会だからこそ、

こうした原風景を大切にしたいな。

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2009年3月18日 (水)

男の甲斐性

世は、男女共同参画の社会である。Cimg7338

女性の社会進出は著しいし、育児休暇をとる男も増えている。

男女それぞれ適性もあるんだし、それはどうこう言うことはない。

だが富に昨今、男の出番が無くなったのは困りものだ。

一昔前の男達は、家族の目の届くところで働いていた。Cimg7294

父親の労働が、一家の生活を支えている実感というものがあった。

かつて給料袋が後生大事なものだったが、それも今では振込みだ。

私の家にTVが入ったとき、俺は親父を尊敬したね。

男の甲斐性って、これだと思った。Cimg7153

しかし今時、家電製品で驚くやつなんていない。

すべからく、「親父 すごい!」って思わせるところが無い。

つまり、男が尊敬されなくなったのだ。

その反面、女は得をしている。Cimg7152

おっぱいは強力な武器だし、家事そのものが威力だ。

それに金を握ってるのも女房だし、小遣いをくれるのも母親だ。

当然、態度まで次第に尊大になっていく。

結果として男は働き蜂に甘んじ、定年すれば濡れ落ち葉。

そんなの見てりゃ、男は草食系になるよな!

挙句の果てが、男用ブラジャーだ。

それで癒されてりゃ、この国はおしめーよ!。

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2009年3月17日 (火)

しぞーかおでん

静岡市には、チャツキリ横丁なんてのがあって、Cimg7323

小さな屋台風の一杯飲み屋が軒を連ねている。

そのどの店にも、おでん鍋が客の目の前にあってぐつぐつと煮立っている。

何時の頃だったか、その鍋の汁が年代ものだと聞いて驚いたことがある。Cimg7326

そんな静岡のおでんを、キリン麦酒がキャンペーンに乗せた。

折からのB級グルメもあって、こいつが一気に人気商品になった。

それで今では、おでんのお土産まで売られている。Cimg7325

そんな折、おでん祭りなるものが開催された。

青葉通り界隈には無数の屋台が出て、並んで買い求める風景となった。

非日常的な催しだし、食い物には人が集まる。Cimg7324

大変な人出になったのだが、問題はおでんが大量生産?出来るか否かである。

ぐつぐつと年来のだし汁で煮込まれたヤツが、しぞーかおでんのはずだ。

それが即興の煮込みを食わさせたんじゃ、名が廃るってもんだ。

やっぱりアレだね。Cimg7322

一杯飲みながら「おかみさん! 厚揚げと大根。」などと言うと、

「あいよ!」と辛子をのせて汁をかけてくれる。

あの、顔の見えるのがオデンだよね~。

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2009年3月16日 (月)

海老茶式部

卒業式シーズンである。Cimg7330

就職内定率が86%とかで、かなり厳しい世情である。

それでも、駅頭や街中は、海老茶色の袴姿の女性で華やいでいる。

それも、大正時代に紛れ込んだかのような数なのだ。

この女性が袴をはく姿は、時代劇の女流剣士を想起するのだが、

実は、明治の女学校の制服として始まったらしい。Cimg7332

当時の女性の自立と自己主張の象徴でもあったようだ。

道理で、着物と違った颯爽とした活動感がある。

女性の跋扈に幾ばくかのやっかみがあったのだろうか、

彼女らは、紫式部ならぬ海老茶式部と呼ばれた。

しこうして洋装の今日では、単なる懐古趣味のファツションでしかない。Cimg7331

世は正に、男女共同参画の時代である。

今後の労働力の減少や高齢化を考えれば、

女性の活躍なくしてこの国の未来は考えられない。

卒業証書の筒を手にはしゃぐ彼女らを眺めつつ、

新しい式部達の感性こそ、これからの時代の求めるものではないかと思った。

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2009年3月15日 (日)

