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2009年4月15日 (水)

関ヶ原の陣

昨夜来の雨が上がって、今日は上天気である。Cimg7698

1960年の9月15日も、同じような天候だったろう。

三成の率いる西軍は、夜半大垣城を出て、

雨の中を16km先の関ヶ原まで行軍している。

そして翌未明までに、東軍を包囲する完璧な布陣を終えた。Cimg7697

笹尾山の三成の陣跡に立つと、

直ぐ右側には島津義弘、続いて小西行長、

さらに宇喜田秀家、大谷吉継、

やや離れて小早川秀秋、Cimg7694

向かい側の中山街道の上には、吉川広家らがぐるりと取り巻いている。

家康の東軍は、その関ヶ原に出張ってきたことになる。

石田三成ならずとも、この陣形で負けるはずが無いと思う。

その確信があったからこそ、三成は夜を徹して行軍したのだろう。Cimg7675

それぞれの陣は、大谷吉継たちが下準備を済ませていた。

が、三成の目算は、首の皮ひとつで敗れ去った。

全ては、小早川秀秋の裏切りに帰する。

当然のことながら、関ヶ原の地は戦跡だらけである。Cimg7695

そのそれぞれの陣跡を巡って25kmほど歩いた。

陣太鼓の音が聞こえるかのような関ヶ原であった。

世の中のことは、確固とした道理が無くてはならない。

だが人間は、理屈どおりには必ずしも動かないのだ。Cimg7696

そんな分かりきった事を、改めて思わせるのがこの関ヶ原だ。

首塚に立って、多くの武将達の心中を思ってみた。

その武将達の首塚は、巨大な椎の木で覆われていた。

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