ビー玉社会
血液型に象徴される遺伝形質なのか、
生活のありようによるものか、その理由は分からない。
そうして、色々なタイプの人々が巧く組み合わさって、
だから個性豊かな人士が多ければ、世の中はより面白くなる。
ところが近世の教育の眼目は、この個性を殺すことだった。
スピードと生産性が社会の価値であり、
そのために必要な、画一化され管理される人間が珍重されたからだ。
だから私達は「早くしなさい。頑張れ。しっかり。
あの子のようにやりなさい。」と言われて育てられた。
そいつは近代工業社会の必要とするものだったが、
何故なら、引っかかりの無い人間ばっかりで、
皆が個々ばらばらに孤独だからだ。
ビー玉社会と言うコップの中では、お互いにくっついていられる。
しかし退職してコップが無くなったとたん、バラバラに転がり出るより他ない。
ビー玉通しが結びつきたくても、その手(個性)が無いのだ。
ビー玉を結び付ける磁石は無い。
せめてサロンでも何でも、手頃なザルを作ることが必要だ。
ビー玉だってザルに盛れば、それなりに美しく輝くだろう。
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