駿府春一番

昨日の春一番の嵐が過ぎ去って、Cimg7311

一転、今日は快晴の小春日和である。

その静岡の街を一万一千人余のランナーが駆け抜けた。

桜の蕾はまだ固いけれど、広い駿府公園も人で溢れ、Cimg7314

一気に春の賑わいになった。

実はこのレースが、私にとって今年のレースの始まりになる。

この後、日本平マラソン、掛川マラソン、Cimg7317

そして八ヶ岳野辺山100kmマラソンへと続くのだ。

それに、私が初めてハーフマラソンを走った大会だ。

と言う訳で、この駿府マラソンでは、Cimg7319

初陣に臨むような浮き浮きする気分がある。

暑くも無く寒くもなく、今日は絶好のマラソン日和だし、

富士山もくっきりと姿を見せて私達を見送っていた。Cimg7320

そう!、快調に走りきったというべきだろう。

成績も、まずまずである。

ともあれ、最近のマラソン人口の増加には目を見張る。

若い人たちも増えたし、大会は健康そのものだ。

こんな春一番で、不況風も吹き飛ばしたいもんだな~。

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2009年3月14日 (土)

マリンバ

今夜は、マリンバの演奏を楽しんできた。Cimg7304

奏者は、浜松の中村友紀さんである。

先ずは、2.5mもあるマリンバの大きさに驚く。

そうして、彼女のたたきだす音に少し酔ったかな!Cimg7305

あの速いテンポの剣の舞やら、熊蜂の飛行、

道化師のギャロップとタップリ楽しませていただいた。

伺うとマリンバという楽器は、アフリカの打楽器から進化したという。Cimg7306

その打楽器で、軽妙な感情表現ができるのだ。

思えば音楽というものは、

叩くこと、打楽器から始まっているのだ。Cimg7309

そんな事を思いながら楽しんでいた。

今日の会は、遠来人の会の主催だ。

由来はエンライティング(自己啓発)なのだそうだ。Cimg7307

身近に触れ合い語り合い、そして又音楽を聴いて

感性をお互いに育てようという会らしい。

ともあれ、身近に音楽と触れ合えるというのは良い。

日本人は、音楽を高嶺の花にしちゃってるからね。

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2009年3月13日 (金)

資源と人口

先頃の原油価格高騰は、中国など新興国の需要急増が一因だった。Cimg7248

その構造は不変だから、原油が有限である限り、

原油価格もやがて再び高騰するのだろう。

ところで、有限なのは原油やレアメタルなどの埋蔵物ばかりではない。

食糧や水だ。Cimg7108

水に関しては、地球規模で見れば砂漠や半砂漠が圧倒的だ。

それで世界各地で、農業用に地下水が使われている。

その地下水が有限なのだ。

事実、米国ではオガララ帯水層の水位低下が伝えられる。Cimg7077

それに、サウジアラビアでも地下水の枯渇が始まっているらしい。

オーストラリアは、何時も水不足だ。

そしてその水の量が、穀物の生産量を左右する。

そこで、穀物の需要動向が大きな問題になる。Cimg6807

一昨日国連が、世界の人口推計を発表した。

昨年7月の人口は、67億人に達したという。

そして、2012年には70億人に、

2050年には91億人になるという。

毎年6千万人、日本の人口の半分くらい増えるのだ。

いずれ食糧は、奪い合いになるだろう。

農業を足蹴にしてきた日本人は、いずれ痩せ細るしかなさそうである。

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2009年3月12日 (木)

