2009年5月31日 (日)
第30回世界アマチュア囲碁選手権大会が袋井市で開かれた。
毎年日本のどこかの都市で開かれてきたのだが、
今年は、69ヶ国・地域から69名の選手が出場した。
日本で開かれるのだが、優勝はほとんど中国か台湾、韓国の選手だ。
日本ではプロの世界があるからだろうか、アマであんまり強豪がいない。
大会を覗いてみると、言葉の通じない相手同士が無言で対局している。
碁の世界は不思議なもので、盤面で会話が出来るのだ。
実は私は、日本棋院の初段だ。
学生時代に熱くなって碁を打った。
それで30年ほど前、やっと初段の免状を手に入れた。
この点、どこのかの知事とは訳が違う。
だがその初段取得後は、とんと囲碁の世界からは遠ざかってしまった。
だから今、どの程度の碁が打てるか自信は無いが、
あの対局の緊張は良く分かる。
盤面を見詰めていて、足から血が引いて冷たくなっていく。
全ての血流を脳に集めるのだ。
対局していると、そんな気分になる。
だが碁は、人と人とを相当に親密なものにする。
この国の基礎を創った大久保利通は、島津久光に近づくために碁を使った。
短期に久光と互角に打てるようになったのだから、相当な頭脳と言える。
やがて彼はその殿上の力を使って、明治維新へと時代を動かしたのだ。
碁は、世界観を養うものでも有る。
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2009年5月30日 (土)
いやさ、国の借金の話だ。
財務省の発表では、08年度末の国の債務残高は846兆円だそうだ。
そいつが09年度末には、924兆円になる。
日本の人口は、1億2,760万人だから、
一人当たりの借金は、724万円になる。
さしずめ家族五人なら、3,600万円の借金である。
いくらなんでも、限界と言うべきだろう。
借金は普通、返済計画を立てて月々返済していくものだが、
この国の借金は、何故か自転車操業で増える一方だ。
それに担保も保証もない。
それでも国民は、安い金利で国に貸し続けている。
実は国の借金は、いずれ税金で返済する他無い。
その税金は、所得税や法人税、消費税だったりする。
が、消費税以外は上げてももう限りがある。
とすると近い将来、消費税を思いっきり上げる他ない。
つまり、ツケは国民が払うしかない。
そいつを主導しているのは、政治屋だ。
お上が何とかしてくれるなんて思っていると、
何ともしてくれなくてさ!!
政治家こそは、疑ってみたほうがよさそうだ。
彼らが辞職したって、責任にも何にもならないんだから。
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2009年5月29日 (金)
私の朝は、ブドウ棚の下で始まる。
この時期ブドウは粒も急速に肥大するし、
枝だって少しでも伸びようとしている。
その無駄な枝を除き、混み合った粒を摘除するのが朝の作業だ。
作業始めてしばらくすると、太陽が昇り始める。
この旭日の鮮光が、枝の隙間からビームのように差し込んでくる。
その眩しさを、ブドウ達と共に味わっている。
そして潅水作業を始めると、
蛇口からほとばしる水の粒がガラス玉のように輝く。
それらは、印象派の画家達の描く光の点描のようですらある。
正に、旭日の生気を実感する一時なのだ。
やがて、ひとしきりの作業を終えて朝食となる。
食卓の朝刊の上にも朝日は届いている。
だがそれは、既に光の粒が拡散してしまっている。
そんな光の変化に促されて、勤務先への動きを始める。
光は、全ての始まりである。
言うまでも無く植物にとっての光は、エネルギーそのものだ。
そして私達人間も、
その植物と同様に光をエネルギーにし、
活力を再生する時代なのだ。
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2009年5月28日 (木)
日本人に、自治なんてことが馴染むのかどうか疑問に思っている。
幕藩の昔から、上意下達はこの国の倣いであった。
年貢減免を求める一揆こそあったが、人々は民でさえなかった。
明治中期に議会代議員制が導入された。
だがそれは統治の仕組みであって、自治とは程遠いものだった。
今でも議員には、当局のチェック機能しかない。
それでさえ、何時の間にか職業化してしまっている。
高給を食んでいるにも係わらず、賛否の徒でしかないのだ。
畢竟、議員が住民自治だとはとても思えない。
それでは、自治会か?
自治会には連合会があって、しきりに活動の活性化を叱咤している。
さりながら、その受け手の住民に、
どれ程の自治意識が育っているだろうか?
