関ヶ原の陣
1960年の9月15日も、同じような天候だったろう。
三成の率いる西軍は、夜半大垣城を出て、
雨の中を16km先の関ヶ原まで行軍している。
笹尾山の三成の陣跡に立つと、
直ぐ右側には島津義弘、続いて小西行長、
さらに宇喜田秀家、大谷吉継、
向かい側の中山街道の上には、吉川広家らがぐるりと取り巻いている。
家康の東軍は、その関ヶ原に出張ってきたことになる。
石田三成ならずとも、この陣形で負けるはずが無いと思う。
その確信があったからこそ、三成は夜を徹して行軍したのだろう。
それぞれの陣は、大谷吉継たちが下準備を済ませていた。
が、三成の目算は、首の皮ひとつで敗れ去った。
全ては、小早川秀秋の裏切りに帰する。
そのそれぞれの陣跡を巡って25kmほど歩いた。
陣太鼓の音が聞こえるかのような関ヶ原であった。
世の中のことは、確固とした道理が無くてはならない。
そんな分かりきった事を、改めて思わせるのがこの関ヶ原だ。
首塚に立って、多くの武将達の心中を思ってみた。
その武将達の首塚は、巨大な椎の木で覆われていた。
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