私達のルーツと食

この日本列島に元々自生していた食用植物は、Cimg7125

ヒエとか栗、それにウドとかセリ、フキ、ミョウガ、ゴボウ程度しかない。

だから恐らく縄文人は、魚貝の他はそんな物を食べていたのだろう。

日本史誕生(佐々木高明著)によると、

縄文人の人口は8万人ほどでしかなかったらしい。

人口は食べ物に比例したはずだから、そんなものかも知れない。Cimg6802

やがてその縄文人の暮らす地に、大陸から渡来人がやってくる。

稲作技術を持った弥生人で、紀元前三世紀以降のことだ。

彼らは縄文人と争い、やがて交じり合っていく。

この日本列島が稲作の適地だったからだろうか、

渡来人の数は概ね千年の間に100万人にのぼるそうだ。Cimg6542

一年に千人くらい渡来してきたことになる。

巨大な移民と言ってよいだろう。

やがて稲作の生産力によって、七世紀末には人口も540万人ほどに拡大する。

それに奈良時代には、大豆やエンドウ、キュウリやレンコンなどが入ってくる。

海外からの伝来種によって、徐々に食の幅が広がっていく。Cimg7207

近世になると、中央アメリカから唐辛子、ペルシャからタマネギ、

中央アフリカからはスイカやカボチャ、南米アンデスからトマト、

人参はヨーロッパ原産で江戸中期に導入される。

白菜などは、明治8年に中国から伝わったものだ。

私達は、「日本人は単一民族だ」と思っていたりする。

たが、他の世界の国々と同様に多分に移入民族だ。

要するに人も食も、外から入ってきたということだ。

ルーツを言うなら、モンゴル人や朝鮮人は親戚なのだ。

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2009年3月11日 (水)

脳の退屈

日ごとに春の日差しが強まって、もう三月も中旬である。Cimg7281

つい先日初詣でたばかりなのに、猛烈な速さで時が流れていく。

歳を重ねるに従って、時間は速く過ぎ去っていくようだ。

その理由は、新しい体験や発見が少なくなるかららしい。

例えば、初めての土地に行ったとする。Cimg7279

すると、行きと帰りとでは、行きのほうがはるかに遠く感じる。

それと同じで、時間の感覚は脳の稼動に比例するらしい。

毎日いかに忙しく立ち働いていたとしても、

同じルーチンの繰り返しなら脳の稼動は僅かでしかない。

脳は何時の間にか退屈するようになる。Cimg7276

やがて時間を縮めて知覚するようになるのだ。

この点、海外旅行などに出かけると、

聴覚も味覚も視覚も、脳はあらゆる機能をフル稼働させる。

結果として、旅行の期間は相当なボリュームとして残ったりする。

それに脳のフル稼働は、私達の健康にも大いに役立つらしい。Cimg7271

平和で経済も安定している時に、神経症患者が増えたりする所以だ。

脳を退屈させておくと、認知症なんかにもなり易いだろう。

とにかく脳を活力のためには、ワクワク、ドキドキが必要なんだろう。

未知への挑戦を続けることだろうか。

さりながら、実行はそんなに容易じゃないな!

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2009年3月10日 (火)

塩梅

あんばいと読む。塩加減のことだ。Cimg7280

かつて、梅酢を使って味を加減したことに由来する。

私達と塩は、味付けはもとより食物の貯蔵や生活習慣とも不可分だ。

清めの塩や玄関先の盛り塩もある。

大相撲の力士も土俵に塩を撒く。Cimg7278

この塩は、日本では久しく政府の専売だった。

明治38年に、日露戦争の財源確保のためだった。

以来日本人は、専売公社の単品の塩を使わせられた。

その法律が平成8年に廃止されて、沢山の塩が売られるようになった。

これは小泉改革の、功だったろう。Cimg7243

ところで中国に「塩は牛を招く」という故事がある。

秦の始皇帝の時代である。

咸陽の宮殿には、後宮に三千人の美女を擁したと言う。

始皇帝で無くとも、どの女の所に行くべきか迷うではないか。

そこで一計を案じた。Cimg7123

馬車の歩み?に任せ、牛の止まった部屋に泊まることにしたのだ。

美女の戦いは熾烈で、知恵比べが始まる。

ある利口な美女が、暗くなるのを待って門口に塩を盛った。

すると牛は、その門口に止まって動かない。

牛が塩を好むことを利用したのだ。

やがてその美女は、始皇帝の寵愛を一身に集めたという。

政治も万事、塩加減を塩梅良くやってもらいたいものである。

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2009年3月 9日 (月)

食べること

私事だが、この一ヶ月ほど胃の調子がおかしい。Cimg7277

痛みを伴って腹にガスがたまる。

特別に腹黒くなった訳でもなかろうが、

生まれて初めての事で、諸事往生している。

医者はストレスが原因だというが、Cimg7144

一番困ったのは、食欲はあっても食べられないことだ。

仕方ないから、少量を良くかんで食べるようにしている。

元来、生き物にとって食欲は、本能そのものといえる。

だから人間も、本能の全てを使って食と向き合っている。Cimg7273

しかも人間は、数え切れないほどの食材を使って、

だしや調味料で味付けまでして食べる。

旬の食材が巧く調理されていれば、

それこそ生き返るほどの喜びである。Cimg7229

TVなどでも料理番組がもてはやされている。

達人の腕で作り出される食、それを美味そうに食する風景。

それを見ていると、料理人というものを尊敬してしまう。

思えば、狩猟生活の時代から、食を獲ってくる奴が尊敬されたはずだ。

中世だって、食わせる力の有る奴が大将になった。

ところで、問題は我が家である。

大将は細君で、私は小さくなって食べている。

それが、原因のストレスなのかも・・・・??