むしろ受身の姿勢だ。
自分の生活第一は当然としても、
ボランティアの自治活動に動くのは役員ばかりだ。
連合会からは、
地区福祉推進協議会、地区安全会議、地区防災委員会etcを作れと、
せっつかれている。
暴力的投票で役員にさせられた私は、
この四月から二ヶ月、既に14日もの会合等に引っ張り出されている。
これはもう、ボランティアの域を超えていると思う。
手当ては月二千円、年間で二万四千円が支給される。
果たしてこの国に、こんな自治なるものが必要なのかどうか・・・?
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2009年5月27日 (水)
ミツバチの社会が崩壊を始めている。
群れの失踪や大量死が相次いでいるのだ。
思えば近年、ミツバチを取り巻く環境は激変した。
花が減ったと言うことではなくて、労働過多になったのだ。
旧来からのミツバチは、春から秋まで花を追って移動し、
冬には冬眠する仕組みだった。
ところが近年では、ハチは一年を通じて貴重な労働力になった。
10月頃から花の咲くイチゴ栽培にとって、
花粉交配の作業にミツバチは欠かせない。
トマトやスイカ、メロンだって同じだ。
つまり施設園芸のお陰で、ミツバチは年中働かされる羽目になった。
勿論、激務で冬眠なんてしてる暇は無い。
それにハウスの中は同じ花ばっかりで、つまり栄養が偏ってしまう。
高温多湿なハウスの中は、ミツバチにとって果たして快適かどうか?
当たり前のことだが、病気にだってなり易くなる。
と言う訳で、ミツバチが激減しているのだ。
この話、何だか私達にも身につまされるよね。
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2009年5月26日 (火)
私のように暖地に住む者には、
唐松のリンと整った樹形には独特の情感を感じる。
唐松は落葉松とも書き、針葉樹でありながら落葉する。
それに唐と書くからといって中国原産ではなくて、
日本古来の木なのだ。
雪深い長野県ではこの木が圧倒的に多くて、
人工林の半分は唐松なのだそうだ。
私達のウルトラマラソンも、その唐松の林を縦横に走る。
風に吹きちぎられた未だ柔らかなその枝葉が走路に散っていて、
そこはかとない哀れを思ったりした。
そう言えば北原白秋の「落葉末」に、
「からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き
からまつは寂しかりけり 旅行くは寂しかりけり
世の中よ哀れなりけり 常なれど嬉しかりけり
山川に山川の音 からまつにからまつの風」とある。
今改めて、あの八ヶ岳の唐松を思い出している。
唐松は、冬の試練に耐えて立つのだと。
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2009年5月25日 (月)
田植の真っ最中である。
が、その風景は随分変わった。
かつて農村は、学校が休みになったほどの繁忙期だった。
その転機となった休耕政策は、昭和45年に始まった。
食糧増産が一転して、米が過剰になったのだ。
原因は、食生活の変化だ。
パンや麺、肉や油脂類を食べるようになったからだ。
勿論そのほとんどは、輸入農産物である。
当然食料自給率も下がって、40%になった。
それでも米の生産調整は、40年も続いてきた。
生産を減らすことのために、何と40年も金と労力を費やしてきた。
それでも、基本的に何も解決を見ていない。
農家はこの間、水田に不向きの麦や大豆を補助金付で作ってきた。
その生産調整を、農林水産大臣が見直したいと言い出した。
ところが、農業団体までが反対だと言う。
米価が下がるから反対だと言う。
しかしだ、こんなことを何時までやりゃ良いのか?
