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2009年4月18日 (土)

伊吹山

関ヶ原の北側には、伊吹山(1237m)がそびえている。Cimg7677

伊吹山は、日本列島の細くくびれた位置にあって、

日本海からの風を僅かにさえぎっている。

その山の名のように、風が太平洋に吹き抜ける所だ。Cimg7691

だから冬季には、冷たく湿った風がここを吹きぬけて雪となり、

時折新幹線を止めてしまう。

不思議なものでこの伊吹山あたりを境として、Cimg7695

諸事、人々の風俗すらも変わってくる。

例えば言葉である。

これより東では「馬鹿」と言い、西では「たわけ」などと言ったりする。Cimg7679

食べ物でも、味噌やうな丼などに違いが現れる。

言うならば、伊吹山はこの点でも天下分け目なのだ。

そう言えば平安朝の頃、不破の関があったのもこの関ヶ原である。Cimg7680

ところで伊吹山の南麓に陣取っていた薩摩勢である。

西軍が壊滅してもなお、彼らは無傷のままでいた。

その不動だった彼らが、やがて悲愴な退却行動に移る。

後ろは伊吹山だから、

敵の只中を突破して伊勢街道に抜ける他道は無かった。

それで敵の群れの中に、突撃体形で突っ込んだのだ。

ステガマチで追撃を逃れ、薩摩に帰り着いたのは、

義弘以下80名に過ぎなかったという。

そして260年後、その薩摩藩が徳川幕府を倒す主動力となるのだから、

歴史は正に妙と言う他ない。

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