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2009年3月 8日 (日)

めだかの心

3ヶ月に一度、メダカの学校が開かれる。Cimg7268

その学校に、各地から個性溢れた皆さんがやってくる。

そうして、そのメダカのメンバーが交代で校長や教師を勤める。

今回は、「共助」共に助け合う心がテーマだった。

山間部に暮すO女子の講義では、「田舎の底力」が印象に残った。Cimg7267

田舎には、人を死ぬまで生かす??仕掛けがありそうだ。

つまり、ピンピンコロリである。

死ぬまで退屈することは無いという次第である。Cimg7265

森町のKさんの講義は、町興しの話だ。

町を変えようと灯篭飾りやら町並博、便所掃除など色々やってきた。

そうして気付いたのは、自分の大きな変化だった。Cimg7263

そこには、何事にも感謝する自分がいた。

Kさんは、便器を磨きながら自分の心を磨くのだと結んだ。

そう、毎度素晴らしいお話を聞くことが出来る。Cimg7262

だが本来、人というものを理解するのは、相当に難しいものだ。

その理解の手がかりを、このメダカの学校では僅かに与えてくれる。

だがそれは、一年に4度でしか無い訳で、意思疎通には程遠い。

人を本当に知りたかったら、個別に訪ねていく他なさそうだ。

私もメダカの一人として、もっと泳ぎ回る必要がありそうだ

折角、メダカの心に触れているんだからな~。

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2009年3月 7日 (土)

農業は成長産業

IT分野を最後に、多くの産業が「成長」出来なくなった。Cimg7233

発展途上国の需要を別にすれば、現状維持すら困難だ。

そういうことが、今回の金融不況で一層鮮明になった。

だが、これまで発展できなかった産業がある。

それは農業だ。

効率が悪いという理由で、保護の対象だった。

保護は、悪い効率を維持させるために機能した。

勿論、土地の制約が大きかったのだが、Cimg7272

結果として農業は、様々な制約と過去の常識の壁に閉じ込められてきたのだ。

この農業の効率を良くすると、失業者が出るから反対だという意見もある。

だが現実は、家庭菜園的農業を別にすれば、

農業を業として営む人はほぼ払底しつつある。Cimg7275

総就業人口のうち農業の占める割合は、既に4.5%でしかない。

それに、その大部分が高齢者だ。

今、農地法の改正がやっと始まった。

戦後の農地開放から、ここまで60年を要した。Cimg7260

農業を成長産業にするには、様々なくびきから解放することだ。

農地は虫食い状態だし、時既に遅しの感もあるが、

遅れたぶん、確かに成長の余地はある。

農地は余ってるのだから、労働生産性も追求できるだろう。

エタノール生産や農商工連携も仕組み次第だろう。

唯一問題は、過去の常識の壁が高いことだ。

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2009年3月 6日 (金)

閑暇

人間は、退屈の出来る唯一の動物だそうだ。Cimg7262

つまり、犬も猫も、蛙も金魚も退屈しないのだ。

猛烈な速度で回転するこの社会。

そこで働くサラリーマンは、当然ながら多忙である。

そこに今回の不況で、突然休暇が出来たりする。

さあ! とりあえずやる事がない。Cimg7266

恐らく、退屈を持て余している人も多いはずだ。

大昔、例えば石器時代に「退屈」はあったんだろうか?