米価が下がれば、主食も米粉も消費が増えていく。
生産者だって、直播を含めて生産性を上げるだろう。
その上で、一定水準の所得を政府が保証すれば良いのだ。
世の中、百年河清を待つでは進歩はあるまい。
基本的に水田は、水稲を栽培するところなのだ。
そして、日本の歴史と日本人を育てたのは、弥生以来の稲作農耕なのだ。
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2009年5月24日 (日)
私が高校生の頃の話だ。
友人と二人で、佐久間ダムを見に行こうと言うことになった。
早朝のまだ暗いうちに家を出て、自転車で佐久間に向かった。
片道60km程かと思うが、当時はまだ舗装がなかった。
トラックの土煙に閉口しながら、坂道を登っていって、
やっと午後二時頃にダムに到着した。
その時の巨大な堰堤と、無機質なコンクリートの感覚を今でも忘れない。
佐久間ダム建設は、高度経済成長への号砲となった事業だ。
水と電気の確保は、産業の発展には必要不可欠な条件だったからだ。
ダム湖で握り飯を食べて折り返し、帰宅はもう夜になっていた。
友人は、その時の土煙と過労が原因でしばらく胸を患った。
それはともかく今、ダムを巡る環境は著しく変わった。
試験淡水で満水になった太田川ダムを眺めながら、
45年も前のことを思い出してしまった。
しかし、ダムは地域を一変させる。
新しい自然と環境を作り出す。
佐久間だって、ダムが無かったら只の過疎の山里でしかない。
反対すりゃ良いってもんじゃないよね。
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2009年5月23日 (土)
少子高齢化の時代である。
年金も65歳までは満足に出ないし、当今では隠居どころではない。
20年ほど前には、その年金だって55歳から支給されていた。
それに圧巻は、江戸時代の隠居制度だ。
親父が隠居しない限り、武家奉公の息子の出番はない。
だから大抵は、随分若くして隠居となった。
隠居すれば、もう老いては子に従えである。
変化の少ない時代とは言え、呑気に晩年を過ごすことができた。
晩節と言う言葉が有る。
老後若しくは、晩年の節操のことを言う。
人間、晩年を爽やかに生きられる人は幸せだ。
ところが、大抵は物事に執着するようになる。
特に権力を握って居たりすると、大変な失態をやらかすことになる。
秀吉や毛沢東はその典型であろうか。
はてさて、90歳位までは生きられる時代である。
金も権力もないし、楽隠居も出来ない私なぞは、
やはりアレだね。
世のため人のため、死ぬまで生きることだな !
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2009年5月22日 (金)
二十四季節の小満、草木長じて満ちる頃となった。
で、我が家のヤマホウシが満開である。
同じ仲間のハナミズキと違って、質素で涼やかな和風を感じさせる。
この花が咲くと梅雨入り間近になるのだが、
花が例年よりも少しばかり早いようだ。
一方ハナミズキは、最近では街路樹としてよく見かける。
この木は、日本が贈った桜の木の返礼に米国から移入された。
だがこの木は、戦争で敵国の木とされて一旦は姿を消してしまう。
当時の日本人の精神風景の一断面として、象徴的な出来事だろう。
ともあれ今年の気象である。
私の作っている葡萄も10日ほど開花が早かった。
既に2回目のジベ処理を終え日に日に粒が膨らんでいる。
植物は、気象を素直に受け取っているのだが、
その現象を起こしている異変の原因が気になる。
日本上空の二酸化炭素濃度が、観測史上最高値を記録したそうだ。
よもや私達は、自然や気象を支配できると思っているのだろうか。
それとも、ただの無責任か。
私達人間も、その自然の一部だと言うことを忘れてはなるまい。
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2009年5月21日 (木)
私達の信仰心は、薄れていく一方だ。
勿論イスラムのジハードなぞは、とても真似のできないことだ。
しかしながら近世までのこの国は、
大方が信仰心に満ちた生き方をしてきたようだ。
明治9年に起こった熊本の「神風連の乱」などは、
刀を神道の象徴として、廃刀令などの欧化に反対するものだった。
彼らは決死の蜂起だったし、事実皆死んだ。
人間などと言うものは本来、
極端に宗教化しない限り自ら死ねるものではない。
それよりも人々は、自然を崇めることで自然とつながって生きてきた。
人為よりも自然の営みにこそ畏敬を感じてきたのだろう。
だから山の頂には神社を配し、
水辺には水神を祭った。
道端には羅漢や馬頭観音を配した。
自分達の生活を取り巻く全てのものが神だった。
そんな痕跡が、山間部には色濃く残っている。
俗化した都市周辺部は、明らかに人間が勝ち誇っている。
その分、多分に風情と言うものが無くなった。
