勧修寺
西暦900年の創建で、菊のご紋の山門からして雅な寺だ。
寺には氷室と呼ばれる池があって、
平安の昔、毎年1月2日にはこの池の氷を宮中に献納したと言う。
その氷の厚さで、その年の五穀豊凶を占ったのだ。
この池の淵に観音堂があって、桜の花が取り巻くように咲いていた。
雅の訳は、この寺の由緒にもあった。
醍醐天皇が、母の菩提を弔うために創建したとある。
そんな訳で、尊王思想の水戸光圀も大型の灯篭をこの寺に寄進している。
樹齢750年のハイビャクシンに半ば埋もれていた。
今昔物語集には、醍醐天皇の母親の出生について記述がある。
その時、雨宿りしたとある家で乙女と契りを結ぶ。
その折生まれたのが、醍醐天皇の母となる列子だという。
京都には、千二百年の歴史が詰まっている訳で、
その分、古の人々の思いも色濃く残している。
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