実は、それに近い生活をしているブッシュマンなどには、

退屈はあんまり無いらしい。

食糧確保に手一杯なのかと思うとそうではない。Cimg7259

狩猟などの仕事は、週に5時間もあれば十分なのだそうだ。

その他のタップリの時間は、生活を楽しむために使うらしい。

集まって語らったり、お茶を飲んだり、ダンスをしたりである。

そして、その楽しむ生活は、コミュニティーでの楽しみだ。

別に、貯金などする必要も無いし、TVニュースなんてのも不要だ。Cimg7254

とすると人間は、自分を忙しくするために農耕を始め、

商工業を発展させてきてしまったようだ。

挙句の果てに、大切なコミュニティーを失って、

結果として退屈を産み出したのかもしれない。

きっと、退屈って奴は文明病だな!

この治療には、地域にサロンを育てることだ。

そうして孤独死したくなかったら、皆このサロンに加わることだな!

う~ん、今夜も閑話で御免なさい。

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2009年3月 5日 (木)

人もいろいろ

十人十色と言うように、考えることも行動も皆違う。Cimg6991

だからこそ人生も面白いのだが、

時に、その違いは人と人との反目、場合によっては戦争にもなったりする。

分かりやすいのが夫婦だろうか。Cimg7255

馴れ初めの頃には、自分との違いが大きな魅力だった。

それが何時の間にか、その違いが争いの元になる。

夫婦の場合には、それはやがて諦めになるのだが・・・。Cimg7253

差異というのは、尊大だとか卑屈と言うことではない。

物事への反応の仕方や、些細な行動の違いが興味深い。

面白いと感じる事柄が違ったり、Cimg7256

例えば洗濯物の干し方の違いだったりする。

ちなみに私は、二本の靴下を揃えて開口部を挟んで吊るす。

ところが細君は、つま先を挟んで一本ずつ干すのだ。Cimg6472

つまり、箸の上げ下ろしから布団の敷き方まで違うのだ。

当然のことながら、世の中はもっと遥かに広い。

いろいろな人が居て当たり前だ。

その差異をお互いに認め合って、それを尊重する。

そうすれば、イラク戦争もやらなくて済んだかもしれない。

人生を楽しむには、人を楽しむに限る。

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2009年3月 4日 (水)

衆愚

私達が、議員バッチと言うものに胡散臭さを感じるのは何故だろうか。Cimg6613

小沢党首への不正献金も、西松建設に要求しそのゼネコンが不正に利得したものだ。

社員の献金に見せかけて汚い金を集め、何らやましい事は無いとおっしゃる。

或いは、政治的思惑を持った干渉だとさえ言う。

何をかいわんやである。Cimg7081

大抵の議員は、選挙民に媚を売って哲学を持たない。

なまじ信念などを持っていたら、とても政治家はやってらんないのだ。

何故なら、一票こそ後生大事だからだ。

「これはこうです」などと一々反論するようでは、票は失われるばかりだ。Cimg7158

清濁併せ呑んで「何とかしましょう」と言う、それがこの国の政治家?なのだ。

それに、選挙民こそ勝手なものだ。

自分や自分の所属の利益を、エゴを承知であれこれと主張する。

政治家は、その集票の大きさを図りながら動くという寸法だ。Cimg7242

そうしてその利益は、決してこの国全体の為にはならないのである。

八方美人の末に不都合が出てくると、

天下りだとか官僚独走だのと、何所か他に犯人を探すことにする。

民営化して民間から天下り社長を迎えたはずだが、

オリックスだの文化財だのと、槍玉に挙げている。

「悪いのは郵政だ」・・・本当だろうか?

年間数十億円の赤字を生む「簡保の宿」を、

職員ごと引き受ける会社がはたして現れるだろうか? 

衆愚の私は、楽しみに注目している。

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2009年3月 3日 (火)

大学も変わる!