神は、人間のおごりを戒め律するものだったのだ。
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2009年5月20日 (水)
本栖湖近くの芝桜を見てきた。
ナスカの地上絵の例を上げるまでもなく、
大地をキャンバスに壮大な絵を描くのは、
私達の遊び心をこよなくくすぐるものだ。
それも桜と違って、あの小さな芝桜である。
限りなく手間隙のかかる作業を繰り返して、
そうして、この春の一瞬を迎えるのだ。
私達が訪れたのは、もう花の盛期を少し過ぎた頃だった。
それでも休日とあって、大変な人々の群れが押しかけていた。
だが、何分地上絵である。
人々の群れが蟻のように絵の上を這っている。
俄然、ただ一人でこの花の広がりを眺めたい気分になる。
しかしながら、このパノラマを整えた人たちのことを思えば、
天晴れと言う他あるまい。
富士山から吹き降ろす霧は、
この地域の自然そのものなのだ。
富士山麓の人々の営みと遊び心に感謝しよう。
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2009年5月19日 (火)
一夜明けた八ヶ岳は、メイストームが嘘の様に晴れ上がっていた。
体の節々の痛みだけが、昨日の苦闘を思い出させている。
人間と言うものは不思議なものだ。
あんなに苦しかった事をすっかり忘れてしまっている。
冷雨や風は、私達の思い出を鮮烈に彩っただけなのだ。
鋸の歯の様な赤岳や横岳の残雪と唐松の緑は、
あそこを走ったのだと言う感慨を、
より一層印象深く伝えているようだ。
木の葉のそよぐ軽い音の中に、鳥達の声が交じり合い、
枝から枝えとリスが走り、カケスが飛ぶ。
嵐から開放されて、彼らも私達を見物するかのようにはしゃいでいる。
仲間達は、乗り越えてきた困難を語らっている。
それは驕りでも何でもなくて、明日への力なのだ。
語ることをしない仲間だって、その顔は充実感に満ち満ちている。
人間とは不思議なものだ。
万全の準備をして困難に立ち向かった者には、
結果の如何を問わず明日があるだけなのだ。
体と心はつながっている。
困難の後にこそ喜びがある。
人間とは不思議なものだ。
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2009年5月18日 (月)
八ヶ岳は、朝から一日嵐だった。
朝五時、強い寒風と雨を突いてのスタートになった。
山梨学院大のチアリーダー達の笑顔に送られて、2,600人が山に向かう。
八ヶ岳は、圧倒的な唐松である。
その唐松の針のような葉が濃い緑に染まって、
その合間にダケカンバやシラカバ、ミズナラの新芽が伸びだしている。
その木々の緑を透かすように、主砲の赤岳や横岳、硫黄岳が聳えている。
だが、クリーム色のガスと雨で、後ろのランナーすら見えない。
主催者の坂本雄次さんは、「絶好のコンディションになりました」と言った。
最も過酷な条件になったと言う意味だ。
体が元気なうちはまだ良い。
70kmを過ぎた馬越峠では、疲れた体に氷の様な風が吹きつける。
手はかじかんで、ちょつとでも休むと体が震えだす。
とにかく走り続けるしかない。
エイドのボランティアが震えながら「皆さんも雨の中、物好きねェ」と呆れていた。
が、こちとら雨だからって、人生止める訳にゃいかねぇんだ !。
頭はガンガン痛くなるし、
既に足は棒のようである。
それでも1kmを9分くらいのスピードで走り?続けた。
何時かこの苦しみも終わりが来る。
13時間32分、荒れ狂う風雨の中をゴールである。
心身ともに嵐のような一日が終わった。
100kmは、かくも遠いものなのだ。
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2009年5月17日 (日)
かつて冬季の松原湖は、天然のスケート場だった。
それが今では、それほど厚い氷が張らなくなってしまった。
それで田んぼを均して人工のスケート場が出来た。
勿論、電気で凍らせるのだ。
このあたりは甲斐の国のすぐ隣で、諏訪神社の末社があったりする。
武田信玄の政略の地だったようだ。
昨日も例年のように、そんな雰囲気に浸りながら湖を一周した。
100kmマラソンは、野辺山駅近くをスタートして、標高1,800mくらいまで登る。
そこから林道を下ってくるのだが、その途中にこの湖があるのだ。
スタート地点から43km付近で、いよいよウルトラの世界が始まる所だ。
民宿の叔母さんが、毎年、宿の門口で私達を待っていてくれるのだが、
この15年の間に、宿の方もすっかり代替わりした。
年寄り夫婦は亡くなったし、赤ちゃんだった娘が民宿を手伝っている。
15年という時の経過が「風と共に去りぬ」なのだ。
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2009年5月16日 (土)
この15年、毎年八ヶ岳東麓の100kmを走ってきた。
14回のその度に、忘れられない様々なドラマがあった。
流れる涙でゴールの光が、すりガラス越に見えたこともあった。
朝からの雨の中を走り続けた一日もあった。
気の遠きなるような峠坂では、座り込んだ走友を励まし続けたっけ。
落雷と冷雨の中で、リタイアを覚悟した時の事も忘れられない。
あの道の途中の、「今年も来たねっ!」って励ましてくれたお婆ちゃん達は元気だろうか。
そんな思いと共に、また八ヶ岳に来ている。
定宿が、松原湖の近くにある。
松原湖のほとりには、ゆっくりと早春の時間が流れている。
明日の天気が心配だが、今夜は早く寝て午前三時には宿を出よう。
そして明朝五時、八ヶ岳を目指して坂道を駆け登るのだ。
きっと、走り通して見せよう!。
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2009年5月15日 (金)
昨年の日本の貿易黒字が、前年から9割減ったそうだ。
国際収支速報の数字である。
経常収支では50%の減少で止まったようだが、
貿易黒字そのものは、9%ではなく90%減少なのだ。
貿易統計ベース(運賃、保険抜き)では、既に7,253億円の赤字である。
世界的不況だから仕方ないとの見方もある。
だが極論すると、欧米の家事用ナ消費が無くなった為だろう。
米国は、国ぐるみ借金消費を続けてきた。
それが崩壊した訳で、借金生活が無限に続く訳が無い。
その米国消費の復活を期待しているとしたら、
お人好しもはなはだしい。
もう既に、発展途上国の清朝と先進国の需要減は基調なのだ。
日本の海外貿易は、1859年の横浜開港から始まった。
茶や生糸を輸出して、機械や武器を買ったのだ。
もちろん大幅な赤字だった。
今年は、ちょうどそれから150年目になる。
貿易立国なるものの、在り方そのものが問われているような気がする。
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2009年5月14日 (木)
某大学のビジョンである。
オランダのライデン大学創設の由来を上げるまでもなく、
大学と言うのは人々の未来への期待の星であった。
そうして事実、大学からは新しい考え方や、
科学が次々と産み出されて来た。
だが時代の変化は著しく加速し、何時の間にか大学のイメージが変わった。
大学は、単なる教育機関と考えるようになったのだ。
大くの若者が挙って大学に行くようになって、
時代の創造なんて言ってられなくなった。
それに大学も、生徒が集まらなくては経営できない。
大学の変質は、止む無い物だったかもしれない。
未来を切り開く研究には、金も時間も必要な訳で、
それに、優れた研究者が優れた教育者とは限らない。
またその逆も真なのだ。
それでも、大学は未来創成を理念として掲げ無くてはならない。
それには大学が社会や産業から学ぶことだ。
社会連携にこそ研究や発見の種が有るのだ。
大学の存在価値は、既に孤高ではなくなっている。
人材育成や産業創造に汗をかいてこそ、大学の未来があるのだ。
先日、大学のシンポジュームでそんな事を喋った。
ちょつと、真面目過ぎたかな ! !
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2009年5月13日 (水)
私達は普段、見慣れた景色に囲まれて生活している。
通勤の途上にしても、毎日の事でその微妙な変化にも気を払わなくなっている。
時に農村や山村に出かけたりすると、
その古くからの生活のにおいを懐かしく思ったりする。
日頃の自分の生活空間と異なった何かを感じているのだ。
浜松市の西区和地に、ドゥソールと言うレストランがある。
南フランスの古い農家のような建物が幾つか建っていて、
そのレストランが、まるで地中海の一角に在るかのような雰囲気になっている。
年を経て湾曲したかのような屋根にも、
ケーキを売る納屋のような小さな小屋にも、
分厚い板で作られたドアにも、
数百年前の南仏やトルコの生活を感じてしまうのだ。
その異空間に身を置いていると、
仮にフランス語などが聞こえてきたりしたら、
それは日本だとは思えないのかもしれない。
その小さな小屋でケーキを一つ買って、
その異空間で春の穏やかな一時をゆっくりと味わってみた。
雑念を払底したその一時は、琥珀の味がした。
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2009年5月12日 (火)
江戸期の270年は、限りなく変化を抑止した時代だ。
徳川家の転化を維持することが最大の眼目だったから、
人の移動も制限されたし、発明や改変は罪に問われもした。
が、全てが停滞していたかと言うとそうでもない。
文化や芸術はむしろ発展した。
それに、結構心豊かで無駄の無い社会だったようだ。
翻って明治以降は、変化と発展こそが価値になった。
石油や石炭を掘り出してこれを湯水の如く使うことで、