この国の不幸は、私は大学の有り様にもあると思ってきた。Cimg7246

何故ならこれまでの大学は、卒業(学歴)だけが目的になっていたからだ。

学生は高校では勉強しても、大学に入ったとたん呆けてしまう。

大学の四年間は、学生が青春を謳歌するためにあった。

本来大学は、専門の研究と職業教育をすべきなのだが、Cimg7247

工学にしろ農学にしろ、近年は産業とはかなり距離のある所に位置していた。

だから企業は、新入社員のスキルを自前で養成する他なかった。

それが大学法人に組織替えしたあたりから、徐々に変わり始めている。

実は私も、この大学における人材養成の仕組みづくりに少し関っている。Cimg7245

合目的的な人材養成講座作りに参加しているのだ。

先日、豊橋技術科学大学を訪れた。

人材を育てるための先進プロジェクトを学ぶためであった。

同大学は、ICチップ工場を学内に設けてあるなど特異な教育を進めている。Cimg7249

さすがに工専卒業生の受け皿として出発したこともあって、

多岐にわたる実践的な教育組織を作り上げている。

そのコンセプトも、地域の産業に貢献することであった。

それに大学院生8百人のうち、百二十名は世界各国の留学生だった。

世は、少子化時代である。

学生のモラトリアムのような大学は、早晩潰れることになるだろう。

変な話だが、やっと大学という猫がネズミを盗るようになり始めたのだ。

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2009年3月 2日 (月)

春は弥生

明日は、桃の節句である。Cimg7252

桃の節句には、三色の菱餅を供える慣わしだ。

緑を一番下にして、白そしてピンクと重ねるのが常だ。

白い雪の下には緑の芽吹き、雪の上には桃の花の情景を表わす。

ともかく三月の声を聞くと、少しばかり華やいだ気分になる。Cimg7196

草木の芽も動き出し、稲作の準備も本格化する時期なのだ。

ところで、その稲作である。

日本人は、米というものを特別扱いし過ぎたのかも知れない。

長い間米は税金であったし、銀舎利として人々の生きる目的でさえあった。Cimg7118

だから、米粒を粗末にすると目がつぶれるのであり、

米の取れ高はこの国の農民にとって生活そのものだった。

そのためか、私達日本人は米が余るようになっても、

米を主食に使うことに固執してきたようだ。Cimg7083

だが米は、飼料用はもとより、米粉にしてパンやパスタにもなるし、

米菓子やバイオエタノールにだってなる。

それに今、米油への用途開発が注目されている。

大豆や菜種などの油脂原料は全量輸入だ。Cimg7250

それを油分(米ぬか)の多い品種を開発して、油糧米を作るのだ。

繰言だが、もっと早く米の活かし方を考えるべきだったのだ。

それをこの国の人々は、海外から安く買うことばかり考えてきた。

食糧は自給が原則なのに、それを追求せずに、

水田を大量に荒廃させておいて、

CO2を多量に排出させながら地球の裏側から買ってきたのだ。

弥生人は、米を作ることで時代を切り開いてきた。

今改めて、新しい日本の弥生を考える時だろう。

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2009年3月 1日 (日)

空の桶

人間の性癖には色々とあって、Cimg7241

かつての役所時代にやたら威圧的な男がいた。

とにかく横柄で人にやたら噛み付くのだ。

ある時の人事異動で同じ職場になった。Cimg7250

彼と同じ職位で赴任した歳若な私を、

この男は赴任の翌日いきなり怒鳴りつけた。

理由は特になくて、ただ虫の居所が悪かったようだ。Cimg7209

以来、この男を極めて丁重に扱ったのだが、

やっかみ感情は直るべくもなかった。

ともあれ、虚勢を張って威張り散らすような輩は気分がよくない。Cimg7130

昔から「虎の威を借る狐」などと言われて、

権限を振りかざして威張り散らす人間は絶えない。

幕末に、伝吉という船乗りがいた。Cimg7081

1850年に台風で遭難し、アメリカ船に救われて彼の地で生活する。

この点、ジョン万次郎と似ている。

が幾分の経緯があって、

伝吉は駐日総領事オールコックの通訳として帰国する。

遭難から九年目であった。

伝吉は通訳として、英国領事の威を嵩にきた。

恐らく、得意の絶頂ではなかったか。

が時は、攘夷の風雲の最中である。

横柄なその態度を、厳格な身分制度下にあった武士達が黙認しなかった。

案の定、伝吉はまもなくイギリス公使館前で刺殺される。

「空の桶ほど、大きく響く」のであって、

中身のない人間ほど声高なものだ。

かつてその男を前にすると、いつも心中そう思っていた。

人は「稔るほど 頭の低き 稲穂かな」なのだ。

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