無限の成長が出来ると思い込んできた。
企業は、毎年の成長度合いが最大の価値基準になった。
不況下の今日だって、経済の成長率は大きな関心事だ。
だけど、資源の底はもう見えてきたし、地球の環境限界も分かりつつある。
人類にとって、経済成長が本当に必要なのかどうかが問われるようになった。
経済成長じゃなくて、本当の幸福度の充実を競うことが出来ないか。
どうもそれは、持続可能なシステムの中にありそうだ。
そして農林業は、無から有を生む最大の産業かもしれない。
江戸時代というのは、その有る意味でのモデルと言うべきだろう。
企業なり社会の持続力こそが、
やがて最大の価値になるだろう。
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2009年5月11日 (月)
まったく、不思議な感覚と言うべきだろう。
毎朝、九時頃から始めるジベレリン処理が楽しいのだ。
ぶどう棚の下を、満開の花を探しては浸漬していく。
ほぼ二時間、この作業が続く。
それが無性に楽しいのだ。
気分は、これからの稔りに乾杯する感じだろうか。
と言うのも、このところずっと棚付けやら花房整理に追いまくられてきた。
枝葉伸び放題になるし、房も巨大になってしまう。
そいつをちゃんと整えてやらなくっちゃいけない。
その際限もない作業を終えての、安堵感が有る。
小さな達成感だろうか。
葡萄作りは根気勝負だ。
棚付けにしても、玉抜きにしても苦にし始めたら気が遠くなる。
だけどこのジベレリン処理は、とりあえず追われるということがない。
「乾杯」で済むのだ。
ジベ処理を終えると、日一日と粒の膨らみが感じられるようになる。
やがて又、雀やハクビシンとの戦いが始まるのだ。
そうしてみるとこの時期は、しばしの安息なのだ。
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2009年5月10日 (日)
今日は、静岡市丸子の村松二六さん宅を訪れた。
村松さんは、丸子紅茶のパイオニアである。
その村松さん宅で、香春の釜炒茶と紅ふうきの紅茶を造った。
お茶と水研究会の例会なのだが、例によって楽しい一日になった。
前日から萎調させてほのかな香りを放つ茶葉を、
ドーム状の釜で20分程炒って殺青する。
それを圧揉して乾燥させれば、薫り高い釜炒茶になる。
紅茶は、最初に揉んで、その後二時間ばかり醗酵させる。
この間にポリフェノールが重合して褐色になっていく。
それを乾燥させると、僅か半日で紅茶が出来てしまった。
それが又、それぞれ天下一品の味わいなのだ。
お茶と言うものは、私達にとって実に不思議なものだと思う。
かつては薬でありミネラルであったが、
今では程よい嗜好品である。
凝ればこるほど不思議な味わいに遭遇できる。
その味わいが、微妙であればあるほど、
人生の妙味にも比肩する。
私なぞ、浅薄な歩みしかしてこなかったのだが、
それでも少しはお茶の味が分かるようになってきた。
これもひとえに、先輩諸氏のご薫陶のお陰と思っている。
ところで丸子は、日本紅茶の発祥の地である。
幕末、驀進だった多田元吉が住み、
紅茶製法をインドに学んで輸出茶の振興に努めた所だ。
その紅茶を復元したのが村松二六さんだ。
はてさて、昼食には丸子名物のトロロ汁を頂いて、
先輩諸氏のご高説も有り難く拝聴できた。
美味しい一日であった。
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2009年5月 9日 (土)
小笠山との濃密な付き合いは、もう20年にもなる。
丘陵は、東海道線の直ぐ脇にありながら、
6,000haもの自然林が広がっている。
標高264m、隆起した三角州が雨水でえぐられて、
その幾つもの尾根が、南に向かって手の指のように伸びている。
江戸時代には、横須賀藩が入山料を取って薪炭を刈らせたらしい。
それが今、土砂流出防備保安林として、二次林化が進んでいる。
その尾根道を、もう20年も走り続けているのだ。
その尾根には、姥目樫の蒼林が続いている。
小笠山は礫で出来ている山だから、
ことさらその尾根の部分は乾燥し易い。
結果として、乾燥に強い姥目樫が生き残ったのだ。
痩せ尾根にしがみ付くようにして生きているのだが、
何れも大木とは言えない。
果たして、何時の頃から生きているのかと思ったりする。
木の太さでは計り知れない苦労を、彼らに感じるからだ。
その独特の山の空気を吸って、林間の小道を躍動していく。
天空からは、緑のステンドグラス越しに曙光がさしこんでくる。
その照葉からの木漏れ日が心を浮き浮きとさせてくれる。
小笠山は、私のこよなく愛する山なのだ。
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2009年5月 8日 (金)
大型補正予算百億円余を投じて、漫画とアニメの殿堂が出来るそうだ。
果たして如何なるものが出来るのか!!
電車でも、立派なオジさんが漫画本を開いていたりする。
私は活字派だから漫画は苦手だが、
文字と形が同時に知覚できる訳だから、
よりイメージが広がるのかもしれない。
それに孫達にとっては、アニメは飯よりも大切と来ている。
殊に、アンパンマンは絶対の人気だ。
ドキンちゃんのキャラクターも、実に心憎い設定ではないか。
あのアンパンマン、実は日本神話に原点があるのだとか?
ともあれマァ~、漫画文化と言うものをもっと評価すべきかもしれない。
JR静岡駅に、ちびまるこの観光案内が帯状に続いている。
あのトツトツとしたまるこチャンのイメージと、
次郎長や富士山、安倍川餅や茶の街が微妙にフィットしている。
そう、ちびまるこの作者は、清水出身のさくらももこさんなのだ。
アニメの殿堂を、漫画喫茶だと目くじら立てるのも大人気ないな。
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2009年5月 7日 (木)
先日、日本の大学教育が産業発展にあんまり貢献していない。
もう少し、制度として何とかすべきじゃないかと書いた。
だけど一方、一生の間における大学生活は、何にも代え難い貴重な時間だ。
幅広い教養を得ることと学友との交流は、
専門の学習を別にしても大いに意味のあることだと思う。
入試の圧迫からも親元からも解き放たれて、
まったくの自由を謳歌出来るのだから。
ただしかし、大学の専門教育が産業発展に役立っていない。
4年間と言う貴重な時間が、それで良いのかどうか・・・。
一般教養を別にすれば、
大学で学んだことが就職後に役立つことは極めて少ない。
特にこのことは、理系の学部に顕著なのかもしれない。
最も大学は、企業そのものではない訳で、
そんな教育は無理でしょと言ってしまえばそれまでになる。
先日の「産業教育」に、175さんからコメントを頂いた。
175さんのように、大学で一生の糧になる教養を得る方もいるだろう。
だけど4年間もの間、役に立たないような講義を強いられているとしたら、
その個人にも社会に、大いなる無駄ではないかと思う。
教養と実学、そして研究を提供できるのが大学だと考えるのです。
少子化の折、そんな大学も生まれつつありますよね。
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2009年5月 6日 (水)
モネの庭には、睡蓮の花が咲き始めていた。
ガーデンパークのモネの庭は、何時行っても風情がある。
四季折々に、草花が少しずつ景色を変えていく。
水面に映る光だって少しずつ変わっていく。
今は、白い藤の花が佳麗な香りを漂わせ、
その姿を池に映していた。
人間の不思議なのは、その景色を来る日もくる日も描き続けたことだ。
モネは、池の睡蓮を飽くことなく描き続けた。
何枚も何枚も、僅かに雰囲気の違いは有るにしても、
同じような絵をず~っと描き続けた。
確かに自然は微妙だし、
一時だって同じ顔なんてしてやしない。
だけど、人間の思いの置き所なんてそんなものかも知れない。
あれこれと思い惑うよりも、一点を凝視し続けることの凄さが大切だ。
それが出来たから、モネなんだろうなと思う。
ひるがえって、あれもこれもの私なぞは、唯の凡人と言うことだろうな。
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2009年5月 5日 (火)
江戸期の大名や御家人などは、暇を持て余していた。
町人だって、若くして隠居したりして、結構時間がゆったりと流れていた。
で、何をするかと言うと盆栽や江戸植物などを育てていた。
日本の独特の園芸の成長だ。
朝顔や観音竹、万年青やマツバランなどの粋が生まれていく。
小さな庭を造って楽しんだりもしていた。
もちろん小堀遠州の心字池なんてのは無理だ。
対してヨーロッパでは、庭は邸宅を飾るものだ。
今でも庭は、道に向かって造られている。
そんな東西の文化の違いを思っていた。
浜名湖ガーデンパークのガーデンコンクールである。
世界各国の庭師が庭造りを競っていた。
だが私達日本人は、日本の庭が心にピンと来る。
どうしてもヨーロッパのそれは散漫に感じてしまう。
やはり日本人には、数奇者の心が流れているのかな。
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2009年5月 4日 (月)
一度出来上がった制度なりシステムを改めるのは容易ではない。
日本の産業教育にも、その弊害が顕著に現れている。
農業高校で学んで農業をやる。
自家の商売を発展させるために商業高校へ行く。
工業高校を出て熟練工になる。
などと言う高校生は貴重な存在で、多くが大学を目指すようになった。
その大学にしても、各学部の入試の難易度は有っても、
日本の各産業をサポートしているかと言うと、かなり疑問がある。
言うまでも無く職業は、自分の一生の拠り所で有る。
その道を伝道するのが、高校や大学だったはずなのだが・・・。
何時の間にか形だけになって、実質は何所かに行ってしまった。
仕方ないから、インターンシップで企業研修となる。
企業も、新入社員教育に汗をかくのが当たり前になった。
これ、青春の大いなる無駄(又はモラトリアム)と言うべきか。
そんな訳で経済産業省が、大学に産業人材の育成を呼びかけている。
大学は、産業の担い手を育てる所なのであって、
卒業すりゃ良いってもんじゃないんだ。
実は私も昨年から、少しばかりこの面でお手伝いをしている。
だが根っこは、この国のシステムそのものに問題が有るのだが・・・。
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2009年5月 3日 (日)
私の住む磐田市には、外国人市民が9,371人住んでいる。
不況の影響で、昨年の12月からこの3ヶ月間に500人減った。
それでも人口の5.3%は、外国籍なのである。
その彼らが、公園で音楽会を開くと聞いて出かけてみた。
そこは、当然ながら国内の外国だった。
言葉は通じないし、売られている物も違う。
音楽界と言うふれこみだけれど、まあ仲間同士の縁日だな。
何とか接触をと試みたのだが、所詮私は外国人だった。
こんな場に入ると、日本人同士で群れるしか方法が無くなる。
せめて言葉が、万国共通なら何とかなるのにな~。
彼らもこの国で、必死に生きている。
仕事がなくなれば、生活できない訳だし、
治安だって悪くなるだろう。
低賃金のショックアブソーバー。
企業にとっての好都合は、地域社会に不可解な波紋を広げていく。
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2009年5月 2日 (土)
骨董の99.9%は偽者だそうだ。
あの中島誠之助さんがそう言っている。
「世の中、本物ばっかりだとつまらない。
偽者があるから活力が出てくるのです」と。
ふた昔ほど前になるが、「本物つくり運動」と言うのを提唱したことがある。
今で言うところのブランド化推進と言うことなのだが、
ある新聞記者から、「偽者をはっきりさせろ」と迫られて困ったことがある。
要するに、世の中には幾ばくかの誤魔化しが溢れていて、
それを明確に指弾するのは容易ではなかった。
今では「景品表示法」などの運用も厳格になって、
偽装表示なんてのも随分少なくなった。
それはともあれ、政治家は偽者ばっかりだね。
官僚政治の打破なんて言ってるけど、
官僚に対して実力の無さの裏返しだね。
第一、政治家が如何ほどの勉強をしているだろうか?
私の知る限りでは、マァ~、我田引水はしても国の将来なんて考えないな。
徒で動くのは、地震だけらしい。
対して人間は、下心が有るから動く。
要するに損得勘定で動くのが99.9%の政治家だろう。
そう言えば、例外も有るのかな~ ?
西松建設に2億円もらって、何もしなかったって言ってる党首がいたっけ。
だけど、それを普通は詐欺って言うよネ。
やっぱり、政治家は偽者か ! !
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2009年5月 1日 (金)
規則正しい生活と言うものは、何よりも有り難い物だ。
決まった時間に起きて、朝の諸々を済ませて職場に向かう。
仕事が終われば、帰宅して夕食を囲む家族団欒が有る。
口喧嘩や擦り傷などと、チョツトした事件があってもそれが日常だ。
だが人は、そんな日常の中に非日常を求めている。
何か、良い事はないかな~。
美味しいもんが無いのかな。
新聞に出ていた、ホラ、あれを見てみたい。
旅行に行きたいな~・・・と言った具合である。
この連休は、日頃の非日常希求を満たす絶好の機会だ。
私もふらりと何所かに出掛けたいのだが、
葡萄の誘引と花房整理で追われている。
既に葡萄の花も咲き始めてしまった。
時間よ止まれ ! と叫びたい心境だ。
非日常どころではないか ! !
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